第七話 誰そ彼、輝くは天と地と、祓い清め給ふは弓の姫 其の五
三
忠陽と大地は、コンビニで、八雲にアイスや飲み物を奢って貰っていた。
「シラナイっけか……。こっちでも売ってるんだな……」
八雲はそのパッケージを見て、呟いた
「シラナイっけが売ってないところってあるのか?」
「秋津島じゃないよ。代わりにシャリシャリくんならあるけど」
忠陽は笑っていた。
「俺はシラナイっけの方が好みだな」
大地はそう豪語した。
三人は公園に入り、アイスを頬張る。
「奢って頂き、有難うございます」
「いいよ。大したもんでも無いし」
「それより、なんで買い食いなんだ?」
大地の問に、八雲は思い出したように話を始めた。
「お前ら、呪術学校を辞めて、桜花学校に入れよ」
桜花学校とは陸軍が創設した軍人育成学校だった。教育機関としては高校卒業同程度として見なされる。桜花学校の幹部育成まで上がれば大学卒業同等であった。
この学校は高校の基礎学力とともに専科として軍事教練がある。そして、学びながらにして国から給金が発生する。
「やだよ。軍隊って、偉そうな奴の言うことを聞かなきゃいけないんだろ?」
「強くはなりたくないのか?」
大地はアイスを食べるの止めた。
「そりゃ強くなりたいけどよ……」
「そっちのー」
八雲は忠陽の方を向くと「賀茂です。賀茂忠陽」
「賀茂は、どうなんだ?」
「僕は、あんまり軍隊には向かないかなって」
「だいたい、俺ら、この前の一件で軍に軟禁されるところを開放されたんだぜ? 嫌だよ」
「大地くん、それ言っちゃ駄目だよ!」
大地は口を開けたまま止まった。
「港湾事件のことか?」
「知ってるのか、あんた?」
「知ってるも何も、軍上層部からその件で命令されて来てるんだよ」
「そんなこと言っていいんですか?」
八雲はアイスを食べ終り、棒をよく見ると、ハズレと書いてあった。それをビニール袋に入れ、代わりにペットボトルを取り出す。
「俺、命令違反の常習犯だから」
大地は笑った。
「だいたい、お前らの軟禁の話、たぶんここの連隊長の作り話だろ」
忠陽と大地は立ち上がり、声を出す。
「まあ、座れ。……いいか、軍ってのは万年人材不足なんだよ。入ってきた奴はまともな奴が先に死んでいくか、辞めるかのどっちかだ。それで、ちょうどいいカモが居たから好きあらば刈り取ろうとしたわけだよ」
「でも、グラサン先生は結構マジなトーンで忠告してきたぜ」
「たぶん、海原とはグルだろ。まあ、お前たちの身の安全の保証をするために軍からの脅しを頼んだと思うけどな」
「あのグラサンやろー」
伏見のあざ笑う顔が浮かんできて、大地は拳を震わせる。
「それと、お前ら、神無と会ったんだろ?」
「あんた、あの黒服の男知ってるのか?」
「知ってるも何も、一応、親戚」
「だから、姫が兄さんって言ってたのか……」
忠陽と大地は納得していた。
「でも、神無さんと苗字が違いますよね?」
「おい、ボンなんでお前アイツの苗字知ってるんだ?」
忠陽は直ぐに口を閉じたが、大地は忠陽に迫る。
「お前が知らないところで、会ってたんだろうよ」
「たまたま、僕がチンピラにやられるところを助けてくれて。それで、僕の呪いについても見てもらって……」
「呪い?」
八雲は忠陽を見た。
「ボン、それでどうだった?」
「呪いを無理に解くと、僕の精神が壊れるって……」
「なんだ、駄目だったのか」
大地は肩を落とした。しかし、直ぐに忠陽を問い詰める。
「いや、ちょっと待てよ。どうして、あの黒服がお前の呪いのことを分かるんだ?」
忠陽はさあっと言っていた。
「神無は暁一族っていう破魔の一族なんだよ。神宮の破魔はマナを元のあるべき状態へ浄化し、呪術を消す。だが、あいつは魔を殺すんだ。わかりやすく言えば、呪術を壊すって言えば分かるか?」
「よく分かんねえけど、とりあえずはボンの呪いを壊すってことでいいんだろう?」
「まぁな。お前の呪いって何なんだ?」
「僕にもよく分かりません。ただ、僕が気絶すると別の人格が現れるみたいです。伏見先生も僕みたいな呪いは初めてだって言ってました。それに鞘夏さん、今日一緒にいた女の子も関係してるって」
「なるほど……」
伏見が興味を持つといった意味を八雲は理解した。
「なあ、黒服が放った矢の一撃を、あんたもできるのか?」
「なんだ、お前らあの現場に居たのか?」
八雲は半笑いしていた。
「ああ! 姫はクオン?って言ってたぜ」
「あー、俺はできないよ。あれは、神宮の中でも弓に秀でたやつじゃないとできない」
「神宮の中でもってことは、やっぱりアイツも神宮なんだろ? あんたみたいに名前を変えて」
「さっきから質問ばっかりだな、お前。さっきも言ったろ? アイツは暁だって。アイツは特別なんだよ……」
「特別? 最後に一個だけ教えてくれ! ゴウマって唱えて虹色に輝く炎を出したんだ。その使い方を知ってるか?」
「虹色の炎? ……知らないな。どんな炎だ?」
「なんかよ、グラサン先生が攻撃しても傷つけても再生する化物を燃やし尽くそうする炎だったな」
化物というのは、伏見が言っていた群生妖魔だということはわかったが、その化物を燃やし尽くす炎。それを神無が使うというのは八雲には初耳だった。
「なあ、分かるか?」
「分かんねえな。少なくともあいつが使う術でそんなものはなかった筈だ。でも、お前はそれを知ってどうするんだ?」
「決まってるだろ! 強くなりたいんだ」
「だったら、桜花に入れよ。その方が強くなる」
「それは嫌だって言ったじゃん」
「お前は前衛気質だけど、戦い方がだめなんだよ」
八雲の言葉が大地の心に刺さるのが、忠陽には見えた。
「よっぽど、賀茂の方が自分を分かってるよ」
「俺がボンに負けるっていうのか!?」
大地は八雲と距離を縮める。
「ああ、負けるね。戦場なら賀茂の方が生き残れる」
「どこがだよ?」
「まず、その性格。蛮勇は真っ先に死ぬ。そして、格闘戦。喧嘩ならいいかもしれないが、隙が多すぎて、直ぐに狙われる。それに周りを見ていない。独断先行はいいが、少しは周りの人間のことを片隅に置け」
「じゃあ……ボンが生き残れる理由は?」
「近接戦を必ず避けてる。自分の優位な距離で戦ってるんだよ。周りの援護ができる。それはお前が一番分かるだろ? そして最後に完璧に近い隠行を使える」
大地は黙り込んだ。
「で、でも、神宮さんも今日は自分の優位な距離をとっていなかったような……」
「ゆみの性格を知ってるだろう? 相手をコテンパンにしないと気がすまない性格だ。俺の得意な戦い方で挑んだんだよ」
「それでも大地くんは、神宮さんと互角には戦えると思いますけど……」
「自慢じゃないが、俺のかわいい妹はコイツには勝てる」
八雲は鼻高々に言い放つ。
「だったら、どうやったら勝てるかを教えてくれ! 頼む!」
大地は八雲に土下座をして頼み込んだ。
八雲は大地に頭を上げろと言った。
「俺は賀茂よりはお前みたいなタイプが好きだ。でも、どうしてそんなに強くなりたいんだ?」
大地は俯きながら、話し始めた。
「昔、俺に力がなかったせいで傷つけた奴がいる。それに親友を俺の手で助けてやれなかった。この前だって、俺のせいでボンを危険な目にあわせてしまった。俺が強ければこんな事にならなかったはずだ」
「その気持ちはいいが、自分のせいにして逃げてねえか?」
大地は顔を上げられなかった。
「それに気がついているならいいぜ。まずは強くなりたいなら自分の弱さと向き合えよ。でないと明日から俺が技術を教えても、お前がそれを殺すだけだぞ」
大地は顔を上げ、喜んでいた。
「でも、まずは俺の言うことぐらい聞けるよな?」
「ああ、頑張るぜ!」
八雲は大地が自分の言うことを聞かないことに確信が持ててしまった。