第三話 学校間呪術戦対抗試合 其の三
忠陽は廃ビルの通りを一人で歩いていた。月夜に照らされている顔は不気味な笑みを浮かべている。
「陰様……」
鞘夏は忠陽の後ろにすっと会われ、地面に片膝を着き、頭を垂れていた。
「見つかったのか?」
「いいえ、ですが――」
何かを言いかけていた鞘夏を忠陽は蹴飛ばしていた。蹴りは腹部に入っており、その痛みに鞘夏は苦しんでいた。
「探せって言っただろうが! なんで見つけていないのに戻ってきてんだ、カス!」
苦しむ鞘夏の長い髪を無理やり引っ張り、顔を上げさせた。
「おい、聞いてんのか? ああ?」
「も、申し訳……ございません」
「おい、あいつに優しくされて、腑抜けてんじゃねえのか? お前は俺のだ! あいつのもんじゃあねぇ」
「…はい…陰…様」
「お前があいつにどんなに尽くしても、あいつはお前のことすら覚えちゃいなかっただろ?」
鞘夏は忠陽の顔をじっと見つめる。
「あいつはそういう薄情なやつなんだよ。嫌なことは俺や、お前に押し付けるだよ。知ってるだろ?」
「……はい」
「よし、わかればいい」
忠陽は鞘夏の髪から手を離すと、そのまま倒れ込んだ鞘夏にもう一度、腹部を蹴る。鞘夏は痛みに苦しみ、咳き込んだ。忠陽はその様子を見て、高らかに笑っていた。
忠陽の頬に一筋の光が通り過ぎる。そのまま通り過ぎ、地面に抉った。
「なんだ、居るんじゃねぇか」
忠陽は頬の傷を舐める。
傷を付けたのは由美子が放った矢だった。怒りの感情が溢れ、凄まじい気迫を放っていた。再び矢を弦にかけ、引く。
「このゲス野郎! 真堂さんから離れなさい!」
「なに、怒ってんだよ? 使用人を躾けてただけだろ?」
忠陽の影はニタニタと笑う。
「無抵抗の女に暴行を加えるなんて、最低よ!」
「おいおい、由緒正しき神道の姫が、まさか使用人の躾け方を知らないのか?」
「躾ですって? そんなのは躾と呼ばない、暴力よ! そんなので相手を縛り付けるのは呪術師として最も恥ずべきことよ」
「綺麗事言ってんじゃね。呪術に倫理観を持ち込むことがナンセンスだ。お前らの術も、人を呪い、災いを起こし、そして殺す。どんな理屈を捏ねても、それを否定さねぇぞ」
「そうね、所詮呪術は呪いよ。だけど、使う人間によっては人を救うことだって出来る。呪術は人を救うための呪いだと私は思っているわ!」
影はクタクタと笑い始め、次第に影が大きくなっていた。
「かっこいいねぇ。カッコイイねぇ!……だったら、呪術くらべだ。人を殺す術と、人を救う術。どちらがより呪術の真髄なのか。試しみようぜ!」
先手を取ったのは由美子の方だった。弦を弾くと、光の矢は二本分離し、忠陽の横を回り込んだ。
忠陽は式付を取り出した。両サイドに土の壁を作り出し、後方に倒立回転しながら跳び、距離をとった。
光の矢はその壁さえも壊し、鳥のように忠陽を追尾する。
忠陽は再度、式付を取り出し、四層の土壁をつく出す。光の矢は三層目で勢いを止め、消失した。
由美子は今度は壁の先にいるであろう忠陽をイメージして、壁ごと破壊する威力で直線的に光の矢を放つ。
三層目と四層目の壁は簡単に壊れたが、そこには忠陽の影はなかった。代わりに出てきたものは、大きな火の玉だった。演習場で作られた炎と同じ大きさのものだった。
由美子は落ち着きながら、弦を引く。
「切り裂きなさい、疾風ェッ!」
甲高い弦の音が鳴り響くと、風の刃が現れ、炎を真っ二つに切り裂く。切り裂かれてた炎はビルに辺り、燃え広がる。
広がった炎は凛とした由美子を照らしていた。
忠陽は手を止めていなかった。ビルの屋上で行ったように破り捨てて、空中にばら撒いていた。そして、短手をする。
「それは一度、見たわ」
由美子は弦を弾くと、低い音が鳴り響く。
コンクリートによる針の筵は生ぜず、忠陽は舌打ちをした。
「鞘夏、いつまでぼけっとやがる。さっさと動きやがれ」
「はい…」
「分かってるな?」
「かしこまりました」
鞘夏は警棒を取り出し、由美子へと走り出す。
由美子は弓を引き、矢を放つもその矢は鞘夏に簡単に打ち落とされた。
由美子は奥歯を噛みしめる。鞘夏との距離が縮まり、矢では無理だと判断し、術へと切り替える。手を鞘夏に対して翳し、魔術を放つ。術は展開し、広範囲に突風を巻き起こした。
その突風を受け、鞘夏は動きを止める。後ろへと飛ばされないように踏ん張るも、ジリジリと後退させられる。
忠陽は呪符を取り出し、呪言を唱えていた。唱え終わると、式付を投げ捨てる。すると、緑色に光った風の斬撃が発生し、突風を切り裂いた。
風が止むと同時に鞘夏は由美子の元へと走っていた。由美子は次の魔術を放つ態勢を取っている。
鞘夏は奥歯を噛み締め、地面を蹴る。距離は縮まり、術の発動速度よりも鞘夏が警棒で由美子の右腕を振り落とす速度のほうが速い。
由美子が術の発動を止め、右手を諦めたその瞬間に、鞘夏の警棒は鞭によってはたき落とされた。鞘夏は忠陽の元へと後退した。
「あなた……」
由美子が鞭の方向を見ると、靭やかな長い形状の鞭を引き戻し、短鞭の形状に変えながら由美子の側に朝子は歩いていた。その後ろには葉がいた。
「べ、別に、あんたのためじゃないから……。勘違いしないでよね! 葉の傷つけた仕返しがしたいだけよ」
「そうね」
由美子は笑っていた。
「……神宮さん、ああ言ってるけどー」
「葉さん、分かってるわ」
三人は忠陽たちの方へ向き直した。
「ちっ、仕留め残ったか……」
「申し訳ございません」
忠陽は口よりも先に手が出ていた。拳を握り、鞘夏の綺麗な顔を殴る。
「なに、あれ……」
朝子は体を震わせた。
「あいつ、殺してやる……」
朝子の声には憎しみを含んでいた。
「気持ちはわかるわ。だけど、冷静になりなさい」
「神宮さん、そりゃ無理。ああいうの見ると朝子は……」
「えっ? どういう――」
由美子が葉の言葉に反応した瞬間に、朝子は走り出していた。短鞭を長い鞭へと変え、振り回し、自身の周りで身に纏うかのよう振り回す。
由美子の目には鞭が更に伸びていくのが見えた。朝子の呪力が増大するにつれて、さらに鞭の長さは伸びるのを見て、その仕組みを理解した。
高速に振り回された鞭の穂先は忠陽に襲いかかる。忠陽は呪符を取り出し、地面と接した半球上の透き通った呪力の壁を作り出す。鞭の穂先はその壁に弾かれ、周りの建物を削りながらも、何度も壁を叩き込む。
忠陽はもう一つ呪符を取り出し、詠唱を始めた。
それに気づいた由美子は朝子に攻撃をやめるように言葉を発するも、朝子は止めなかった。
由美子は弦を引くのを躊躇った。弦を引けば朝子の鞭も効果範囲に入り、呪力を霧散させてしまうのではないか。
そんな由美子の読みを知っていてか、忠陽は由美子を見て、笑っていた。
由美子は判断の遅さに苦い顔をしつつ、弦を引く。すると、忠陽の周りを覆っていた呪力の壁は崩れ消え去り、朝子の鉄鞭の形状は短鞭に変わった。
「俺の読みがちだな。流石に呪力の壁の中まで浄化することは出来なかったな、女!」
呪符に込めた呪力を投げ、解き放った。これまで見たことのない火球だった。周辺の一帯を照らし出し、触れた地面を熱で溶かしていた。火球はすべてを溶かし尽くす超高温炉のように朝子に迫る。
「朝子ッッッ!」
葉の悲痛な叫びが火球に吸い込まれる。
由美子は今一度、弦を引き始めるも、その強大な火球を浄化するよりも、朝子が飲み込まれるの映像を呼び起こし、焦った。その映像が自身の無力を思い知らせ、弦の引く力を弱める。
「ここまでやな」
由美子の耳に普段なら嫌悪を感じる音が入ってきた。
火球に一枚の呪符が入ると火球は変化し、渦を巻くように空へと駆け上っていった。さっきまでの明るさはなくなり、暗闇の中から片腕がなく、そして、サングラスをかけた白髪の男が現れた。
「姫、もうちっと、浄化の使い方を考えんと使えへんで。僕やったら、極光で呪力の壁を突き破る選択をするけどな」
「う、うるさいわね。極光は加減が難しいのよ」
「なんや、使えへんのか? 僕の見誤りやったかもな」
伏見はいつものように飄々と由美子を貶す。由美子や葉を通り過ぎ、朝子の前で止まると大丈夫かといい、体を触りはじめ、怪我の具合を確かめる。朝子は何が起きているのか分からず、黙っていた。
「ちょっと、どこ触ってるんですか!」
藤が伏見の後を駆けつけ、大声を発していた。
「なんや、怪我があるかどうか確かめてるだけやんか」
「多感な女子生徒の体を触るなんて、最低です!」
「そりゃ、ひどいわ。僕は――」
「氷見さん、大丈夫? セクハラされなかった?」
伏見を突き飛ばし、藤は朝子を守るように引き離した。
「……う、うん」
「怖かったわね。こんなセクハラ教師に触られて!」
「セクハラって、君……」
「ううん。でも、どうして藤ちゃんがここに?」
「まぁ、色々とね」
藤は明後日の方向を向いて、誤魔化していた
「なんか、かっこいい登場したつもりやのに、君のせいで台無しや」
「こんな状態になるまで見ていたあなたが言えたことですか! このサディスト!」
伏見は藤を無視して、忠陽に話しかけた。
「さて、忠陽くん、いやカゲくんでええかな? 君にはもう要はない。忠陽くんに戻ってもらおうか」
「何言ってんだ、てめえ。キサマに従う理由はない」
「先生の云うことは聞かなあかんって、親御さんに躾けられへんかったか?」
「ないな。おれは俺の勝手気ままにやるだけだ」
忠陽は歯を見せて、笑う。
「そうか。なら先生も教育をしてやらんとな」
「いいぜ。キサマとも闘いたかったんだ。わざと、俺にわかるように監視していたキサマが目障りだったからな」
「先生、やっぱりバレてたんじゃないですか!」
「藤くん、そりゃ当たり前や。僕は姫たちを援護していたんやで。見張られてることに気付かせれば、彼のことや、僕たちにも目を向ける。そうすると、彼の頭の中では僕らも警戒しなければならない。同時に二つに意識をむけなきゃいけないのは結構キツイやろう?」
「そうですね。って、監視していたのは私ですよね? ずっと、携帯をイジって暇潰していたのは、伏見先生ですよね?」
「あはは、そうやったかな?」
「そ、う、で、す、よ!」
じりじりと藤が伏見に詰め寄る。
「ククク。こいつはとんだエセ教師だな。キサマ、何者だ!」
「そう警戒せんでもええやんか。僕は、君たちの、担当教師や」
忠陽は呪符を取り出し、投げようとしするも、既のところで手が止まってしまった。その動きに忠陽は笑いが止まらなかった。
「言霊か。こいつは楽しめそうだ」
「褒めにあずかり光栄やな。藤くん、その子を連れて離れとき。なんや、まだやるつもりらしい」
「は、はい」
藤は朝子を連れて、由美子の元へ歩いた。
「姫、三人を守りいや。守りきれへんかったら、君は退学や」
「わかってるわよ」
「あと、お節介なことせへんでな」
「うるさいわね。結界だけ貼ってればいいでしょ?」
「ええ子や」
私は関西圏の出身ではありません。
なので、伏見が話している方言はエセ関西弁と思ってもいいです。
もしかすると、桂米朝師匠の影響で大阪弁に近いかもしれませんが、イメージは京都弁なんです。
桂米朝師匠の噺で好きなのは色々とあるのですが、小噺で好きなのは「たけのこ」です。
ですが、私は筍は嫌いなんです。
子供の頃、山の掃除をかねて、父と一緒に取ってきた筍が、一週間以上食卓に並んだことがあります。旬と呼ばれる食材が一週間も出続け、野菜嫌いな子供時代、以後嫌いになるのは当たり前でしょう。
父も、せっせこ皮を外す作業を何十個もしていたので、もしかすると嫌だったかもしれません。
母も、その皮を捨てる作業とアク取りをしないといけなかったので嫌だったかもしれません。
なので、それ以来家族全員が筍が嫌いなったかもしれません。
「ああ。かわいや、皮、いや」
魔法使いの夜OST 深澤秀行「対峙 / out border」を聞きながら