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呪賦ナイル YA  作者: 城山古城
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第八話 朝曇 身を焦がし 下心を知る 陽射しかな 其の八

 五


 お盆も終わり、夏休みも終盤に差し掛かる。忠陽は学校からの課題は七割ぐらい終わらせていた。そのため、急ぐこともなく自室で悠然と父の書斎にあった祖父が残したであろう呪術書を読んでいた。


 そこへ自室の扉をノックする音がした。その後に忠陽を呼ぶ鞘夏の声がした。

 

 忠陽は入室を促すと、鞘夏がゆっくりと入ってきた。その鞘夏の顔は曇っていた。


「どうかしたの?」


「その……。あの男がここへ来ています」


 鞘夏があの男と呼ぶのは伏見だけだ。


 忠陽は狐につままれた顔した。


「麻美様がお呼びです」


「分かった……」


 忠陽が客間に行くと、本当に伏見がいた。麻美と他愛ない談笑をしている。伏見と麻美は忠陽たちに気づく。


「よっ! 元気にしとったか?」


「はい……」


「どないしたんや?」


「先生、どうしてここに?」


「ああ、墓参りに来てん」


「墓参り?」


「僕かて人の子や。ご先祖に手を合わせることもあるんや」


 そんなこととは縁遠い人間ではないのかと忠陽は考えるも、黙って母親の隣に座る。鞘夏は入り口の扉の前で立ったままだった。


「忠陽さん、鞘夏さん、先程まで伏見先生に学校での様子を聞いていたわ。色々と伏見先生からお気遣いを頂いて、嬉しい限りです」


「いえ、僕は教師としての仕事をしただけですから……」


「それで、先程の件を忠陽さんにも……」


「ああ、そうやった」


 伏見は隣に置いていたバックからチラシを一枚取り出した。


 それは学戦トーナメントと大々的に書かれたものだった。


「前々から呪術研究の観点から、学戦には限界があると言われていたんや。学戦は学校単位であって、生徒一人一人の成長度合いが分かりにくかった。まあ、それは学校で見れば分かることなんやけど、今度は個人にもスポットが当てられるように、少数人数のグループで呪術戦をやらせてみたらどうやって話で、呪術研究統括部が学戦トーナメントなるものを創設したんや」


「そうなんですか……」


「今回は皇国陸軍桜花学校が行っている選抜戦の技術を取り入れて、学生に大怪我を負わないような防護呪具をつけて行うんやけど、その機器の試験者として君に協力してほしいんや」


「別に構わないですけど、いつやるんですか?」


「八月の二十二から一週間、場所は彼杵」


「彼杵?」


「チケットは君と鞘夏くんの分はもう用意してる」


 伏見はチケットを取り出し、机に置く。


「もしかして、帰省する前に予定を開けてほしいというのはこのことだったんですか?」


「そうや。君達だけやない。大地くんも朝子くんも、あと姫もやけど」


 そのメンバーに作為的なものを忠陽は感じる。さっき、迂闊に了承するのではなかったと少し後悔した。


 それに気づいたのか、伏見の口は半月を描くように口角を上げていた。


「でも、なんで彼杵なんですか?」


「基本的に皇国軍は呪術研究都市に協力的やない。その中でも、協力的してくれる部隊が彼杵やったちゅーことや」


 忠陽は伏見を疑いの目で見た。


「ほんまやで。呪的防具の技術提供はするけど、調整は呪術統括部に丸投げや。でも、データだけはすべて貰うっていう汚い奴らやで。ま、そこで僕の伝を使って、調整できる場所を提供してもろたちゅうことや」


「本当に呪具の調整なんですね?」


「ああ。呪具の調整や」


 忠陽は伏見の顔を見る。伏見の顔はいつものようにヘラヘラとした笑みを浮かべていた。その呪的防護壁で真意が読み取ることができない。


 忠陽は鞘夏を見る。鞘夏は忠陽と目を合わせようとしなかった。


「分かりました。でも、もしかすると、僕一人になるかもしれませんが構いませんか?」


「強制はできへん。これは僕からのお願いやからな」


「ありがとうございます。とりあえずチケットは二枚貰っておきます」


 忠陽は机に差し出されたチケットを預かった。


「そうや、さっきお母様から、この前、一条の宴会に出たって聞いたけど、何かおかしな事はなかったか?」


「おかしな事?」


「いや、あそこのジジイは一癖も二癖もあるさかい、君に迷惑掛けとらんかなって思うてん」


「そんな事ないですよ。もし、秘密基地が欲しければ用意してやるって言ってました」


 伏見はため息をついた。


「あの、忠陽さん。一条様にお会いになったの? なにか気に入られるようなことをなさったの?」


「いや、お母様。それは僕が電話で、面白い教え子が居るって言ったせいかもしれません」


「まあ、でも一条様に気に入られることは良いことよ。伏見先生は一条様と仲がよろしいみたいですけど、どのようなご関係ですか?」


「いや、まあ、腐れ縁です」


「またまた、良いご縁だこと……」


 麻美は上品に笑っていた。


 伏見はその攻めを上手くいなしていることに忠陽は気づいた。


「母さん、ちょっと先生と二人で話したいんだ。……良いかな?」


 麻美は少し考えた。


「そうね、彼杵の件もあるだろうし。先生、忠陽さんを何卒よろしくお願い致します」


 麻美は深く頭を下げた。それが長く、さすがの伏見をタジタジになった。


「お母様、お顔をお上げください。お子様を預かる身としては、怪我がないようには致します。僕もちょっと口が滑った感じでしたので、今後は気をつけますので、何卒……」


 麻美は顔を上げ、伏見の目を真っ直ぐ見る。伏見は愛想笑いをしながら受けていた。


 麻美と鞘夏が客間から出ていくと、伏見は深い溜め息をつく


「はあー。しんど。君のお母さん、以外に抜け目ないわ」


「最近、母が怖くて仕方がないです」


「そんだけ、君のことを心配してるちゅうことや」


「でも、母はもう一人の僕のこと知っていたみたいですけどね。父も……」


 忠陽の暗い声に伏見は無表情になった。


「知っていておかしくないやろう。やけど、それは君が思うてるのとはちょっと違うかもな」


「僕が思ってること?」


「他の呪術師の家のことに口出しせいへんほうがええんやけど、君の両親は君のことに罪悪感があると思う。それは君のお母さんの言動でも、僕が君に害のある人物かをかなり探ってたしな」


「それは、母親としての――」


「そうや。それが普通の家族というものや。もし、君のお母さんが呪術家系の対応をするなら、僕を君には会わせないようにするやろうな。その点で僕は少し安心をした」


 それでも、忠陽の中でなにか煮えきれないものがあった。それを払拭するかのように宴会当日に起きた出来事について尋ねた。


「先生、さっき母の前では言いませんでしたが、実は宴会で奇妙なことにあったんです」


「奇妙なこと?」


「僕も現実なのか、幻なのかよく分からなかったんですど、襟足の長い黒髪の和服の男性に話をかけられて、神無さんの話をしたと思えば……」


「ああ、誰かはもう分かったわ」


 伏見は苦い顔をした。


「誰なんですか?」


「六道絢、僕の従兄弟や」


 忠陽はその男の笑みが伏見に似ていたことに納得した。


「話の腰を折ってすまん。君が体験したことを詳しく教えてほしい」


 忠陽は宴会で起きた、その絢という男が急に消えたり、現れたりとした幻術の話をした。話の内容聞いている伏見は真剣になり、難しい顔をしていた。その時に見えた少女の光景をを(はぶ)き、一通り話を終えると、伏見は忠陽に質問した。


「宴会が終わった数日間、なんか自分の意識が失うことはないか?」


「そんなことは特に……」


「なら、たまに自分が何をしているか分からないことはないか?」


「それも特に……。先生、何かあるんですか?」


「君が体験したのは、たしかに幻術の一種や。幻術だけなら大したことはない。問題はアイツが君の意識に何かしよったかや」


 忠陽はその言葉に寒気を感じる。


「幻術は一つの呪いのを掛ける始まりや。君の意識を奪い、潜在的な意識に何かを埋め込む。埋め込んだものは自分の都合のいい時に相手を縛り、思うがままにする」


「言霊とは違うですね……」


「それが本来の呪術師のやり方や」


 伏見の言葉に怒気が含んでいたことに忠陽は気づいた。


「その件、僕に任せてもらえへんか?」


「任せるも何も、僕には何もできないですから……」


「君は悪いことしたな。今度、その対策を学ぼうな」


「あっ、はい。でも、僕はその幻術のほうが気になったんですが……」


「君ちゅー男は……」


 伏見はクタクタといつものように笑い始めた。


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 伏見が帰った後、客間でお椀の片付けをする鞘夏を忠陽は呼び止めた。


「鞘夏さん、一緒に彼杵に行かない?」


 鞘夏は片付けの手を止める。


「僕が鞘夏さんに来てほしいんだ……」


 鞘夏の綺麗な黒い瞳は忠陽を見ていた。鞘夏は目線を下に向けると口を開いた。


「私は……」


 そう言ったまま、鞘夏は止まってしまった。


「今じゃなくてもいいだ。出発当日でもいい……」


 忠陽はそう言って、部屋から出て行った。

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