第八話 朝曇 身を焦がし 下心を知る 陽射しかな 其の三
二
七月の終わり頃、賀茂家の本邸、一台の車が入ってきた。その車の主に驚いたフミは、忠陽を大急ぎで呼んだ。息を切らせ、自習中の忠陽を引っ張り、玄関まで連れて行く。
玄関には白ブラウスに、青色のジーンズを着た由美子と執事服の漆戸が居た。
忠陽もその光景に驚愕する。
「ごきげんよう、賀茂君」
「こ、こ、こんにちは、神宮さん」
「突然でごめんなさいね。近くを通ったから来ちゃった」
由美子はあざとく、片目を瞑り、舌を出す。
「え、来ちゃったって、えー!?」
忠陽は開いた口が塞がらない。
「鞘夏さん居る?」
「居るけど……」
「申し訳ございません。賀茂殿。姫様には言って聞かせたのですが……」
漆戸は平謝りしていた。
「いいじゃない。友達なんだから……」
「姫様、友達だからといって、相手には相手の家の事情があります。ここは天谷ではないのですよ」
「もう、うるさいな……」
来客の声と周りの慌てように気づいたのか、麻美も玄関まで顔を出していた。
「あっ、これは奥様。お邪魔しております」
漆戸が頭を下げると同時に、由美子も頭を下げた。
「あら、漆戸様。お久しぶりです」
間の抜けた調子の麻美は笑顔で挨拶をする。
「は、初めまして。真堂さんと賀茂君の学友の神宮由美子です。以後、お見知りおきを」
「あらあら、可愛らしいお客様が来られたわ」
「急な来訪で誠に申し訳ございません、奥様」
漆戸は改まって謝る。
「いいんですよ。忠陽さんもちょうど暇だったと思うので」
「ほら、爺や」
「姫様……」
麻美は二人の来訪に喜んでいた。
「さあ、お上がりください。何のおもてなしもできなく、誠に申し訳がございませんが、せめてゆっくりしてください」
「はっ。お言葉に甘えて少しだけ……」
漆戸がここまで畏まっているのに由美子は内心驚く。
麻美に案内され、客間に通された。古びた机とソファーがあり、ソファーは机を囲むように五つある。机の長手方向の両脇に二つずつ。もう一つは、机の短手に置いてあった。麻美は由美子を部屋についている絵画見えるように長手方向の客専用のソファーに座るように案内した。
漆戸は部屋の入口に立っていた。
「漆戸様もお座りになってください」
「はっ。ありがとうございます」
漆戸はそう言うと、由美子の隣のソファーに座った。
忠陽は由美子と相対するように座り、麻美は両者が見えるような位置の短手方向のソファーに座った。
「フミ、お茶を……由美子さん、紅茶で良かったかしら?」
「お気遣いなく」
「紅茶をお願いするわ」
「はい、畏まりました」
「それと、お菓子を――」
「それでしたら、こちらをお願い致します」
漆戸は立ち、麻美にケーキ箱を渡す。麻美は受け取り、その外装を見て喜んだ。
「あらまあ、不二屋のプリンケーキじゃないですか。私の好物を覚えていらしたのですね」
「あ、いえ。たまたまでして……」
由美子は漆戸をじとーっと見えていた。
「フミ、プリンケーキを頂いたわ。早速をお出しして」
「はい、奥様」
フミは部屋から出た。
「忠陽さんと鞘夏さんから聞いております。学校ではお世話になっておりまして、近々お伺いしようかと思っておりましたが、お出向き頂き、誠に申し訳ございません」
「いえ、私が九郎の諫言を聞かずに、押し掛けてしまい、誠に申し訳ございません」
由美子も丁寧に謝罪をしていた。それには漆戸も胸を撫で下ろしていた。
「そんなことないですよ。こうしてお伺い頂いたのは非常に嬉しく思います。是非、いつでも来てください。忠陽さんも鞘夏さんも喜びます」
「ところで、鞘夏さんはどちらに?」
「姫様……」
「鞘夏さんは今お仕事をしていると思います。少し待ってくださいますか?」
「はい、申し訳ございません」
「由美子さんとは初めてお会いするのに元気で明るいのは、お母様に似ておられますね。それにお顔も、お父様よりはお母様に」
「そう見えますか? 周りからは父に似ているとよく言われます」
「あら、そうなの? お父様はどちかというと押しに弱い印象だわ。ご存知から? 貴方のお母様がお父様を射止めたのよ」
「そうなのですか?」
由美子は漆戸も見る。漆戸は少し頷いていた。
「そうなの。子供のときからの許嫁同士だったのだけど、貴方のお父様がプロポーズをなかなかしないから業を煮やして、破断状を送ったりだとか、指輪を持ってくるまで家の敷居を跨がせなかったのよ」
「今の母からは想像できない……」
「そうよね。今は落ち着かれましたから」
「昔の母をご存知なのですか?」
「ええ、子供からの学友でしたの。夫と出会えたのも貴方のお母様のおかげよ」
「あの、昔の母はどのような感じだったのですか?」
「麻美様、それ以上は……」
「爺や、良いじゃないの」
「姫様、それ以上お聞きなさると……」
「いいじゃありませんか、漆戸様。寿子が社交界の悍馬娘と呼ばれていたり、暴風神の再来だなって言われてたりしたなんて、今は想像できませんから」
由美子はその言葉を聞いて、軽く引いていた。漆戸は顔に手を当てていた。
「そうそう、寿子がストレスのせいでお酒癖が悪くなって、社交界で知り合った男性を引き連れてと飲み比べしては、倒していたのも懐かしいわね。その時から蟒蛇のお寿と呼ばれていたわ」
「奥様……」
「今は亡き貴方の伯母様に嫉妬して、伯母様からお父様の心を取り返そうと部屋に乗り込んだけど、漆戸様に止められたの。だけど、そのときに手を出さない漆戸様を倒して、逆に貴方のお父様から怖がられ、遠ざけられてたのよね」
忠陽は自身の母の知らない姿を聞いて、驚いていた。そして、漆戸がなぜ丁寧な対応を取っていたのか。その理由が少しだけわかったような気がする。
「あとね――」
扉がノックされる音が聞こえる。その音で麻美は話を止めた。麻美は入るように促すと、入ってきたのは給仕服姿の鞘夏だった。そのことに三人は胸を撫で下ろす。
「紅茶とケーキをお持ち致しました」
由美子は給仕服の鞘夏に見とれていた。
「なかなか、カワイイわね」
「あらあら、由美子さん。鞘夏さんは渡せないわよ」
由美子と漆戸はそういうことかと察した。
「鞘夏さん、お仕事はいいからそこに座りなさい」
「はい。奥様」
鞘夏は頭を下げて、忠陽のとなりのソファーに座る。
「さて、昔話はここまでにして、由美子さんにお聞きしたいことがあるの」
「はい、なんでしょうか……」
由美子はこの場での強者に怯えていた。
「今度の一条の宴会に、貴方方もご参加されるのかしら?」
「はい。私と父が参加致します」
「良かったわ。忠陽さん、社交界を出るのは今回が初めてなの。だから、何かとご協力を賜りたいの」
麻美は両手で由美子の手を取り、握りしめ、由美子の顔を見る。
由美子は答えが決まっていたのにも関わらず、その無言の圧力に圧倒され、屈してしまった。
「はい……」
「ありがとう。私の悩みも無くなったわ。今度はお礼にこちらからお伺いするわ」
「いいえ。別に、友人として当たり前のことですから……」
「そう言って頂けると嬉しいわ。じゃあ、後はお邪魔だと思うから、私は失礼するわ。鞘夏さん、ケーキと紅茶は貴方が召し上がって。私は後で頂くわ」
麻美は立ち上がり、部屋を出ていた。
麻美が去ったあと、嵐が過ぎ去ったかのように静寂が訪れた。
「漆戸さん……」
忠陽が口を開く。
「母は社交界でなんと言われていたのでしょうか?」
「いえ、私も存じ上げません。ただ、姫様のお母上でもお若い頃に固く仰っていたのは、麻美様を怒らせるなとだけしか……」
「そうですか……。神宮さん、母がご迷惑を掛けてすいません」
「ううん。いい勉強になったわ……」
鞘夏はその三人の姿をきょとんと見ていた。
「あの……。本日、ゆみさんはどうしてこちらへお越しになられたのですか?」
鞘夏の言葉で由美子は正気を取り戻した。
「えっ、あ、あの……。鞘夏に用があって来たのよ」
由美子は空笑いをしていた。
「私にですか?」
「そう。急な訪問で申し訳ないけど、明日って時間を作れるかしら?」
「えっと……」
鞘夏は忠陽を見る。
「いいよ、遊びに行っておいで。フミさんには僕からも話しておくから」
「ですが……」
「賀茂君、貴方も来なさいよ。何なら妹さんも」
「姫様……」
漆戸は嘆息をつく。
「いいじゃない。高校の夏は三回しかないって爺やだって言ってたじゃない」
「それはそうですが、唐突に行くのは……」
忠陽は二人の言い争いを見て、微笑ましたかった。
「なら、来週はどうですか? そうすれば、鞘夏さんだって行きやすいと思いますし」
漆戸は忠陽を見て、頭を下げた。
「決まりね、じゃあ、明日中に日取りを連絡頂戴」
「分かったよ。念のため、どこに行くの?」
「ここの近くに大型ショッピングモールができたのよ。そこへ行くの」
忠陽は、今日はその下見に行ってきたのかと考えた。
「また、鞘夏と買い物ができて嬉しいわ」
由美子は喜んでいるのを見て、鞘夏は恥ずかしそうに顔を伏せた。
三人は談笑を終わり、玄関前の廊下を歩くと、奥の方で人影が見えた。人影は急に廊下の角に隠れるが、スカートがはみ出していた。
「鏡華、そこに居るんだろ? 出てきなさい。お客様に失礼だろう」
鏡華は渋々顔を出し、由美子の前で挨拶をした。
「は、初めまして、神宮様。賀茂忠臣の娘、鏡華です。以後、お見知りおきを……」
「初めまして、鏡華さん。神宮由美子です。私に様はいらないわ。下の名前で呼んで頂いてよろしくてよ」
鏡華は黙ったままだった。
「鏡華?」
忠陽はしおらしい鏡華を見て、不思議に思った。
「どうかしたの、鏡華さん?」
由美子は鏡華に尋ねると、忠陽の後ろに隠れる。
「おい、どうしたんだ?」
「あの、うちに何用ですか? うちには貴方に差し出せるものはありません……」
忠陽と由美子はその言葉で吹き出し、笑ってしまった。
「な、なんで笑うのよ」
怒る鏡華に由美子は近づいた。鏡華は忠陽の服をぎゅっと掴んで更に顔を隠す。
「急に来たから不安だったわよね。ごめんなさい。今日は、お誘いに来たの。鏡華さんもこの近くに新しくできた大型ショッピングモールに行かれませんか?」
鏡華は顔を覗かせて、忠陽を見る。忠陽は妹の頭に手を二度ほど置くと、由美子に答えた。
「興味あるみたい」
「そう、良かったわ。今回は荷物持ちが二人いるの。荷物持ちの一人は頼りないけど、三人で楽しくショッピングしましょう」
「頼りないっていうのは、僕のことかな?」
忠陽は不服そうに由美子を睨む。
「あら? そう聞こえたのなら良かったわ」
忠陽はため息をつく。それを見て、鏡華と鞘夏は笑っていた。
「じゃあ、賀茂君、後は頼むわ」
「うん、明日連絡する。電話番号は……」
「こちらにお願い致します」
忠陽は漆戸から番号を受け取る。
「ありがとうございます」
由美子と漆戸は颯爽と帰っていた。
「陽兄、あの人が神宮さん?」
「そうだよ、あれがあの神宮さん」
「なんか、聞いているよりも普通の人だった」
「仲良くなれば、そのうち化けの皮が剥がれるよ」
「えっ、どういうこと?」
「そうだなー。翼志館のじゃじゃ馬姫って呼ばれるかもしれないね」
「じゃじゃ馬?」
「そう、気性が荒く、手なづけるのが難しい。でも、いい人だ」
鞘夏はその言葉にくすっと笑っていた。
「なにそれ、よく分かんない」
「そういや、もう一人居たな。そういう人が身近に……」
忠陽は鞘夏を見る。鏡華はそれを見て、鞘夏に尋ねる。
「鞘夏、誰なの?」
「いえ……そのー」
鞘夏は困った顔しながら、口を閉じた。
「陽兄、誰なのよ?」
「さぁ、誰だろうね」
忠陽は鏡華に服を引っ張られながら自室に戻っていった。
じゃじゃ馬というのはある意味記号的で短絡的な表現かもしれない。
鏡華も、由美子もそういう気質がある人間であるが、自分の心を許せる人物には懐く。そう至るまでは、やはりその人物とぶつからなければいけない。いわゆるツンデレの要素にじゃじゃ馬という記号が入っている。
ツンデレの名演者といえば、釘宮理恵さんだ。彼女のツンデレにはN型、L型、S型が代表的な釘宮病が存在する。(ちなみに筆者はL型感染者である)
ツンデレの病名は後にも先にも彼女のみが確立したものだ。其の凄さは後世に語り継ぐのは当たり前だろう。
ならば、それに負けず劣らずのツンデレを我が身に宿さなければ、釘宮さんが創造するツンデレ勝てないということだ。
表現者の端くれとして、やはり上を目指すにはこの釘宮理恵さんを打倒し、由美子と鏡華を世界に押し上げ、世界三大ツンデレのワンツーを取らなければいけない。
さぁ、掛かってこい!釘宮理恵さん!
私が用意した由美子と鏡華で、貴方を倒して見せる! いや、倒す!
・・・・・・・。
ルイズの桃色の髪、クンカクンカしたい・・・・。
ルイズ、かわいいよ、ルイズ!
はっ! 釘宮病がーーーーーー!!
す、すまない、由美子、鏡華。私にはやはりL型は捨てられない。
Glee: The Music, Vol. 4
「Toxic」を聞きながら




