第七話 誰そ彼、輝くは天と地と、祓い清め給ふは弓の姫 其の十七
七
忠陽は皇国陸軍付属病院に着くと、待合受付に駆け込む。
「すいません、真堂鞘夏の親類です。彼女は今どこに?」
受付の女性は忠陽の慌てぶりに戸惑う。
「申し訳ございません。少々お待ち下さい」
「急いでください」
息を切らす忠陽の肩が二度叩かれた。忠陽は振り返ると、そこには八雲、その後ろには漆戸と由美子が居た。由美子だけが俯いていた。
「まあ、まずは落ち着け」
「鞘夏さんはどこに居るんですか?」
「いいから、落ち着け!」
八雲は語気を強めた。
忠陽はそれで冷静にならざるをえなくなり、呼吸を整え始めた。
「いいか、彼女は無事だ。幸い、外傷もなく、妖魔に精気を奪われたわけでもない」
「そうですか……」
「念のため、今日はこの病院で様子を見る。いいな?」
「はい……」
「落ち着いたか?」
「はい」
「なら、病室に行くぞ」
八雲に連れられ、鞘夏が居る病室へと向かった。病室を八雲が開け、忠陽と二人で中に入った。
病室は個室であり、広い空間だった。忠陽は消毒臭が鼻につき、学戦の後の夜を思い出す。
八雲に背中を押された。忠陽は八雲を見るも、八雲は側に行けと手で勧めた。忠陽は頷き、ベットの側にある椅子に座った。
八雲は静かに部屋から出た。
鞘夏は誰かが来たことに気づき、忠陽の方を向く。
「……ハル……クン……」
鞘夏は意識が朦朧としているのようだった。忠陽は鞘夏の手を取り、自分の顔に近づけた。自然と涙が溢れ出ていた。
「良かった……」
涙声を押し殺して、忠陽は言う。
「ハルくん……。私、大丈夫だよ。だから、泣かないで……」
「泣いてないよ……。嬉しんだよ」
「嬉しい? ……どうして?」
「君がいるから」
「なら……私も、嬉しい…」
鞘夏はいつもと違い、幼かった。そして、笑顔が素敵な少女だった。忠陽は鞘夏を見て、すすり泣き、鞘夏の手を強く握りしめる。
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忠陽と八雲が病室へ出ると、そこには伏見も駆けつけてくれていた。
伏見はいつものようにヘラヘラとした顔で忠陽に手を上げ、挨拶をする。忠陽は頭を下げ、返礼をした。それがなぜだか忠陽は落ち着く。
由美子が忠陽に近づいてきた。
「ごめんなさい……」
誰かに叱られ、謝るように諭されたのか、由美子は謝ってきた。
「どうしたのさ。神宮さんらしくないよ」
「私のせいで……」
「どうして?」
「私が……真堂さんを連れ出さなければ――」
「違うよ」
「でも――」
「違うって!」
忠陽は声を荒らげていた。
八雲は忠陽の肩を叩く。
「神宮さん、この島に妖魔が居るなんて誰も分からないよ。それに鞘夏さんが襲われるなんて分かるはずがない」
「そうや。姫のせいやあらへん。それ以上言うと、忠陽くんはホンマに姫のせいにしてまう。まあ、この場合、あの妖魔を仕留め残った君のお兄さんのせいやな」
「おい、てめえ」
八雲は怒りを抑えるも、事実であるため余計に腹が立った。
「忠陽くん、事情は大体聞いた。辛いかもしれへんけど、ちょっと教えてくれへんか?」
忠陽は頷く。
「今回、鞘夏くんを襲ったのは、この前、君が夜にあった浪人笠の男と、君は知らんと思うけど、一昨日、八雲がとある場所で遭遇した妖魔や。だが、姫の話を聞くところに、笠男は妖魔から鞘夏くんを守ったかもしれへん」
忠陽は笠男の行動に疑問を持った。自分たちがあの夜に見た光景は笠男が人を殺していた。
「君に聞きたいのは、鞘夏くんは妖魔に襲われるような体質なのかどうかや」
「僕も聞いたことがないです。鏡華……いや、妹に聞くよりは、父の方が知っているかもしれません」
「なるほど。君も聞いたことがないんか……。僕が見た感じでも、鞘夏くんが妖魔に襲われるような体質ではないように思えるんやけどな……」
「妖魔に襲われる体質なんてあるんですか?」
「そりゃあるさ。一番わかり易いのは、神無や」
「神無さんが?」
「貴方だって、神無兄さんを見た時に、呪術師として憧れたのでしょう?」
由美子が忠陽に問う。
「それは……」
「妖魔は自然に近いものを好む。神無はその身が自然に近い状態や。だから、それを取り込もうとする妖魔が大勢居て、襲われることも多い。まぁ、普通の妖魔はアイツの恐ろしさを肌で感じられるから逃げ出すんやけどな」
「人間以外に好かれやすいんだよ、アイツは……」
「兄さん!」
由美子は八雲を怒った。
「さて、どないするかな? 英雄殿」
「茶化すな」
「八雲さん、どうかしたんですか?」
「人を襲う妖魔が出たということは、ここの霊場が不安定な可能性があるんだ。お前も京に居たなら分からるだろう? そういう場合、観測対象都市として霊的災害発生を防がなきゃいけないんだよ。それにはコイツらの力を借りなきゃいけない」
八雲は伏見を指した。
「伏見先生にですか?」
「正確には六道によ。知ってるでしょ? 私達はコイツの一族と仲が悪いのよ」
由美子の答えに伏見はクタクタと笑う。
「でも、それは問題ではないような……」
「問題なのは、妖魔に襲われる人間はまた襲われる可能性が高いということだ。そうなると六道が監視対象として、内弟子にしてしまうんだよ」
「それは困ります!」
忠陽は伏見を見て、大声を上げた。
五人は看護師から注意を受けた。
「あの変態ども説得するに、姉さんの協力を得ても一苦労やで」
「あんたの家の問題でしょ? どうにかしなさいよ」
由美子は伏見に詰め寄る。
「そんなことを言っても、僕はもうあの家を追放された人間や」
その中で老人が徐ろに口を開く。
「伏見殿、一つお聞きしたいのですが、ここの霊場は今でも不安定ですかな?」
「いいや。かなり安定している」
「妖魔が現れたのはごく最近と聞きましたが、その前に何か起こったことは?」
伏見は考える。そして、ため息を吐く。
「神無か……」
その言葉に八雲はしたり顔をした。
「ほら見ろ。アイツを関わると碌なことにならない。大体、こんな所で久遠を放つのが悪いんだよ。強い浄化の力を使えば、ここの霊場を不安定になるは当たり前だろう。少しは加減をしろってんだよ」
「兄さん!」
「なんだよ。アイツの肩を持つのか?」
由美子と八雲は睨み合う。
「先生、どうしてそうなるんですか?」
「強すぎる力は魔を寄せ付ける。やから、神無たちは特定の場所に居ることは少ない」
「そう、なんですか……」
「伏見殿、もし六道が動くと言うのなら、これで話を付けられるでしょう。後はあなたにお任せ致します」
「さすがは漆黒殿やな」
忠陽は二人の間に何か火花が散っているように見えた。
「いえいえ、この老骨など大したことはしておりません」
「何言うとんねん。未だ現役バリバリやがな」
「いや、もう年老いた。あの程度の妖魔なら、若かりし頃であれば一発でしたがな……。今では倒すことすら叶わなかった。貴方方はまだお若い。次はもちろん瞬殺でしょうな」
漆戸は伏見と八雲を見て、ホッホッホと笑いながら去っていった。
「あのジジイ……」
「九郎のやつ……」
忠陽は直感的に漆戸の凄さを理解した。