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第9話 賢い選択


「ジンさんの言いたいことはわかるよ。でも僕にはどうすることもできないし、する気もない。あの子供隊が魔族というだけで、それは処刑されてしかるべき理由になるんだ」


「ああ。親を殺されたあのガキ共が大人になって、俺や俺の仲間に害を与えるかもしれねえ。その可能性がある以上、あのガキ共を生かしておくわけにはいかねえな」


「………………」


 マルコ達が薄情な人間ということではない。まだ出会って数時間しか経っていないが、この3人が優しい人達であることはよくわかっているつもりだ。


 この世界では魔族は殺さなければならない敵……ただそれだけのことなんだ。


「そうだよな。ごめん、変なこと言ってしまった。魔族のことを何も知らない俺が口を出していい話じゃなかった、忘れてくれ」

 

「いや、いいんだ。魔族を知らない人が見たら、そう思ってしまうのも仕方のないことだと思うよ」


「ったく、あんまり甘えこと言っていると、生きていけねえぞ」


「そうよ、今回は盗賊に身ぐるみを剥がされただけだったからまだよかったけれど、魔族に出会っていたら死んでたのよ。優しさも大事だけれど、現実をしっかり見ないといけないわ」


「ああ、そうだな。気を付けるよ」






「わかってはいるんだけどなあ……」


 時刻は真夜中、宿のそれほど立派ではない天井を固いベッドの上から横になって見上げている。


 マルコ達と別れたあとは、買取所に行って例の牛の素材を買取ってもらった。思ったよりも高く売れて金貨20枚、アバウトだが日本円に換算すると約20万円もの大金だ。


 そんなに大金を一瞬で稼げたにもかかわらず、俺の気は沈んだままだ。その原因は言わずもがな、あの鎖でつながれた魔族の子供達だ。


「当たり前だけれど、みんな絶望的な表情をしていた……」


 連行されていた魔族の子供達は全部で3人だ。子供が3人ということはそれほど大きな集落ではなかったか、あるいは遠征軍と戦った時に殺されてしまったかだな。


 魔族の子供達は全員がバラバラの姿をしていた。頭から2本の角をはやした女の子、肌の色が青色の男の子、頭から獣の耳を生やした女の子。


 確かに普通の人とは身体の一部分が異なるが、それを除けば本当にただの子供にしか見えなかった。


 集落を襲われ、親しい人を、家族を殺された上に敵国の兵士に捕まったんだ。そりゃ希望もなにもあったものではない。


「たぶん俺もあの時はあんな顔をしていたんだろうな……」


 俺の人生の中で最低最悪だったあの日……


 両親が事故で亡くなってしまったあの日のことを、俺は一生忘れることがないだろう。


 朝までは本当にいつも通りだった父さんと母さんとの幸せな日常……行ってきますと友達の家へ遊びに出かけた日曜日。


「家に帰ってきて、父さんと母さんが事故で亡くなったことを聞いたときは、全然理解することができなかったんだよな」


 両親が亡くなって、もう二度と会うことができないと、心の中で本当に理解するまでには数日がかかった。そして俺はもう二度と父さんと母さんに会えないんだと理解したあとはただひたすらに泣いた。


 泣きつかれて眠って、起きたらまた泣くの繰り返しだった。あの時のことをはっきりと覚えていないが、きっとあの魔族の子供達のように絶望的な表情をしていたに違いない。


 父さん……母さん……助けて。亡くなった両親から返事や救いがないことを分かっていながらも何度も泣きながら呟いた。そして事故を起こした相手や両親を奪った運命や神様をひたすらに憎んだりもした。


「忘れちまえよ……どうせ俺にはなんの関係のない子供達だ」


 俺には縁もゆかりもない、今日初めて出会った子供達だ。それにここは異世界で、俺は元の世界から来た完全な部外者でしかない。


 仮に魔王の力であの子供達を助けることができたとしても、そのあとはどうする?


 集落を襲われ、大切な友人や家族を人族に奪われたんだぞ。間違いなく人族を恨んでいるに違いない。そんな子供達を子育ての経験もない俺が育てるのか?


 かといって子供達を助けた後近くにある魔族の集落にまで連れていって面倒を見てもらう? いくらなんでも無責任すぎるだろ。


「忘れよう。それが一番賢い選択なんだ」


 そう、それが一番賢い選択なのだ。幸い多少の金は手に入った。明日この街を出て、魔族が近くにいない街まで行って、人族と魔族の戦争のことなんか忘れてのんびりとしたスローライフを送ろう。よし、そうしよう。






「全然眠れなかったな……」


 人族と魔族の戦争のことは忘れて別の街に移動しようと決めたわけだが、本当にそれでいいのかと自問自答をしていてほとんど眠ることができなかった。オッサンは眠れるときにはすぐに眠れるが、考え事をしてしまうと眠れなくなってしまうのである。


「おはようございます」


「はい、おはようさん。なんだい、ずいぶんと酷い顔をしているじゃないかい?」


 部屋を出て1階に下りるとこの宿の女将さんがいた。30代くらいで茶色い短めの髪だ。ちなみにこの街の人達はいろんな場所から集まっているらしく、茶色や金色、銀色、赤色など様々な髪の色をしている。俺以外に黒髪の人もいた。


「ええ。昨日は全然眠れなくて……」


「なるほど、昨日は遠征軍の勝利の宴が街のあちこちでおこなわれていたからね。あんたも明け方近くまで飲んでいたクチかい?」


「……まあそんなところです」


 さすがに宿の付近で騒いでいる人は少なかったが、街中では明け方近くまで大騒ぎをしていた人達が大勢いたらしい。


「今日はこのまま連泊していくかい?」


「いえ、今日のこの街を出る予定です」

 

 いろいろと夜中にも考えたが、やはり人族と魔族の戦争にはかかわらずにこの街を出ることにした。


 とりあえず市場で食料や調味料や簡単な調理道具を購入してから出発するとしよう。


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