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オブシディアンの魔女  作者: 花山吹
緋色の乙女は運命を捻じ曲げる
11/17

従者で、友で、■■■■で

緑が彩る窓から差し込む温かい光。いくつかの本と資料の重ねられた机に座る黒髪の少女。さらさらと万年筆の先から紡がれる美しい文字は、まるで彼女の思考を直接紙に刻んでいるかのように滑らかだった。時折迷ったように動きが止まるのもまた、彼女の内面の情動を表しているのだろう。

神秘的な緋色の瞳は知識の泉を全て飲み込まんとばかりで、その集中力はペラリと丁寧に教科書が捲くられる音によってふつりと途切れた。


ふうっと短く息を吐いて固まりつつあった身体を伸ばす。ぱきりと鳴ったのは肩か首か、どちらでも良いけれど少し恥ずかしいものがある。


わたくしにつられたのだろう。隣でグイーっと思いきり伸びをしたリオンからもバキリと大きめの音が聞こえてつい驚きに目を見張る。



「っ……少し休憩にしましょうか?」


「ふふふ。えぇ、そうしましょう」



無理矢理に話題を変えたいのなら良いわ、のってあげる。それでも結局隠しきれなくなって、ほんのり照れくさそうにワシャっと乱暴に髪をかいたせいで、変にハネてしまったところを見つけてくふりと笑みがこぼれた。


ここは学園の図書館内に完備されている自習室。予習復習に試験勉強、自主学習は寮の自室で行うこともできるけれど、当たり前のように女子寮は男子禁制で逆もまた然り。リオンと2人で勉強するのなら、教室では周囲の目が煩わしすぎるので、防犯のため1面がガラス張りではあるが個室になっている場所を利用するしかない。


防音の魔術が施されているのも魅力の1つ。現在の利用者はそれほど多くはないが、後々のカリキュラムにあるグループ学習で利用する生徒が急増する場でもある。そうなると借りるのが少し面倒になるというので、早々にわたくしの名で1室だけ年間契約をさせてもらった。おかげで開館時間中ならいつでも好きに利用できるようになっている。


飲食物の持ち込みは自由だから、勉強中でもなかなか快適に過ごすことのできる空間。カフェテリアで軽食を頼んで、ここで簡単にお昼をとることも可能。ティーバッグ等は持参しなければならないけれど、それさえあればあとは受付で魔導力ポットやカップの貸し出しもされていたりする。


本来であれば本の近くに飲食物を持ち込むことは避けるべきかもしれない。特にこの図書館は歴史的に価値のある魔導書も置いていたりするのだから。けれども……いいえ、だからこそね。そういう形での本の取り扱いについては気にする必要は無いの。

ここにあるのは貴重なものばかり。それならば大切に保護魔術がかけられているのは当たり前のことだもの。

防水、防汚、防臭、耐炎だけではない。太陽光による劣化を防いだりと多くの魔術が重ねがけされている。それこそ魔力が豊富な人間が上級魔法を直接本に叩き込むようなことをしたって傷すらつかない。魔宝石や魔石の埋め込まれた装丁のものなら、厳重な盗難防止の魔術もかけられていて、図書館の外には持ち出し禁止になっているものもある。

貸出もまた厳密に管理されており、期間を超過した本は追跡の魔術によって場所の特定がなされることも聞いた。

どのような術式でどのような魔術がかけられているか、それらを読み解くだけでもとても勉強になるのだからとても興味深いわ。






「コーヒーでいいですよね」


「えぇ、お願い」



静かに響くコーヒー豆を挽く音、魔導力ポットからあがる湯気、ドリップした時にふわりと広がる香り。この穏やかな時間が好き。その全てがわたくしのためにあるものと思えば余計にね。


わたくしへと差し出されたコーヒーカップは貝殻のようで可愛らしいのに、それを用意した本人は飾り気のない不銹鋼のマグカップに注ぐのだから性格の雑さが伺える。

今は甘くしたい気分。砂糖でも良いのだけれど、わたくしのお気に入りは蜂蜜。頭を使うときにはたっぷりと

ハニーポットからとろりと垂らす瞬間はいつも心惹かれるの。











今日の勉強会は、1年を前期と後期に分け、さらに中間と期末へと分けられた、年に4回ある重要な試験のためのもの。

この1学年の前期の中間は、主に基礎的な講義ばかりになる。それは異なる場所で異なる先生から教えられた知識を統一化させるのが目的だと推察できる。

今まで各々の家で雇った家庭教師から習ったことの復習になる生徒が多い中、場合によってははじめて知ることがあったりもするが、そのようなことは高位貴族として高度な教育を受けてきたわたくしには当てはまらない。

つまりこれまで培ってきたことを発揮できれば、今回が1番点を取りやすい試験であると言える。ただし、基礎とはいえ総復習の意味もあると考えると範囲は相当広いものとなるから、一概に容易であるとは言いきれなかったりもする。


そこで成否を分けるのは過去問を入手できるか否かにあると言えば過言かもしれないが、それでもある程度楽になるのは事実。

教師陣だって立派な研究者。ノルマもあれば、ある程度の成果も求められる。毎年最低でも4回、専門によってはその倍以上もある試験問題を毎回新しく作成するなんてことができるほど暇でない。去年と全く同じ問題になるのはせいぜい2割ほどとはいえ、数値や問い方が違うだけの類似問題はだいたい4割になるのが常。残りの4割が新問や応用問題にあたり、そこでどれだけ点数をとれるかが他者との差をつけるための鍵となる。つまり真面目に過去問に取り組めば約6割はとれると考えていい。


その性質上、商家の学生が過去問の売買とはいかないまでも、何らかの取引をしていたりすることもあるほどに。そのせいか上級貴族の子女の中には、それを余裕の無い心が貧しい人間がすることだと嫌悪感を示す者もいるというけれど、わたくしには関係のないこと。

効率化を解せないなんて、それこそ心に余裕の無い行為だと思うわ。


とはいえ問題はわたくしに上級生の知り合いがいないこと。否、全くいないわけではないが、それなりに良好な関係を築けている相手は残念ながら存在しない。知り合いといえる筆頭が皇子殿下なのだからお察しくださいというもの。だからリオンを通じて商家の学生と取引しようと夜な夜な質の良い魔力石を生成していたのだけど、救いの手ってあるものね。



「何か難しいところでもありましたか?」


「いいえ。そうではなくて、セレナ様へのお礼をどうしようかしらと考えていたの」



わたくしが毎日のように、コツコツと寮の自室で勉強しているところを見て、お声をかけてくださったセレナ様。

まさか彼女が知り合いの上級生から譲り受けた過去問を、わたくしにまで融通してくださるなんて思わなかったわ。それも10年分。

昨年の試験問題ひとつあるだけでも助かるというのに、それが10年分ともなれば充分すぎる。これで高得点を取れなかったら嘘だ。



「オレも無関係ではないのでかませて欲しいとは思いますが、そういうのはまず試験を終えてから考えた方が良いかと」


「それもそうね。今回こそはあなたに勝ちたいもの」


「ハァ……お嬢様は魔法の実技最強なんですから、座学でくらいオレに譲ってくれても良いんですよ?」


「いやよ。座学だけが唯一あなたと対等に戦える分野だもの。手を抜く理由が見当たらないわ」



ふふふ、ははは。


軽やかな笑い声が響き渡る。もしもこの光景をガラス張りの外から見られていたとしても、和やかそうな空間としか思われないだろう。ただし、互いの目が笑っていないことに気づかなければの話。


捧げられた剣、その忠誠は疑うべくも無い。主人と従者、侯爵令嬢と護衛騎士という立場上、当たり前だけれど身分という壁は立ちはだかる。それでもわたくし達の原点となるのは、兄妹のように共に育ち、“ずっと一緒”の約束をした幼馴染なのだ。

『白』と『黒』、剣と魔法、異端の両極。得意分野が違いすぎて競争相手としては少しばかり不相応だけれど、それでも1番身近な好敵手(ライバル)でもありたいと願うのは悪いことかしら?

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