第十一話 無私の中に私欲を見る その二
忠陽は暮れなずむ空のなか、翼志館の生徒会室を訪れた。
そこには薄笑いの表情を浮かべ、忠陽を待ちかねている男がいた。逆光のせいか、眼鏡から目は見えず、その心の奥底の腹黒さを示しているようである。
忠陽はその男に対峙すると、すぐに睨みつけた。
竹中はさっきよりも満足げに笑いを浮かべる。
「その様子だと、君にとっていい結果は得られなかったようだ」
「はい。僕はあなたの手のひらで踊っていた人形でした」
「僕は君を僕の舞台に上げたつもりはないよ」
「配役がどうあれ、あなたは僕を利用した。そして、次は神宮さんを利用しようとしている」
「そうだね。望もうとも望まれぬとも彼女は舞台に立つ」
「あなたは絹張さんを押すと言っていたのは、嘘だったんですか?」
「いや、それは本当だったさ。学戦リーグの前までは。だが、刻一刻と情勢は変わる。翼志館を守るためには絹張くんではなく、由美子くんの力が必要だ」
「魯さんは神宮さんが生徒会長になるなら、岐湊と手を組むつもりでいます。それでもですか?」
「それでもだよ。例え連合戦になったとしても負けはしない。神宮という器は君が思っている以上に大きい」
「神宮の名には確かに人を寄せ付ける力がある。でも、それで苦しむのはあなたじゃない」
「僕は一人の幸せのために行うんじゃない。翼志館という勢力のためだ。そのためなら、僕は君に詰められようと、殺されようと構わない。目的を果たすためには、善悪を気にしない。……それが、君に教えられる最後の教えだ」
忠陽はそれが竹中の覚悟だと理解した。
「分かりました。もし、神宮さんが望まないのなら、僕はあなたを全力で排除します。あなたの教えの通り」
「受けて立つよ、賀茂くん。それが君に対しての僕なりの責任だ」
竹中はなぜか生き生きとしている。放課後のときとはまるで違う。学戦リーグのときでさえ、これほどまで闘志が漲ったわけではない。いつものように笑みを浮かべ、忠陽に対してまた自分の策略を攻略してみろと言わんばかりに、挑発しているようであった。
忠陽は悔しさを滲ませながら、目の前の睨みつけ、生徒会室を出る。
日は沈み、薄暗い中、忠陽は校門を目指す。その道はこれから何をしていいか分からない事を暗示しているようだった。
とりあえず忠陽は由美子に連絡をしようと、携帯を取り出す。連絡先にある神宮由美子の名前を見て、忠陽は苦笑いをした。また、勝手なことをしてと怒られるんだろうなと思ったからだ。それでも、忠陽にとってその名前は救いの光であるように思えた。
忠陽は歩きながら、その名前を押し、通話を選択すると呼び鈴が鳴り響く。
呼び鈴と同時に素っ頓狂な声が校門の方から聞こえ、由美子の携帯に入っている初期設定の呼び鈴が鳴り響く。
忠陽はそのことに気づくと、笑みが溢れた。
呼び鈴は消え、由美子の一声が聞こえる。
「もしもし……」
由美子の声とともに忠陽は由美子の不満そうな顔が用意に想像できた。
「もしもし、神宮さん?」
「はい、神宮です……」
「今、校門にいるよね?」
由美子は悔しそうな声を上げ、すぐ不機嫌に答える。
「ええ! そうよ!」
「ありがとう。ちょうど話したかったんだ」
由美子は口惜しそうな声をあげる。
「神宮さん、時間、あるかな?」
「構わないわよ! そのために鞘夏と一緒にいるんだし……」
「なんだか、用意周到だね」
「私じゃないわ。あの腹黒メガネ待ってろって言われたのよ!」
忠陽は竹中の比喩表現を笑った。
忠陽は由美子たちと合流し、中央街へと向かった。中央街にあるジョイマックスに入り、今日あった出来事を由美子たちに話した。
「やっぱりね」
由美子は冷静に答えていた。
「なんか、お前らの学校大変なんだなぁ」
大地が隣席でかったるそうに言った。
「大ちゃん、大変なのは私達もだよ! 賀茂くんの話じゃ、負けたら私達の学校が東郷に引き渡されるんだよ!? せっかく、良くなってきてるのにさー」
大地の幼馴染である典子は残念そうにしていた。
「そんなこと俺らには関係ねえだろ」
「あ、そうだね」
由美子も鞘夏も二人の会話を聞いていると、小芝居のように感じ、笑っていた。
ジョイマックスの入り口で大地と典子にたまたま出会い、由美子はちょうどいいと思い、大地たちを含め一緒に話そうとなった。
「でも、姫さんが生徒会長になったら、ボンも大変だな。いつも無理難題を言われんだぜ? ……だから、ボンも嫌がってるんじゃないのか?」
由美子はその言葉に思い当たる節があるらしく、忠陽を横目で見た。
「実際そうなると思うけど――」
「何よ!」
由美子の返答に一同笑う。
「でも、嫌かって聞かれると、嫌じゃないかな」
由美子は鼻を鳴らして、そっぽを向く。
「どうして? ふつう嫌じゃない?」
典子が首を傾げて言った。
「神宮さんは……」
忠陽は遠山に言われたことを思い出し、口ごもった。
「何よ?」
由美子は口を尖らせる。
「えっと……」
忠陽は人差し指で顔を掻く。
「ボン、はっきりしろよ」
大地は楽しそうであり、鞘夏は真剣に忠陽を見つめていた。
「いつものことだから、慣れたのかな?」
大地と典子は笑い、鞘夏は頬をすこし膨らんでいるようだった。
「へー。だったら、もっと辛いことを頼もうかしら、た、だ、は、る、くん?」
詰め寄ろうとしている由美子を見て、大地と典子は更に笑う。詰め寄れている本人はどっちにしようがこうなるのかと諦め、笑って誤魔化していた。
「それで、姫さんはやるのか? やらないのか?」
大地の問いに由美子は即答した。
「受けて立つわ」
「いや、そんなことに聞いてんじゃねぇよ……」
「生徒会長なんて一年も二年も変わらないわ。それよりも、あの腹黒メガネを完膚なきまでに叩きのめしたい。学戦リーグで勝てなかったのってあの人だけだから。そうね、リベンジ、かしら……」
由美子の顔は悪巧みを考えている人の特有の嫌らしい顔つきになっていた。
「なんか、違う意味でヤル気スイッチが入ってるなー」
大地は由美子に呆れていた。
「僕は神宮さんが生徒会長になるのは反対だ。三年のとき生徒会長になるのは当然だけど、二年生はもっと遊んでもいいんじゃないかな……」
「遊ぶ?」
典子が首を傾げていた。
「こうやって、僕らと一緒に他愛ない話をしてさ、楽しむ。神宮さんにはそういう時間があっても良いと思うんだよ……」
典子はさらに疑問符が追加されていた。大地は忠陽の言葉で言いたいことを察し、口を噤む。鞘夏は忠陽を見ていた。そんな中で由美子が口を開く。
「なによー。それ、今やってることじゃない?」
典子は由美子の言葉に頷く。
「私が生徒会長になったとしても、皆でこうやって話すことはできるでしょ?」
由美子の可愛らしい笑顔に忠陽は言葉を失う。由美子は自分が考えていたよりも強く、そして、この学生生活を楽しんでくれていた。忠陽はそれに気づき、ただただ恥じ入るとともに、由美子に何かしてやれないかという気持ちは烏滸がましいと思った。それは由美子の願いではなく、自分の願いでしかない。岐湊で真たちが楽しむ姿を見て、自分たちに置き換えたのは、自分がそうありたいという欲望だと気づく。その思いに恋い焦がれるようであり、浅ましく感じる。
「どうなの、賀茂くん!?」
由美子は自分の問いに返答がない忠陽にしびれを切らせて、問い詰める。
忠陽は自然と笑顔になり、答えた。
「そうだね。神宮さんの言うとおりだ」
由美子は忠陽からすぐに顔をそらし、高飛車に言う。
「そ、そうでしょう!? 有り難く思いなさい、賀茂くん!」
大地と典子は笑っていた。
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