第七話 誰そ彼、輝くは天と地と、祓い清め給ふは弓の姫 其の八
四
放課後の翼志館高校の校庭、大地は八雲が来る間、忠陽に語っていた。
その噂は、浪人笠を被った時代錯誤の人物が、夜を徘徊する人間を殺して回っているというものだった。
そこでエーメンは市内の警備をすることにした。直接対峙したエーメンの話からすると、浪人笠の他に、水色の小袖、黒の羽織が特徴的で、棍を持っていた男だという。
ただ、不可解なことがあった。実際に襲われたのはこの浪人笠ではなく、別の人間のような化物であった。浪人笠はその化物からエーメンを助けたという。
「な、お前はどう思う?」
「どう思うって……」
目を輝かせて、問い詰める大地への答えはもう分かっていた。だが、忠陽はそれを言わなかった。
「そりゃあ気になるだろ?」
「気にはなるけど、大地くん、先生に見つかったらヤバイよ。この前の件だって、そんなに日が経ってないんだし……」
「いや、そりゃ分かってるけどよ。俺だって、八雲さんのおかげで強くなってるだろ?」
「試したいのは分かるけど……」
強引な大地の説得に、水を指すように由美子が口を挟む。
「何を話してるかは分からないけど、賀茂君を誘惑するの辞めてよね。不良の道はあなただけにしてちょうだい」
「ウッセ! 男同士の話に入ってくるな!」
由美子は隣にいた鞘夏を取り込み出した。
「真堂さん。最近、賀茂君が夜中に外に出てたのは、アイツのせいよ。気をつけなさい」
忠陽は立ち上がって、由美子を静止した。
「忠陽様……」
忠陽はまごつきながら弁明をしようとしていた。
「なんだよ、わりぃか? 漢ってのは、そうやって遊びを覚えるんだよ」
「聞いた? 賀茂君を変な遊びに連れ込むみたいね」
鞘夏は忠陽を見て、何かを言いかけたが口を噤んでしまった。
忠陽は鞘夏の様子が変なことに気づいた。鞘夏は忠陽の視線から顔を反らす。
「どうしたの、真堂さん?」
忠陽と同様、由美子も鞘夏の様子が変な事に気づいた。
「集まったか?」
八雲と伏見が後ろにいた。間の悪さに由美子は二人を睨む。
「ゆみ、どうしたんだよ?」
何もないと言い、他の三人同様、整列し、訓練開始した。
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次の日、由美子は鞘夏を強引に昼食に誘っていた。忠陽には女子だけで話すこともあるのよと、言い包めて、二人の距離を遠ざけた。
校舎裏のイチョウの木の近く着くと、由美子は物入れ倉庫から二人分ぐらいの大きさの敷物を取り出した。それを校舎側のコンクリートに敷いて座った。
イチョウの木はまだ青く、秋になると鮮やかな黄色に染まるのだろうと鞘夏は考えていた。
「こんな場所があるんですね……」
「いつもは学食でお弁当を食べるんだけど、そうすると人が集まってくるのよ。だから、たまに一人になりたいときにここで食べるの」
敷物は自分で持ってきたものなのだろう。そして、彼女はここに小さな庭を作ったのだ。
鞘夏はその姿を思い浮かべると、彼女の孤独さを感じた。
「ねぇ、真堂さん。突然だけど、私の友達になってくれる?」
由美子は小さな弁当箱を取りだし、開けながら言った。
鞘夏は動きを止める。
「学食でね、集まってくる人たちはどうしても神宮って名前が好きみたいなの」
「……私は、神宮さんには不相応と思います」
「どうして?」
素早い切り返しに鞘夏は言葉が詰まる。
「私は、賀茂家の、使用人です……」
「今の世の中、使用人と友達になっていけないってことある?」
鞘夏は視線を反らして、口を噤んだ。
「それに、今週の土曜日、一緒に遊びに行くでしょ? 揚げ足を取るようで申し訳ないんだけど、それって、もう友達とは言わない?」
鞘夏が由美子の顔見ると、由美子は笑っていた。
「私、友達と呼べる人がいないのよね。知り合いって言うのは多いけど」
「忠陽様は?」
「あ、賀茂君? うーん、彼ってなんか友達の感じがしないのよね……。どうしてかしら?」
「私に聞かれても……」
「なんていうのかな? 手のかかる弟、みたいな?」
鞘夏は首を傾げる。
「そうよね。何を言ってるか、自分でも分からなくなったわ」
由美子は口と鼻を隠しながら綺麗に笑った。
「でも、賀茂君って、少しは雰囲気が変わったわよね。男の子になったみたいな」
「男の子?」
「賀茂君、最初会った時はナヨナヨしてたじゃない? 正直、好きにはなれなかったんだけど、今は頑張る男の子という感じになったわ」
鞘夏は黙っていた。
「真堂さんはどう思うの? 貴方が一番彼が変わってることに気づいてるんじゃない?」
鞘夏は何かを言いかけたが、また口を噤んだ。
「主人に口を出すことが差し出がましいと思ってるの?」
鞘夏は由美子を見る。
「爺やも、たまには貴方みたいな奥ゆかしさを見倣ってほしいわ。いつも、姫様はあーだこーだって耳が痛いくらいよ」
由美子はイチョウの木を見る。
「でも、私はそんな爺やが好き。私にとっては家族も同然だから、嫌なことも、楽しいことも、嬉しいことも、いつも共有してきた。そんな爺やがこの前、私に、変わりましたなって言ってきたの」
「変わった?」
由美子は鞘夏を見て、頷く。
「よく笑うようになったって。私をどういう風に思っていたのかしら」
由美子は、鞘夏に笑いかける。その笑顔はいつものような気品があるものではなく、子供らしさがあった。
「ご飯、食べましょう? お昼休みがなくなっちゃうわ」
鞘夏は弁当箱の蓋を開け、昼食を食べ始めた。