第十一話 竹中問答 その一
四
忠陽は竹中の言われたとおりに、放課後、緑興高校に訪れた。
そこで行ったのは法西の居場所の聞き込みだった。この前はたまたま法西からやってきたが、今回はそうとは限らない。だから、こちらからワザと探しているとアピールすれば、またあちらからやってくるのではないかと考えた。だが、法西は現れなかった。忠陽の目論見は外れた。
法西は竹中の入れ知恵だと気づき、会おうとしていないのではないか。そう考えていると、ふと竹中の教えが頭に浮かぶ。相手を動かすなら相手のしたいことをさせる。そのためには相手の利益を考えなければいけない。それに気づいたとて、もう遅い。なら、もう一度やり方を考え直そうと忠陽は自分に言い聞かせる。
法西は何故、自分と会わないのか。一度目、法西から来た理由は簡単だ。賀茂忠陽に興味があった。そこで、賀茂忠陽の人となりを知って、満足したのだろう。二度目は、賀茂忠陽から法西を探した。それを法西の立場で考えると、騙した相手にまた会いに来る奴なんて普通はいない。二度目は何か厄介事を持ってきただろうと推測できる。そんな奴に会いたくない。
忠陽はそう自嘲し、日の落ちた家路へを歩いた。
次の日、忠陽は昼休みに竹中に会いに生徒会室を訪れた。母里に竹中の居場所を聞くと、学戦の前は、生徒会は生徒会室に缶詰になるらしい。本来は由美子たちに相談したい所だが、由美子から帰ってきそうな言葉が「賀茂くん、そんなことは辞めなさい!」と怒られそうだったからだ。それでも忠陽は魯の目的を知りたかった。魯の目的を知れば竹中の意図も自ずとわかると考えたからである。
竹中は口八丁手八丁で人を動かす。癪であるが今回も竹中の手の内だ。だが、竹中は自分の手を晒しながら忠陽をけしかけている。それにも興味があったが、一番の行動原理はやはり由美子を守るためだ。
由美子は忠陽とって恩ある人物であり、甘えてくるときが妹の鏡華のようで世話を焼きたくなる。本来なら入学当初に思っていた平穏を求めるなら、近づかない方がいい。だが、今ではそんな事をするのは薄情というもの。
神宮という、この国で屈指の高家の令嬢は妬みや僻みの対象になりやすい。それに輪をかけて、由美子は敵を作りやすい性格である。だから、自分だけは精一杯、味方であろうと思った。それがなんでもできる由美子に対してできることだと忠陽は考えていた。
魯も竹中も、学戦リーグの優勝者である由美子に力が集中することを恐れているのは確かだ。神宮という名、学戦リーグ優勝という肩書は花実兼備を表し、誰もが由美子の言葉に重きと考えてしまう。その例が会議のときに由美子に意見を求めたことだ。竹中から話を振ったものの、全員が由美子の言葉を待っているようだった。それを見た忠陽はまるで呪いに掛かったかのようだと思った。
竹中はその由美子を遠ざけたいのか、それとも手元に置きたいのか。それが未だに判然としない。生徒会長に絹張を押す、絹張を支えてほしいと明言しているが、忠陽にはそれがどうも信用できない。由美子を巻き込んで何かしでかすように思えるが、それが何かがわからない。忠陽は由美子に嫌な思いをさせたくなかった。
生徒会室に入ると、忠陽は資料が大量にあることに驚く。生徒会長の席はファイルの山となっており、微かに竹中の姿が確認できた。
「おう、賀茂。手伝いに来たのか?」
安藤の姿を見た忠陽は学生なのに大人の疲労感が見えた。
「いえ……」
「そうか。あ、そういえば真堂の件、すまんな。けど、絹張も俺も大助かりだ。礼を言うぜ」
「いや、その……」
「何かあんのか?」
安藤は心配そうな顔をした。
「鞘夏さんの件は、鞘夏さんが決めたことなので……」
「なんだ、ってきり、扱いに不満があるのかと思ったぜ」
「僕は鞘夏さんには色んな人関わってほしいと思ってます。本人が良ければですが……」
「まあ、喋んないけど、よく周りが見えて、気の利いたやつだよ。亮が押すだけはある……」
忠陽は苦笑いになり、竹中が押すだけというのは気に食わないと思った。
「で、なんだよ? 昼休みに」
「会長に用があって……」
資料に埋もれた隙間から見える竹中の顔は楽しげだった。
「僕に用かい? 思ったよりも速かったね。これは嬉しい限りだ」
竹中が生徒会長の席を立つと、山積みになっていた資料が崩れ落ちる。
「会長!」
「亮!」
竹中はその叱責の声を無視して、応接のため椅子に忠陽を案内する。その竹中の喜んだ顔が忠陽は嬉しくなかった。
椅子に座ると、早速、竹中は忠陽が用件を言っていないにも関わらず、自ら口を開く。
「それで、法西くんは釣れたかい?」
忠陽は苦虫を噛み潰した顔になる。
「会長。それ、分かって言ってますよね?」
「賀茂くん、質問を質問で返してはいけない」
忠陽は、資料の山を元に戻そうとする安藤と絹張を見ながら、ため息を吐く。
「会長の予想通り、法西さんとは会えませんでした。つきましては、アドバイスを頂きたく存じます」
これが忠陽の精一杯の抵抗である。
その抵抗に絹張は苛立ち、手に持っている資料を雑に起き、忠陽の噛み付こうとする。だが、雑においた資料が呼び水となり、他の資料が崩れ始めた。
「だぁぁぁぁぁ!! 何やってんだ、絹張!!」
安藤の悲痛な叫びが木霊する。
絹張たちが必死に資料を整理しようとしている最中、生徒会長は嬉々として話し始める。
「そうか。アドバイスか。君は法西くんと会うために何をしたんだい?」
「法西さんに会うために、手っ取り早く、自分から探しているとアピールしました。緑興高校の生徒に居場所を聞いたんです。分かっての通り、悪手でした」
「そうだね。法西くんはたぶん厄介事を持ってきたと思っただろうね。それで僕を使うというわけか。いい判断だ」
忠陽は褒められてるようで釈然としなかった。
「会長、ここは叱責されるべきところじゃないかと思うんですが……」
「いや、失敗することは誰にでもある。その時は抱え込まずに誰かに相談することが必要だ。それに、僕に相談してくれるのは、君が僕を信頼している証と受け取っているよ」
忠陽は眼の前のレッツポジティブシンキングはどこから手に入れたのか知りたかった。
「さて、法西くんを強制的に引き出す前に、法西くんのことをすこし整理しようじゃないか」
「強制的に? そんなこと出来るんですか?」
「できなくないさ。ただし、取引はするよ。相手もタダで動くことはないからね」
安藤が眉間に皺を寄せる。
「おい、亮――」
「護、これは僕と賀茂くんの仕事だ。いいだろう?」
安藤は溜息を吐いて、崩れた資料を丁寧に積み上げていった。絹張は竹中の言動に不安そうな顔をしていた。
その様子を見て、忠陽はこのやり方が本当にいいかと疑問に思えてきた。
「一昨日の重複になるが、賀茂くんは法西くんのことをどう思ったかね? 第一印象でもいい。君が思ったことから整理しよう」
「そうですね、第一印象は身長が高くて、細身の人だと思いました。顔立ちが整っていて、不良とは言えない雰囲気です」
「他には?」
「話した感じだと、一見物腰が柔らかいように感じましたが、内容は鋭い刃物でしたね。相手の隙を鋭利な刃物で突き刺すみたいな……」
「うん、いいね」
竹中は忠陽の表現を楽しそうに聞いていた。
「その時の顔は、今の会長みたい笑みを浮かべていましたよ。その顔は人を騙すと面白いから笑うんですか?」
「賀茂!!」
絹張が大声を上げる。竹中と忠陽は叱責が聞こえないふりをしていた。
「そうだね。この笑みは純粋に楽しいからと言っておこう」
忠陽は簡単にいなされたことが悔しかったが、顔に出さずに話を続けた。
「僕はずっと気になっていることがあるんです」
「気になっていること?」
「法西さんは、なぜ僕に自分の身の上話をしたのか」
「どういう話だい?」
「自らが選ぶ道が正道ではなく、邪道を歩まなければいけない理由です。法西さんは松前さんや遠山さん、エーメンとは相容れないとも言って、居場所がない自分の心を知るものはいないとも言っていました」
「なるほど。法西くんらしからぬ物言いだね」
「少なくとも会長はしてくれませんよね? 身の上話」
安藤が先に笑っていた。
「なら、僕らしく答えようじゃないか。僕の身の上話を聞きたいなら、まずは君から教えてくれ給え、賀茂くん」
竹中のその笑みはいつもより圧を感じた。答えとしてははぐらかされたようであるが、竹中の感情を引き出せたことは嬉しかった。
「それは別の機会にして、僕は、法西さんが悪行を重ねたのは平和を得るためだと思っています。本人の言葉を借りるなら、その人物の行為が何をもたらしたかを見るべきではないか、です」
「いい言葉遊びだ。歴史上、戦争の英雄は、多くの人間を殺し、称賛される。その中には戦術として奪略行為などの悪行が容認されていた。彼らは本当に平和を齎すためにやったのか。君はどう思う?」
「平和を齎すかどうか、分かりません。ただ、僕は……僕は自分が非力であることを知っています。一人では戦えない。だから、僕は戦いにおいて神宮さんみたいな正道は歩めません。僕が行く道は……」
忠陽が口をつぐむと、竹中は楽しそうに笑っていた。
「それじゃないかな、賀茂くん。法西くんは君が自分と同じ道を行くのかもしれないと興味を持ったんだ」
「だから、一度目は自ら足を運んだ……」
「賀茂くん、君の望みは何だい? この前の懇親会で僕に言ったじゃないか?」
「僕を支えてくれた人たちが幸せになれるように呪術を使うって話ですか?」
「そうだ。法西くんの望みは、君の言う通り小さな平和だったのかもしれない。そのために自分にできることで、善悪の先にある結果を作り出したかったかもしれない」
「そんなのただの詭弁です!」
絹張が口を挟む。
「悪行を行っても平和を作り出すことはできません。善行によって、人々の心を安らかにし、長い平和を齎すと思います。悪行で勝ち取った平和は一時のまやかしです」
「賀茂くん、絹張くんの意見はどう思うかい?」
忠陽は竹中の正確な意図を読み取った。
「僕には、正道による幸せを作ることができません。僕にはその力がないんです……」
それ以上のことを忠陽は口にしなかった。自分は邪道を持って、人を幸せにする。絹張が言ったように、それはまやかしかもしれないと思ってしまったからだ。竹中の意図はその後半の言葉を言わせるためだろう。
忠陽は竹中を見ると、法西と同じ薄ら笑いをしている。それがこっちへ来いと言わんばかりであり、底なしの沼に片足を取られた感覚になっていた。
そうか。会長も法西さんも、正道を歩めない自分がどうするのかに興味を持ったんだ。
「賀茂くん、今日も放課後に時間をくれるかい?」
「か、会長!」
「絹張くん、僕らのことよりも、君は由美子くんと会話を交わし給え。由美子くんに意見を求めるのも、助力を請うのもけして悪いことではない」
絹張は顔を逸し、竹中の助言に聞く耳を持たない様子だった。
放課後、竹中は忠陽のクラスまで顔を出していた。現生徒会長の急な来訪に一年生はあたふたし、学級委員長が竹中に駆け寄る。竹中は学級委員長と二言三言話したあと、ニコニコしながら忠陽を見た。学級委員長は心配そうな目で忠陽を見ていた。
忠陽はすぐに荷支度して、席を立ち、竹中のもとへと駆け寄った。
「それでは行こうじゃないか」
教室を出ると、騒ぎを聞きつけた由美子が立っていた。その顔は開いた口が塞がらず、忠陽が竹中に連れて行かれる状況が全く予想できない様子だった。
「やあ、由美子くん。僕は今日も賀茂くんと出かけるよ」
それだけなのに由美子には効果抜群というように、すぐに刺々しさを顕にした。
「へー、そうなんですか……。間違っても、誤った道には連れていかないでくださいよ」
「その心配はない。一昨日は二人で語り尽くしたからね」
それが嘘だと分かっていても、由美子は忠陽を睨んだ。
「神宮さん、その――」
「おっと、賀茂くん。これは学戦まで内密な話だよ。由美子くん、悪いがまだ不確定な話だ。話がまとまったら、賀茂くんから君に話をさせよう」
竹中の言動は、その嫌らしさが故意的なものだと気付けるものだった。
「それでは由美子くん、君も部隊編成を頑張ってくれ給え。必要ではあれば絹張くんに相談するんだよ」
「分かってますよ! そんなことぐらい! 貴方なんかより数倍、いえ数百倍は信頼してます!」
由美子は怒って、自分のクラスに戻っていった。竹中は由美子の返答を嬉しそうに笑っていた。忠陽は竹中に目で訴えた。
「賀茂くん、分かっているよ。でも、あれが由美子くんの可愛いところじゃないか。たしか、ツンドラと言ったか」
「会長、それはあながち間違っていないと思いますが、たぶんツンデレの間違えじゃないですか? ツンドラだとデレがゼロです」
「そうか……。そうだね。確かに由美子くんはツンギレだ」
忠陽は竹中の言葉に反応したことを後悔した。周りの一年生は忠陽と竹中の会話が恐ろしく感じていた。
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