第七話 誰そ彼、輝くは天と地と、祓い清め給ふは弓の姫 其の二十一
忠陽は黒い影が鞘夏の首に牙をかける姿を見る。
忠陽は呪符を取り出し、投げるも、その呪符は焼かれてしまう。諦め、黒い影に近づこうとする。
だが、見えない壁にぶつかり、のけぞりながら倒れた。すぐに立ち上がり、壁を突き抜けようとする。見えない壁は容易には通れない。その壁を叩くだけだった。
すると、前から見たことのある姿の男を見る。忠陽は直感的に自分であることを悟る。
「ここを通せ! 鞘夏さんが、鞘夏さんが!」
忠陰は笑う。
「何言ってんだ。見捨てたのはお前だ」
「見捨ててない。だから、通せ!」
「通れない。そこは俺とお前の壁だ。そいつを通るの無理だ。それはお前も知ってるだろう?」
「うるさい、黙れッ!」
「おお、怖い怖い。忠陽坊っちゃんは、今日はご機嫌斜めだ」
忠陽は全力で壁を叩く。しかし、壁は壊れない。ただただ、化物に食われていく鞘夏を見るだけだった。
忠陽は虚空に雄叫びを上げる。
その叫びと同時に忠陽は体を無理矢理に起こした。目に映る景色は前に見たこともある病室の景色だった。
「忠……陽……様?」
その声を聞き、忠陽はベッドの左側を向く。すると、鞘夏が寝ぼけた顔をしていた。
忠陽は思わず彼女を引き寄せ、抱きしめる。
「良かった……。本当に良かった……」
忠陽はさらに強く出し決める。
「……痛い、です」
忠陽は我に帰り、鞘夏を離した。
鞘夏は頬を赤らめさせ、髪を整えていた。
「鞘夏さん、怪我はない?」
「はい、お陰様で」
「……妖魔はどうなったの?」
「ゆみさんが祓いました」
「ゆみ?」
「神宮さんです」
「ああ、そうか。後でお礼を言わなくちゃいけないね」
「神宮さんもかなりの疲労で、別室で休んでいます。また日を見てのほうがよろしいかと思います」
「ありがとう、鞘夏さん」
忠陽はベットから出ようと動いたときに、急激に疲労を感じ、ふらついた。
鞘夏がそれを見て、忠陽を慌てて止めた。
「忠陽様もかなりの呪力を使っています。ご安静にしてください」
「僕は、そんなに使っていないはずだ……」
忠陽は鞘夏の言葉で直感的に、もう一人の自分が浮かんできた。
「そうか……。もう一人の僕か……」
鞘夏は俯いた。
「僕はまた、君たちを傷つけたのか……」
忠陽はシーツを握りしめる。
「違います。……忠陰様は、私を、由美子さんを助けてくれました」
「助けた? アイツにそう言えって言われたの?」
「違います」
「アイツは、アイツは居ちゃいけない存在なんだ!」
「それは違います。忠陽様」
「アイツが居るから、皆が傷つくんだ……」
鞘夏は黙って、忠陽の手を取った。その手に気づき、忠陽は涙を流す。
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薄暗い部屋の中、玉座に座る老人がいた。老人には無数の管が繋がれていた。周りには無数の円柱の管があり、その中には人が入っていた。
老人の膝下には二人が並び座っていた。一人は舞姫の那智、もうひとりは浪人笠の男だった。
「そうか、妖魔は捕まえられなかったか……」
「はっ。申し訳ございません、主様」
那智は頭を下げる。
「よい。どちらでもよかったことだ。苦労をかけた二人共」
「ひとつ、やり残したことが……」
浪人笠の男が口を開く。
「よい。それは必要ない。お主の力はこれから必要だ。警戒をしている六道の男と、神宮の小倅と無理に戦う必要はない。方法はいくらでもある」
「承知した」
「神宮の巫女。あの歳で祓詞を使えるとは大したものよ。妖魔の穢を祓い、高天原へと還した。素晴らしいの……。それに比べ――」
老人は咳き込んだ。
「主様!」
那智は立ち上がる。それを老人は静止した。
「器が手に入れば、儂にも使えるかの……。なあ、幻徳斎よ」
幻徳斎は首を傾げる。
「キサマ、主様に無礼であろう」
那智は立ち上がり、鉄扇を抜いた。それに反応し、幻徳斎は棍を取り出す。
「止めよ」
二人は武器をしまい、その場で頭を垂れる。
「さて、暁殿の次は、神宮の小倅。妖魔は不運にも暁殿が呼び水となってしまったか……。次は誰が訪れのだろうか。時間はまだある。貴方様の呼び水がどのようになるかをここから楽しませて頂くとしよう」
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翌日、忠陽は病院の検査を受け、無事に退院した。学校は次の日から出席するようにと伏見に言われ、忠陽と鞘夏は家で安静にしていた。
次の日、学校に登校するも、忠陽は由美子にお礼の言葉を言うのを躊躇っていた。そのまま顔を合わせることなく、日は流れ、由美子と対面したのは八雲を見送る飛行機の保安検査場前のロビーだった。
「あの、神宮さん。この前の件、鞘夏さんを助けてくれて、ありがとう、ございます」
忠陽は軽い礼をする。
「別に、私は友達を助けただけよ。貴方に礼を言われる筋合いはないわ」
忠陽は少し根に持っているのかなと思った。
「ね、私達が思っているより、忠陰君は、本当は優しい人間かもしれないわ」
忠陽はその言葉に戸惑う。
「それは……どういう意味……かな?」
「意味なんてないわ。それが真実だと思うの。やり方はちょっと難があるけど、鞘夏を大事に思う気持ちは変わらないと思う」
「アイツは、皆を傷つける。神宮さんだって――」
「もしかすると、それは鞘夏がそう願ったかもしれない……」
「どういうこと?」
「さあ、それは私もまだ分かってないわ。ただ、なんとなくそう思っただけ」
忠陽は黙っていた。
「知りたいのなら、貴方がもう一人の自分とも向き合いなさい。それに鞘夏とも」
「僕は……」
由美子は赤らめた顔を逸しながら、手を差し出す。
「まあ、貴方、友達も少ないでしょうから、そういう相談に乗ってあげてもいいわよ」
忠陽は笑う。
「何よ、なんで笑うのよ」
「ううん。神宮さんってやっぱりいい人だなって」
笑う忠陽に、照れながら暴言を吐く由美子の後ろから八雲と、伏見、大地、漆戸がやって来た。
「なーに、うちの妹に手出してんでよ」
「兄さん、別にそんなんじゃあ!」
由美子の慌てように、八雲は何かを察した顔になった。
「そうか、ゆみのタイプはこういう奴か……」
「違うわよ!」
周りの全員が笑っていた。
「何よ、部外者が笑うんじゃないわよ!」
由美子は漆戸からバックを取り、大地にだけ投げつけていた。
「痛えなぁ! 八雲さん、この凶暴さをなんとかしてくださいよ!」
「なに言ってんだ。これがうちのゆみちゃんの可愛いところだよ」
「せやな、由美子くんはそこがええとこやな」
伏見も笑っていた。
「世話になったな、辰巳。結局のところ、九郎も俺らも敵を逃しちまったけど、上には報告する材料は得たよ」
「よろしく頼むで、英雄殿」
八雲は伏見から出された手を取り、握手をした。
「九郎、ゆみを頼む」
「畏まりました」
「そこの二人、お前らはまだしごき足りないが、基礎だけは必ず毎日やれよ」
「そんなことより、八雲さんがこっちに来ればいいじゃないですか?」
「無理言うな。俺の部隊を見捨てるわけにいかなねえよ。それにそろそろ帰らないと奏の奴がうるさいし」
「なんや、奏ちゃんはお前の部隊に居たんか」
八雲は苦笑いしていた。
「学校卒業したら、二人とも桜花に入れやるから待ってろよ」
「俺、軍には入らないっすよ」
「僕も同じく……」
由美子は八雲から視線を逸し、両手でもじもじと遊んでいた。
「ゆみ……」
八雲は由美子に近づき、目線を合わせる。すると、由美子は八雲の顔を見た。
「たまには……家に帰ってきてください」
「それは無理だ」
「もう……」
「でも、母さんには節目に電話してるよ」
「私には……」
「お前には必要ないだろう?」
由美子はむっとした顔になった。
「だって、お前にはいい友達がいるじゃねえか」
八雲は由美子の頭に手で撫でる。
「学校で一緒に楽しいことも辛いことも経験する。アイツらは友達以外になんだよ?」
「男の人と友達になるのは……」
「やっぱり、好きなのか?」
「違います!」
由美子は八雲の手を払い除ける。
「呪術で何か相談したければ、辰巳を頼れ。身の回りは九郎にな。それに、アイツらに頼ったって何も可笑しくない。お前はまだ誰かに甘えてもいいんだ」
八雲は満面な笑みで由美子の肩を叩く。
「ありがとう……兄さん……」
八雲は漆戸から荷物を受け取った。
「じゃあな。まあ、近いうちにまた会えると思うけど、元気にしてろよ」
八雲が保安検査場へと入っていた。
由美子はその後姿が消えるまで手を振っていた。
今回は、由美子のお兄ちゃんが出てきましたが、活躍させる気はありませんでした。
あくまでも、活躍するのは由美子であり、最後のラストアタックを由美子にできたのは上々かなと思っています。
由美子の人物を知って貰うためには、やはり八雲という存在と、九郎が必要になると考えた時、そこに事件性がないと皇国陸軍所属の八雲は登場できないよなという考えがありました。
皮肉にもちょうど前話で事件性を起こしたもう一人の兄である神無が居たため、導入の部分ではすんなりと行きましたが、中盤からは少し悩みました。ある程度は神無の力が呼び水に、違う事件が起こることは妄想していたのですが、それをもう一つのテーマとどう絡めるかを必死に考えていたんですよね。
そのテーマが鞘夏という人物です。
鞘夏は基本的に焦点が当たらないと何も動かない人形のように見える。そういう人物だから仕方ないのですが……。
学校や職場でも無口な方がいらっしゃると思うのですが、彼らだって色々と考えることはあるだろうと、私は思っています。ここは敢えて、何を考えているのか分からない人間の心情という書いてみたのですが、あまりよろしくない表現の仕方かもしれませんね。
それに付け加え、私の文章に目立つのは俯いたとか、視線を反らしたとかが多用されているのは否めないです。稚拙な表現と言われても仕方ないような気がします。人の動きや仕草の研究というのがもっと必要だと痛感しました。
実は、構想の中では八雲と伏見が幻徳斎と青影と戦う場面を書こうと考えてはいたのですが、今回それを敢えて書きませんでした。書かなかった理由は一番はテンポ。二番目は、この話でのメインが由美子だからです。
もし、読みたいという方が居ましたら、いいねを押して頂けると書こうかと思います。
さて、次回は夏休みです!夏休みには現実にはない恋がある!
私ができなかった恋愛を妄想パワー全開でお送りしようかと思います。
今後とも何卒よろしくお願い致します。
Colours of Light -Yasunori Mitsuda Vocal Collection-
光田康典
「Pain」を聞きながら