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プロローグ

 


 ピピピピピピピ


 けたたましく部屋に鳴り響く目覚ましアラームの音で目が醒めた。

「7時……起きなきゃな……」

 眠い眼を開けながら枕もとのスマホを起動してsnsの巡回とゲームのログインボーナスを受け取った。まだまだ起きたくないと思いながらだらだらと布団の温かさを堪能した。結局ギリギリまで部屋でだらけてそれから高速で着替えて歯磨きをした。そしてぼさぼさの髪のままで家を出たのは8時を過ぎてしばらく経ってからだった。そのままあちこちにある傷が目立つ中古の車で大学に向かった。

 午前の授業だったけど、もちろん遅刻した。8時過ぎに出て間に合うわけはない。でも緩いから大丈夫かそう思いながらも適当に時間を潰して授業を終えた。ガヤガヤとうるさくなってきた大学の講義室を出て外に向かった。時刻は12時、俺と同じように午前の授業を終えて食堂に向かう多くの学生の群れを掻き分け、駐車場まで着くと自分のみすぼらしい車を素早く見つけて乗り込んだ。気分は帰宅RTAだ。そう思うと何回も通って見飽きた道でも少しは楽しく感じる。

 

「つまんないよなぁ……世界。」


 そんな何ともない毎日を過ごす俺はごく普通の日本の地方に住むいち大学生であった。普通に友達が居て(大学の友達は少ないけど……)、家の近くのコンビニでバイトをしていて、彼女は居ないけど典型的な普通の人生だ。人様に漫画やアニメのような特別に語れるような出来事もない、平凡が繰り返されるだけのどこにでも居る一億二千万人の内の一人だ。何かに熱中することもなく、何かを目指していることもない。このまま適当に受験して入った大学を適当に卒業して、地元で適当に就活して、そして適当に結婚して死んでいく。そんな受け身なことを考えてながら俺は車を降りて玄関の扉を開けて独り言を呟いた。


「ただいまぁ~」


 今日は朝に一コマだけあるだけで他は休み……本当は全休を作りたかったけど必修ならしょうがない……しょうがないけどさぁ……ほっっっっっんとにメンドクセー。なんで朝に大学行かにゃならんのだ。ほら昼型、夜型ってDNAで決まってるらしいじゃん。なんで朝型有利な社会なんだよ時代は令和だぞ……そんな愚痴をこぼしながら、部屋の扉を開け、リュックをいい加減に床に置くとベットに寝込び、枕元に置いてある◯intendo◯witchを起動した。


「今日はデ◯デ大王でvip入り頑張るかぁ~。」


 それから勉学に勤しむわけでもバイトに行くわけでも友達と遊ぶ予定もなく、その日は家でゲーム三昧だった。大体はいつも同じような変わりのない毎日を送っていたが、その日に限って異変が起こった。


 カタカタ カタカタ


 部屋の中のモノが僅かに揺れ、窓ガラスが振動で鳴いていた。スマホからは不愉快なアラーム音を鳴らしていた。


「おぉ。地震じゃん。」


 まぁいつもみたいな小さな地震だろうと最初は余裕を持っていた。だが次第に窓が大きな音を立て、部屋のモノというモノが床に落ち、前後左右と自由に踊り始めて、部屋全体までもが軋み始めた。けれど、オンライン対戦をしていた俺は途中で対戦を辞めることはできなかった。


「あっ。これはヤヴァいかも。でも◯マブラ辞められないんだけど」


 直ぐに収まると思い、何もしないでいると揺れは2~3分続き、どう行動すればいいのか迷っていた。えっと……まずはドアを開けるべきなのか?ブレーカーか?それとも避難か?どうすればいいんだっけ……思考が堂々巡りをして動けずに居ると地震は収まり、部屋は平穏を取り戻した。


「揺れたなぁ……とりあえずっ」


 取りあえず地震は収まった……となればやることは一つ……と思い、スマホを取り出した。


「やっぱスマホの情報よりもネットのほうが状況分かるしなぁ~」


 指を下から上へとスワイプを繰り返す内にまだそこまで酷い状況になっていないのかまだ皆が状況を発信していないのか分からないがよく分からなかった。取りあえずネットの友達に自分の状況を伝えるために文字を打ち始めたとき、さらに大きな自身が家を襲った。


「おっほ。ムリムリムリ。これヤベェんじゃね。」

 

 最初は普通の地震だと思って余裕もあった。だけど今まで感じたことがないほどの大きな揺れが怖くてベットでうずくまるのが精いっぱいだった。あぁ~さっきの時に逃げてれば良かったなんて考えていたとき、天井がふってきた。そうだ俺の家は古かったな……でもさ……なんで今日に限って……俺が家に居るときに限って……そこで一旦、意識を失った。それから少しして目を覚ました。どうやら天井だけじゃなくて床も抜けたらしく、奇跡的に人ひとり分の空間が形成されていた。取り敢えず体を動かそうと四肢に力を入れたとき、お腹に熱が拡がった。痛いというよりもただただ熱かった。ナニコレナニコレ。もしかしてヤヴァイ状況なんじゃと確認しようとスマホを探したけどもちろん見つからなかった。少し落ち着いてきて下半身の感覚が無いことに気付いた。恐る恐るお腹辺りを触ってみると何か液体が付着した。


「あぁ……木造は……だめだな……俺は……死ぬ……のか」


 あぁ。つまんないとか言ってたけど世界は不安定さの上にあったんだな……今になって解る俺は愚か者だな……。あぁあこういう時にあれをやっていれば、これがしたかったって今になってそんな悔いがどんどんと頭をよぎっていく。

 生ハムを原木から切り取って食べてみたかったし、誰も居ない道路を100キロで走ってみたかった。それに……まだ童貞なんだけど……あと親孝行もしてない。くだらないことばっかりだったけど、自分はもっと何も無い人間だと思っていた。だけどそうじゃなかった。俺にこんなに人間臭いところがあるとは思わなかった。


「なんだ……俺こんな状況でも生きてぇんだな……まだまだやりたいことがあるんだな……悔いが残っているんだな……らしくない……よな。」


 段々と視界が霞んできた。いつもそうだったけど、今日はやけに独り言が多くなってしまう。最後なのに独りで寂しいと思ったのかな……そう思いながらそっと眼を閉じた。やがて、体中を巡った痛みと窮屈さは消え去った。

 次に目覚めたのは……いや気を取り戻したとき、眼の前に広がる世界は「黒」そのものだった。不思議だったのは黒一色であったことだ。何も見えてこない黒の概念そのものが眼の前にあるようで恐ろしかった。それから、直に気付いたことが異変は視界だけじゃなくて音も無かったのだ。何も見えない、何も聞こえないということがどれだけ恐ろしいことかを十二分に思い知らされた。そんな世界の中でどれだけの時間が流れたか分からなくなったとき、次第に今は眼を開けているのか、閉じているのか体を自分の意思で動かせているか分からなくなっていった。


「怖い怖い怖い……このまま消えるのかな……」


 答えが返ってこないことも自分の声が聞こえないことも分かりながら独り言が辞められなかった。辞めたらすぐに感覚が無くなると思ったからだった。また、いくつも時間が経ち、とうとう体の感覚は完全になくなってしまった。既に自分の身体がどんな形だったか、ここに来てから1日しか経ってないのか1年なのかもう100年過ごしているのか何も分からなくなった。やがて、思考も霞んできた。感情も自我も曖昧で煩雑とした頭の中の情報は意味のないもののように感じた。どこまでも鈍くなっていった俺が最後まで手放すことができなかった感情が1つだけあった。

 それは「恐怖」だった。殆ど人でなくなったであろう俺が抱えていた恐怖は何に対するものだったのもう分からない。分からないけど、考えることを手放したくなくて、声とも言えぬ嗚咽で叫び続けた。


「ああああぁあぁぁあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙。」


 どのくらいの時間が経ったのだろうか、いつからか全身が光り輝いた青白い球体になっていることに気付いた。それと同時に黒の世界のある方向が薄く光が灯っているような気がした。

 

「い…k。なkうちあ。」

 

 行かなくてはそう強く感じた。呼ばれているような気がした。考えるのもやめて懸命にその方向に向かった……いや、近付いているのか分からなかったけど、行きたい気持ちだけでもその方向に向けていた。長い時間の中で次第に目の前を照らす明かりが段々と強くなった。やっと黒の世界から抜け出せると思って嬉しくて無我夢中で光に向かった。

 そこで「それ」があることに気付いた。「それ」は自分と同じように青白く発光した球体だった。だけど自分とは比べものにならない程に大きくてなんだか温かい……ような気がした。「それ」があまりにも強い光量を放っていたから気付くのに時間がかかったけど、回りを見渡すと「それ」の周りには自分と同じくらいの大きさの光の球体が沢山あった。光たちは気のせいかもしれないけど自分よりもか弱くて今にも消えてしまいそうな繊細さがあった。そして何か迷っているのか回りを飛び回るだけだった。

 まぁ関係ないなと思い、また進み始めた。「それ」に近づくと確実に温かさが強くなっていった。感覚なんて大昔に無くなったと思っていた……だけどまだ温かさを感じられるということに何という感情が分からない強い情動が内から湧き上がった。けれどその情動は長続きしなかった。だから、またそれを感じたくて進み始めた。やがてその大きな球体に接触した時、今までに感じたことのない多幸感に襲われた。

 もっと……もっと味わいたいと思ってさらに進んだ。「それ」に合体していくほどに強い多幸感が襲ってきた。もうなにもかもどうでもいいや……いつの間にかまた意識がなくなった。もう二度と眼を覚まさないと思っていたのだけどある時、多幸感が飽和した。あぁあ……もう終わりか……と周りを確認すると不思議なことに砂漠や森林、石造りの町並みなどの様々な景色が点在していた。


 知っている……気がする……。


 なんだか懐かしいような景色を次から次へと巡っていった。そんなとき、目の前に映った風景が気になった。それはなんだか良い世界だと思った。空には大きなドラゴンが飛び回って、魔法を使い、大昔に憧れた世界……のような気がする。そんな世界をずっと見ていると、ある男が一つの剣で戦場を駆け巡る……それは面白い物語だった。もっと見たいと近付くといつの間にかその世界に入り込んでいた。その男はある女性と恋をして、戦って、戦って、戦って、そしてある時、田舎の集落で居を構えた。男を見続けているとある時から女性のお腹にぼんやりとした薄い光が見えた。それは日に日に大きくなっていった。それから、あの光に入れるんじゃないかと思い始め、試しに女性のお腹に向かっていった。お腹の中は温かくて響くような音も聞こえてなんだか「それ」と同じような多幸感があって離れられなくなった。先にお腹にあった光はまだ自分よりも弱い光だけど日に日に明るく、大きくなった。ある時、お腹の中では狭くて光同士が接触した。

 そのとき、今まで温かいと感じていた熱が激しさを増した。自分の光が熱に変わっていくのを感じた。だんだんと、だんだんと周りの光は熱に変わって、またあの黒の世界が訪れた。あまりの熱さと黒の世界に恐ろしさでいっぱいになり、当に失ったであろう声帯から絞るように声を挙げた……だけのつもりだった。

 

「おぎゃあぁ。おぎゃあぁ」


 実際に音は出た。蝋燭の揺らめきが照らす木造の部屋にまるで赤子のような声色と共に鳴り響いた。


「aいfbqkそxはbをんをsんqnfqa」

「xjdんくぉあqbx」


 周囲の音の暴力が怖くて、周りの光が怖くて、肌に当たる風は怖くてひたすらに泣いた。やがて声を挙げた疲労からか眠気により瞼を閉じた。瞼の裏から感じる仄かな光に安心しながら過酷な運命を知らないまま安らかなに眠った。

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