第十一話 法西問答 その一
五
忠陽は玉嗣から教えてもらった法西の居場所に一人で向かった。
場所はビリヤード場だった。雑居ビルの五階にあり、中に入ると紫煙が充満して、臭かった。床は木材のフローリングであり、歩くとたまにキシっと音がする。壁は黒一色で、隅の方に四台のダーツボードがあった。ビリヤードは五台あり、玉を突く音が静かになっている。誰一人として会話らしい会話をしていない。
忠陽の姿はこの場所では場違いであり、その異分子はすぐに不良共の攻撃対象となった。
「おい、てめえ。何のようだ!」
ひとりの男が忠陽に詰め寄ろうとしたとき、その男を呼び止める声がした。
「止めろ。お前が戦っても勝てはしない。そいつは学戦リーグの優勝者だ」
すらっとした体型で、顔立ちが整い、美形だと遠目からも分かる人物、法西だった。
法西の忠告に男は躊躇い、後ずさる。
法西は腰を折った体制で、的球に狙いを定めて、手球を打った。的球はきれいにポケットの中に入り、的球が落ちたときのいい音が鳴る。
法西が体を起こすとその高い身長がはっきりと分かり、女性が望む全てをもっているのではないかと忠陽は思った。法西が玉突きの棒、キューに滑り止め剤のチョークをつける姿には艶がある。写真ではなく、絵として起こせば有名絵画になるかもしれない。
法西はキューを置き、忠陽に近づく。
「賀茂、場所を変えようか」
「おい、孝直!」
「心配するな。賀茂はやり合うために来たわけじゃない」
男は渋々引き下がった。
忠陽は法西に連れられ、ビリヤードがある同じ雑居ビル一階の喫茶店に入った。その喫茶店は夜のためか、人がいない。装飾が中世西洋の雰囲気で、椅子が綺麗な高級生地が使われており、コーヒーの単価が頭の中で気になるほどだった。
「賀茂、今日は俺が奢ってやる。お前が優勝した祝いだ」
忠陽は自分の考えていることが顔に出ているのかと思い、無表情を装ったが、それが法西にとっては可笑しく、笑っていた。
「賀茂、心を読まれたからと言って、隠す必要はない。それを逆に利用してやることを考えろ」
「は、はい……」
「素直なことは良いことだが、俺のような奴の前では良くない」
忠陽は困った顔をすると、法西は謝った。
「お前は存外に良いやつだ。竹中の差し金だから嫌がらせをしようと思ったが、その必要はないようだ」
「僕は、会長の回し者じゃないですよ」
「まあいい。取り敢えず座ろう。ここに居ては邪魔だ」
忠陽は頷くと、法西は入口近くの四人席に座る。そして、店員にコーヒーを頼んだ。法西は忠陽を見ると、忠陽も同じコーヒーを頼んだ。
「さて、何から話そうか。そうだな、エーメンが俺の居場所を渡す決定的な情報とやらを教えてもらおうか」
忠陽は玉嗣との直後だったため、すぐにその情報を簡単には渡さないと心に決めた。
「それは取引ですか?」
法西は笑みを浮かべる。
「今日の今日は流石にムリだな。その様子だとかなり絞られたみたいだな」
「はい。とっても」
「清々しい返事だ」
二人にコーヒーが出される。法西は何も入れず、そのまま口をつける。忠陽はそれを見て、安堵してしまった。
「人がコーヒーを飲むのが、そんなに珍しいか?」
「いえ、一昨日、会長が大量の砂糖とミルクを入れていたので……」
「アイツと俺を一緒にするな。アイツはいずれ糖尿になる」
「確かにそうですね……」
法西はコーヒーカップを更に置くと、深く息を吐く。
「それで、お前は何のために俺のところに来た?」
「二つあります。一つは、今回、学戦を行います。僕は魯さんがこのタイミングで仕掛けた理由が知りたいです。二つは神宮さんに力を貸してほしいです」
法西は目を細める。
「一つ目は後にしよう。二つ目をまず話そう」
法西はコーヒーを一口のみ、話し始める。
「何故……神宮だ?」
「神宮さんには法西みたいな人が必要だからです。あなたの計略の才は竹中会長に匹敵すると思っています。その能力はいずれ神宮さんに必要になります」
「それなら、お前が持っているだろう。何故、お前じゃない?」
「神宮さんは将来、法西さんや会長たちのような相手と戦うことが多くなると思います。その時、僕が神宮さんの側にいるとは限りません……。神宮さんが一人で戦い、生き残れるようにさせたいんです」
法西さんは鼻で笑う。
「質問ばかりで悪いが、賀茂、お前は神宮が好きなのか?」
忠陽はその質問に驚くも、すぐに苦笑いする。
「好きなのかというと好きだと思います。でも、それは妹としてという感情かもしれません」
「お前にも妹が居るのか?」
「はい。シスコンと言われるかもしれませんが、自慢の妹です」
「世の妹がいない奴からしては羨ましいかもしれんな」
法西が笑うと、忠陽も笑う。
「お前にそう言わせる神宮に興味が出てきた」
忠陽は首を傾げる。
「どうしてですか? 僕なんかよりも神宮さんと話してみたいというのが多いじゃないんですか?」
「一般的はそうだろう。だか、俺は、学戦リーグの中で最も興味を持ったのはお前だ、賀茂」
「僕なんかよりもすごい人は沢山居ましたけど……」
「どれも戦うことが好きな奴らだろ? その中でお前は異質だった。自分の力では倒せないことを理解し、徹底して相手の虚をつく。中々できるものではない。そこに共感するものがある」
忠陽は自分を理解してくれる人間が居て、ちょっぴり嬉しかった。
「だが、まだ甘い。時々感情的になるきらいがある。お前が竹中や周藤、武と戦って、負けた原因はそこだ。竹中の場合はまだしも、周藤と武相手に一騎打ちを挑むのは愚策だ」
忠陽は苦笑いする。
「俺としては、一騎打ちをするのなら勝算がなければ意味がないと思うが……」
法西はまたコーヒーを一口つけ、カップを置いた。
「それでお前はあのチームを勝利に導いた。愚行とも思えるものでお前は勝ったんだ。あれで周藤や武はお前への認識を改めただろう。最大の障害は、神宮という光の側にいる賀茂という影だと。いつも、チームが負けそうなときに邪魔をし、そして味方を奮い立たせる。竹中はそれに気づいていたから、わざわざチームを分断し、お前を最後に倒したのかもしれないな」
「それは買い被り過ぎですよ。会長の作戦は、僕らを分断して、最も攻撃力を持った神宮さんを最初に倒す。それで決着はついてしまいました」
「果たしてそうだろうか? 竹中は何故結界術を使う必要があった? それになぜ、共倒れの道を選んだ?」
「それは、僕に、勝つという意志は、相手に、作戦を見破られるということを教えるために……」
「それは詭弁だ。竹中が恐れていたのはお前のその意志だ。戦いで最も苦慮するのは相手の心。心が折れない相手は何度でも立ち上がる。そして、それを恐れたとき、その者の敗北が決まる。だから竹中ほどの奴でも、自らを犠牲にしなければ勝てなかった。分かるか、賀茂。お前は竹中の術と心を破った」
正面から褒められるのに慣れない忠陽は、愛想笑いをした。
「お前が神宮のために俺を誘うなら、次はその神宮を連れてこい」
忠陽は思わず顔を綻ばせ、頭を下げた。
「ありがとうございます!」
「さて、一つ目の話だが……。お前のことだ、それも神宮のためなのだろう?」
「はい。僕は絹張先輩ほど、会長を信じていません。会長は、表向きは僕を手伝ったりしていますが、何か考えてのことです。僕に魯さんの動向を探らせているのも、そうだと思います。その標的として神宮さんが狙われる可能性があります」
「どうして、お前は神宮を狙う可能性があると思っている」
「会長は何かと神宮さんをけしかけています。僕や鞘夏さんを神宮さんから引き離したり、わざと神宮さんを煽ったり、今まで神宮さんに対して積極的な行動をしてこなかったのに、ここに来ての動きは怪しすぎます」
法西は笑う。
「お前の言うとおりだ。怪しいな。だが、こういう見方はできないか? それだけ竹中も余裕がなくなっている」
「余裕がない?」
忠陽はいつもの余裕の笑顔でいるため、そんなことに気づかなかった。
「竹中は何かに焦っている。だから、神宮やお前の力が欲しいのか……」
「力が欲しいというなら学戦しか思い当たりません……」
「翼志館は充分な戦力を持っている。今年は問題ないだろう」
忠陽はその言い方に疑問を覚える。
「今年は? 来年はどう見てるんですか?」
「来年は誰が生徒会長になる?」
「絹張先輩です」
「神宮はならんのか? 実力と名声ならヤツの方が上だろう」
「神宮さんは明確に生徒会長になるつもりはないと言っています」
「そうか……」
法西は遠い目でコーヒーカップを見ていた。
「どうかしたんですか?」
忠陽は法西の目を覗き込むと、その視線はコーヒーカップではなく、ここにはいない人物に目を向けているようだった。
「いや、竹中のことを考えていた。竹中のことだ、何かを考えてるのは確かだが……」
「それは魯さんの目的が分れば、自ずと分かるんじゃないんですか?」
「魯の目的と竹中の目的は一致しない。イコールとして考えない方が柔軟に考えられる」
忠陽は遠目をした法西の指摘に納得をした。
「会長と話した中では、勢力拡大を目的として勝つのは零点と言われました。それに会長は、周藤さんの存在で、勢力拡大はできないと言っています。法西はどう思いますか?」
「点数はさて置き、この時期でこれ以上の拡大は見込めない」
「なら、法西ならどうしますか?」
「もし、俺に神宮のような求心力や戦闘力があるなら、武が卒業するまでは内部の結束を強くする。どこにも手を出さない。むしろ、今のうちに魯と手を組む」
法西は半分になったコーヒーにクリームを入れる。カップの中で黒と白が混ざりあっていた。
「手を組むって、そんなことできるんですか?」
「別に同盟が駄目だとルールにはない」
忠陽は悔しそうな顔をした。
「でも、なんで今……なんですか」
「竹中と周藤が居なくなるからだ。互いに争う必要がない。それよりも大きな餌がある。なにか分かるか?」
法西の問に、忠陽は法西の言葉を思い出す。
「武さんが……卒業する」
「まあ良いだろう。お前の言う通り、岐湊から武達が居なくなる。最も痛いのは松前と近藤の存在だ」
「松前さんと近藤さん……?」
「武はその強さによって、北の情勢を平定する力があった。たが、統治となると話は別だ。武は戦闘に強くても、人を治めるだけの力はない。その代わりをしていたのが、松前と近藤だ。松前は内政、あの生真面目な性格のおかげで色々なルールをつくり、北の学校に秩序を齎した。近藤は外政、主に他校との折衝にあいつが入り、属校の揉め事や悩みごとを人知れず解決していた。たまに俺のところにふらっと現れては他愛のないことを話して帰っていったよ」
忠陽はそれぞれの役割を聞き、息を呑む。
「この二人が居なくなったら岐湊の情勢は元の不安定な状態に戻る。俺が言いたいことは分かるな?」
忠陽の脳裏に出た言葉は調略だった。今まで安定した岐湊勢力はその求心力を失い、各地で反乱が起こる可能性を秘めている。その隙に岐湊勢力の属校に調略を仕掛け、こちらに取り込むための下地を作る。まさに武たちが居なくなった岐湊は餌場だった。
「でも、魯さんは同盟を受けるでしょうか? 今まで戦っていた相手と組むのは……」
「魯は竹中や周藤のように特定の執着を持っているわけではない。それにこの情勢を考えれば東郷にはかなりのメリットがあり、翼志館と共に岐湊を攻めれば勢力拡大ができるだろう。お互いに一つの勢力に集中するほうが楽だからな。やらないよりやってみた方がいい。駄目なら裏切ればいいだけだ」
忠陽はその物言いに顔を歪める。法西は忠陽の顔を見て、笑っていた。
「話を戻そう」
法西は茶色になったコーヒーを飲み、カップを置いた。
「賀茂、今の情勢と今後はだいたい分かったな?」
「はい」
「そこで魯が学戦を仕掛けてきた理由を考えろ。竹中が言うように本来、学戦を仕掛ける必要はない。来年を待てば餌が豊富なる。魯ならば容易に切り取るだろう。だが、何故、この時にしたのか。翼志館とのパワーバランスを含めて考えてみろ」
「パワーバランス?」
「ああ、戦力と言ってもいい。竹中たちが抜けたあと、翼志館と東郷の力関係はどうなる?」
忠陽は翼志館といえば、由美子や母里、絹張などを思い浮かべる。東郷は朝子、魯、亜門のことを思い出す。それで全部でないにしろ、戦う上では互角ではないかと思った。
「互角に見えます」
「ならば、自分の足で確かめるといい。どちらが強いのか、弱いのか。それとも互角なのか……。一つ目の俺の答えを先に言っておく。魯が学戦を仕掛けた理由は交渉の前に優位を取りたいからだ。竹中たちが居なくなったあと、魯は提案するだろう。勢力は二分すればいいと」
法西は立ち上がり、伝票を取る。
「答え合わせは神宮を連れてくるときにでいい。楽しみにしてるぞ、賀茂」
法西は忠陽の肩に手を乗せて言い、その場を去っていった。
忠陽は法西が嘘を言っていないように思えた。それでも、法西の言葉を信じるには自分で確かめた方がいいと考えた。
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