第十一話 竹中問答 その二
六
忠陽は鞘夏と由美子と一緒に食堂で昼食を取っていた。だが、忠陽の耳には二人の会話が入っておらず、一人で昨日のことを思い出し、考え込んでいた。
由美子と鞘夏はそんな忠陽をじっと観察していた。忠陽が難問にぶつかったような難しい顔をしたり、それが解けて嬉しそうな顔をしたり、かと思えば誰かに対しての怒りに満ちた顔をしたりと、忠陽の百面相を見て、二人は不安に思っていた。
「あの……賀茂くん……」
由美子は聞きにくそうに訪ねた。
「どうしたの? 神宮さん」
忠陽はいつもの調子で返事をすると、由美子は深い息を吐く。
「あのね、さっきからコロコロ表情が変わってるんだけど、どうか、したの?」
「え、何にもないよ」
由美子は冷静でいようと作り笑いをしているが、こめかみのあたりがピクピクと動いていた。
「ふーん。そう、なんだ……」
忠陽は由美子の返答に怒りを感じ、ようやく由美子を見ると、背中から怒りのオーラが漂い、それを抑えようと鞘夏が由美子の肩に手を置いていた。
「神宮さん……なんで、怒ってるの?」
「怒ってるように見える?」
忠陽は頷くと、由美子はにこやかな笑顔かつ上ずった優しい声で忠陽に問う。
「もう一度、聞くわね。なんで、そんなにコロコロ表情を変えてるの?」
忠陽はその圧に押され、鞘夏に無言で助けを求めるも、顔を背けられた。鞘夏のその行為に忠陽は驚く。
「さ、鞘夏さん?」
由美子は上機嫌に忠陽を追い詰めようとしていた。
「鏡華ちゃんも、鞘夏も可哀想だわ。昨日から上の空の返事しかしてないんだもん。鏡華ちゃんもそりゃ怒るわよ、ね」
忠陽はその事実を知り、目の前にいる由美子を鏡華と重ねた。由美子の方が笑顔で詰めている分、ちょっぴり大人に見える。その怖い顔で自分が深く考えていたことを戒め、昨日、法西との会話の内容を由美子たちに話した。由美子は忠陽の話を聞いて、嫌な顔をする。
「それで賀茂くんはどうするの? 法西っていう人の話を鵜呑みにして、戦力を確認するの?」
「そうするつもり。神宮さんにも役立つ情報だし、魯さんの狙いを自分なりに考えてみたいし」
由美子は深いため息を吐く。
「なら、自分たちの戦力ぐらい会長に聞いたら?」
忠陽は由美子の提案に驚く。
「なによ、その顔? 意外?」
「うん……。神宮さんから会長を薦められるなんて、思わなかったから……」
「たしかに嫌よ! でも、有用であることぐらい、賀茂くんでも分かるでしょ?」
忠陽は頷く。
「学戦は明後日でしょ? その方が早くない? 会長が嫌なら安藤先輩とか絹張先輩とかでもいいし」
「そうだね。だけど、なんか自分の目で確かめたほうがいいのかって……」
「そんなことやってたら時間がいくらあっても足りないわ。こういうときはあなたが信頼する情報源を見つけておくのよ」
「神宮さん、会長を信頼してたんだ……」
「揚げ足を取るのは止めてくれない?」
由美子の鋭い目つきが忠陽の肌を刺さる。
「確かに竹中会長は嫌がらせもするし、何を考えてるかはっきりしない。でも、皆に生徒会長として認められた人物であることは確か。今の翼志館はあの人が居るから成り立ってる。聞いて損はないわ」
「ありがとう、神宮さん。会長に聞いてみるよ」
忠陽からお礼を言われ、由美子はなぜか口をとがせていた。
忠陽は放課後再び竹中の元へ訪れていた。
竹中は忠陽を喜んで受け入れたが、絹張と安藤はそうではなかった。忠陽を見るなり、深いため息を吐く。忠陽は苦笑いをしながら、竹中に近づくと、竹中は立ち上がり、忠陽に屋上で話そうと提案する。忠陽は不思議に思いながらも、竹中の提案どおり、一緒に屋上に向かった。
屋上でも部活動の声が聞こえてくる。忠陽たちは紫外線で劣化した青白いベンチに座り、話し始めた。
「僕らの戦力が知りたい?」
「はい。法西さんの考えが正しいのか知るためにも」
「いい心がけだ。相手の考えが全て正しいとは限らないからね。それで法西くんはどう考えているんだね?」
「魯さんの狙いは力関係の均衡を取るためらしいです。学戦リーグの決勝進出者が多いこちらに勝って、内外に力を示す。その上で、会長たちが居なくなったあとに同盟を組むと法西さんは考えています」
「なるほど。同盟か……」
「会長は分かっていたんですよね?」
「可能性の一つとしては。だが、それを受けるかどうかは次の生徒会長が決めるべきだ。その時、僕は居ないからね」
忠陽は自然と嫌な顔になってしまった。
「だったら、絹張先輩に教えればいいじゃないですか!?」
「落ち着き給え、賀茂くん。そのための君だろう? ここで僕が言えば、絹張くんは僕ありきの考え方をしてしまう。それは翼志館にとってはよくない。もう一つ。僕なら今の時点で真を味方につける。同盟というのは見せかけで、本命は東郷だと言ってね。そこで互いがいい感じに削れた所で、両勢力に仕掛ける。いい案だとは思わないかい?」
忠陽は口を開けてしまった。
「だが、これは僕と真が二年生だったら、有効だった。今の僕ができる事は、こうして夢を見ることだけだよ」
竹中は澄ました顔で青空を見ていた。
「同盟案、いいと思うよ。だけど、裏切るタイミングを見間違えば、翼志館は危うくなる」
「どうして、裏切る前提なんですか?」
「それは、君。そうじゃないと面白くないだろう?」
忠陽はこの男の性格を自然と蔑むようになっていた。
「うん、いいね。その顔。絹張くんも初めはそんな顔をしていた。だけど、今じゃよく不安な顔をする」
「それは会長がやりすぎるからでは?」
「君も由美子くんと同じでいいね。僕はそういう反対意見が欲しいんだ。なにも、僕の考えが正しいわけじゃない」
竹中はベンチから立ち上がり、歩き始めた。
「人の考えは数多ある。その中で最適な解というものを僕は見つけたい。僕だって人だ。誰かに頼りたいときはあるさ」
忠陽は自分から見える竹中の背中をなぜか蹴りたいと思った。
「会長の場合は悪知恵が働きすぎて、皆がついていけないんですよ」
「君に褒められると自信が出るよ。なんて言ったって、真に膝をつけた唯一の人物だからね」
足を止め、振り返った竹中の顔は意地悪そうな笑みを浮かべる。
「それ、まだ擦りますか?」
「ああ。何度だって擦るさ。それだけ、君はすごい人物だからね」
忠陽は竹中から顔を背ける。
「さて、賀茂くん。本題の前に改めて問おう。なぜ、魯くんは今のタイミングで同盟をしないのかな?」
「それはさっきみたいに会長が裏で暗躍するからですよ」
忠陽はここぞとばかりに責めた。
「本当に僕が真と同盟すると思うかい?」
「しないんですか?」
「答えはノーだ。するつもりはない。それは周藤くんもだ。恥ずかしい話だが、これはプライドの問題だ」
忠陽はいつもの嘘だと思い、疑った。
「本来、それは僕が捨てなければいけない欲だ。だけど、僕はそれを捨てきれなかった。僕は、真や周藤くんに、どうしても勝ちたいんだ」
竹中の顔は真剣そのものだった。忠陽は竹中から発せられる静かな闘気を見て、息を呑む。
「その気持ちは真も周藤くんも同じだよ。魯くんはね、したくてもできないんだよ」
法西の言葉に魯は特定の執着がないとあった。それがまさに的中していた。
「彼は僕らの事を恨めしく思っているかもしれない。僕らさえ居なくなれば、平和が訪れる可能性が高いからね。法西くんはこう言ってなかったかい? 天下は二分すればいい」
忠陽は平常でいることができなかった。
「その通りだ。天下を二分にすれば、学戦は少なくて済む。海風高校の生徒会長みたいに心を病む生徒も少なくて済む。でも、そうしないのは僕らの個人的な欲だ」
竹中はいつものように笑みを浮かべていたが、背中に見える青い空が忠陽には灰色に見えた。
「僕の個人的な懺悔を聞かせて悪かったね。本題に入ろう。翼志館の戦力についてだ。翼志館の勢力の柱と言えば、今は由美子くんだろう。彼女は名実ともに力を持っていることは間違いない。あとは護、不破くん、母里くん、絹張くん、戸次兄妹、高橋兄弟、祝園くん、角森くん、凌木くん、そして君だ、賀茂くん」
竹中はいつもの調子でニッコリと笑う。
それから竹中は翼志館勢力の戦力を話し始めた。
戸次鑑親。清督高校の現生徒会長。雷神と呼ばれ、学戦では攻撃部隊の采配を任せることも多いくらい戦上手。それに雷神と呼ばれていることあって、戦闘能力はあの黄倉よりも強い。接近戦では由美子くんも苦戦する。
高橋紹理。清督高校の生徒副会長。戸次と並んで風神と呼ばれており、風魔術が得意である。主に守戦を得意としており、派手さはかけるが冷静沈着、その守りを崩すことは周藤でさえ甚大な損害を覚悟する必要があると言っていたという。
戸次千代。戸次鑑親の妹。清督高校の二年生。兄である鑑親と同じく雷属性の魔術の使い手。兄とは違い、雷を纏うことはできないが、中級程度の術は使用できる。また、陸上部のため兄と違い地で足が速い。その俊足を活かした戦い方で相手を翻弄する。
高橋宗虎。高橋紹理の弟。清督高校の一年生。兄と同じく物静かではあるが、戦いのときは兄よりも闘志を剥き出しにし戦う。高橋家相伝の随変流の使い手で、相手の動きを見た後に大抵対応ができるという特異体質を持つ。兄とは違い、攻勢を得意としており、清督高校の先鋒を任されており、初めての学戦では傷一つなく、拠点を落として帰ってきた。
祝園融恵。火の魔術を得意とし、武器は曲刀をよく使う。戦闘では遅れを取ることもあるがその指揮能力は戸次も称賛している。角森とコンビを組んで、戦うことが多く、高橋も厄介と一言で表現する。
角森孟。祝園とは恋仲。孔至高校二年。頭は悪いが、体が大きく、戸次と力勝負では負けないくらいの馬力を持つ。特に祝園に敵対する輩を叩きのめす。算数ができないほどの頭は悪いが、人の面倒見が良く、祝園が見つけてきた子分の世話をしている。
不破幸治。府中高校の三年生。拳闘士不破と呼ばれており、喧嘩の強さでは松島と同等と噂をされている。非常に無口であり、会議中でも話すことは一切ない。彼が「あ」と一言発しただけで、周りが騒然となる。
凌木公統。与河高校の三年生。甘利とは仲が悪く、いつも喧嘩をするほどのライバル関係である。甘利との戦いは五分であり、決着がつくことはない。ただ、黄倉との一騎打ちでは簡単に負けてしまうため、甘利キラーと呼ばれている。
「僕が思う主な戦力はこのくらいだ。この中で三年生は戸次くん、高橋くん、祝園くん、不破くん、凌木くんだ。そうすると。必然的に我々も弱体化する。魯くんが力の均衡を図るように僕らも力をつけなければいけない状態だ。そのため、君たちに人材を見つけてくるように頼んだ」
忠陽はそれを聞いて、これからの翼志館に不安を覚える。三年生が抜けると東郷の戦力差が開くのではないかと思うくらいだった。
「安心し給え。君たちの時代には由美子くんがいる。僕はね、彼女がこの天谷で帝王として君臨する姿を楽しみにしている。その側には君がいる。想像しただけで面白いね」
忠陽は苦笑いをした。由美子から容易に無茶難題を言われるのを想像できたからだ。
「また、長話をしてしまったね。……賀茂くん、一つ頼みがある」
忠陽はその言葉に警戒した。
「真と周藤くんにも同じように戦力を確認して来てほしい」
「わざとですか? そんなこと言ったら怒られますよ……」
「大丈夫。松前くんは怒るだろうが、真は君になら教えてくれるだろう。周藤くんは怒りながらなんの策だと聞いてくるかもしれないが、魯くんは君になら教えるだろう。忘れていけないのはさっき話したこちらの戦力を嘘偽りなく伝えるんだ」
「どうしてですか?」
「戦力の情報が嘘かどうか分からない人たちじゃない。この場合、疑われないようにする必要がある。肝心なのは真たちや、周藤くんたちがどんな反応するかだ。そこから君なりに今の情勢を確認するといい」
「はい、わかりました」
不敵に笑う竹中を見て、本来の策士たる竹中の顔を見た気がした。
「賀茂くん、もう一つお願いがある。これまでのことは漏れなく由美子くんには話すんだよ」
忠陽は眉間にシワを寄せる。
「あまり由美子くんを不機嫌にさせておくと、また生徒会室に乗り込んでくる恐れがあるからね」
竹中は高らかに笑いながら校舎の中へと入っていった。
高評価、ブックマーク、感想もよろしくね。




