それはかつて───
かつて、この世界は滅亡の危機に瀕したことがあった。
悪しきドラゴンとその魔力に呼応した多くの魔獣達の氾濫によって変わり果てた灰色の大地。
それは嵐のような魔獣の軍勢により引き起こされた惨状。
その核となっていたのが、血色に底光りする鋭い眼光で、すべてを飲み込む闇のような黒き巨体。
その体躯から放たれる灼熱の炎は、ありとあらゆるものを焼いていった。
自然も、建物も、文化も、命さえも
そんな“大いなる厄災”とも云える存在に、勇敢にも立ち向かった4人の人間がいた。
巨大なドラゴンに比べ、とても小さな体ではあったが、その身に宿るはドラゴンに匹敵するほどの強大な力。
1人は空に浮かぶ月のような金の瞳の人間。彼女は暴れ狂う魔獣を浄化した。
1人は穏やかな海のような蒼い瞳の人間。彼女は燃え盛る炎に雨を降らせた。
1人は新緑を思わせる翠の瞳の人間。彼女は荒廃した大地に緑を取り戻した。
最後の1人は太陽のように鮮やかな黄金の髪をたなびかせた人間。彼は大剣を手に死闘を繰り広げ、ついにドラゴンを封印することに成功する。
そうして生き残った人々は、彼らを英雄と呼び、その封印を護るために国を作り上げた。
それがこの国、母なる海に抱かれ、豊かな自然を育む肥沃の地
───アクアフォレストの成り立ちである
建国神話からも読み取れるように、この世界の人間には魔力属性が容姿の色として現れる。
色鮮やかなほど力が強く、濃いほど魔力量が多く、特に美しい輝きを秘めた瞳は宝石眼と謳われるほどに──
当然、煌めく『金』を持つ人間は“光の女神の祝福”だと尊ばれたし、『青』と『緑』も“女神の恩恵”だと云われてきた。
その反面。悪しきドラゴンの体躯と同じ『黒』と厄災の炎を思わせる『赤』、さらには魔力も属性も持たぬ『白』は迫害の対象とされてしまうこととなる。
それがたとえ、どんなに優秀な人間であろうとも
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そして今、夜空のような黒い髪と灼熱の炎を宿した緋色の宝石眼を持つ令嬢がいた。
それはかつてこの世界に厄災を振り撒いたドラゴンと同じ色彩。
恩寵と云われる3属性の1つ、『水』の家門──ナイトレイ侯爵家に生まれ、“海の雫”、ローズマリーと名付けられるはずだった彼女の名はローザマリア。
“厄災の炎”と“邪悪な闇”の色をその身に纏っていると称され、畏れられる彼女の傍には、いつも雪白のような白銀の髪の騎士がいた。
『白』──それは色が重要視される貴族社会において“無能”と蔑まれる色。死灰をも彷彿とさせる不吉な色。
これはそんな侯爵令嬢とその護衛騎士、嫌われ主従が送るよくある学園物語となる
──────はずであった。