第九話 皇国陸軍第八師団特殊呪術連隊第一中隊 その三
第二演習場の男子更衣室に八雲の笑い声が広がる。
「そいつは悪かったな」
「冗談じゃあねぇっすよ、名前言っただけで殺されるかと思ったぜ」
大地はため息を吐く。
「それはあながち間違いじゃない。お前の命は狙ってるよ」
「はあ!? なんで!!」
「お前、ゆみにチョッカイ出してるだろう? それが気に食わないんだよ」
「ボ、ボンはどうなんだよ?」
「言葉通り、認めやるけど男として相応しくないから鍛え直すつもりだよ」
忠陽は苦笑いする。
「あの……どうしてそんなことに?」
「そりゃ、俺の報告と九郎からの話だろ?」
「九郎って、あの執事のことか?」
「ああ、そうだよ。実はな、二佐の父親は九郎なんだよ」
忠陽は漆戸の顔を思い出すと、目元が少し似ていることに気づく。
「確かに目元が似てるかも」
「あの爺さん、かなり優しかった気がするぞ……」
「九郎が丸くなったんだよ。昔は二佐以上に恐ろしかったからな」
「全然そう見えないですね」
「まあ、九郎にとって、ゆみはかわいい孫みたいなもんだから、甘やかしたくなるんだろうな。二佐とってはかわいい娘みたいなもんだから過保護なんだよ。度が過ぎてるけどな……」
男三人肩を並べて苦笑いする。
「さて、気を取り直して、演習を始めるぞ」
「えー、ヤダっすよ。確かにかわいい姉ちゃんがいるってのは嘘じゃないみたいだけど……」
「そう、腐んな。あいつだって、お前たちのためにやってるんだからよ」
大地は八雲に連れられ、渋々更衣室から演習場の中に入る。そこはコンクリートむき出しのドーム状の演習場だった。
周りには最新技術の機材がつけられており、どこかの研究施設にも思える場所に見える。
先に由美子たちと伏見と藤が待っていた。それを相対するかのように三人、各々の戦闘服を着た女性が居た。
一人は黒髪ツインテール、怒っているのか、目がつり上がっており、電磁波が多めに出ている。戦闘服からも分かるが細身なことが分かる。
二人目は一人目とは対象的に朗らかな笑顔でゆるい雰囲気だった。姿はボーイッシュで短パンにタイツを履いており、動きやすそうだが、胸が三人の中では一番大きかった。
三人目は茶髪のポニーテールに、女性の中では長身で、上半身タンクトップに姿、誰よりもやる気がなく、あくびをしていた。
「ようし、お前ら集まったな」
「遅い! いつまで待たせる気よ!」
八雲にツインテールの女性が噛みつく。
「そう怒んなよ」
「タイチョー、奏ちゃん、心細かったみたいですよ」
ボーイッシュ姿の女性が八雲に申告する。
「加織ちゃん!」
「なんだよ、それならそう言えよ」
「私はただあんたが来るのが遅いから言っただけよ! 勘違いするな!」
「わかりやすいツンデレだな」
大地が呟く。
「そこのお前、なんか言った?」
「いや、何も……」
大地は奏の殺気に脅されるように、すぐ否定してしまった。
「奏~まあ抑えろよ。で、八雲、こいつら何なわけ?」
ポニーテールの女性が奏に抱きつきながら静止する。
「ああ、これからこいつらと学校間呪術戦対抗試合に使う地形変化呪具と防御呪具の運用テストをしてもらう」
「ちょっと、そんなの聞いてない!」
奏が再び八雲に再び噛み付く。
「今言ったからな」
「そういうことは早く言いなさいよ! 毎回毎回!」
「いつもじゃないだろ? ほら、この前も天谷に行くときは連絡しただろ?」
「ええ、前日の夜にね!」
「だったら、いいじゃん」
三人一同に良くないと言い放つ。
奏の説教は止まらず、八雲を追い詰める姿を見て、由美子はため息をつく。
「まあ、いいじゃんか。今回は正式な上からの命令なんだからよ」
「いーやーよ! ささっと断ってこい!」
「タイチョー、私も奏ちゃんに賛成!」
「そんなこと言うな。ここは隊長の俺を立てると思ってさ……」
「アンタがいつも隊長らしいことしてたら、そんなこと言わないわよ!」
「何言ってるんだ。いつも、お前らのワガママを聞いてやってるだろう? 隊費で酒を買ってやったり――」
「それを得しているのは樹だけでしょう! それに隊費で精算しているのは、あ、た、し! なんだけど」
「あはは……タイチョー、サイアク……」
「いや、たまには慰労会を兼ねてバーベキューしたり――」
「その場所と食材は誰が用意したのよ? あんたにまだその時にかかったお金返してもらってないんだけど!」
奏は笑顔のまま吐き捨てる。
「八雲。お前、クズだな」
「タイチョー、クズなんだ……」
「兄さん、最低ね……」
「お前、クズやな……」
八雲に誰もが非難の目を向ける。
「あー! うるせえーな! 決まったことだからつべこべ言わず言うことを聞けー!」
「イヤだって言ってるじゃない!」
クタクタと笑う男が口を開いた。
「まあまあ、奏ちゃん。そんな邪険なこと言わんといてえな」
奏は伏見の声に体がビクンと反応した。
「で、でも、私達も突然言われたことだし……」
「それは悪いな。今度、僕に関わることは、奏ちゃんにも必ず連絡するようにするさかい」
伏見の笑みの気配に後ずさる奏。
「べ、べつに、そんなことにしなくてもいいですよ。辰巳さんの手を煩わせることはしなくても……」
「ほなら、今回もええんよな?」
「う、うん、大丈夫……」
「ああ、良かったわ。奏ちゃんのマル秘情報をバラさなくて」
奏は拳を握りしめて、悔しさが滲むような顔をしていた。
藤はその様子を見て、同じ被害者だと思い、同情していた。
「奏ちゃんがやるなら、しょうが無い。タイチョー、私もやるよ」
「お、そうか助かるぞ、加織。樹はどうするんだ?」
「あたし? うーん。あたしも居たらガキンチョ共が手も足も出ないと思うぜ?」
「それでも居てくれた方が俺としては助かる」
「分かったよ。一回やって、考える」
「ありがとうな。さて、とりあえず自己紹介だ。まずは俺たちからだな。えっと、俺のことを知らない奴はそこお二人さんだけかな?」
八雲は藤と朝子を指さした。
「とりあえず、部隊とか面倒くさいから、遠矢八雲だ。まあ、知っている奴はよろしく。知らない人は初めまして。この部隊の隊長をしている。今、見ても分かるように癖が強い奴らだけど。よろしくな。ちなみに、そこに居る由美子は俺のかわいい妹です」
部隊の三人は由美子を見る。
「なあ、かなりしっかりしてそうじゃない?」
「アイツがとびっきり抜けてんのよ」
「タイチョーの妹とは思えない程気品があるね」
「おい、お前ら。俺の悪口を言うな」
朝子は由美子と八雲を交互に見ていた。
「ほい、次。奏、いけよ」
「月影奏。この部隊では副隊長をしています」
「奏ちゃん、そっけないよ。好きなものはなんですか?」
「好きなものは……って答える必要ないわよ、加織ちゃん!」
大地が手を上げていた。
「はいはーい! グラサン先生とはどんな関係ですか?」
「それも答える必要はない」
「グラサン先生!」
大地はすぐさま伏見に聞いた。
「従兄弟や」
「ちょ、なんで答えるのよ!」
「別にかまへんやろう」
奏は悔しそうな顔をしていた。
「次は私だね。周防加織、この部隊では隊長と同じくアタッカーをしてます。好きな食べ物はすき焼き!」
誰も何も反応しなかった。そこに何か不穏な空気が流れる。
「おい、加織、どうすんだよ、この空気。あたしが言いづらいじゃねえか」
「あはは、やっちゃった」
樹はため息をつきながら話し始める。
「あたしは橘樹、狙撃手をしている、好きなものは……女かな」
さらに淀んだ空気になってしまった。
「さて、これで俺たちの部隊の紹介は終わりだ。じゃあ、そっちの方の紹介を伏見、先生の方から順に頼むよ」
伏見は頭を掻きながら前に出た。
「伏見京介、この子らの引率をしている」
「おいおい、つまんねえな。もっと好きな食べ物ぐらい言えよ」
八雲が冷やかした。
「なら、ゆんちゃんが作ってくれたチョコかな」
八雲は顔をしかめ、伏見は口角を上げる。
「八雲、一本取られたな」
樹が笑う。
「あんたが勝てるわけないでしょ」
奏は呟く。
「えーっと、よろしいですかね? 私は東郷高校で教員をしております藤日那乃です。私は伏見先生の教え子で、色々と手伝わされていて、今回もそれでここに来ています」
それを聞いた奏は咄嗟に言葉が出た。
「大丈夫ですか? 脅されてませんか?」
「え? あ、その……」
藤は伏見を見ると、今まで見たことのない清々しい笑顔をしていた。
「あ、ありません」
藤はその笑顔に屈し、物を言わない貝になってしまった。
「ほなら、次は生徒やな。由美子くんからやな」
「神宮由美子、翼志館高校に在籍してます。以後、お見知りおきを」
由美子は不機嫌らしく端的に終わらせた。
「おい、どうしたんだよ、ゆみ。元気ないな」
八雲が由美子に問いかける。
「別に……」
「来るまでに乗り物酔いでもしたのか?」
「そんな事ありません! 兄さんの体たらくを見て、ガッカリしているんです」
それを聞いて、大笑いしたのが樹だった。
「なにそれ。ゆみちゃんだっけ……。可愛いね」
「その名前で呼ばないで頂けますか?」
「ますます良いね。お姉さん、好きになってきた」
樹が由美子に近づこうとする。
「あ、タイチョー、樹さんのいつもの発作が始まった」
「樹、やめろ。俺の妹に手を出すな」
八雲は樹の肩を掴み静止する
「えー!! いいじゃんか! 減るもんじゃねえし」
「お前なんかに妹をやれるか!」
樹は舌打ちをして下がった。
「悪いな、次頼む」
長い黒髪に虚ろな目をした鞘夏が前に出る。
「真堂鞘夏と申します。よろしくお願いします」
綺麗に一礼し、すぐに下がる。
鞘夏が下がると、朝子が不貞腐れながら前に出る。
「氷見朝子」
端的に挨拶をして下がる。その後に続いて、大地、忠陽が自己紹介をした。
自己紹介を終えると研究者らしき人物が入り、呪具の説明をし始めた。
今回、試験する呪具は二つあり、一つは桜花学校と呼ばれる陸軍呪術師養成学校の選抜戦で使用される防護呪具と呪術研究都市で開発した環境復元装置だった。
防護呪具は腕輪の形をしており、一人ひとりに渡され、装着を促された。
「懐かしいな、選抜戦。この腕輪の特性を利用して、ゆんたちと選抜戦勝ち抜いたんだよな」
樹が腕輪を装着しながら言った。
「そのせいで、私、教官連中に目の敵にされたんだけどね」
奏は苦い顔をしていた。
「そんなこと言うなよ。大好きなお姉ちゃんだろ?」
樹は奏に纏わりついた。
「大好きじゃない!」
奏は樹を引き剥がし、睨む。
「あ、あのー。そろそろ説明してもよろしいですか?」
研究員が割って入ってきて、淡々と説明を始めた。
この呪具の技術は、呪術戦の際に使用する呪防壁を自動的に発生させる術式を組込んだものであり、桜花では防壁展開が慣れない訓練兵に補助的な呪具として使用していたのが始まりだった。
現在使用している防護呪具は自動で薄い呪力の膜を形成する。その形成した薄い膜で相手の呪術の攻撃力、物理的攻撃を計測し、脅威レベルを判定して、殺傷能力が高いものに対して呪防壁を張り、装着者を守る仕組みである。
その脅威判定のために装着者は常時呪力を消費し、人によっては稼働時間が異なっていることが説明された。
呪防壁を張るとき、大量の呪力を必要とするため、皇国軍は最大二回まで起動するように設定し、二回目が発動すると腕輪に蓄積されている呪力を自動的に使い、装着者を拘束、保護する機能を付与している。
そのため、この腕輪は装着者が二度重症に至る攻撃を貰うと戦闘不能と判定。また、装着者の呪力がなくなると戦闘継続不能と判定。さらに、頭や心臓などに死に至る強い一撃を与えると一発で戦闘不能と判定する。
この三つの条件のうち、いずれかの判定を受けると、保護機能が動作し、その者は戦闘に参加できなくなる。
この呪具を使用し、四人一組のチーム同士で戦い、制限時間内に対戦相手より多く倒し、得点を稼いだ方が勝者となる。
その他にも、個人獲得点、個人失点の値でも、その人間の特性を判定し、軍では所属部署を決めているという。
「なあ、さっき言ってた裏技的なやり方ってどうすんの?」
大地が樹に聞いていた。
「それは私も是非聞きたいですね」
研究員も樹にお願いしていた。
「もう対策されてるから実現は不可能だけど、腕輪に攻撃を与えるんだよ。そうすると、強い衝撃が入ったと勘違いして戦闘不能と判定するんだ。確か、術式を変えたんじゃなかったか? どうなんだよ、奏?」
「術式と腕輪そのもの強度を変えたらしいわ。当時の教官がアイツのことを根に持ってたらしくて、私に自慢気に壊してみろって言っていたから、壊してやったけど」
忠陽はその穏やかではない様子に軽く引いていた。
「なあ、コイツ、俺にも壊せるかな?」
大地は興味津津に八雲隊の面々に聞いていた。
「無理だろ」
「無理でしょ」
「無理だよ」
「無理」
八雲隊全員に否定され、さすがの大地でもショックを受けていた。
「続きましては、呪術研究都市にて開発を行っている環境復元装置について説明します」
研究員は大地のことを無視して話し始めた。
環境復元装置は天谷市特有の塩害による被害で発生する演習場の修繕費用を下げる目的で開発されたものだった。この装置を使うことによって、使用者の呪力を使い、市街地の建物、草原や山岳地帯などを何もない更地に具現化させ、演習場を作り出すという構想だった。
実際に呪力を利用するで、それらしい物体は作り出せたが、あくまでも呪力の塊であり、色を持たない物体が具現化される。そこで研究チームはそこに物体の映像を投射することでそれらしい外観を作り出すことを可能とした。また、物体ごと質感に合わせて呪力の強度設定をしているため、壊れやすいものは光の泡となって霧散しまい、何かの幻想世界に入っている気を起こさせてしまうと説明された。
全員は復元された環境に立つと、驚いていた。
研究員の操作でコンクリートの壁が復元され、八雲は壁を手で叩くと、コンコンと音がする。そしてその時の感触は壁そのものだった。次に八雲はその壁を刀で真っ二つに切り払う。現実と違うのは、通常のコンクリートの壁は倒れるのだが、呪力で作った見せかけの壁は切られたと同時に霧散していった。
研究員はそれを見て、まだ研究の余地ありと呟いていた。
「さて、説明は以上になります。何か質問はありますか?」
奏が手を上げていた。
「この呪具に必要な呪力はどうやって集めているの?」
「我々研究員から絞りった呪力を保存装置に入れ、それを開放し、固定化させています。簡単に言うと、電池みたいなものを使用しているということです。ただ、場所によってはその電池がいらず、直接呪力供給をすることで装置を使うことは可能です」
「へー。龍脈を使うのね。どのくらいの呪力を必要とするの?」
「ざっと、並の呪術師、二十人くらいでしょうな……」
「小型化は出来ない?」
「現在検討中ですが、やはり大量の呪力を必要とするので難問です」
「限定的な使い方で良いのよ。壁を作るだけ、人に似せた像を作り出す。それでも使えるわ」
研究員は苦い顔をしていた。
「軍事利用は考えていません。我々の究極の目的はマナの固定化を行い、人の暮らしを豊かにするのが目的です」
奏は笑う。
「マナの固定化? 人の暮らしを豊かにする? マナは流動する生き物みたいなものよ。私達人間が操りきれるものじゃないわ。それに私は、マナは自然に帰るのが摂理だと思うの。その摂理に逆らえばいずれ人間自身を滅ぼすと思うわよ」
「奏……」
八雲は奏を静止する。
研究員は眉間に皺を寄せていた。
「ごめんなさい。お互い考え方が違うみたいね」
研究員はぶつくさ呟きながらその場を離れていった。
「さて、演習を始めるか。伏見、五分後でいいか?」
「十分ほしいな。ちょっと作戦も考えんとあかん」
「あいよ。人数はそっち、五人でいいぜ。データも多いほうが研究員も喜ぶだろう?」
「分かった。戦場はそっちに任せるわ」
二人の話が終わると、研究都市チームは八雲たちとは反対の控室に向かった。
八雲隊の三人娘、これはいきなり降って出てきたものではありません。
八雲が主人公としたときの物語の中心人物です。
ボツ案ですが、樹は八雲の弟子という設定もありました。樹という名前は某少年漫画から来ていますが、そのキャラクターとは違う性格です。
ツンデレ、アホな子、百合とコンセプトをつけれる三人娘ですが、この物語の登場はどのぐらいあるのでしょうか。まだ考えていませんが、第九話ではほぼ出てきます。
彼女らがどんな人物かを楽しんでもらえるように描いていこうと思います。