第七話 誰そ彼、輝くは天と地と、祓い清め給ふは弓の姫 其の二
二
人工島天谷に訪れる人の多くは飛行機を利用する。諸島国家である大和皇国のどこからでも直行便はあり、その行き来は本島である秋津島と同じぐらいの便があった。
飛行機の時刻表には彼杵と書いてある。ここは人工島天谷と同じ時期ぐらいから一条財閥の手によって開発された都市であり、秋津島、天谷に次ぐ経済都市である。
その彼杵から便で降り立ったのは遠矢八雲という男だった。ジーパンに白いTシャツ、サングラスをかけて、いかにもバカンスに来たというようだった。
八雲は空港出口に出たあと、迎えに来ていた皇国陸軍の車両にキャリーバッグを入れる。助手席に乗りこもうとしたとき、サングラスを取り、空を見上げる。
「雲、低いな」
そう言って、八雲は助手席に乗り込んだ。
八雲が向かった先は中央庁舎呪術統括部だった。受付を行い、通された部屋が統括部長室。
中に入ると、無機質に座る男が立ち上がり、スーツのボタンをつけた。
「どうぞ、お掛けください」
八雲はその案内を無視するかのように手を差出す。
「はじめまして、遠矢八雲二尉です」
忠臣は八雲の手を見て、次に顔を見た。
八雲はなにかというような顔をしていた。
「貴方にお会いするのは二度目だと思いますが……」
忠臣は八雲の手を取る。その力は好青年のように力強く活気が溢れていた。それに、軍人らしくない。
「そうでしたっけ?」
忠臣は手放すと再度、着席を勧める。八雲は今度は素直に座った。
「ええ、社交界の席で。私などの家格では覚えて頂けないでしょうが……」
扉のノック音がした。失礼しますと声が聞こえ、女性が入ってきた。
「あはは、道理で。自分は、社交界が嫌いなんですよ。普通にあった人とはあんまり忘れないんですけどね」
「そうですか。私も同じです。飲み物は何にしますか、二尉?」
「なら、麦茶で」
「君、二尉は麦茶、私はお茶でいい」
かしこまりましたと言いながら、女性は出ていった。
「麦茶ですか……」
「なにか?」
「いえ、ここに来て、初めて聞いた言葉だったので……」
「自分も初めてですよ。飲み物を聞かれたのは」
「いえ、大したことじゃないんですが、私がコーヒーを飲めなくて……」
「奇遇ですね。自分もコーヒーが駄目なんですよ。……当てましょうか?」
忠臣は無言で了承した。
「胃でしょ?」
再び、ノック音とともに女性が入ってきた。女性はお茶と麦茶、そして菓子を一箱置いた。
「ええ、仰るとおりです。何分、責任が多い仕事ですから……」
女性は箱から開け、菓子のパッケージ見えるようにして、部屋から出た。八雲はその場を離れる前に女性に会釈をしていた。
「そりゃ大変だ。自分が一番キライなものですね」
「私もですよ。分不相応というか、この職にいるのも父のおかげでして……。菓子はどうですか?」
「チーズ饅頭ですか!」
菓子のパッケージには笑と書いてあった。彼杵で有名な店のものであり、人気アイドルグループの一人がその味を絶賛したという。
「わざわざ取り寄せたんですか?」
「はい。私はここのチーズ饅頭が好きでして、皮にチョコチップがあって、それが中のチーズとよく合う」
「できたはまさに絶品です」
「ええ、存じ上げています。……このようなだから、私は父から嫌われていました」
「自分もです。お前は家の人間として相応しくない。それで自分は父親と絶縁状態です」
「その話は噂程度に聞いております。私はあなたが羨ましい」
「羨ましい?」
「私は所詮、家を継ぐことで生きながらえているだけだ。あなたは自らの力で生きている」
「そうでもないですよ。自分も、そういう生き物だと思うときがあります」
「そう言って頂けると救いです。……子供にはそういう生き方をさせたくはないのですがね」
「お子さんは何人居るんですか?」
「二人、上は息子で、下が娘。丁度、あなたたちと同じだ」
「なら、長男はいずれ貴方もとから巣立っていきますよ」
「そうであればいいのですが。貴方と違って、私の息子は私に似ている。娘には手を焼かされていますが……。さて、本題に入りましょうか」
「ええ。先日、ジジイ、あ、失敬。佐伯元帥から書状を一通送らせて頂いています。十日前の港湾設備破壊事件、その調査として自分が派遣されました。我が軍の一部の阿呆共が、この島の呪術研究に対して懐疑的な声が上がっていまして、まあ、体よく言えば嫌がらせをして来いと、自分に嫌がらせをしているのです」
忠臣は思わず笑う。
「失礼。二尉があまりも率直に仰られるので」
「まあ、そんなことで、何日か滞在させて頂きます」
「ええ、構いません」
八雲は麦茶を飲み干し、立ち上がる。
「二尉、チーズ饅頭も一緒にお持ち帰りください」
八雲は忠臣から箱ごと渡される。断る理由もないので八雲は受け取り、扉を開けようとしたとき、忠臣は再び声をかけた。
「君は、学生時代の父君に似ている。家という束縛から足掻く姿が。君もいずれ彼の気持ちが分かるときが来る」
八雲は手をドアノブに手をかけた。
「そうですか。どういう間柄で?」
「学友さ。ちょうど、君の妹と私の息子がそうであるように」
八雲は無言でドアを開ける。そのまま庁舎を出たときに呟いた。
「嫌な奴だ」
駐車場で待機させておいた車両に乗り、運転手に次の行き先を告げる。
「翼志館高校に行け」
車に火を入れ、動かす運転手にチーズ饅頭を一個渡そうとしたときに八雲は気づいた。
「……本当、嫌な奴だ」




