第三話 学校間呪術戦対抗試合 其の一
ある日の昼休み、忠陽は校内放送で生徒会に呼び出された。忠陽は昼休みに開放される屋上で、いつものように鞘夏と距離を取りながら、昼食をしていた。
「よろしいのですか?」
遠くから鞘夏が尋ねた。
そもそも生徒会から呼び出される理由は分からない。それに生徒会というものにあまり関わりたくなかったという気持ちが忠陽はあった。
「別に良いんじゃないかな……」
鞘夏はそれ以上言おうとはしなかった。
十数分後、屋上に由美子が血相を変えてやって来た。辺りを見回し、忠陽を見つけると、照準を定め、一歩、一歩が怒気を含んで忠陽に向かっている。忠陽はその気迫に蹴落とされ、仰け反っていた。
「貴方! 校内放送は聞いてなかったの?」
「え、聞いていましたけど……」
「だったら、なぜ、生徒会に来ないの!?」
「それは……」
小声で別にいいかなと言いかけたときには、由美子の凄まじいオーラに当てられて、忠陽は言うのを止めた。
「ささっと、来なさい!」
由美子は忠陽の手を掴み、勢いよく引っ張り上げ、強引に連行していった。鞘夏は手を引っ張ったときに声が溢れるも、その凄まじい勢いに置いてけぼりにされていた。
忠陽は由美子に痛いと抗議をするも、それを聞かない。ご令嬢と聞いて呆れる、本当の中身は粗暴なのかもしれない。
由美子は入りますと、元気のいい声を出して、生徒会室に入る。忠陽は御前に締め出されるように、生徒会の御歴々の前に立たされた。目の前にはいかにも生徒会長らしい、メガネ、華奢な体、身だしなみが整った黒い髪の男だった。
「よく来てくれた。賀茂忠陽君。我々の呼び出しに応じなかったのは君が初めてだよ」
「ああ、そうですか……ッ!」
やる気のない返事をしたところで、由美子に背中を抓られていた。
「あはは、神宮さん、落ち着きたまえ」
由美子はすました顔で居た。
「君も一年生でよくわからないと思うが、この学校では生徒会の言うことは絶対なんだ。今後は注意をしてくれ」
生徒会長は怒っているというわけではなく、本当に優しく注意をしていてくれているようだった。
「さて、本題だが、君には、学戦で、神宮さんと共に斥候を行って貰いたい」
「学戦?」
忠陽は父親と話したときに聞いた言葉だった。
「君、学戦を知らないのかい?」
「すいません」
「学校間呪術戦対抗試合、通称、学戦。あなた、自分の父親が呪術研究の統括部長なのに知らないの?」
「父さんが何やってるかなんて知らないよ」
「呆れた」
「まぁまぁ、神宮さん。なら、学戦のことをまずは知ってもらわないとな」
生徒会長は学戦について説明を始めた。
学校間呪術戦対抗試合。通称、学戦は、学生連合の領土、つまり高校を掛けて戦う。学生連合は主任理事校を下に十数校の学校が一緒になって連合を組む。連合というのは名ばかりであり、主に学戦で負けた学校を従属させ、連合になったと言っていい。
今はその連合が三つに別れており、北の岐湊、西の翼志館、東の東郷。この勢力がお互いの領地を巡って戦っている。この名前の由来となっているのが連合の主任理事校であった。主任理事校は各高校への指揮権を持つ。従属する学校に主任理事校の生徒会から指名された指揮官を送り込み、各高校の人員を動かす。
勝利条件は二つの方法がある。一つは相手側の本拠地の陥落、もしくは生徒会長の捕縛。もう一つは、敵陣にある四箇所の拠点制圧。そのどちらかを満たせばよい。ただし、四箇所の拠点に生徒会長が居ることはできず、別途に生徒会と中心とする本拠は設営する必要がある。
「で、話は戻るが君は神宮さんとともに斥候を行ってもらいたい」
「どうして敵の偵察をする必要があるんですか?」
「さっきの四箇所の拠点はどこにあるかなんて事前には知らされないのよ。学戦のフィールド自体は組織委員会から用意された演習場を使うんだけどね」
「神宮さんの言うとおりだ。引き受けてくれるかい?」
「生徒会の言うことは、絶対、なんでしょ?」
生徒会長は一本取られたというような顔をしていた。
「ひとつ聞いていいですか?」
「ああ、聞いてくれたまえ」
「なんで、僕なんですか?」
生徒会一同は互いに目を見合って、責任の所在を探しているようだった。
「それは、私が推薦したからよ」
由美子があっさりと言った。
「あなたは式紙を使えるわ。その共感覚を使って、敵の情報収集をするのが目的よ。陰陽術を使える人間なんてそういるものでもないし、私と組むに問題なさそうなのがあなただったからよ」
「僕は神宮さんが思っているほど呪術は得意ではないんだけど。敵に襲われた時、足手まといになると思う」
「そのぐらい私がカバーできるわ。それとも、私じゃ、不満?」
「いえ、そんなことは……」
忠陽は不満ではなく、由美子だから失敗したときの怖さはありますよとは言いづらい。恐らくこの生徒会の人間も同じ思いをしているのではないかと、周りの人間に目を合わせるも、全員が目を合わせてくれなかった。
「だったら、大人しく従いなさい」
有無も言わさない言動は流石といったところだろう。忠陽は黙って頷いた。
忠陽は由美子と生徒会室を出た所で、昼休みの終わりのチャイムが鳴った。二人は同じ教室に戻る。ただその雰囲気が忠陽には居たたまれなかった。
「ねぇ、あなた。どうしてそんなに自分を卑下するの?」
由美子は立ち止まり、忠陽に質問する。その顔は真剣な顔をしていた。
「僕は本当のことを言ったつもりだ。僕には呪術の才能はないよ」
「そう。だったら、私を殺せるほどの炎を生み出したあの時のあなたは、一体何者よ?」
「それは、伏見先生が渡してくれた式付のおかげで……」
「そう口合わせをしようと言われたんでしょ? 惚けても無駄よ。あの炎を生み出すのに式付のお陰なんてありえない。あいつ、妙にあなたのことを気にかけてるみたいだし」
「伏見先生と仲がいいんだね……」
その時、由美子はこの世のすべてを呪うかのように拒否反応していた。
「あなた、本気で言ってるの?」
「いや、撤回します」
「あいつは敵よ。私達、神宮の。でも、敵だからこそ、あいつの判断は信じられるときもあるのよ」
「そうなんだ……」
「そうよ。隠してもしょうがないし、今回の件はね、あいつからの提案よ。あなたを私と一緒に組ませるのわ」
「えっ?」
「それにあなたの従者、真堂さんも一緒に連れて行くわ」
「どうしてそんなことを?」
「私が知るわけ無いわ。あいつに借りを作っておくのは嫌なだけよ」
伏見という男に初対面で得体のしれない何かを感じていた。でも、鞘夏の一件で教師らしさを感じて、信用しようと思い始めた矢先のこの行動は、忠陽を疑心暗鬼にさせた。
「どうしたの? 人間不信になった? あいつらはそういう人よ。口からでまかせを言って、本音なんて話さない。呪術師としては天才的な家系よ。言っとくけど、伏見って名前、偽名だから」
「偽名!? なんでまた」
「さあ。でも、偽名を使っているのは私達の中でも良くあることでしょう? 名前って一番呪いの対象として明確だから」
「呪術の基本だね。相手の名前を書いて呪ったり、親が名前で子供を縛ったりすることは」
「そういうこと。だから、私はこの学校中の人間の情報を調べてあるわ。知っての通りの家柄だから、変な虫がついて来ないようにするためにもね」
「そう聞くと神宮さんは大変そうだね……」
「そうよ、大変なのよ。あなた…この学校に入った理由が、私と似ていそうね。親からの命令ってやつ」
「一緒だね……」
忠陽は少し安心しながら笑った。
「でも、私は少しショックだったわ。私には兄が居るんだけど、親と絶縁状態。だから、私が家を継がないとって思ってたんだけど、こんな学校に入学させられるとは思わなかったわ」
「そうなんだ。その年で当主の自覚を持つなんてすごいね。僕の家は落ちぶれてるし、僕自身も才能がないから。ただ父さんの言うことに従うだけだよ」
「落ちぶれてる? 何言っているの。この研究都市はあなたのお祖父様が発案し、あなたのお父様が整備したものでしょ。それだけでもすごいわ。呪術の効果を上げるために龍脈上に建設し、それに付随した経済水域を守るための敷設計画。呪術の功績としては地味かもれないけど、政治を含めた意味ではものすごい功績よ。もっと誇りなさい」
「そうなんだ。そんなこと初めて知ったよ」
由美子はこの世間知らずな男に調子を狂わされていた。
「とにかく、世間では、あなたのことを、そういう目で見ることもあるのよ。自分の家に恥じないように頑張りなさい」
「うん。僕も、この三年間は頑張ってみるって、父さんとの約束だからね」
そう笑顔で言う忠陽に由美子はやっぱり調子を狂わされていた。
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学戦当日、時刻は午後七時を過ぎていた。忠陽は演習場に着き、入り口の前で生徒会からの訓示を受け、生徒は各方面へと散らばっていく。
忠陽たちが前線へと向かおうとした時、陣中見舞いという顔をした伏見が忠陽たちを呼び止めた。伏見の後ろにはもう一人、女性の教師が同伴だった。
「いや~、忠陽くん。緊張してないか?」
この張り詰めた空気の中、この教師だけ別の世界にいるのではないかと思った。
「ちょっと、伏見先生!」
「なんや、生徒の緊張を解してあげるのも僕らの役目やろ? 日那乃くん」
日那乃と呼ばれた女性教師はまだ若く、新米にも見えた。グラマラスな体は着ているパンツのラインからでも分かり、綺麗な脚線を描いている。ただ、ポニーテールが幼さを感じさせた。
その女教師はなぜか頬を赤らめて、伏見に怒っていた。
「生徒の前で、名前で呼ぶのは辞めてください!」
「君が名前で呼べっていったんやないか」
「私は公私混同しません」
「はぁー。生徒の頃の君はものすごく柔軟やったのにな。今はこんな堅物になってしもうて」
「ちょっと、何を言ってるんですか!」
「夫婦漫才をやりたいなら、他でやってもらえます?」
由美子は冷たくあしらった。女性教師は違うと由美子に抗議をするものの、由美子はそれを聞いていなかった。
「なんや、姫は緊張せいへんのやな」
「あなたの顔を見て、吐き気がするわ」
「そりゃ、ええ心持ちや。気いつけや。神宮のブランドを、汚さないようにせいへんと」
由美子への完全なる挑発。由美子はそんなのは慣れているようにだった。
「ええ、忠告通りそうならないようにするわ。賀茂君、私、先に行っているわ」
由美子は演習場の入り口の方へと歩いていった。
「可愛げない奴やな」
「伏見先生が意地悪すぎるんですよ」
「そないなことないで。姫も僕の生徒や」
「なら、もう少し接し方を考えたほうがいいじゃないですか?」
女性教師は伏見に詰め寄るようにして、注意していた。
「先生は、伏見先生の教え子なんですか?」
「えっ、私? まぁ、そうよ。一番弟子かな……」
忠陽の質問に女性教師は何か恥ずかしそうに答えた。
「自己紹介がまだやったな、藤日那乃くん。君たちの先輩や。まぁ、学生の頃は結構やんちゃしてて、手がつけられんかったわ」
「そういう伏見先生は今と違って、冷酷な男だったじゃないですか! この人ね、初対面で私を引っ叩いのよ? 先生としてありえないでしょ」
「それは、若気の至りやがな。ほんま堪忍」
一方的に藤が昔の話を引き合いに、伏見を責め始めた。伏見にこんなにも親しい人物がいたことには驚きだった。ただ、気になることがひとつあった。
「藤先生って、うちの学校の教員ですか?」
藤は伏見を責めるのを止めて、忠陽に答えた。
「ああ、私は東郷高校よ」
「あの、こんな所に居て良いんですか?」
「教員は、学戦のとき、運営委員をすることになるの。私と伏見先生は、学戦の中では危険な呪術を使用していないか、監視する役目。ほら、このおじさんは、呪術のこと、だけは、エキスパートだから」
だけっていうのは余計だと小言で伏見は言った。
「危険な呪術って使われることなんてあるんですか?」
「そらあるよ。それだけ学生も本気なんや。呪術は呪いや。人を殺すためにある。だけど、君等の本分は呪術を学ぶことや。人を殺すことやない。だから、それを未然に止めるのが僕ら、運営委員の役目や」
伏見はこういう事は誤魔化さない。呪術の本質は人を殺すための手段であること。それを思い出させる。
藤はそんな言い方を咎めたが、忠陽の中ではすっと落ち着いてしまった。彼の言い方が直接的であっても、自分たちが何を使っているかを思い出せるのはやはり彼の役目だろう。
「まぁ、君たち学生には呪術を学ばせておいて、殺すことはダメやって言うのは矛盾しているけど、最近、僕は、呪術は人を守るためにもあるんやなと思う時がある。それは君たちの生徒おかげやで」
「京介……」
「忠陽くん。学戦は生徒が一番成長する場所でもある。だけど、気をつけや。出る杭は叩かれる」
「はい、気をつけます」
出ました。藤ちゃん先生。
藤ちゃんかわいいよ藤ちゃんって、言葉が復活するぐらい描きたいのですが・・・
いや、藤たそーがいいですかね?
現実に藤ちゃんみたいな人が居たら、ぽっくん、ご飯何杯でも、げっふんげっふん。
ちなみに、友人につけたあだ名で「ボ」や「ボックン」という人がいました。
EMERGENCY Walkin’Loopin'Party 「マジLOVE1000%」を聞きながら