第七話 誰そ彼、輝くは天と地と、祓い清め給ふは弓の姫 其の十六
ショッピングセンターを出たのは午後五時であった。由美子と鞘夏は互いに買い物袋を持って、車に乗り込む。
「デニムパンツというものを初めて履いてみたのだけれど、中々良い着心地ね。動きやすかったし」
由美子のご満悦な様子に鞘夏は安堵していた。
「ねぇ、鞘夏。そのワンピース、今日着てみたら?」
鞘夏はあまり乗る気でないようだった。その鞘夏に由美子は体を近づけ、小悪魔のように耳元で囁く。
「そのワンピース姿を見せれば、賀茂君、喜ぶわよ」
鞘夏は奥ゆかしく顔を逸した。
由美子は紅潮する鞘夏の顔を見て、微笑んだ。
「でも、賀茂君は鈍感だから積極的に行かないとダメかもね」
「私はそのような事――」
鞘夏が由美子を見ると、満面の笑みを浮かべた由美子がおり、鞘夏は言葉を止めてしまった。
「ごめんね」
「いえ」
「それにしても、今日は楽しかったわ。色んなものが見れたし。鞘夏、ありがとう」
「私は何もしていません」
「一緒に居てくれたじゃない」
「勿体ないお言葉です」
「ちょっと待って。友達にはそういう言葉使う?」
鞘夏は自分で何に言い換えれば良いのか分からなかった。
「ありがとう……でしょ?」
由美子の笑みを見て、鞘夏は落ち着いた。
「ありがとうございます。神宮さん」
そのとき、鞘夏の顔は笑っていた。由美子にとって初めて見た笑顔だった。思わず、鞘夏の顔に両手を近づけて顔を挟む。
「そうよ、その顔をよ!」
鞘夏は動揺する。
「いい笑顔だわ。うん、もっと笑いましょう!」
「はい……」
それから二人は他愛のない話をして時がすぎる。鞘夏にはその時間が今まで体験したことない楽しい時間であった。だが、その時であっても主人の顔が浮かんでくる。
「あの、マンションの近くで下ろして頂くのは構いませんか?」
「どうして? マンションの前まで送るわよ」
鞘夏は黙っていた。
その様子で由美子は分かったわと告げた。
マンションの近くで車は止まり、鞘夏は車から出た。
由美子は車の窓を下げる。
「鞘夏、今日は本当に楽しかったわ。また、今度も行きましょう」
「はい」
由美子は窓を閉めると、車が動き出す。
鞘夏は車に深々とお辞儀をし、長い時間その姿勢で居た。顔をあげると、車の姿はもう見えなかった。
鞘夏はマンションへと歩き出す。その道で自分の心を整理しようとしていた。今日は由美子と一緒に買物をしていたとき、嫌だとは思わなかった自分が居た。むしろ、忠陽の側にいるように居心地がよかったとさえ思っていた。その時に、鞘夏はその感情を知る。
私は楽しかったのだ。
鏡華様とも何度か、あの場所へ行ったことはある。なぜ、鏡華様が何故あのような場所に私を連れて行ったのか分からない。でも、その時よりも楽しかった。二人でお互いの服を選んでいた時間はとても大切なものに感じられた。忠陽様とは違う何かを彼女に感じたのだろうか……。これは主人に対しての裏切りにはならないだろうか……。
その迷いは鞘夏の背中から急に出たザラッとした感触により消え去った。
鞘夏は咄嗟のことに後ろを振り返る。そこには誰も居なかった。だが、何かの視線を感じる。どこからなのかは分からない。
その嫌な視線を受けながら、鞘夏は何も感じないふりをして、歩き出した。
後ろから鞘夏を追うように足音がし始める。鞘夏が足早になると、その足音は早くなった。
恐怖に耐えられず、意を決して後ろを振り向くと誰も居なかった。それに安堵し、前を向くと一人の男が立っていた。
鞘夏はそのことに後ずさる。
男は顔立ちの良い青年であった。ニコニコと笑みを浮かべ、鞘夏を見ていた。
鞘夏はその気味の悪さに足を後方へ退く。すると、男の口角は釣り上がり、人間の限界を超える口の開くを見せた。その口からは牙が出ており、舌を蛇のように出していた。次第に体を変化させ、異形の形態へと変化させた。
その恐ろしさに鞘夏は妖魔で有ることを直感し、買い物袋を捨て、走り逃げた。
妖魔は腕を引き、突き出すと、腕が伸びる。伸びた腕を鞘夏の体に纏わりつかせ、鞘夏を拘束した。
妖魔は声を上げることになく、口元から涎を垂らしていた。ゆっくりと腕を縮ませながら鞘夏に近づく。
鞘夏は恐怖のあまり言葉を失っていた。纏わりつく妖魔の腕の締め付けがドンドンと強くなり、呼吸が荒くなってきた。
「…は…る……くん…」
かすかな声で発せられた叫びが虚しく伝わる。
妖魔が鞘夏にあと数歩という所で、長く伸びた七節棍の穂先により切られた。
妖魔は咆哮し、その七節棍の先を見た。そこには浪人笠を被った古風な男が立っていた。
グルルと威嚇する妖魔に浪人笠は七節棍をもとの棍に戻し、構えた。
「去ね」
浪人笠から発せられる言葉に妖魔は後ずさる。
そこへ黒い車が到着するやいなや、中から人が出てきて、妖魔と浪人笠に魔術を放っていた。両者ともその攻撃を避けた。
「大丈夫!?」
由美子は一目散に鞘夏に駆け寄り、鞘夏に纏わりつく腕を解いた。
鞘夏は締め付けが急になくなり、慌てて呼吸をしたため、気管をつまらせ、咳をした。由美子は鞘夏を解放しながら、漆戸を呼ぶ。
「爺や!」
後続車から出てきた漆戸を見て、妖魔と浪人笠の両者とも漆戸へ構える。
「賀茂殿との約束を守ることができなかった……」
「爺や!」
「はい、姫様。お任せください」
漆戸は構えることなく、動いた。動きは速く、妖魔の胸を一瞬にして拳の一撃を与えていた。妖魔は口から青い血を吐き、悶え苦しむ。漆戸が次の一撃を加えようと動いた時に、浪人笠は漆戸に棍を振り下ろしていた。その振り下ろしを拳で受け流し、漆戸は浪人笠の間合いを詰め、一撃を繰り出そうとしたとき、浪人笠が棍から離した手の指を弾く。漆戸はその弾いたものに気づき、間一髪で避けたが、頬に薄い切り傷を負う。そこから血がすっと流れた。
浪人笠はそのことに驚きつつ、漆戸から距離を取る。
「爺や!」
「大丈夫です。姫様」
漆戸は構えた。
「キサマ、暗殺者か。その技、一度見たことがある……。確か、霞という技だったか」
浪人笠は笠の位置を整えた。
「大谷、いや木戸の者か……」
「いかにも」
浪人笠が声を発した。
「何故、その少女を狙った。誰に雇われた?」
漆戸から徐々に湧く闘志に浪人笠は怯む。それに対抗するように、数発の指弾を放った。
漆戸はその指弾をいとも簡単に撃ち落とす。
「お前たち、手を出すな」
他の護衛の一人は漆戸の後ろに下がり、由美子のもとへ駆け寄る。
妖魔は漆戸の一撃から起き上がり、咆哮した。その咆哮は妖力が混じり、周りの人間の動きを止めていた。その隙に妖魔は逃げていった。
浪人笠はそれを見ると、懐から球を数個取り出し、地面に叩きつけた。辺りには白煙に包まれ、由美子たちの視界を奪った。視界が晴れたときにはそこには誰も居なかった。
漆戸は構えを解き、由美子の元へと走る。
「鞘夏、妖魔はもう居ないわ。安心して」
「ありがとうございます」
立ち上がろうとする鞘夏を由美子は押さえつけた。
「ダメよ。妖魔に精気を吸われているかもしれない。まだ動かないで」
鞘夏は大人しく由美子の言うことを従った。
「姫様」
由美子は頷き、救急車を呼ぶように指示する。
「とりあえずは病院に行きましょう。まずはそれからよ」
鞘夏は「はい」と返事をして、気を失った。
夕日というのは、一番太陽が輝く時間のような気がします。
昔、金曜ロードショーなどでおなじみのOPの波止場シーンなんかを知っている人は共感してくれるかもしれません。
あのときに映る人の姿というのは黒い影であり、人を像でしか見ることができません。
この時を昔の人は黄昏時と言いました。
黄昏時というのは元々は誰そ彼時と書き、電気もないも何もない時代は夕方で人の判別できない時を表現したと言われています。
突然ですが、黄昏って言葉、何か厨ニっぽくないですか?
私の中では黄昏というと、黄昏の碑文や黄昏の旅団というのが心にあります。
今の人はMMORPGを題材したものというのと、ソードアート・オンラインでしょうね。
ですが、私は.hack//というゲームなんです。
あれほど、近未来的なゲームの世界観はなく、ソードアート・オンラインを見て、思ったのは.hack//のオマージュかなと思ったくらいです。
是非、一度お手に取って頂けたら幸いです。
俺はここに居るぞ!スケェーーーイス!
.hack//G.U. GAME MUSIC O.S.T.2
「優しくキミは微笑んでいた」を聞きながら