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呪賦ナイル YA  作者: 城山古城


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第十一話 上兵は謀を伐つ 其の次は交を伐つ その二

 翌日、忠陽は由美子と鞘夏を連れて法西がいる雑居ビルへ訪れた。紫煙の匂いが鼻に付き、法西以外の男たちは忠陽たちを睨みつける。


 法西が玉突き棒を置く姿は綺麗であり、何故かそこに紳士的なものを忠陽は感じたが、由美子はそれに胡散臭さを感じていた。


「来たか……」


 法西が静かに言った。


「はい。学戦が終わった後ですいません……」


「それはいい。本番はこれからだろ?」


 法西が由美子の状況を理解していると、忠陽は思った。だが、それははったりの可能性もあるため、忠陽は口を閉じたままにした。


 それを見た法西は薄笑いを浮かべ、忠陽達の方へ歩き出す。


「一階の喫茶店に行くぞ。奢るかどうかはお前たち次第だ」


 忠陽達は先に行く法西に続いた。


 喫茶店に入り、法西が白髪混じりでウエイター姿の店員を見ると、空いているよと返事が帰ってきた。法西はすまないと返し、奥にある席に向かう。


 そこは三対三の六人席だった。法西は一人で入り口から遠い奥の席に座る。忠陽達は忠陽が一番奥、由美子が真ん中、鞘夏が通路側の順で座った。


「三人ともコーヒーでいいかな?」


 忠陽達は互いに見合って、法西に頷き返した。


「お前たちは仲がいいんだな」


 法西は少し笑みを浮かべた。その後、白髪混じりの店員に手で四と指し示すと、店員は頷いた。


「まずは自己紹介といこう。俺は法西(ほうさい)孝直(たかなお)緑興(りょくこう)高校の二年だ」


 法西は忠陽を見る。忠陽はその意図に気づき、口を開く。


「翼志館高校の一年、賀茂忠陽です」


 由美子と鞘夏も忠陽の後に続き、名前だけ伝えた。


「賀茂、コーヒーが来る前にこの前の答え合わせと行こう」


 忠陽は頷いた。


「法西さんの言うとおり、魯さんが学戦を仕掛けた目的は翼志館と東郷で同盟を結び、岐湊を二つの勢力で切り取るためでした」


 忠陽が言い終えると、白髪混じりの店員がコーヒーを配膳した。それを無視するかのように忠陽は話を続けた。


「ただ、魯さんは翼志館ともう同盟を結ぶつもりがありません」


 法西はコーヒーカップに手を差し伸べながら、忠陽に問う。


「何故だ?」


「会長が、竹中さんが神宮さんを生徒会長にするからです」


 法西は由美子を横目で見て、それからコーヒーを一口飲む。その後カップを置いた。


「神宮という名が東郷にとって強大な敵となるか……」



 由美子は済ました顔でコーヒーに口をつける。


「だが、魯は神宮が生徒会長になるからという理由だけではないだろう。賀茂、お前は魯にどんな情報を与えた」


「魯さんには、岐湊の情報と竹中会長からの提案です」


「岐湊の情報?」


「はい。岐湊は新たな統治を模索しています。その統治方法は簡単に言うと、各校が自分たちで統治する方法の枠組みです。その参考になったのが、神宮さんが海風高校で行った統治方法でした」


「なるほどな。神宮が生徒会長になれば、同盟を結ぶところではない。花実兼備とはこの事を言うんだな」


 法西は由美子に顔を向ける。由美子は表情を変えることなく、黙っていた。その態度に法西は笑みを浮かべる。


「賀茂、情報をありがとう。……それで、その神宮がここに来ているということは俺をお前たちの陣営に誘うつもりか?」


 忠陽が口を開こうと瞬間、由美子が言葉を発していた。


「それはあなた次第よ」


 法西はその高飛車な物言いを聞き、楽しそうに口角をあげる。


「俺次第? 随分と言うな、神宮。お前は俺の力が必要じゃないのか?」


「ない」


 忠陽はその言葉に慌てた。


「あなたぐらいの小物なんて何処にでもいるわ。賀茂くんが強く押すから来てみれば、ただのインテリ崩れじゃない。あなたみたいなのは社交界でよく居るけど、相手の権力に寄生しなければ何もできない害虫よ」


「神宮さん!」


 忠陽の叱責を受け、由美子はいつもよりも子供っぽく、そっぽを向いた。


「いい、賀茂。神宮が言っているのは間違いじゃない。俺には一人で何かをする力はないからな」


 法西は怒るわけでもなく、由美子の言葉を聞いて、楽しそうにしている。忠陽はその表情がなんだか不安に思えた。


「だが、そう言われては俺も引き下がるわけにいかない。何をしてほしいんだ、お嬢様?」 


 法西の表情は不敵な笑みへと変わっていった。


「あなたの力が必要ないのに、私が考える必要があるかしら」


「なら、俺が竹中との知恵比べで勝てばいい。それで俺が有用であることを示そう」


「勝手にするといいわ」


「賀茂、竹中はそこのお嬢様を生徒会長にするんだな?」


 忠陽は頷く。


「お嬢様はなりたいのか?」


「どちらでもいい。どちらにしても私が、生徒会長になるのだから」


「そうであるなら、俺があんたの望みどおりに、生徒会長にさせてやる。もちろん、竹中の小細工を跳ね除けてな。お嬢様のことだ。自らなるには良いが、他人に与えられるのが嫌なんだろ?」


「ええ。あの男から施しのように与えられるのは嫌よ。だからといって、あなたみたいに自らの手を汚さないやり方も同じくらい好みではないわ」


 由美子は不敵な笑みを浮かべたとき、忠陽は由美子が互いの腹の探り合いをしているのだと気づく。


「心配するな。そんな手を使えば、人の心は離れていくだけだ。重要なのはお嬢様が完全無欠、清廉潔白であり、人を魅了させる人物であることだ。それは俺にはどうにもできない。あんた自身の問題だ。俺はただ、竹中の策謀を(ことご)く潰す。そのために――」


 法西は賀茂を見る。


「俺の手足として、賀茂を使う」


「それは…………私が決めることじゃない。賀茂くんが決めることよ」


 由美子の顔から笑みが消えていた。


「そうだな。賀茂、どうする? お前が決めろ」


 忠陽は二人の顔を見た。法西はさっきと同じく楽しそうに笑っていた。だが、由美子は法西を竹中と同じように睨みつけていた。


 由美子がなぜさっきとうって変わって、不機嫌になったのかは分からないが、自分にとっては由美子の望みが叶うなら良いと忠陽は思った。


 法西は由美子の望みを正確に把握している。竹中の言うように裏切る可能性があるのなら、法西を放っておくとやりたい放題にやられる。気づいたときには竹中のように一本のレールしか敷かれていない状態にするだろう。それは一番由美子にとって良くない。だから、法西の近くでその兆候を察知し、未然に防ぎたい。


「やります」


 由美子の顔が歪む。


「僕は何をすればいいんですか?」


 法西はコーヒーを一口飲み、そのカップを置くと、手を組んだ。


「そうだな……。まずは戸次に会って来い。お嬢様の支持を取り付ける必要はない。会って、清督(せいとく)高校の次期生徒会長が誰かを聞いて来い。孔至(こうし)高校の祝園にもだ。今の生徒会長を攻略しようとしても、意味はない。次期生徒会長候補に会い、お嬢様の支持を取り付ける、もしくは相応しくないのであれば対抗馬をつくることで、竹中の作った筋書きを上書きすればいい」


「それ、今と何が違うの? 結局、会長の手のひらの上じゃない」


「違うね。そこには竹中の思惑はない。まさにお嬢様の駒になる。ここで重要なのは最終的にどう在りたいだ。お嬢様が生徒会長になったとき、自分の思い通りになる駒が多ければ、竹中が途中で他の人間を生徒会長にしようとしても何も出来ない。あんたの書いたストーリーに居るというわけだ」


 由美子は無表情だったが、忠陽には自分の感情を押し殺すように見えた。


「それで、あなたには会長のストーリーを書き換えられるの?」


「すべてとは言わない。当然、竹中も動くさ。俺は賀茂にその都度指示を出す。やるかやらないかはあんたが決めればいい」


「まあいいわ。賀茂くん、お願いできるかしら?」


「もちろんだよ、神宮さん」


 笑顔の忠陽に由美子は不機嫌になる。


 話が終わると、忠陽は法西と電話交換をし、店を後にする。日は落ちており、店の前には漆戸が綺麗な佇まいで立っていた。


「お迎えに上がりました。今日は賀茂殿も、真堂殿も一緒にお乗りください。送って差し上げます」


 忠陽は由美子を見ると、由美子は鼻を鳴らして先に車に乗る。仕方なく、鞘夏に助けを求めると、鞘夏は苦笑いになった。


 漆戸のエスコートで鞘夏と由美子は後部座席、忠陽は助手席に座った。運転席には漆戸が座り、三人が乗っているのを確認すると、車を動かし始めた。


 忠陽は由美子が不機嫌なのを気にし、バックミラーで仕切りに由美子の顔を見た。その視線に気づいた由美子はバックミラー越しで睨み返す。


「なによ!」


「いや、なにも……」


 それを見た漆戸は大いに笑った。


「じいやぁー」


「これは失敬。姫様がご機嫌だったもので」


「どこがよ……」


「姫様、人は言葉にしないと分からないというのは多々あります。これは爺やの経験です」


 由美子は鼻を鳴らして、窓の外を見る。車の走行音が流れ続けた。忠陽も由美子を見るのをやめ、外の輝く電灯の光を見続けていた。


 数十分後、車は忠陽たちのマンションの入り口に停める。由美子は鞘夏だけに別れの挨拶を述べ、去っていった。


「神宮さんはどうしたんだろ……」


 鞘夏は忠陽の呟きにも似た言葉を聞いて、俯く。それから勇気を絞り出したように声を出す。


「……た、たぶん!」


 急に声を上げる鞘夏に忠陽は驚く。


「は、は、陽くんに危ないことを……させたくないんだと……思う」


「危ないこと? 今回はそうじゃないよ?」


「私も……同じ……だから」


 忠陽は鞘夏に聞き返した。


 鞘夏は何も答えずにマンションの中へと入っていった。


 忠陽はその背中を呆然と見ていた。

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