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呪賦ナイル YA  作者: 城山古城
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第七話 誰そ彼、輝くは天と地と、祓い清め給ふは弓の姫 其の一

 一


 忠陽と大地は伏見に呼び出され、皇国軍付属病院を訪れていた。病院の入り口前には、朝子(あさこ)と藤と伏見の三人が先に居た。その時の藤がご機嫌斜めなのは言うまでもない。


 伏見は全員が集まったことを確認した後、病院には入らず、隣接している駐屯基地へと入るように促した。


 入り口玄関では、名前と学生証をみせるだけの身元確認にだけだった。すぐに建屋の会議室に通され、全員座らされた。数分待ったのちに出てきたのは駐屯している一人の隊員服を着た中年太りのおじさんが現れる。


 おじさんは登壇すると、司令部付きの士官が起立と号令をかける。全員しぶしぶ立ち上がり、敬礼という声で士官の真似をし、着席という声でバラバラに座った。


「私は、この皇国陸軍第十三大連隊、連隊長の海原(かいばら)一等陸佐である」

 全員が言葉を発することなく、一瞬の間が開く。


 そして、伏見以外の四人は驚きの声を一斉に上げた。


「一等陸佐!?」


 藤は席を立ち上がり、驚愕していた。


「なんで、そんな偉い人が……」


 朝子は不審がった。


「京介! これはどういうことよ!」


 藤は伏見を問い詰める。


「まあ、これから説明するさかい聞いときや」


 伏見は相変わらずヘラヘラと笑っていた。


「先生、こんなの嫌な予感しかしないですよ!」


「グラサン先生、俺達を嵌めやがった!」


「私、今度からあんたを信用しない」


 三者三様に言葉を浴びせたが、士官の大きな声で静まった。


「えー、君たちが呼ばれた理由をまず話したほうが良さそうだね……」


 海原の優しい呼びかけに伏見以外頷いた。


「宜しい。君たちが呼ばれたのは、正確にはそこの学生三人であるが、我が国の呪術重要気密事項、第九十九項、並びに第二百一から三十項に触れることをした。よって、君たちの身柄を拘束する必要がある」


「ちょ、ちょっと、待ってください! この子達が何をしたって言うんですか?」


「それは重要機密事項だ」


「私はこの氷見(ひみ)さんの担任です。急に身柄を拘束するなんて黙ってられません!」


 藤は机を叩く。伏見の静止を無視し、言葉を続ける。


「彼女たちが何をやったか知りませんが、身柄を拘束するのであれば、それ相応の手続きを取ってください。まずは話はそれからです。行くわよ、三人とも!」


 藤は三人に退出するように促す。


 海原は快活に笑った。


「なかなか威勢のいいお嬢さんだ。どうだね、学校を辞めて、私の補佐官にならないかね?」


「お断りします!」


「ははは、即答か。だが、大人なら私の話を最後まで話を聞くことだ」


「その必要はありません。これから呪術統括部に掛け合って抗議します」


「それは結構。だが、本来学生が夜中に出歩き、事件性のあることに関わっていることを知らないというのは、君たちの管理不行が、このような事態を生んだのではないのかね? なあ、伏見?」


 伏見はいつも通り笑っていた。


「はい。ぐうの音もでませんわ」


 藤は伏見に近づき、顔を引っ叩いた。伏見のサングラスが地面に落ちる。藤のその真剣な眼差しは震えて見えた。


「お嬢さん、それ以上は辞め給え。子どもたちの前だ」


 気まずい雰囲気が流れる中、海原は話を続けた。


「通常、呪術重要機密事項に抵触したものは、我が陸軍に入隊するか、事実上の軟禁生活を送るかのどちらかを選ぶことになる。私としては君たちの能力を高く評価しているから、是非我が軍に入隊を望む。特に宮袋君、君の炎術は、我が呪術特科中隊にいれても活躍できるであろう。……だが残念なことに、我が軍の上層部は、君たちのような有望な若者ことを理解していない。どこかの男が、軍上層部に入れ知恵をしたのか、君たちにはもう一つの選択肢を与えることになった。それは、君たちに自由を与えることだ」


 大地と忠陽は喜び、互いの拳を合わせる。朝子は少しだけ口が綻ぶ。


「断っておくが、あの場所で見たことは口外しないこと。さて、どうするか聞かせてもらおう。賀茂くん」


「僕は自由がほしいです」


「宜しい。では、氷見(ひみ)くん」


「決まってるわ、自由よ」


「分かった。最後に―」


「悪いな、おっさん。俺は拘束されるのは肌に合わないだわ」


「なるほど、残念だ。たが、もし陸軍に入りたければ、またここを訪ねてほしい。我々は君たちの力を必要としている。以上だ」


 士官が再び起立と号令をかける。そこから、気をつけ、礼の一連の号令が終わると海原は会議室から出ていった。


 三人は書類の手続きを終え、晴れ晴れしく駐屯基地を出る。


「それにしても、俺達が軍の重要機密に関わっていたなんてな」


「こら、宮袋君! さっきも口外しないって言われたでしょ」


「ああ、悪ぃ。気をつけまーす」


「ほんと、あなた達は……」


「藤ちゃん、私は関係ない」


「関係ないわけないでしょ。明日、反省文を書いてもらうからね」


 朝子は苦い顔をした。


「ははは。ざまあ」


 大地は笑っていたが、藤は大地に詰め寄る。


「あなたもよ、宮袋君! 反省文を書いてもらうわ! 賀茂くんも!」


 朝子は鼻で笑った。


「ざまあ」


「てめえ、コノヤロウ!」


 二人が睨み合う中を伏見が静止する。


「はいはい。やめや、止め。藤くんの言うとおり、君らには反省文を書いてもらう。これは、君たちが著しく学生として規範を逸脱したからや。本来なら退学もんやで」


 二人はお互いに睨み合うのを止め、互いにそっぽを向く。


「この研究都市が取り扱っとる内容は、国の重要機密が多い。やから、そんな事件に巻き込まれないようにし。これはこの国からの警告や。次はない。ええな?」


 伏見がそう忠告すると、三人は口を閉ざしてしまった。


 伏見はその三人の顔を見た後、黙ったままと街の中へと歩いて行った。


「伏見先生、ちょっと待ってください」


 藤は追いかけようとしたが、忠陽たちを見た。


「俺らのことなら気にすんなよ」


「藤先生、僕らなら大丈夫ですから伏見先生を追いかけてください」


「私はそんなんじゃ……」


「いいから行けよ。見失うぞ」


「あ、ありがとう」


 藤は頬を赤らめさせて、伏見を追って走った。


「あんたたち、何言ってるの?」


「なにって、なあ、ボン」


「まあ、そうだね」


 朝子は目を細めて、二人を見る。


「何言ってんのか分かんないんだけど……」


「鈍いな、てめえは!」


「はあ?」


 朝子は大地に食って掛かる。


「うんなの、見りゃわからるだろ! あの先生はグラサン先生に惚れてるだろう!」


 朝子は吐きそうな顔をする。


「冗談止めてよ。あんな男を好きになるって、どういう神経してるの?」


「人は好き好きだろ。てめえだって、自分の好みの悪く言われたら、ムカつくだろ?」


(りん)くんは悪くない! ハッ!」


 口に手を当てる朝子。リンくんねぇと小馬鹿にしたような顔で見る大地。


 朝子は恥ずかしさに耐えきれず、黙ったまま街へと消えた。


「あいつも、素直じゃないタチだな」


「そういう大地くんこそ」


「おい、ボン。なんか言ったか?」


「別になにも……」


「なあ、お前、用あんのか?」


「別にないけど……」


「だったら、付き合えよ」


「どこに行くのさ?」


「俺が戦った場所だよ」


「いいよ」


 忠陽は無意識に答えていた。


 忠陽は大地は、北側地区にある埠頭の倉庫街に訪れていた。


 神無によって破壊された区画は、呪捜局が敷いた呪的拘束力のない進入禁止のテープが貼られていた。


 忠陽たちはその線を気にせず、跨いで入った。


 二人は目の前の光景を見る。地面は捻れたように抉れ、その抉れた地面の両側に建築物であったであろうは微かな痕跡を残すのみだった。


 中山と戦ったときは夜明け前であり、そんな余裕すらなかったが、二人は目の前に広がるくっきりとした光景を見ると、言葉を失った。


 大地は抉れた地面を触る。隆起したように見える地面はゴツゴツとしているが、触れた瞬間にその後が簡単に形を崩す。


「こんなに、凄かったんだな……」


 大地はそう呟くと同時に弦を引く音色と、目の前に建物と化物が捻れ消えていく光景が浮かんだ。


 大地は手を強く握り、現実世界へと引き戻す。忠陽を見ると、忠陽も同じ光景が浮かんだようで、苦笑いをしていた。


 風が吹いた。抉れた地面から粉ように埃が舞い、何かの欠片が崩れる音が鳴る。その音は矢の放たれた先であり、目を凝らしてみると人影が見えた。


 人影は長い髪を海風で乱されていた。気品のある佇まいに、花柄のワンピース姿の女性がいた。


 その姿に大地と忠陽は惹かれてしまった。


 女が二人に気づき、振り返る。その女は目を赤くした由美子だった。


「あなたたち、こんな所で何をしてるの?」


 その声は涙で濡れていた。


「いや、その……」


 大地は忠陽を見る。


「いや、大地くんが……」


 忠陽は大地に視線を向ける。お互いその理由を空中に浮かせた。


「あの日、貴方たちもここに居たんでしょ?」


「いや、居ないよ。僕らは、ここが大変なことになってるって聞いてー」


「惚けなくていいわ。見たのでしょ? 悠久の遠い彼方へと続く(わだち)を。その弦の音は清らかにして、すべてを浄化し、心を(やす)んずる。そして、その轍はすべてを無にするため風を呼び起こす」


 詩の一説のように由美子は詠う。


「どうして知ってんだ、お前!」


 大地は足を進めた。


「やっぱり」


 大地は嵌められたと気づく。しかし、忠陽は疑問に思った。


「どうして、知ってるの? あのとき、神宮さんは居なかったよね」


 由美子は海の彼方を見る。


「その名前はね、久遠って言うの」


「クオン?」


 忠陽は聞き返した。由美子は振り返ると忠陽たちを見た。


「会ったんでしょう? 兄さんに」


 風で揺れる長い髪は綺麗だった。青空と白い雲、そして花柄ワンピースは一枚のキャンバスに納められた芸術のようだった。


 忠陽は黙った。別れ際に伏見が神無に言った言葉を思い出す。


「もう、会ったらどうや。……由美子くんもそうや」


 伏見の言葉を考えると神無と由美子は親しい間柄であることは分かる。だか、神無は彼女に会うことを望んでいないのではない……。


「暁一族は滅んだ」


 その言葉が魚の骨が喉に引っかかったように、由美子に話すのを躊躇(ためら)わせる。


「なあ! あいつを知ってるんなら会わせてくれ!」


 大地はもう一歩足を進める。


「俺はあんな風に強くなりたいんだ!」


 大地を無視して、由美子は忠陽に近づき、すれ違いざまに忠陽だけに聞こえるように言った。


「ウソツキ」


 忠陽はその場で立ったまま、由美子の方を向かず、黙っていた。由美子は出口へと歩幅を変えず、優雅に去っていった。


「天と地と」という小説の名前が好きです。

一番は響きですね。心のなかで余韻が残るんです。実際に「天と地と」という小説は上杉謙信を主人公とした小説ですが、まだ全部読めていません。私はかなりの遅読なんです。

ただ、映画はDVDを借りて見たのですが、素晴らしいものですね。謙信は榎木さん、信玄は津川さんと名優です。特に終盤の第四次川中島の戦いは、迫力がありすぎて、瞬きを忘れるくらいです。

何百人の足軽が一糸乱れぬ行進をして、その間を怒涛のように駆け抜ける騎馬兵が機動で足軽を追い詰めるんです。ヤバいですね。是非、皆さん御覧ください。

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