第十一話 竹中問答 その三
放課後、忠陽は再び生徒会室に訪れると、昼に絹張の話を聞いたせいか、部屋の中はギスギスとしたものを感じた。竹中は忠陽を見るやいなや、椅子から立ち上がり、忠陽に近寄り、屋上に行こうと一言告げた。
忠陽は絹張に目を向けると、目頭を赤くしていた。その隣には疲れきった安藤の姿が見え、忠陽は思わず声を掛けた。
「安藤先輩、大丈夫ですか?」
「あ? ……ああ。大丈夫だぜ。いつもの事だ、いつもの……」
安藤は魂が抜けたように返答した。
忠陽はその姿に不安を覚えながら、生徒会室を後にする。
屋上に上がると、竹中は昨日と同じ色褪せた青白いベンチに座っていた。
忠陽がそのベンチに座ると、竹中は口を開く。
「君と話していると、なんだか落ち着くよ。籌を帷幄に運らし、勝ちを千里の外に決す。君との対話は今の僕にとって唯一楽しみだ」
「会長は、その言葉の通り、僕を動かし、他の人たちを動かしています」
「いや、上手く行っているときは必ず疑いを持つべきだ。それが誰かの策略の一つかもしれない」
「考え過ぎですよ。僕がやっているのは戦力の確認です。今日は骨を折りそうですが……」
忠陽は苦笑いする。
「周藤くんには生半可な嘘は通用しないよ。もし、嘘をつくなら大胆にだ」
「頑張ってみます。……会長、お願いがあります」
竹中はため息をつく。忠陽はそれを初めて見たような気がした。
「絹張くんのことかい?」
「はい。学戦は明日です。あとはなるようにしかなりません」
「そうだね。存外に僕は諦めが悪いらしい。君たちの影響を受けたかな?」
「神宮さんも鞘夏さんも、絹張先輩のこと、心配しています」
「当の本人はそれに気づいていないのが問題だ。僕の考えをそのまま体現しようとしている。その必要はないのに……。絹張くんは僕にはなり得ない。そして、逆も然りだ。それぞれに役目がある」
竹中は空を見上げ、呟く。
「武者は犬ともいへ、畜生ともいへ、勝つことが本にて候」
「それは……どういう意味ですか?」
「なに、勝たなければ意味がないということだ」
「会長は……勝つ気があったんですね……」
「今回の戦いに勝つ意味はない。僕は君にはそういったね」
「はい……」
「勝つことに意味がないと分かっていても、戦いは勝つことを前提して用意をしなければならない。由美子くんはさすがだよ。形振り構わず勝ちを狙う。一軍の人員を集めるために、他校にまで足を運んだらしい。必要なのは力ではなく、まずは数だ。そのために、各軍の部隊長に、人数の融通を打診したらしい。その中で、自らが指揮を与えられる人間を何人か選び、任せるらしい。人の動かし方を分かっているよ」
「神宮さんも同じような事を言っていました。百五十名を一つの指示で動かすのは無理だって」
「そう。指揮官は複数に居なければ無理だ――」
「でも、会長はそれを絹張先輩にやらせようとしています」
「それは違うよ。絹張くんが決めた事だ。僕はね、何度も戸次くんや母里くん、由美子くんと話し合うべきだと言った。特に由美子くんは彼女の琴線に触れるみたいだ。さっき言われたよ。どうして私を信じてくれないんですかと」
竹中は苦笑いする。そして、悲しげに口を開いた。
「信じてないわけではない。彼女もいずれ用兵を理解する。軍を動かすのは、何も自分で行わなくて良い。適切な場所に適切な人材を置けば機能する。軍は個体ではなく、群体だ」
「僕にはその言葉がよく分かりません……」
「今の君は分からなくて良い。だが、由美子くんの側にいると自然と分かってくるとは思うよ」
忠陽は今、分からないままで良いのかと、自問自答する。その考えを消し去るように竹中は忠陽に問う。
「それで、賀茂くん。昨日はどうだったかな? 真には戦力を教えて貰えたかな?」
「はい。それよりも重要な情報を貰いました」
「重要な情報?」
竹中はいつもよりも真剣な顔をした。
「はい。武さんたちは、新たな統治方法を模索しているみたいです。その統治方法のモデルとして、海風高校を視察しています。やり方としては、北区の各学校に独立自治の精神を植え付けて、どこが主任理事をしてもいいように作るみたいです」
「なるほど、由美子くんのやり方を参考にするか。さすがだね、松前くんは。僕がさっき言ったことをやるつもりだね。勢力を個体としてではなく、群体として作り上げる。各学校を独立した個体として活かし、北区の理念を生かすか……。悪くはないが、問題もある。独立の精神は各学校の自我を生み出すことになる。自我を持った生物は、その欲望のために動くこととなり、それがさらなる争いの火種を生み出しかねない。僕らが統制を置いているのは、その目指す先、目標を、意識を統一させるためでもあるんだ」
「でも、会長が仰ったように北区らしくて良いんじゃないんですか? 元々自我が強い学校が多いみたいですし。それに、何も絶対につるむ必要はなくて、強大な敵が現れたときに一緒に戦う。たぶん、松前さんたちは、そう皆に説明するんじゃないんでしょうか。それって、今の翼志館も同じだと思うんです」
竹中は忠陽の顔をまじまじと見て、顔が高揚していた。
「そうだね、賀茂くん。僕なんかよりも君のほうが議会制民主主義のなんたるかを分かっているみたいだ。でも、それは――」
「分かっています。利害関係あってのことですよね?」
竹中は微笑みながら頷く。
「そこは松前さんたちもやってみないと分からないとは言っていました。でも、武さんたちが残したいのは北区の理念であるみたいなので、例えば翼志館が調略によって取り込んだとしても、その独立の精神さえ残してもらえればいいみたいです。それに……」
「それに?」
竹中は首を傾げる。
「あのエーメンみたいな連中を手懐けるなんて少し想像ができません」
竹中は笑う。
「早速、経験したことが役立ったみたいだね。それで、君はその情報をどう使うつもりなんだい?」
「この事を東郷に与えるつもりでいます。もちろん、法西さんにも……」
「いいね。魯くんも法西くんもこれからのことを考え直すだろうね……」
「魯さんの狙いが勢力を二分するという考えなら、この情報は協力関係を結ぶには良い情報だと思います。武さんたちが居なくなったあとの岐湊について、こちらから協力関係を持ちかければ、これからの利害を含めても、対等な協力関係を築けると思います。切り取りに関しては、翼志館は北区の独立の精神を残すと宣言すれば、戦わずして、かなりの数をこちらに取り込めるかなと思っています」
「残念だけど、絹張くんは切り取り方法に関して、賛同しないだろう。海風高校の意見書でもかなり反対をしていたからね。あの件は、僕が面白いと思ったからある程度は融通を利かせることができた。それに、もし海風高校が他のところに渡っても、情で内通してくれると見越してのことでもある」
「やっぱり……」
忠陽は思わず溢れていた。
竹中はクスリと笑い、話を続ける。
「魯くんにこちらから交渉を持ちかけるのは良い案だ。だが、僕の考えでは、魯くんは対等な立場ではないと思うだろう。そこでだ。魯くんにはこう言うんだ。海風高校を差し出す代わりに協力関係を結ぼうと」
忠陽はうんとは頷けなかった。
「君が懸念していることは分かる。宮袋くんは君にとって大切な友達だからね。でも、それで君たちの友情が消えるということはないだろう?」
「そうですけど……」
「賀茂くん。状況は刻々と変わる。それに対応ができなければ、負けてしまうよ。君は学戦リーグでそれを知っているだろう?」
「分かってます……」
「こういうときは深呼吸を心がけよう。怒りの感情はまず五秒ほど耐えた方がいい。それで比較的冷静になれる」
竹中に無理やり勧められ、忠陽は深呼吸をすることになる。
「では、もう一度言うよ。僕が海風高校を差し出す理由は、なにも内応だけが理由ではない。その理由が戦力だ。海風高校は戦力として、必要か必要でないかと言うと、宮袋くん以外は必要ない。つまり、あの学校を魅力的に思えることは少ない。そして、宮袋くんは君や由美子くんの言う事を聞いても、僕らの言うことは聞かないだろう」
忠陽はたしかにそうだと思った。
「今回、由美子くんは部隊編成に宮袋くんを入れてきた。護は難色を示していたが、由美子くんの使い方には納得していたよ」
「どんな使い方なんですか?」
「敵に突っ込ませる」
忠陽は大地らしくて苦笑いした。
「そうじゃないと言うことを聞かないと由美子くんは言っていたが、真の狙いは敵への陽動と足止めだ。宮袋くん、一人で戦わせれば二小隊ぐらいの戦力にはなるはずだ。それに彼自身の悠々自適と戦うことができ、彼らしい戦いができる。一人で十人を倒せればアタッカーとしては優秀すぎると言ってもいい。だが、これは由美子くんと宮袋くんが互いに信頼しているからで、僕らではまずもってこうはならないだろう。だから、海風高校を明け渡して、他の実を取れるならそっちの方が良いと思うんだ」
「その理屈はわかります……」
「もし、魯くんが力の均衡を取りたいのなら、動かないに置物があったとしても、学戦リーグ優勝という実は持っておきたいだろう。それにあっちには同じチームだった氷見くんがいる。仲間にできないことはない。だから、海風高校は冷遇されることなく、むしろ、今よりも厚遇されるかもしれない。そのことを考えれば、この取引は海風高校にも良いと思うんだ」
悪魔のささやきにも似た言葉に忠陽は感情ではなく、論理的に大地にとってのメリットが大きく見えた。
「会長のその言い包める方、どうやって覚えたか知りたいですね」
「教えてもいいが――」
「分かってます。僕のことを話さなきゃいけないんでしょう? それはお断りです」
竹中は笑っていた。
「ともかく、交渉の材料はできたね。一つは戦力の確認のために真たちの動きをリークすること、そして自分たちの戦力を売ること。もう一つは魯くんと協力関係を結ぶために海風高校を渡すと申し出る。さあ、賀茂くん。楽しくなってきたね!」
いつになく感情を高揚させる竹中を見て、以外に子供っぽい面もあるのだと忠陽は思った。
「会長、楽しくなるのはいいですけど、出向くのは僕ですよ」
「何言っているんだい。この駆け引きは学戦リーグのとき同じくらい楽しくないかい?」
忠陽は頷かなかったが、竹中と同じ気持ちでいたことは確かだった。
籌を帷幄に運らし、勝ちを千里の外に決す・・・本陣で計略を練り、遠く離れた戦場で勝利する。転じて、計画や戦略の巧妙なことのたとえ。※本文の場合は言葉通り竹中が自分の心境を語っています。
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