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オブシディアンの魔女  作者: 花山吹
緋色の乙女は運命を捻じ曲げる
10/17

爆発の真実、事の顛末

「つまり、あれは“あの女”の仕業ではなかったと?」


「あぁ。調査の結果、あの爆発を起こした火属性の魔力はローザマリア嬢のものではなかった」


「っ…………そうか」



そう絞り出すような声で言ったルーカス。その表情は苦痛、苦悩、苦渋、苦悶といった表現が似合いすぎるほどに歪められていた。











3限目の講義を終えて生徒会室にいた俺達にも聞こえた盛大な爆発音。

それが研究塔や訓練場ではなく、本来爆発など起きるはずのない運動場の方面から聞こえたというのが問題だった。


爆発の大きさを明示するような地面の損傷、撒き散らされた“火魔法”の残滓。

教師達よりも先に駆けつけた我々の目に飛び込んできた光景に思わず息を呑んだ。あの盛大な爆発音から想像していたよりは人的被害は少ないと言えるが、それも冷静になってこそ。傍から見てもそうとは気付けないほどの惨状だった。


爆心地に立つのは強力な火魔法を持つ証である“緋色”の瞳を持つローザマリア嬢。その場で唯一、疵ひとつなく美しいまま。

傍らにはその護衛騎士であるリオネル殿。ほぼ“無傷”だった彼の衣服も焼け焦げてボロボロな状態であったことは証拠品としてその場で提出されたから、彼もまた被害者であることを疑うべくも無い。

少し離れたところで気を失っていた男はフラナガン家の三男坊。その周りで尻もちをついたままの情けなくも呆然としている数人の男達はフラナガンの友人(とりまき)だろう。未だに決定打が無かったものの、昨年から素行があまり良いとは言えないと噂のある者達だった。


彼らの性格と目の前の状況からして、先に絡んだのはフラナガン達なのだろうが、それを火魔法でふっ飛ばしたのがローザマリア嬢なのだろうとルーカスが判断してしまったのも理解できる。彼女の逆鱗にでも触れてしまったのだろうと。

それほど『黒』である彼女の魔力は強大で、操る火魔法の威力もまた凄まじいものがあることを俺達は知っていた。


だが調査をしたところ、疑った事を申し訳ないと思うほど、この件に関してローザマリア嬢は全く関与していなかった。否、全くではないか……あの爆発自体は彼女のせいとも言えるのだから。

鍵となったのはリオネル殿が耳飾りとしてつけていた魔法石の護符。その効果は『守護』と『反射』

それもヒトに害を及ぼすほどの魔法が向けられた際に依代となって着用者を護り、かつその威力を糧にして相手を昏倒させるというとんでもないシロモノ。元は対魔獣用に開発したというソレは、動きを止めさえすればリオネル殿がトドメを刺せるという信頼の証でもあるのだろう。ヒトに対しても外傷なく気を失わせる程度であれば正当防衛を主張できる。

誤算だったのはフラナガンから向けられた火魔法の悪意が明確過ぎて、耳飾り程度のサイズしか無い魔法石では依代として耐えきれず爆発を引き起こしてしまったこと。それでもその爆発で焼け焦げた衣服巻き上げられた砂による傷はともかくとして、耳飾り自体はリオネル殿の身体を傷つけていないのだから効果のほどは推して知るべし。


爆発の余波を受けた他の面々にも、今のところは特に異常は起きていない。対外的な説明も“事故”として内々に処理できた。


とはいえ相手が魔法を使えない人間であると認識した上で、悪意を持って殺傷力の高い魔法を行使したフラナガンは、当然だが魔封じの枷をつけられての停学処分。

ここまでのことをした理由は「“無能”のくせに生意気にもこの学園で習うことが無いと言ったヤツを懲らしめようとしただけだ!」という大義名分があってのこと。リオネル殿が本当にそのような発言をしていたのは問題だが、真意を聞けばなんてことはない。顔を歪めていた講師すら、彼の師であるナイトレイ侯爵の存在を思い出して口を閉ざした。当たり前だな。今更剣術の基礎を習う必要などないのだから。フラナガンのソレは一部の情報だけの言いがかりでしかない。


加えて奴はこの1件で、力の無い領民であっても自身が気に入らなければ私刑に処する可能性があることを証明してしまったようなもの。魔法を使う資格無しと判断され、ご両親の意向で自主退学という形がとられた。学園を去る最後の日まで「『白』が学園にいることが悪い!」「オレよりもソイツを退学にしろ!!」と自身の否を認めなかったが、何度も頭のを下げる父親の姿にはショックを受けていた様だった。これで事の重大さに気づいてくれれば良いのだが、後のことは俺の知ったことではないな。





少しどころではない知的好奇心もあって、ローザマリア嬢が作成したという護符の砕けた魔法石を集めて術式の解析を試みたが、破壊されてしまっているせいでなかなかに大変な作業であった。所々が欠けていてもなお素晴らしいと感嘆するほど、あまりにも緻密で繊細さのある構造につい見惚れてしまいそうになったのは心のうちに隠しておく。

さすがは魔法の天才、稀代の魔女と呼ばれるだけのことはある。


このようなローザマリア嬢への称賛も、ルーカスには耐え難いものがあるのだろう。悔しげにというよりは憎々しげにといったふうに報告を聞いていた。

本来のルーカスは他者を悪く言うことのない人間だ。基本的には性善説を信じているというべきか。罪人であっても何か理由があったのだろうと追及しようとするような人間性。だからといって理由があれば犯した罪が許されるというわけではないが、それ以上他の人間が罪を犯すことのないようにできることはないかと政策を考えようとする善人。


“罪を憎んで人を憎まず”を地でいくようなそんな真っ直ぐさを持っていて、それこそよほどのことがない限りヒトを嫌うことも無い。そのルーカスが、ここまで彼女のことを悪し様に言う理由を俺は知らない。


これでも幼少の頃から傍で同じものを見てきたはずなんだがな。俺の知らない何かがあるらしい。それともルーカスだからこそ感じられるものがあるのだろうか?

まぁ、どちらにしろ俺は他者の感情の機微に敏いわけでもなく、繊細さの欠片も無いと言われてしまうような人間だから、そういう面では役に立てないだろう。悪いな。














いつものように生徒会の雑務を手伝ってくれていたリリィ嬢から聞いた、事件のあった日の救護室でのローザマリア嬢の振る舞い。

彼女は常勤医師が不在であることを知って、自らの手でリオネル殿に消毒を行っていたという。その手際の良さは慣れていると言って良いものだったそうだ。しかも護衛騎士がソファ座り、侯爵令嬢がその前で膝まづくという本来ならありえない体制。

下の者への心配り、次期皇妃候補としての売名戦略と断じるには学園の救護室という閉じられた場所で行われた行為。



「最初はちょっとコワい人なのかなって思ったけど、親しい人には優しいんですね!きっと」



ニコニコと邪気もなければ、裏も含みもない。悪気すらもなく言い放たれたリリィ嬢の言葉。単純と言う事なかれ。裏表が無いことこそ彼女の美徳。

その評価は間違ってはいないのだろう。ルーカスの傍に俺がいたように、ローザマリア嬢にとってはリオネル殿が幼馴染のようなものなのは間違いないのだから。

令嬢と従者という関係上、“親しい人”という表現が適切かはわからないが、心を許せる人間ではあるのだろう。



「リリィ嬢」 


「はい?」


「その件はこれ以上他言無用だ。誰にも言うな」


「え?……じゃなくてはい!わかりました!」



他人のことをとやかく言う子ではないが念の為。

思ってもいなかったのだろう言葉にポカンとした後、ピシッっと敬礼の形をとるその様は、低めの身長もあってどことなく幼い子供を思わせた。少々頼りないが、馬鹿ではないからこれでいい。無いとは思うが、万が一ということはある。力の無い子が睨まれる可能性は潰しておくべきだ。


ナイトレイ家は爵位こそ侯爵ではあるが、その地位は公爵と遜色ない。皇妃──アイリス陛下の実家であることも考慮すれば皇家に並び立っているともいえる。

そしてアイリス陛下の実弟が現ナイトレイ侯爵にあたり、閣下の一人娘であるローザマリア嬢はこの国唯一の『黒』だ。

それ故に次期皇妃候補でもある彼女の上に立てる人間は数えるほどしかいない。対等でいられる人間なんてもっといない。


ルーカスがこの学園でのみ自身を呼び捨てにするように言ったのは、皇子としてではなく幼馴染の友人として接してほしいとの願いだったように、同性であれば彼女もまたリオネル殿に同じことを望めたのだろう。


卒業してしまっては叶わない。大人になってしまえば難しい。子供である今だからこそできる戯れ。

偶には地位に縛られずにいたい、そんな些細な願いすらも許されないのが貴族社会なのだから。


いっそのことローザマリア嬢とリリィ嬢が友人になってくれたらと願うのは傲慢だろうか?

幸か不幸か平民出身だからこそ貴族社会の煩わしさとは無関係の新鮮さ。当たり前だが彼女には家という後ろ盾はなく、後見人もいない。強いていうなら稀有な光属性として国に護られている存在。

そんな彼女とならローザマリア嬢も肩肘張らずに過ごせるのではないかと思うのだが……無理な話か。

リリィ嬢の後宮入りも簡単なことではないとはいえ、ありえない話でもないのだ。ルーカスは確実にリリィ嬢を特別視しているし、それとはまた別の意味でローザマリア嬢のことは無視できないでいる。

どちらか、もしくはどちらもが皇妃として後宮入りする場合、彼女達の関係に疵が無ければ良いと思ってしまうのは俺が男だからだろうな。

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