第八話 朝曇 身を焦がし 下心を知る 陽射しかな 其の十
六
夏祭り当日、忠陽は洋服、鞘夏は浴衣姿に巾着を持って、天竜寺という大きな寺院の前に居た。周りの人も同じような服装が多く、辺りはごった返していた。家族連れもいれば友達同士、恋人など、活気で溢れている。
日は落ちたというのにこの活気は提灯の明かりに群がる虫なのかもしれないと忠陽はそう表現していた。鞘夏はその表現に苦笑いしていた。
普段でも嵐山の駅は観光地としても有名であり、人が多い。それもこの天龍寺は重要文化施設とされており、嵐山に来た人々の目的は主にこの寺院だった。由緒ある寺院であることは間違いではないにしても、忠陽はこの寺院に興味を示したことはない。むしろ、辟易としていた。
「陽様、大丈夫ですか?」
忠陽の顔を覗き込む鞘夏の姿が反則的に綺麗だった。忠陽は唾を飲み込む。
「陽様?」
「ああ、大丈夫だよ。それよりも鞘夏さん、熱くない?」
「はい、奥様が風通しの良い生地を選んで頂き、非常に快適です」
前回の宴会の際、熱中症で倒れたこともあり、麻美はすぐに対策品を作っていた。
忠陽は自身の母が、夏祭りに行くことも分かっていたように浴衣を出したことは、もう神算鬼謀にほかならないとさえ思った。
鏡華の分と二着作っていたのだが、鞘夏さんには紫色と白の浴衣でまるでスミレの花を見ているかのように美しかった。鏡華には赤色の浴衣で白い花びらが見え、可愛らしく、鏡華の性格に良く似合うものだった。
麻美は写真会を開き、二人を満足いくまで、写真を取っていた。忠陽はその姿を傍から見ていると、何か恐ろしくも感じる。
鏡華は今回の夏祭りは地元の友だちとの先約があったらしく、一緒に行くことはできなかった。
そうして、忠陽は鞘夏と二人で駅まで来たのだが、なぜか緊張していた。いつも一緒にいる人にドキドキと心臓が動いている。
「さーーやか!」
鞘夏の後ろから抱きつきながら、由美子は鞘夏に声を掛けた。それに鞘夏は驚き、小さな声でひゃっと叫んだ。
忠陽は帽子で顔を隠し、ジーンズにティーシャツ姿の由美子が一瞬誰だか分からず、由美子を睨んでしまった。
「浴衣だなんて良いわね。それにこの前の衣装とは違うけど、カワイイわ」
「こんばんは、ゆみさん」
「こんばんは、鞘夏。あと、賀茂君も」
「そろそろ離れてくれないか?」
由美子は忠陽が嫌がっていることに勘づき、意地悪く、鞘夏を強く抱きしめる。
「イ、ヤ、ダ」
忠陽は自分に嫌がらせをしていることに気づき、その言葉を無視し、顔を背けた。
「ゆみさん、あの……痛いです」
「ああ、ごめんなさい」
由美子は鞘夏の言葉でとっさに離れ、謝った。
「それにしても、鞘夏の浴衣姿、とっても似合うわよ。ただ、付き添いの人の格好がちょっと残念だけど」
由美子は忠陽の姿を見て、不満を言う。
「悪かったね。そういう神宮さんこそ、なんでそんな恰好なのさ」
忠陽は由美子の男装のような服装に不平を言う。
「しょうがないでしょう。黙って抜け出してきたんだもん」
「抜け出してきた!?」
「今日は、ここに来賓としてここに来たんだけど、つまんないでしょう? だから、抜け出してきたの」
「来賓? そんな事していいの?」
「駄目に決まってるじゃない。だから、顔を隠してるの」
「よく、漆戸さんが許してくれたね」
漆戸の心中を察すると、なんだか呆れてしまった。
「何言ってるの? 爺やにも黙ってきてるに決まってるでしょう?」
忠陽と鞘夏は驚愕した。
「ゆみさん、今すぐ戻ったほうがよろしいのではないでしょうか?」
「大丈夫、替え玉は置いてきたから」
忠陽は何に突っ込んで良いのか分からなかった。
「あれ? 鏡華さんは?」
「鏡華は地元の友達と来てるよ」
「そっか。それは残念」
「鏡華もちょっと残念そうにしてたよ」
「まぁ、とりあえず屋台に来ましょう!」
由美子がそう満面な笑みを浮かべて門前町に並んでいる屋台に向かおうとした時、忠陽を大声で呼ぶ男が居た。
「陽! 陽じゃないか! こんなところで偶然だな!?」
片手で手振りながら、忠陽に居場所を知らせ、もう片方ので美琴の手を握る志道宙がいた。宙は美琴を引っ張り、忠陽に近づく。
「ヒロ君! 偶然だね!」
「そうだな。お前は夏祭りに来てたのか?」
「うん。そうなんだよ。鞘夏さんと、あと神宮さんと……」
忠陽の余所余所しい言い方に由美子は感づく。
「あ、そうだ。何だったら、みんなで屋台に行かない?」
「おお! いいね! いいか、美琴?」
「えっ……。う、うん」
「神宮さん、良いかな?」
忠陽は由美子の冷ややかな視線を見て、背中に汗をかく。
「ふーん、そういうこと……」
由美子は鞘夏を見ると、鞘夏は思わず、顔を背けてしまった。
「ま、いいわ」
「神宮さん、お邪魔して申し訳ない! ほら、美琴……」
浴衣姿の美琴は前に出され、俯いたまま、黙っていた。
その空気感が嫌になった忠陽は二人の間に入って、門前町の屋台に行こうと言った。
由美子と鞘夏を先頭に門前町の通りをまっすぐ歩いていく。そこには数多くの屋台が並んでおり、由美子は目を輝かせて見ていた。
「ねえ? 賀茂君のオススメの屋台は何なの?」
「え、僕? 僕はこういう所はあんまり来ないからわかんないや」
忠陽は苦笑いした。
「なにそれ? ここ、貴方の地元でしょう?」
「陽はこういう人混みが多い所は好きじゃないからあんまり来ないんだよ。だから、俺が案内するよ!」
「へー、そうなんだ。ま、案内して貰おうかしら」
宙が美琴の手を離し、前に出る。鞘夏が後列に下がり、ムードメーカーがいなくなった後列は葬式状態に近いものとなった。
一方、前列は、宙の案内が由美子に意外に好評らしく、目を輝かせながら聞いていた。
「屋台といったら、神宮さんはどういう所が食べたい?」
「やっぱり、綿菓子かしら!」
「綿菓子? 意外に子供っぽいな……」
「私、綿菓子って買ってもらったことがないの。あと、お面!」
「そうなんだ……。綿菓子以外にも食べ物はいっぱいあるよ。牛串焼き、たこ焼き、焼きそば、かき氷、ベビーカステラ、ケバブ――」
「ケバブ?」
「そう、ケバブ。あれも出店だからね。だけど、俺のオススメはイカ焼き! あのタレがたっぷりとついたイカ焼きを外で食べるのが美味しいんだよ」
「ヒロくんは、子供の頃、イカ焼きが好きで、屋台のおじちゃんに顔を覚えられてたよね」
忠陽は昔を思い出した。
「神宮さんには是非、イカ焼きを食べてほしいな!」
「イカ焼きは手が汚れるし、口もベトベトになるよ。神宮さん、焼きとうもろこしが良いよ」
宙は忠陽のオススメにムッとしながら反論する。
「焼きとうもろこしだって、タレがついているんだ。食べるときに口にも手にもつくんだぞ。それだったら、イカ焼きでも良いだろう?」
「はいはい。あなた達の意見は分かりました。両方とも買えばいいでしょう?」
「あ、神宮さん、お金は持ってきてる?」
「急にどうしたの? ちゃんと持って来てるわよ」
「いや、ブラックカードとか出すんじゃないかと思って……」
由美子とは立ち止まり、忠陽に詰め寄る。
「あのね、そこまで世間知らずじゃないわ。事前にそういうことは調べてるわよ。失礼しちゃうわ」
周りから笑いを誘った。
「食べ物をもいいけど、まずはその前に運動だ。今では少なくなったけど、射的、輪投げ、ヨーヨー釣り、金魚すくい。そっちの方をやってからの方がいいと思うよ」
宙の先導でまずは射的場を訪れた。
射的場では近代のボルトアクションのライフル銃を模したものにコルクの詰め物を入れ、ボルトを引くと中に銃身内にある突き出し棒が引き、トリガーを押すと、その突き出し棒がコルクを押し出す。コルクが景品を落とすとその景品を貰える仕組みだった。
由美子は自信ありげにお金を払い、ライフル銃を手に取った。
それを見て、宙はニヤリとし、受付にお金を払う。
「神宮さん。俺と勝負だ!」
「いいわよ。私、負けないから」
「おい、陽。お前も入れよ。中学時代の雪辱を晴らしてやる」
「嫌だよ。ヒロくん、負けたらもう一回言うじゃん」
「俺はもう高校生だぜ? そんなことはもう言わない」
忠陽は渋々お金を払い、ライフル銃を手にする。
「鞘夏さん、何がほしい?」
「あら、賀茂君。余裕みたいね。負けても知らないわよ?」
忠陽はそんなことを意に介さなかった。
その態度に由美子はすこし怒りを覚えるも正面の景品を見る。それを見て、弓を引くようにボルトを引いた。最初の獲物は大きいもの。的が広い分、当たりやすいと思い、狙いを定める。
由美子は天谷に居たときも射場での弓の練習は欠かさず行っていた。だから、ここに居る誰よりも的を射抜く自信はある。
由美子がトリガーを引くと、ポンと、思ったよりも安っぽい音が鳴る。
コルクは飛び出し、的には当たるものの、的は微動だにしない。
「何よ、あれ! 当たったのに倒れないわ」
「ははは。神宮さん、射的というものはそういうものだ」
宙は自分のトリガーを引くと、コルクは何も当たらず、奥の方へと飛んでいった。
「ヒロ、何やってんのよ!」
「美琴、今はこの銃の個性を見たんだ。次は当てるぞ!」
射的場の受付がベルを鳴らす。
「おお、すげーな、兄ちゃん。一発でクマのぬいぐるみを落とすなんて!」
三人はベルの方向を見ると、忠陽が景品を貰っていた。そのぬいぐるみは小さなものだったが、忠陽はそれを鞘夏に渡した。
「うそでしょう? 一発?」
由美子は驚きを隠せなかった。
「にゃろう。腕は衰えてないな」
宙は二個目のコルクを詰め込み、美琴に何が欲しいかを聞いた。美琴は乗る気ではなかったが、ハートのアクセサリーを指差す。宙は得意げになり、トリガーを引くもまた別の方向へとコルクは飛んでいった。
由美子はまた同じ的を狙い、当てるも微動だにしない。
その隣でまたベルが鳴った。忠陽が落としたのはけん玉だった。
「兄ちゃん、立て続けに取るなんてすげーな! もしかして得意なのか?」
「ちょっとだけ……」
忠陽は頭を掻いていた。
それから、由美子は同じ的に五発当てたが、結局は取れなかった。ムキになり、追加料金を支払い、同じ的にもう五発も当てるも動きはしなかった。
宙は十発目に美琴の所望したアクセサリーを落とした。
忠陽は、ゆっくりと二人の姿を眺めながら、三発に紙風船、四発目にでんでん大鼓を落とす。流石に四発目で係の人間が異変に気づき、忠陽のライフル銃を見ていたため、最後の一発を放つようになったのは由美子達の十発が終わった後だった。
「忠陽様、あの、ゆみさんが狙っていたものを落として頂けませんか?」
「あれは無理だよ。落ちないように仕掛けてるから」
周りがギョッとするなか、忠陽は最後の一発でお盆を落とした。
係の人間は冷めた顔をしながら、忠陽にお盆を渡しながら聞いた。
「あ、あんた、この道のプロなのか? 見たところ学生さん見ただけど……」
忠陽は愛想笑いをしていた。
忠陽は景品を袋に入れてもらうと、その場から出た。
それから、輪投げ、ヨーヨー釣り、金魚すくいとありとあらえる遊戯で忠陽はこれまでのヘタレ少年とは違う顔を覗かせ、周りに圧倒的な大差を付けて勝利していた。その姿を見たヨーヨー釣りの店長は忠陽のことを【嵐山の屋台荒らし】が帰ってきたと言い放った。
「ねえ、賀茂君はこういうのが得意なの?」
忠陽は苦笑いをしながら答えた。
「得意というか、妹が、あれがほしい、これがほしいって駄々をこねて動かなくなるから、必死にやるうちに上手くなったというか……」
「陽は中学二年からは出禁だったもんな……」
「それで……」
鞘夏は言葉がこぼれてしまった。
「さ、さて、次は食べ物よ!」
由美子は忠陽に惨敗したことを払拭するかのように声を張り上げた。
五人は近くの屋台で串焼き、焼きそば、たこ焼き、イカ焼きやとうもろこし焼きなどを買い、休憩所に用意されている席で出し合って食べていた。その味には由美子はご満悦であり、喜んで食べていた。
腹ごしらえを終えると、由美子がお面を買いたいと出店を探し始めた。その途中に大注目、大ザルを大公開という看板に宙が惹かれ、全員を誘って、見世物屋に入ることにした。
大ザルが格安で見られるということで長蛇の列を成していた。由美子たちの番が来た時、忠陽と鞘夏、宙が前に居たこともあり、そこで区切られてしまい全員では入れなくなった。
由美子は美琴と二人きりになってしまった。由美子は美琴を見るも、美琴は俯いたままだった。
「貴方が……」
美琴が震えた声で口を開いた。由美子は美琴を見た。
「貴方が、燥いでいるのを……初めて見たわ」
由美子は見世物小屋を見る。美琴は黙る由美子を見て、俯いた。
「別に、燥いでも良いじゃない」
美琴は顔を上げて、由美子を見た。いつも同じ凛々しく背中が見えた。
「そ、そうよね。貴方だって高校生だもの……」
由美子は沈黙していた。
「あ、あの……。中学の頃のことだけど……」
美琴は由美子を見るが微動だにしない。だが、美琴は、自身の中にある思いだけは伝えたいと思い出で震える体に叱咤しながら話し出す。
「その……ごめん……なさい……」
由美子は反応しない。震える唇を噛み締め、さらに言葉を出そうとしたときに、返事が帰ってきた。
「別に、いいわよ……」
美琴は顔を真赤にして、その言葉を飲み込まなかった。
「でも、私は……貴方に酷いことをした……。貴方は、苛められている私を救ってくれたのに…………苛めた人と一緒になって……貴方を無視して、孤立させて……」
途中から美琴の目から涙が出てきた。
美琴は中学に入ってから、感情的になると真っ赤になる顔で周りの女子から苛められていた。そこに手を差し伸べたのは誰も文句がつけようのない由美子だった。苛める側も由美子には、社会的な立場上、学校の立場でも手がつけられない。だから、苛める側は由美子を孤立させることにした。そこで、苛める側は美琴に由美子と縁を切るように言い、それができなければ学校に来れないように脅した。
当時の美琴にはそれに抗いようがなかった。それから、苛める側と行動を一緒にするようになり、苛める側の心根を投影するようになるうちに言葉が刺々しくなり、攻撃的な性格になっていた。いつしか、美琴は由美子に対しての先鋒としての役目になっていた。
由美子は美琴にハンカチを差し出していた。
「泣くのはお止めなさい。ここは楽しむ場よ」
美琴はそのハンカチを受け取り、涙を拭う。
「でも……」
「人間は誰しも弱いものよ。私の感情を抜きにして、あの時はああするのが一番だと思うわ」
美琴はその言葉に救われていた。そして、由美子という人物が、やはり自分では隣に並べる人物ではないことを感じる。
それは今日の夏祭りでもそう思っていた。忠陽や鞘夏、宙に見せる姿は普通の女の子であり、自分が憧れた存在ではなかった。それが少し腹ただしくもあり、忠陽と鞘夏に強い嫉妬みたいな感情も生まれていた。
だからだ。だから私は神宮由美子と友達には成れない。私は与えられる側であっても、貴方に何かを与えることなんてできない。
係の人間が由美子たちを案内していた。美琴は泣き止み、気持ちを入れ替えて入ると、小屋の中には人が持つことができないくらいの大きな笊があった。
それを指して、案内人はこう言った。
「これが今回大注目の大ザルだ! あっ、ちなみにその普通の笊はこの位」
愛想よく言う案内人の言葉に誰もが面を食らった顔をしていた。
そこで案内には長ったらしい講釈を始める。この大ザルがどこで生まれたか、どうやって作った。製品の原産地はどこだなど、誰もが聞いてもどうしようないことを朗々と話した。そして、最後に格安での見世物だからもしよければ、チップをそちらの小ザルにお渡しくださいと一言添えた。
美琴は外へと出ると、宙達が待っていたが、自分の感情がよく分からず混乱していた。
「はぁーーー。志道君だっけ?」
由美子はため息を付き、宙を睨みつけた。
「保険を掛けとくのは良いけど、なにあれ? 面白くないわ」
「いやー、この祭りでは有名な見世物小屋なんだよ。どう? 驚いたでしょう。オ、オ、ザ、ル?」
「そうね、貴方の彼女が一番どうしていい分からないみたいよ……」
由美子は鞘夏の顔を見ても、大ザルの意味がハッキリと理解できていないというようだった。
「さあ、お面を買いに行くわよ!」
気を取り直し、五人はお面屋を探していると、すぐに近くにあった。
由美子がお面を物色しているとその後ろから一つのお面を取り、帽子の代わりに由美子の頭に老執事がそのお面を掛けた。
その姿を見た途端、忠陽は気まずさを感じた。
「亭主、あれはいくらですか?」
お面屋の店員から値段を言われた金額を漆戸は払い、由美子の元へ立ち戻る。
「別に自分で買うし。それに、こんなの……わたしの趣味じゃない」
漆戸が由美子に掛けた面はおたふく面だった。
「そうですか? ならばカワイイあのマスコットにしますか?」
「もういい!」
「姫様、そろそろ時間です。早くしないと沙織が泣いてしまいましょう」
「わかったわよ……。あと一つ、買ってよ」
膨れ面の顔がどことなく、おたふく面と似ていることに忠陽は笑みを浮かべる。
「綿菓子。袋入りのやつ」
「しかたありませんな。姫様は、まだまだ、子供ですな」
「子供扱いするな!」
由美子はムスッとしながら漆戸の腹部を叩くも、すぐに笑みがこぼれていた。
漆戸は忠陽の元へと歩き、綺麗に頭を下げた。
「賀茂殿、ご迷惑を掛けて申し訳ない」
「いえ、こちらこそ、お忙しい中、お時間を作って頂きまして。……もしかして、始めからですか?」
「ええ、勿論。替え玉を用意しても私には通じません」
「そうですよね……」
「これに懲りず、また姫様を宜しくお願い致します」
「懲りるだなんて、こちらこそ宜しくお願い致します」
忠陽は自然と漆戸に頭を下げていた。
「じゃあ、またね。鞘夏、賀茂君」
由美子は手を振りながら、漆戸に連れて行かれた。その顔はなんとも嬉しそうな顔をしていた。
「あの爺さん、何者なんだ? 気配のけの字も分からなかったぜ」
「神宮さんの一番の理解者だよ」
「そっか。俺たちは花火見て帰るけど、陽達はどうする?」
忠陽は鞘夏を見ると、鞘夏は小さく首を横に振った。
「僕らはいいよ。今日は帰るよ」
「なんだよ。別に一緒に居てもいいだぜ?」
「それはヒロくんだけで決めることじゃないでしょ?」
宙は美琴を見ると、美琴は恥ずかしそうにしていた。
「そうだな。悪いな、親友」
宙は拳を突き出す。忠陽はその拳に自分の拳を突き合わせた。
「別に構わないよ」
忠陽達は宙達と別れて、家の帰路へとつく。