第十話 八卦陣
観戦会場ではこれまでの流れを確認しつつ、両チーム合流を選んだ意図を解説していた。
「つまり、チーム武帝は各人での敵防御陣地に入るよりも、まとまって動いたほうがいいと判断したというわけですね?」
総将は頷く。
「戦術の基本は集中と分散。自分たちの攻撃は集中させ、相手の攻撃は分散させることで効率的に薄い壁を叩くことだ。今回の場合、チーム武帝が分散した場合、有利になるのはチーム五芒星だ。だから、この場合は合流することは悪いことじゃない。それに相手が罠に引っかかった所を八雲妹は確実に狙ってくる。その牽制として遠山を別で配置するのは当然だろうな」
「なるほど……。確かに遠山選手の狙撃の命中率は今大会いいですからね。実はチーム武帝でポイントを多く稼いでいるのは遠山選手でもあります」
「むしろ、ゆみちゃんの狙いはそこでしょう」
八雲はかったるそうにメインモニタ―を見ていた。
「狙いといいますと?」
「チーム武帝は防御主体だろう? 実際、他のチームとの戦いで武が負けたことはない。所謂鉄壁の防御。通常はこの壁をいかに倒すかっていうことを考えてるけど、うちのゆみちゃんが考えたのは鉄壁を相手にするよりも、他の連中をいかに速く倒して優勢を取るか考えてる。そこで一番ポイントを稼いでいる遠山を誘い出す」
「なんと! そんな戦略を持っていたとは! ですが、神宮選手が遠山選手と戦っている間に、チーム五芒星のメンバーがやられたら、元も子もないような気がしますが……」
「それ言っちゃうと、作戦全部が元も子もない状態になるよ。戦略や作戦はあくまでも大まかな勝ち筋でいいだよ。だいたい、現場で本当にそんなのに従ってたら、命がいくつあっても足りない」
「お前の命令違反の口実を言うな、このバカ!」
総将に叱責され、八雲は口を尖らせる。
「富沢さんの言う通りで、八雲妹が遠山を倒す前に、他のメンバーが倒されるのは一番まずいケースだ。だが、その時間を作るために賀茂が罠を張り、防御陣地を作った。武が使う天野川流兵法の陣で罠の位置が凡そ分かっていたとしても、その時間は通常の相対戦よりも足止め効果は期待できる。あとは八雲妹の力量次第だ」
「おれのゆみちゃんは、やってくれますよ!」
観戦会場から八雲の由美子贔屓に苦笑いをするものが現れた。
「本来なら、武のような攻略法が確立されていない相手には長期戦で臨み、相手の動きと力の検証するのがいい。だが、今回は時間制限付きの短期決戦。そういう場合、たった一つしかない」
「とにかくやれることをやれ!」
総将の言葉のあとに八雲が笑顔で答えた。総将は先に言われ、顔をしかめる。
「今聞いていますと、体育会系といいますか、精神論といいますか。合理的な考えをする現代っ子の私達には抵抗がありますね……」
「まあ、そうなんだけどよ。実際何もしなければ何も得られないことが九割だ。今回は特に失敗しても死なないし、やり損ってことはない。そんなとき考えるのは現実的だとか理に適ってるとかでもないし、できるできないでもない。その状況をいかに楽しめるかじゃない?」
「楽しむ?」
「だって、辛いことばっかり考えてるともう嫌だって思うでしょう? だったら、眼の前にやれることをやりながら、次にやれることを見つけるのを楽しむとか、そもそも無理な取り組みを楽しむとしかないでしょう?」
「た、たしかに……」
富沢は八雲の言葉に妙に説得感があり、驚いていた。
「まあ、こんな考えを出来るのはコイツがバカだからだろうが、考え方の一つとしてはいい考えだと思うよ」
「おい、バカにしてのか? それとも褒めてんのか?」
「褒めてるんだろうが」
会場から笑い声が上がる。
「おっと、神宮選手、動き始めました。まさに予想通り遠山選手に向けて先制攻撃を行っています」
由美子の弦の音が鳴ると、矢は狙撃ポイントへと移動する遠山を撃ち抜こうとした。遠山はギリギリで踏みとどまった。
「遠山! 大丈夫か?」
浩平からの通信に遠山は大丈夫だと答えたが、こんなに速く撃ってくるとは思わず、焦っていた。
二射目の弦の音が鳴り響く。
その速さに遠山は無理矢理身体を動かし、建物から転げ落ちることを選んだ。銃を壊さないように守りつつ、二階の高さから落ち、背中に強く打った。
「ッッッッーーー!」
遠山は静かに声を出す。背中の痛みは引かないが、すぐに動き出すと一瞬全身に電気ショックを受けたかのように痛む。
「あいつ、絶対に許せない!」
小声で力強く、呟く。
「遠山さん、もっと西の方角はどうかしら? そこから数十メートル先に良さげな狙撃ポイントがある」
「ありがとう、柚ちゃん」
三回目の弦の音が鳴り、遠山がちょこまかと動いていたお陰で矢は外れたが、その軌跡は遠山の位置が分かっているようだった。
「まずいなぁー」
「どうかしたの? 遠山さん」
「たぶん、賀茂の式神で私の位置がバレバレだよぉー」
「遠山さんの方から倒せないの?」
「柚ちゃん、烏が一杯居て、そう何匹も倒せないよー」
「遠山、安心しろ。今から俺達が防御陣地に入る。賀茂の援護はなくなると思う」
「えー、それ本当かなぁー? 浩平くんの自信ありげなときって、あんまりいい思いしたことないんだよなー」
浩平は顔を歪める。真はその顔を見て、苦笑していた。
「そう言うなよ、遠山。浩平が多分とか言うと、お前、困るだろ?」
「そりゃそうだけど……」
真の説得に遠山は納得するしかなかった。
「俺達が暴れれば、神宮の目だってこっちを向かざるを得ない。それに遠山なら神宮に負けないと俺は思ってる」
遠山は覚悟を決めた。
「分かった。真くんがそう言うなら信じるよ」
浩平は目をつぶり、難しい顔をした。他の人間に聞こえないように通信を切り、真に呼びかける。
「すまんな、真……」
「俺こそ、いつもすまない」
「いいさ。俺の役目はそういう役目だ」
浩平は自嘲していた。
真は浩平の肩に手をポンと起き、前へと出た。
「なあ、真。罠の位置はだいたい分かるのか?」
「はっきりと分かるよ」
近藤の質問に真は答えた。
「なら、問題ねえな」
「八卦陣……」
真がそう呟くと真の周辺に八卦の紋様、中心には太極図がふっと浮かび上がり、すぐに消えた。
真は臆することなく、忠陽が仕掛けている罠へと入っていく。すると、隠れていた呪符が光り、土の槍が五、六本飛び出す。真は焦ることなく、普段のように歩いていた。
「その攻撃は僕には効かない」
土の槍は真には当たらず、あたかも自ら意志を持って、真を避けているように見えた。
忠陽はその姿をじっと見ていた。
すぐに真の右側面から呪符が現れ、大風を巻き起こし、真を吹き飛ばそうとしていた。同時に大地が左側面の物陰から現れ、火炎による攻撃を行っていた。
「その攻撃を反射せてもらうよ」
真は風の攻撃を手で受けると、その風を大地が放った炎へと跳ね返す。風は大地の炎を押し返す。
「大地君、もういいよ。そこから退いて」
「あん? なんでだよ」
「次の札を起動するから」
大地は舌打ちをしつつ、その場を後退した。その行動を見て、浩平は考える。
「宮袋の退きが速いな……。真、注意しろ!」
「分かってる、浩平」
大地が後退した代わりに土の飛槍が真に襲いかかる。
真はその攻撃を対処しようともせず、辺りを見張っていた。
その姿に忠陽も大地も理解できなかった。威力はそんなに強いと言うものではないが、無視するというほどではない。
そんな疑問の中、土の飛槍は真に当たった。だが、真には傷一つなかった。
「なんということでしょう! 武選手、まったくのノーダメージだ!」
富沢は目を見開いていた。自分の近くのモニターに顔を近づけて見ても、まったく武にダメージが見られなかった。
「これはどういう原理でしょうか?」
富沢は総将に尋ねた。
「分からないな。今わかっていることは、武は風の呪術を跳ね返すことができ、土の呪術に耐性を持っているということぐらいだ。だが、そんな単純なものとは思えない」
「おりょ。総将先輩、初めて見る技でお困りですか?」
総将は茶化す八雲を殴っていた。その光景を見て、富沢はさすがに苦笑いしていた。
忠陽は今の攻撃を見て、真の陣が竹中とは違うと感じた。
「おい、ボン。あれなんだよ……」
「分からない……」
忠陽は今見た中での情報で考える。
武さんは風の呪術を手で受けて、大地くんの方へと方向を変えた。だから、風の呪術と相性の良い土の呪術を放った。でも、その攻撃は一切喰らわなかった。普通じゃあ考えられないことが起きている。
忠陽は何かを判断するには情報が足りないと思った。
「大地くん、もう一度いける? 今度は大地くんが先制攻撃。でも、今、あの人に近づかないほうがいい」
「分かってるよ。あれはかなりうす気味が悪い。どうなってんだよ……」
真は黙々と歩いていく。その後ろに続くように浩平と近藤が周りを警戒しながら歩いていた。
大地は十メートルぐらい離れた路地の陰から出て、火球を作り出し、真に向けて投げた。
「この炎は僕には効かない」
大地が放った火球と同時に忠陽は罠を起動させ、真の両側に隠している呪符を起動させ、土の槍衾を放った。
真は両側から土の槍衾を確認した瞬間、自身の右側の土の槍衾に向かうと、右側の土の槍衾は真を避けるように折れ曲がり、動きを止めた。真は正面から火球は払い除け、その場で警戒した。
「左側に避けた……」
忠陽は呟く。
「真選手、今度もノーダメージだ……」
富沢は息を呑むように語る。
総将はその行為を見て、忠陽と同じようなことを呟く。
「自身の右側に避けた。なら、左側は当たるのか?」
忠陽も総将と同じ考えであり、確証を得るために大地に同じ火球を放つように二メートル進んだ先で同じような攻撃を頼む。大地は黙って、頷いた。
「さて、賀茂、お前ならどうする?」
総将は楽しげに呟く。
たが、思惑とは違い、真は前へと進もうとはしなかった。
「真……」
浩平が真に呼びかける。
「今ので大体わかったかもしれない」
「いや、まだ完全にギミックを分かっていない。後一回情報を引き出そうとするはずだ。眼の前に宮袋がまだ居るのがその証拠だ。なら、正面突破だ」
「そうだね。それしかない」
真は顔色を変えず、冷静に構えた。
忠陽はその構え見た瞬間、大地に退くように頼んだ。
「なんでだよ? あっちだってやる気じゃねえか」
「僕らの目的は足止めだよ。構えたってことは、次はまっすぐ向かってくる可能性がある」
大地は思わず眉間に皺を寄せる。
「いっそのこと、もう戦ったほうがいいんじぇねえか? それで確かめた方がいいかもしれない」
「何言ってんのよ! お姫様が相手を倒すまで時間を稼ぐのが私達の仕事でしょう!?」
朝子は通信とともに忠陽の隣に立つ。忠陽は嬉しそうな顔をしたので、朝子はすぐにそっぽを向く。
「なんだよ、もう回復したのかよ……」
「お陰様で。というか、今のままであいつ近づくと確実にやられるの分かってるでしょう? また、ビリー隊のときのようにボコボコにされたいの?」
大地は口を尖らせる。
「分かったら、ササッと退く!」
「へーい……」
大地はつまんなそうな顔しながらその場から撤退した。それを見た真は自分の構えで敵が意図を察したと気づき、申し訳無さそうに浩平を見る。浩平は目をつぶりながら、眉間に皺を寄せた。
「まあ、しょうがない。着実に前に進もうぜ」
近藤は浩平の肩を二度ほど叩く。
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