第八話 朝曇 身を焦がし 下心を知る 陽射しかな 其の九
次の日、賀茂の本邸に由美子と漆戸が訪れていた。由美子の満面な笑みを見て、今日の用件が何なのかを察した。
由美子は客間に通され、ソファーに座ると、後ろに立っていった漆戸に手を差し伸べる。すると、漆戸は内ポケットから封筒を取り出し、手渡しする。
由美子はそれを机に置き、忠陽にすっと出す。
「貴方もアイツから来てるんでしょう? 航空チケット」
「昨日、先生が来て、手渡しで貰った……」
「へぇー、直接ね……。で、行くの?」
いつも以上に由美子の圧は強かった。
「行くよ。断る理由はないし」
由美子は机を叩き、立ち上がった。
「あるじゃない! あの男よ! 何かあるに決まってる!」
相変わらずの拒絶反応に忠陽は笑った 。
「なによ、何がおかしいの?」
「神宮さんは行かないの?」
由美子はそっぽを向いた。
「別に……行かないとは……言ってない」
由美子は恥ずかしそうに言っていた。
「先生に、何か脅されたの?」
忠陽はいつもの由美子ではないことに心配した。
「脅されてないわよ! ただ……」
「ただ?」
忠陽は首を傾げる。
「兄さんが……兄さんがね、たまには彼杵には遊びに来いって言うから……」
忠陽は漆戸を見ると苦笑いをしていた。
「まあ、兄さんが来いって言うのだから、仕方なく行くしかないわね」
忠陽は吹き出してしまう。
「何よ!」
「いや、神宮さんが一緒に来てくれるのが嬉しくて、つい……」
由美子は疑いの目で忠陽を見ていた。
「でも、そっかぁ。先生が皇国軍の中でも協力的な部隊って言ってたのは、八雲さんの部隊だったのか」
「どうせ、上から厄介事を押し付けられただけでしょ」
「武様の所属している特科連隊は、皇国陸軍の中でもかなり異質な部隊でして」
漆戸が口を開いていた。
「異質?」
「名目上は西部方面隊に属しているのですが、西部方面隊の中で、彼杵に駐留しているのは、武様の特科連隊のみです。他の部隊とは違い、自主独立が強く、また外国の優秀な人材を雇ったり、独自行動が頻繁で、皇国陸軍の中でも特殊な面があります」
「それって、軍隊として大丈夫なんですか?」
「前身である独立部隊の側面を受け継いでいるので、軍内部では黙認しているのが現状でしょうな」
忠陽は軍にもいろいろと事情があるのだと思った。
「でも、どうして、彼杵なんですか? あそこは天谷みたいな経済水域でもないですし、皇国の重要拠点ではないと思いますが……」
「そう、なんだけどね」
由美子は淋しそうな顔をしていた。
「彼杵は色々と物騒な連中もおりますからな、その連中な抑止力となっていましょう」
黙ったまま、何も言わない由美子の様子で何かあるのだと思ったが、忠陽はそれを聞こうとはしなかった。
「ところで、鞘夏は行くの?」
「分からない。誘ってはいるけど……」
「そうよね……」
「神宮さんは鞘夏さんに参加してほしいの?」
「うーん。ちょっと複雑な気持ちかな……」
「複雑?」
「本当は、貴方にも行ってほしくないのだけれども、貴方には彼杵という場所を見てほしいという気持ちはあるの。でも、それはたぶん鞘夏の気持ちを無視することになるから……」
「ありがとう、神宮さん」
「べ、別にお礼を言われることじゃないわよ」
「当日まで説得はしてみるよ」
「賀茂君の言う事なら聞くクセがついてしまうと、私としては嫌なんだけどなあ」
「じゃあ、僕はどうすればいいのさ?」
由美子は考え込む。それを忠陽は見て、笑っていた。
「まあ、今回だけは見逃しておくわ」
「それは有り難い。今のうちに鞘夏さんに取り入る必要時間ができる」
「あなたね……」
お互いに顔を見て、笑っていた。
「これじゃあ、フェアじゃないから鞘夏さんを呼んでくるよ」
忠陽は立ち上がる。
「言ってなさい。私、結構手強いわよ!」
「知ってる」
忠陽は客間から出て、給仕室へ行くと晩の支度をする鞘夏がいた。
「鞘夏さん、神宮さんが来てるよ」
鞘夏はフミを見る。フミは困り顔であったが、仕方なく鞘夏に許可を出した。鞘夏は手を洗い、小走りで客間に向かった。
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由美子が訪れた次の日、また訪問者が来ていた。忠陽はその訪問者を見ると、嫌な予感がした。
訪問者は満面の笑みを浮かべている志道宙と、しおらしい中御門美琴だった。
「よっ、陽! 遊びに来たぞ~」
宙には周りを気にしない性格であり、図太い性格でもある。本音でぶつかることが多く、周りともよく喧嘩をしていたが、不思議と関係が崩れることはなかった。それは宙の後腐れなく、相手も立てる人物でもあったからだ。だから、宙は周りの仲裁をすることが多く、厄介事を背負い込む人物でもあって、その多くを忠陽に相談することが多かった。
曰く、俺が欲しいわけじゃない。周りがくれるんだ。仕方ないだろう親友。
忠陽は二人を客間に通し、鞘夏にお茶を頼んだ。
「相変わらずいい家だな。俺もこんな家に住みたいよ」
「ふん、私の家のほうがデカいわよ」
「こら、美琴……」
「ごめんなさい」
宙と美琴はソファーに座る。
「そういや、宴会じゃあ、色々と大変だったな」
「うん。でも、皆おかげで鞘夏さんも大事には至らなくて済んだよ」
「そりゃ、良かった」
ノック音がすると鞘夏が入ってきて、二人のお茶を出した。鞘夏はその場が退出しようとしたが、忠陽は隣に座るように言った。
「ほほほん。良いメイド服ですな~」
美琴は宙の頭を叩く。
「私が着たほうが断然良いに決まってるでしょ!」
「それはそうに違いない!」
忠陽は二人の掛け合いに苦笑いした。
「それで、今日は何の用?」
宙は美琴に話しように促す。しかし、美琴はまたしょんぼりとしていた。宙はため息を吐き、話し始める。
「実はさ、美琴が神宮さんと仲直りしたいって……」
忠陽は美琴が来た時になんとなくそう思っていた。
「それで僕は何をすればいいの?」
「おお、分かってくれるか、マイベストフレンド!」
「僕が嫌だって言っても、ヒロくんは無理を通すでしょう?」
「おい、それは親友に失礼だぞ」
「親友は僕に面倒事を持ってこないと思うけど」
宙は、そりゃそうだと言いながら爆笑する。
前と変わらないやり取りに忠陽はなんだか安心した。
「中御門さん。僕は君と神宮さんとに何があったかは聞かないよ。僕は神宮さんには色々と助けて貰っている。だから、基本的に神宮さんの味方だ」
美琴は俯く。
「まあ、そうなるよな……。でも、それは冷たいぜ、親友」
「冷たいかもしれない。でも、神宮さんがいい人だ。そんな彼女が君にだけに冷たいのにはそれなりの理由があるはずだ。その理由を神宮さんから聞かないで、君に協力するのは、本当は嫌だ。それぐらい彼女には恩がある」
忠陽は美琴に毅然と答えた。美琴は自分の手を見ながら、口を開いた。
「貴方はどうして由美子さんとそんなに仲がいいの?」
忠陽は少し考えた。
「仲が良いのとは違うかもしれない。神宮さんは世話焼きで、誰でも別け隔てなく助けてくれる。それは彼女にとっては義務なんだと思う。それが嫌だってわけじゃない。現に僕は彼女に感謝している。だけど、それは友達と呼べるかと言われると、そうじゃないと思うんだ」
「貴方が難しく考えてるだけじゃやないの? 助けてくれるのは貴方を認めているから。そういうのは友達って言わない?」
「ヒロくんは僕の数少ない親友さ。ヒロくんとは自分の弱みを見せたり、困っていることがあれば助け合う。だけど、神宮さんはすべて自分で解決するんだ。手を差し伸べることはあっても、自分から手を差し出すことはけしてしない。それは彼女が神宮だからであって、僕たちには与える立場なんだ。彼女はそう生きていかざるをえなかった。だから、僕は彼女を尊敬している。彼女は僕なんかが簡単に友達なんて成れない人だよ。それほどすごい人なんだ……」
「そうね、貴方の言う通りよ。由美子さんはすごい人……」
「忠陽様、それは……違うと、思います」
忠陽は隣にいる鞘夏を見た。
「ゆみさんは、忠陽様のことも……友達と……思っているはずです」
美琴は鞘夏を見た。
「使用人の貴方が、何故そう思うの?」
「美琴……」
「ごめんなさい」
宙の注意を受け、美琴は素直に鞘夏に謝っていた。
「鞘夏さん、教えて」
忠陽は鞘夏に話すように促した。
「ゆみさんは……普通の女の子です。確かに、神宮という名に恥じない……行いをされています」
鞘夏は周りを見ながら、恐る恐る口を開いていた。
「でも、ゆみさんも、皆さんと同じように……買い物をしたかったり……外食したかったり……高校生として楽しみたいんだと思います。でも……皆がそうさせては……くれないんです」
鞘夏は給仕服のスカートを握っていた。
「だから、この前、ショッピングモールでは……喜んでいました。私や忠陽様には、一緒に楽しんでほしいと手を出しているんだと思います」
忠陽は鞘夏のスカートを握る手に自分の手を重ねた。それに気づいた鞘夏は忠陽を見る。その顔を見て、顔を紅潮させ、俯いた。
「あの神宮さんも普通の高校生だということだよ、美琴」
「でも……」
美琴は宙を見る。宙は笑顔だった。
「なぁ、鞘夏さん。君がもし、神宮さんに悪いことをした後、どうすれば仲直りできると思う?」
鞘夏は宙を見る。宙の優しい表情は忠陽が親友と呼ぶ理由が分かる。
「申し訳ございません。私には分かりません。でも、忠陽様は一時期、私のことで喧嘩をされていました……」
「そうなのか?」
忠陽は不意打ちを食らうかのようにとりあえず宙の問い詰めに頷いた。
「なんだよ、お前。だったら、その時はどうしたんだよ?」
「え……まぁ……自然と……。あの時は、喧嘩の理由が無くなったからね……」
「なんだそれ。喧嘩の理由は何だったんだ?」
「色々……」
「色々? 言えないのか?」
「ごめん、それは言えない」
妖魔の事もあって外部の人間に口外できないよと忠陽は焦っていた。
しかし、宙はそれ以上追求しようという気はなかった。
「で、でも、あの時はお互いに悪いところがあったし、それについてはお互い謝るわけでもないし、ほら、神宮さんって、結構強引なやり方するでしょう? だから、それに反発したというか……」
「陽、お前、言い返すようになったんだな……」
「しょうが無いよ! 神宮さん、ほっとくとズケズケと人のことに入ってくるんだもん」
美琴はそのことを聞いて笑っていた。
「確かに、由美子さんはそうよね」
美琴は笑ったかと思うとしょんぼりとした。
「誰にでも平等で、人が困ってくれると助けてくれる。でも、私は……」
美琴はすっと立ち上がる。
「相談に乗ってくれてごめんなさい。やっぱり、自分で何とかするわ……」
「美琴、いいのか?」
「いいもなにもないわ。私自身の問題だから……」
美琴が無理に笑っているのは誰もが見ても分かるものだった。宙はそれに気づかないふりをして、その日は美琴と帰っていった。
宙と美琴が訪れた日の夜、忠陽が課題とにらめっこをしていた。二十二日から一週間は彼杵に行くとなると、日数が足りない。課題を少し残したまま、二学期が始まってしまう。
そのことに頭を悩まさせて、何とか回避策を考えていると、ノック音が聞こた。忠陽はその音で問題から現実逃避をし、どうぞと言った。
「陽様、先程ゆみさんから電話があって、明後日、こちらである夏祭りのお誘いがありました」
「夏祭り? ああ、たしかいつも夏祭りやってたな……」
忠陽は人混みがあまり好きではないため、そういった祭りには行かない。ただ、夏祭りでは花火を打ち上げる。それで、記憶の中の片隅にはあった。
「鞘夏さん、行ってきなよ」
「陽様は?」
「僕はあんまりお祭りの雰囲気が好きじゃないから」
「では、私も――」
「僕のことはいいよ。そうだ、鏡華も連れて行くといいよ」
「ですが……」
「……そうだね。鞘夏さんがそう言うなら行くことにしよう」
「ありがとうございます」
鞘夏は頭を下げると、忠陽は何かを閃いたらしく、声を上げた。
「鞘夏さん、いい機会だよ!」
忠陽は鞘夏に近づき、手を取る。
「な、何がですか?」
「中御門さんのこと!」
忠陽は鞘夏にお礼を言い、部屋から飛び出し、電話まで走った。
中御門美琴、通称トマトちゃんは由美子のライバルキャラとして考えていたのですが、ライバル?という風になっています。彼女は中の上の呪術師家系で出であり、両親は見栄というものが大好きな人物です。
見栄というのは歌舞伎では輝くものの実生活では本当に役に立ちません。というか、私の中の見栄も捨て去りたい。捨て去ると、どんなに楽なことか。傲慢も嫉妬も強欲も色欲も憤怒も暴食も捨て去れば、後は怠惰。いや、怠惰は残しておこう。怠惰こそが私の本体である。
そして、ペテ公(CV:松岡禎丞)から「あなた、怠惰ですねぇ」と言われ、
何も返事をせず、怒らせたい。
そう私は怠惰の大罪司教、ペテルギウス・ロマネコンティDEATH☆
eYe's
MYTH & ROID
「Paradisus-Paradoxum」を聞きながら