第八話 朝曇 身を焦がし 下心を知る 陽射しかな 其の十壱
「鞘夏さん、ここの夏祭りは初めて?」
「いえ、前にも来たことがあります」
忠陽には鞘夏が子供時代に賀茂の本邸に居た記憶がなかった。
花火の音が聞こえ始めた。その音で二人は足を止めて、花びらが開くのを見届けた。
「花火、上がっちゃったね」
「はい、綺麗です」
「うん、綺麗だ」
忠陽はその花火を見て、家の近くにある小高い丘を思い出した。そこは賀茂の私有地で、父と母、そして鏡華と一緒に一度だけ夏祭の花火をみた記憶があった。
「ねえ、鞘夏さん。別のところで花火を見ようよ」
鞘夏は首を傾げるも、忠陽が鞘夏の手を掴み、走り出した。鞘夏は引っ張られながらも、何とか歩幅を合わせて走り出す。呼吸を重ねて、二人は夜道を走り、丘へと目指した。
鞘夏は忠陽の手の温もりを感じ、強く握りしめた。忠陽は無意識にその手を握り返していた。それえが鞘夏にとって何よりも嬉しかった。
花火が一つ目の山を通り過ぎた時、その思い出の丘にたどり着く。
丘からは、川岸から打ち上げる花火の閃光がよく見え、そして花びらが満開に咲くのがよく見た。
「綺麗……」
鞘夏はその花が開くが美しく、その瞬間に恋い焦がれるような気分になった。
「そうだね、さっきよりも綺麗だ」
忠陽は握ったままの手を見た。自然と繋いだ手。だけど、今、我に帰ると心臓の音が大きくなるの感じた。ここまで走って来たからもしれないが、それだけじゃないことを悟る。
花火を見る鞘夏の横顔。その顔がなによりも、誰よりも綺麗で儚かった。
忠陽は初めて恋慕を抱いていることに気づく。花火の光に輝いては消えるその顔を、もう一度見たいと思う。そして、なによりも今だけは自分だけのものという独占欲が生まれた。
忠陽のなにかに気づいた鞘夏は、花火ではなく忠陽を見た。
忠陽はこちら向いた鞘夏を見て、抑えきれないものが溢れてきた。心臓の音が花火の音よりも大き
く聞こえ、はち切れないばかりである。その瞬間が長いものに感じ、相手の呼吸、滴る汗までが見えるかのようだ。
忠陽は息を呑む。眼の前にいる儚くも美しい女性が自分と呼吸を重ねている。相手の呼吸が手に取るように分かり、手の握る温度が上がるのが分かる。
忠陽は心の奥にある衝動のまま、顔を近づける。鞘夏は離れようとするが、忠陽が握った手を引き、お互いの口を重ねた。
自らの欲情が花火と同じく花開く。
その口づけは永遠かのようにも思われ、ただ一つ、彼女とこのままずっと一緒に居たいと思った。
お互いが目を見つめ合う。互いに自分が今何をしているのか、何をされているのかが分からず、ただその時間が過ぎていく。
忠陽が鞘夏の口から離れると、鞘夏は呆然と立ったままだった。
「鞘夏……さん?」
鞘夏から返事は帰ってこなかった。ただ、目から涙が流れ始めた。
「あれ?」
鞘夏は自分の涙に気づくと、拭う。
「あれ? どうして?」
鞘夏の戸惑いに、忠陽は胸を締め付けられる。
「どうして、涙が?」
「鞘夏さん?」
「泣かないって……」
「鞘夏さん」
「陽くんの前では、泣かないって……」
「鞘夏さん!?」
「どうして、涙が出るの?」
鞘夏は涙を拭うも、それが絶えず出てくる。そのことに混乱していた。
「私、泣かないよ。陽君の前では、いつもの私で居たいの」
涙を流しながら、笑顔で答える鞘夏を、忠陽はただ見ているしかなかった。
「鞘夏さん……その……」
「ごめんね、陽くん」
鞘夏はそう言うと、その場から恐る恐ると後退り、丘を駆け足で降りていった。
忠陽は呆然とその姿を見るしかなく、花火の音が忠陽の胸の空洞に反響する。
夏祭りというと、出店ですよね。
都内の出店で遊技場は滅多に見ません。今は食べ物だったり、当たらないクジ屋だったり。
田舎では今でも射的場なんてあるんでしょうか?
日本の祭りは意味合いとしては慰霊という意味が強いとグーグル先生を検索すると書いてありますが、それに参加する人間はその風習を忘れて、ただ楽しむ場だという認識があります。
良し悪しは別の誰かに頼むとして、そういう場があるのは私達が生きていく中で必要だとは思います。