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第6話 後進国

 宿屋は大通りを一本外れた道のずっといった端にある呑み屋を兼ねたものに泊まった。一階が呑み屋で2階が宿屋のようで、2階は一つの大きな部屋になっていて、そこで全員が寝るというものだった。母様は穴開き銅貨を2枚手渡した。宿屋の受付は機嫌が悪いのかこちらに薄い布を3枚投げてきた。どうやらこれを床に敷いて寝るのだろう。二階に上がると疲れからか直ぐに眠りについた。偶に妹の泣き声が響き渡り、舌打ちなどが聞こえてきて怖かったが眠さには勝てなかった。

 今日は朝が早かった。いつもは寝坊ばかりなのに今日はスッと気持ちよく起きれた。起きれた理由は外の音だ。何かを言っている声が聞こえて気になって耳を傾けていると目が覚めてしまったのだ。家では馬しか育てていなかったし、鶏は結構昔に処分してからは声も聞くことはなくなり、静かな朝を暮らしていた。けれど、カロンの朝は騒がしかった。鶏の声もそうだけど何よりも凄いのは人の怒鳴り声だ。大部屋の窓にそっと寝ている人を避けながら近付くと窓を覆う木の板を内側から押した。木の板は上部が金属で固定されているようで下部には何かの取っ掛かりがあった。そして近くには木の棒があった。どうやらこの取っ掛かりに木の棒を引っ掛けて窓に固定して換気をするらしい。窓の隙間から忙しく動く人たちを見ていると改めてこの街に居る人の多さに驚かされる。何やって朝から忙しなく動いているのだから。しばらく夢中で外を見ていた。

「おい。そこのガキ。窓なんて開けてんじゃねぇよ◯すぞ。」

 ドスの効いた声がすぐ下から聞こえた。怖くなって直ぐに窓を閉めて家族の元に戻った。妹は定期的に夜泣きをしていたが、怖い目線で見られるだけだったのに僕は怒られなければいけないのかと思いながら家族の元に戻って二度寝を決めた。

 再び、目が覚めると大部屋には人は殆ど居なかった。カイル兄さんが妹をあやしながら母さんが買い出しから戻って来るのを待っているらしい。

「お前はいっつも寝ているよな……」

「ちが……だって違うじゃん……」

 食事と睡眠を充分に取れたからか久しぶりに言い合いをした。そうこうしていると皮の袋を担いだ母様が迎えに来た。

「下で食事とってから出発しようか」

 それから早く街の中心部に行きたいがために宿屋の一階で出てきたのは何かの葉っぱが沢山入ったスープだった。麺と呼ばれる細長い物体を啜って食べるのは美味しかった。けれど何だか少し辛くて苦くて酸っぱくて言い表せない味だった。

「そういえばそろそろ名前つけないの?」

 カイル兄さんが話した。そうだ。そういえば我らが妹にはまだ名前がない。

「う~ん。元々決めてたのはあったけど……そうだね……母さんの家に戻ったら寺院にでも行って名前をもらったほうがいいかもね。」

「名前をもらうの?僕たちが教会からもらったの?」

 違う国があるだけでも驚きなのに違う宗教も違う神様も存在していると母様は言った。何人も神様が居るならそれは本物ではないのではと思った。

 少し時間をかけ、母様が妹を寝かしつけるとやっと大使館へ出発だ。大使館は我らがダキア王国のではなく、カヴォ王国という名前の国の大使館らしい。なんでも買い出しの際に郵便屋に行った母様曰く、ダキア王国の大使館は一週間も前に火事にあったらしく、中で働いていた大使は行方を晦ましているのだとか……

 ということで元々母様の国に一時亡命することとなった。街の大通りを中心、砦の方角へと進んでいった。やがて遊牧民のおじさんの言うように煉瓦造りの立派な建物が増えてきた。そこを歩く人たちは皆立派な出で立ちで通りを歩く僕らを訝しながら遠目に見ていた。やがて母様は黄色と緑色を主軸とした立派な建物の前で止まった。

「ここよ。準備はいい?」

 そういって振り返った母様の顔はどこか誇らしげだった。

「母様。なんでこの建物は周りの建物とは違うのですか」

「ここは昔、今のあの砦の領主様の先祖の家だったんだって。有効の関係を示すために大使館として寄贈されたそうよ。それを尊重して色は変えたけど……今でも建て替えずにこうやって残しているそうよ。さて」

 ふと息を少し吐いて建物の正面にある門の前までやってきた。すると門番が尋ねてきた。

「大使と約束があるのか、それとも誰かから言伝でもあるのか?」

「私はエルサ・プレヴェール。フラン商会ダキア王国担当だったバン・シール・フランの代行。商会本部に至急の用事があるの。大使に繋いで。」

「フラン商会の…………下手な嘘は辞めんか。ダキアは滅びたのであろう……そうかバンさんも……」

「私のことは聞いていなかったのですか?ダキアの猛獣イレアス・プレヴェールの妻です。」

「し……しかし……イレアス・プレヴェールといえば……」

 門番は母様の顔を見て発言を止め、建物の奥へと入っていった。少し時間が経ってから門番は戻ってきて「入って良いぞ」とだけ言うと門を開けた。

 そこからは門番さんと別れ、別の役人さんが僕らを誘導してくれた。建物は驚くほどに綺麗で床は大理石、壁にも鳥だろうか人間だろうかよく分からないけど見事な彫刻が彫られている。窓も大きく採られ、天井も高いと感動していると彫刻だらけの重厚な扉の前に辿り着いた。役人さんがドアを数回叩いた。

「入れ。」

 短い返答があり、そこで役人さんは扉を開け、僕たちに笑いかけた後に「頑張って」とだけ伝えると僕たちを部屋の中に引き入れた。

「亡国の英雄の妻と聞いたが……なんとも面白いな。で……バンは死んだのか?何があった?」

 ぶっきらぼうにその男は言った。なんとも偉そうな人物である。

「今のところは何とも……とにかくカヴォ王国に戻るために身分を保証してほしいのですが……」

「無理だね。何でカヴォ王国なのだ。亡命ならこの国でも良かろう。」

「私は……私はエルサ・シール・フラン。フラン商会の放蕩娘よ。」

「ん……だ、だが無理だ。お前はもうダキアの人間の妻、子供だって一度も祖国の土を踏んではいないではないか。それよりもお前の実家に頼ればいいじゃないか。迎えに来てって。」

「そ…それは…。」

 何かを察した役人さんは部屋から出ると少ししてから門番を連れてきた。門番は僕たちに手招きをすると役人さんが僕ら子供たちを部屋の外まで誘導した。部屋を出る間際、大使の放った言葉が僕の心に深く突き刺さった。

「そもそも、自分が好き好んで後進国に嫁ぎに行ったのだろう。いまさら泣きつくなんて随分虫がいい話だとは思わないか。」

 母様と傲慢な態度を崩さない大使とのやり取りはまだまだ続いたが、それよりも自分の故郷が後進国と言われたことが胸に深く刺さった。


「後進国…………後進国か……。」


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