第九話 演習 一日目 その二
藤は自分の教え子である朝子の動きにやきもきしていたが、発砲音で、自分が知らないところで戦闘が始まっていることに気付く。
狙われたのが朝子でないことに安堵する一方、温和な性格である忠陽を狙ったのか気になり、伏見に尋ねた。
「そりゃ、忠陽くんを残しておくと後々面倒くさいからやろ」
「面倒くさい? でも、賀茂くんは神宮さんより強くないし、警戒するほどじゃないでしょう?」
「それも一理あるな。だけど、この序盤で忠陽くんに呪防壁を起動させたのはええことや」
「俺なら一発で仕留められたぜっ」
その言葉に誰も返事をしなかった。
「あれはお前が教えたのか?」
「いいや。僕が教えたのはかくれんぼの基本。あの術は独自に使えるようになったもんや」
「なるほど、父上が認めるだけのことはある。だが、使い方が下手だな。やはり、ゆみにはまだ相応しくない」
「ちょっと、待ってください。さっきから、神宮さんに相応しくないとか関係あるんですか!?」
「ある」
「あるやろ」
「姐さんがそう言ってるんだからあるだろ」
三人の回答に藤は困り顔であった。
「ゆみは神宮の跡取りだ。その跡取りには相応しい人間が側に居てもらわないと困る」
「それは、家の問題であって今ココで言うことじゃないでしょう」
小さな声で藤は反論する。
「なにか言ったか?」
良子の凄まじい圧に藤は押された。
「いえ、なにも……」
良子は再び口を開いた。
「ここで賀茂を倒した方が良い理由は二つある。一つが、賀茂が居なくなれば不意打ちが無くなる。あれほどの隠行は普通の術士なら見つけられまい。序盤で賀茂を見失うと、中盤以降の乱戦状態のとき、奇襲が入りやすくなり、優位性が賀茂たちに傾く。相手は常に見えない賀茂の存在を意識し、目の前の術者の簡単な虚実を見抜けなくなっていくからな。だから、八雲は先に賀茂を抑えた。頭を抑えられた賀茂は隠行を使うのを躊躇せざるをえない」
「躊躇ですか? そんなの気にしなくても……」
伏見はクタクタと笑う。
「藤くん、君が学生時代にイタズラを僕に見破られたとき、もう一度使いたいと思うたか?」
「それは……」
藤は学生時代のヤンチャを思い出し、言葉を飲み込んだ。
「忠陽くんの動揺は物凄いやろな。なんせ、相手は完全に自分を捉えてるからな」
藤は伏見がいう忠陽の心理があまり理解できず、空返事をした。
「あと、もう一つは何なんですか?」
藤は良子に聞いていた。
「奏が自由になる」
「奏さんって、月影さんのことですよね? 彼女が自由になっても大して変わらないような気がするんですか……」
「そいつは違うな、お嬢さん」
ビリーは真剣な表情だった。
「この部隊の一番の要は奏ちゃんだ。さっきの狙撃も奏ちゃんの正確な誘導があってこそだ。樹一人じゃムリだな。あの部隊でマトモな奴は奏ちゃん以外にいない。やる気がなく、勝手気ままな狙撃手、自分の意見を言わない脳筋格闘家、後先を考えない隊長。このメンバーを支えてるのは奏ちゃんだよ」
藤は自己紹介のときの出来事を思い出した。
「月影さんは事実的なリーダーってことですか?」
「それは違う。あの部隊の隊長は八雲だ。それは変わりようがない。奏は確かに優れた術者である上に、全体の調整を取るバランス感覚にも優れている。あれで、あの女の血を継いでいなければ問題ないのだがな……」
良子は不敵に笑う。
「そこが一番ええとこやろに。それが分からん大隊長と一緒で、奏ちゃん、可哀想やわ」
「伏見先生……」
藤は伏見のいつもとは違う良子への当たりに疑念を抱く。
「部隊の隊長はその隊の色を決める人物だ。奏が指揮能力を持っていても、それはパーツでしかない。八雲隊の特徴は他の部隊にない強襲性だ。それを、可能にしているのは八雲だ」
良子の言葉には淀むがなく、断言していた。
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藤や良子たちが展望室で話し合っている頃、忠陽は自身の動揺を抑えるために、現状を確認する。
相手は正確に自分を射抜いてきた。なぜ?
隠行はいつもとは違い、甘かった? そんなことはないはず……。
隠行を使うタイミングは相手に見られないように死角になる場所で行った。
どうして見つかってしまったのか、忠陽は戸惑う。
「賀茂君、聞こえて?」
忠陽の頭の中に由美子の声が響く。
「神宮さん!」
忠陽は周りを見ながら、言葉を発していた。
「良かった、この腕輪を通して念話はできるみたいね」
「念話? そんな機能があるのこれ?」
忠陽は口から音を出して会話していた。
「でなければ、貴方が撃たれた説明がつかないわ。いい? よく聞いて。兄さんがそっちに向かってる。恐らく、貴方の位置がわかるように誰かがマークをしたと思うわ」
「どうして、そんなことが分かるの?」
「私も知らない間にマークされたみたいだから。淡い光が私の周りに張り付いている。物凄い緻密な呪力操作ね。あなたもそうじゃない?」
忠陽は周りを見るも、その淡い光が見つけられない。
「ごめん、分からないよ」
「分かったとしても、対応は難しいわよ。それにこれは貴方の隠行をさせないためだから」
「僕の隠行を?」
「貴方の隠行って見つけにくいのよ。たぶん、それを脅威だと思った兄さんは私達の中で誰よりも貴方を抑えたいと思った。現に貴方の方へ兄さんは向かってる」
「八雲さん相手だと勝ち目ないよ。どうしよう……」
忠陽は拳を握る。
「それは……貴方に任せるわ」
忠陽は伏見の言葉を思い出す。
「真っ向からぶつかる……」
「それもいい手よね」
「でも、どうして神宮さんに僕なんかに連絡を?」
「……貴方が、動揺してるんじゃないかって、思って……」
忠陽は笑う。
「何よ! 笑わなくても良いじゃない!」
「神宮さん、ありがとう。確かに動揺してた」
「隠行の使い方は今まで通りでは通用しないわ。気をつけてね」
「お互い最後まで頑張ろう」
「私は最後まで勝つつもりでいるわ」
「忠陽様、ご無事ですか?」
鞘夏が駆けつけてきた。
「鞘夏さん。怪我はないよ」
「鞘夏と合流したの?」
「うん。こっちに来てくれた」
「鞘夏、聞こえて」
「はい、ゆみさん。聞こえます」
「そっちに兄さんが向かってるわ。二人で隙を作ってくれる? その間に私が狙い撃ちしてみる」
鞘夏は忠陽を見る。忠陽は頷いた。
「神宮さん、何とかやってみる。僕らのことは巻き込んでも構わない」
「分かったわ。私も今の場所から少し移動するから時間を頂戴。また、何かあったら教えて」
「分かったよ」
由美子の念話が終わると忠陽は鞘夏を再び見る。
鞘夏は警棒を取り出し、忠陽は呪符を取り出し、準備し始めた。
一方、由美子は高台から全体像を俯瞰する。
本来は連携を取って行動すべきだが、忠陽と鞘夏以外だとそれも叶わないことを理解している。実質、四対三対一対一。その中で、自分より格上の相手と戦うのは非常に難易度が高い。
自分が知っている中で、狙撃の腕前が自分以上の狙撃手、呪力操作で自分以上の術師。さっきまで抱いていた全員に負かしてやるという気持ちがすべて吹き飛んでいた。
「さすが兄さんの部隊ね」
由美子は地面に手を触れる。
「全力でやっても勝てるか分からない。でも、負けたくない」
由美子は呪力を練った。
「念の為、ここにマーキングを」
練った呪力を開放すると地面に薄い印字が刻まれていく。
由美子はその印字が刻まれたのを確認し、その場を離れた。




