第九話 演習 一日目 その七
八雲の問に忠陽は黙ったままだった。
それだけで八雲は理解し、呪力を高める。
忠陽の頬が緩んでしまった。
今、八雲の呪力は忠陽に刺すように当ててきている。手加減をするつもりがない。それは前よりも自身を見てくれたということ。
「何、笑ってる」
「呪術が面白いと思ったからです」
八雲の眉が動く。
「賀茂、一つ言っておく。呪術が面白いと思う奴は自分を見失うぞ」
「僕は、呪術が嫌いでした。でも……」
忠陽は印を結び、呪力を込める。すると、八雲の八方から太い土が盛り上がり、槍となる。次第に槍衾となり、八雲の逃げ場を無くす。
「紫電一閃」
槍衾は紫の雷光を纏う八雲によって、折られる。
忠陽は焦っていなかった。その動きも予め予想通りだったように呪力を練り、叫ぶ。
「鞘夏さんッ!」
「ハイ!」
忠陽の声と同時に鞘夏は動き出し、後ろから攻撃をしようとする。
八雲は後ろの鞘夏のことは気にせず、忠陽に向かう。地面を蹴ると雷轟が響き、音速域に一瞬で達する。
忠陽はそれを待ちかねていたように土壁を作り出していた。
八雲はその土壁を豆腐のように切り裂き、砕く。その目の前に居たのは印を結ぶ忠陽だった。
「捕まえた!」
忠陽が呪力を開放すると、八雲の足元には印が浮かび上がり、土が八雲の足に絡んでは土が崩れていくが、次々土が集まり、台座を作り、動けなくした。それと同時に紫の雷光が次第に消えてしまった。
忠陽は印変え、呪力を開放する。すると台座は天井に伸び始めた。
「神宮さん!」
由美子の会は、遠くにいる八雲を狙っていた。
「上出来……。ううん、ここで外したら、私が謝るわ」
由美子は目一杯に張った弦を弾く。
それに気づいた八雲は叫ぶ。
「樹ッ!」
樹はスコープでその矢の放たれた場所を確認したが、由美子が土壁を利用して、射線の死角におり、狙撃銃の引き金を引けなかった。
「無理ッ! 奏!」
「分かってるわよ!」
奏は詠唱を始めた。
八雲はもう一度叫ぶ。
「加織ィ!」
「はいは〜い。隊長、現着。土台ごと壊すよ〜」
加織は忠陽から死角の場所におり、鞘夏が阻止しようと動き出す。
その間に矢は八雲に届き、自動的に呪防壁を発生させ、狙撃を受ける。
由美子は二射目に入っていた。
鞘夏は加織との距離を詰め、攻撃しようとしたとき、呪防壁が働き、右側頭部から衝撃を受ける。そのまま、呪防壁は張り続け、鞘夏を拘束した。
その後に遠くから一発の銃声が鳴り響く。
加織がそそり立つ土の台座に思いっきり攻撃を加える。
「岩砕石礫ッ!」
台座に亀裂が入り、弾け飛ぶ。
弾け飛んだ岩石は闘気を纏い、忠陽に襲いかかる。忠陽は突然のことで防御ができず、自動的に呪防壁で守られ、難を逃れるも忠陽は拘束された。
台座自体が崩れたため、上部に居た八雲の拘束が解かれた。
しかし、已然として由美子の狙いは八雲にあった。
由美子が的を絞り、弦から矢を離そうとしたとき、乱流する風の槍が由美子の左の土壁を破壊し、襲いかかった。自動的に呪防壁で守られたが、衝撃で射型が崩れてしまった。
由美子は風の槍が襲いかかった方向を見ると、奏が再び投げているのが見えた。
由美子は悔しそうな顔をしながら、呪力を開放すると瞬時にその場から消えた。
由美子が再び現れた場所は最初に樹を狙撃し、刻印を打ち込んだ場所だった。立ち上がり、周りを確認しようとすると、後ろから喉元に刃のない刀がそえられていた。
「八雲、そっちに行ったわよ」
念話で聞こえる奏の声に、八雲は声に出して答えた。
「聞こえてる。状況終了だ。だよな、ゆみ?」
由美子は自分の愚かさにため息を吐く。自分の刻印を八雲が利用できないはずがない。これは想定済みなのかと結論を出す。そして、天を見上げ、忠陽と鞘夏に謝った。
「ええ、そうよ。私の負け」
由美子は自分の腕を外した。
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藤は忠陽と八雲の戦いをガラスに張り付くように見ていた。由美子が姿を消した時にはその行方を探し始めた。
藤が由美子の行方を探しているときに良子は立ち上がる。
藤はそれに気づき、良子を見た。
「午後は基礎鍛錬を行え、八雲とお前たちも一緒だ。八雲隊の三人娘は見学でも構わない。その後は呪力が回復するだろう。夕食まで貴様らの隊と演習を行え。……それでいいな、伏見?」
良子は鋭い目つきで伏見を見ていた。
「よしなに」
伏見は大胆不敵に笑っていた。
良子は鼻で笑い、展望室から退室した。
「さて、俺も午後からの準備でもするか……」
ビリーは立ち上がり、背伸びする。
「わざと負けてくれてもええんやで?」
伏見はビリーを見ずに声をかける。
「わざと負けたら、二佐に殺される。それに負けても地獄の訓練が待ち受けているしな。まぁ、負ける気はしないがな……」
「そうかい。ほんなら、寝首をかかれんように首を洗っとき」
「冗談じゃない。今は洗う必要も無いぜ」
「なら、五日後ぐらいにはそうしとき」
「それなら考えないでもない」
ビリーはそういって退室した。
「伏見先生、神宮さんはどこにいるんですか?」
「南東の場所で一発目の矢を撃ったやろ。そこを見てみん」
伏見は立ち上がる。
「あっ! 遠矢さんが、神宮さんと話してる。でも、遠矢さんは西の方に居たんじゃ? どうなってるの、あの二人。一瞬であそこまで移動できたの……?」
伏見はガラス越しで忠陽を見た。研究員が近づき、呪防壁を解除していた。怪我はなく、すぐに近寄る鞘夏にもいつもの優しい笑顔で答えていた。
「君は、呪術の始まりを理解してたんやな。ホンマ、君を見てて飽きへんわ。でも……」
「どうしたんですか、伏見先生?」
いつもの調子で藤は伏見に問うていた。
伏見は息を吐き、藤の頭に手を乗せる。藤はすぐにその手を払った。
「なんでもない。はよ、下に降りようか。昼までには時間がある。ガラにないけど、反省会でもしよか」
藤は同意し、伏見の後に続いて部屋から出た。