第十話 東郷の阿蒙
亜門の不満そうな顔をを見た忠陽は何か仕掛けることに気づき、側にいる朝子に注意するように促す。
「何がくるのよ?」
朝子は忠陽に聞いていた。
「まだ、分からないよ。黄倉さんたちじゃなくて、周藤さんのほうかもしれない。でも、亜門さんの顔を見ればなにか仕掛けてくるって分かるよ」
朝子は冷静な忠陽を意外に思う。
ここまで二人で戦ってきたが、忠陽が自分の動きに対して合わせてくるタイミング、そして攻撃のチョイス。由美子や大地には到底できないことだ。ここまでくれば二人が忠陽のことを信じている理由が分かる。
「で、アンタは何するつもり?」
「今のままじゃあ、二人には不意打ちは難しいね。どうも、一度行った攻撃は読まれているみたいだし……」
「魯先輩の仕業?」
忠陽は朝子の問に頷く。
「ここまでくれば天気予報士ならぬ、戦術予報士なのかもね」
「なによ、それシャレのつもり?」
忠陽は頭を掻いていた。
「それよりも、あの鋼気功、どうにかならない?」
朝子の手は黄倉の金棒を受けるだけで痺れていた。総将との特訓の効果か、二刀流で金棒の衝撃を両手に分散している。だが、まだ続くのならいずれ武器が持てなくなるほど麻痺してくると考えていた。
「……」
「はいはい。分かったわよ。私で何とかするわよ!」
「いや、違うんだ。視点を変えようと思って……」
「なによ、それ?」
「狙うのは黄倉さんじゃない。亜門さんだ」
「分からないわけじゃないけど、それはあっちも気づいているでしょう?」
「だから、敢えて黄倉さんに集中攻撃をして誘い出す。亜門さんは多分、無視されるとムキになって攻めてくる。その攻撃に押された感じに僕らが引けば、黄倉さんより前に出ることなり、攻撃を当てやすくなる。一か八かなら、これをしたほういい」
「オッケー。それでいいわ」
忠陽は呆気にとられながら、氷見を見た。氷見は眼の前の黄倉に集中している。
「ありがとう、氷見さん」
「べつに、お礼なんて良いわよ」
忠陽たちが構えると、黄倉は笑みを浮かべる。
「おっ、準備万端か? 一年ズ」
朝子は不満そうな顔をする。
「なんだ、不満か? 氷見。亜門とそっくりだな!」
黄倉はガハハと豪快に笑う。
「黄倉先輩……」
亜門まで不満そうな顔をした。
「さぁ、遠慮なく掛かってこい。もっと、戦おうぜ!」
黄倉から放たれる気が忠陽には鬼気に感じる。
なるほど、これが鬼黄倉と呼ばれる所以か……。
忠陽は七、八枚の呪符を取り出し、朝子を見る。朝子は素直に頷く。
朝子は黄倉に向かって走り出した。その黄倉は余裕の笑みを浮かべながら、金棒を振り回す。それを朝子は空中で軽やかに避けながら前へと進み、一太刀入れようとしたが、すんでで黄倉が鋼気功を発動させ、有効打を与えることが出来なかった。
隙かさず、黄倉は反撃を加えようとするも、忠陽が放った式紙が黄倉に襲いかかり、視界を遮った。朝子はその隙に後退した。
忠陽は追撃とばかりに土の槍衾を放つも、鋼気功の強度が勝り、土の槍衾がポキポキと折れていく。反撃とばかりに黄倉は忠陽目掛けて突進するも、朝子が間に入る。黄倉は金棒を朝子目掛けて振り下ろすも、朝子が鉄鞭と警棒をクロスさせて受け止めた。
その衝撃は今までの比ではなく、その重さで足元の地面にヒビが入り、膝に痛みが走り、苦痛の表情を朝子は浮かべる。
その瞬間に忠陽はさらに近づこうとしたが、黄倉はすぐに忠陽との距離を取った。忠陽は黄倉が呪詛のことを知っていると気づく。
「悪いがその距離はお前の距離でもある。不用意には近づかさせねえ」
黄倉は楽しそうに言い放つ。
黄倉が引くとともに亜門が打って出るが、朝子がその攻撃を鉄鞭で弾き返し、警棒で亜門に攻撃する。亜門はすぐに鉤鎌刀を引き、朝子の攻撃を避けるも、すぐに忠陽の式紙が亜門に纏りつく。
亜門は視界が失われていたため、防御態勢を取っていたが、一向に攻撃が来ないことに気づく。急いで式紙を払い、辺りを見ると、忠陽たちは黄倉の方を攻めていた。
「亜門くん、誘いだ。乗っちゃいけない」
「分かってるよ、虎鷹!」
通信で魯に注意されても亜門の心は苛立ち、身体は疼く。
朝子は鉄鞭を鞭に形状を変えて中距離から攻撃をするも、鋼の身体の黄倉は笑いながら攻撃を受けきっていた。
「そんな攻撃は痛くも痒くもないぞ。もっと打ち込んでみろ!」
黄倉は余裕に構えして、ダブルバイセップス、ラットスプレッド、アブドミナルアンドサイを決めていた。
そのポーズをする度に黄倉の笑顔が輝いていく。朝子はそれが気持ち悪いと思っていた。
「わが筋肉、壊せるものなら壊してみろ!」
サイドチェストで胸の筋肉を動かす。
「き、キモい……」
朝子は生理的に受け付けないという気持ちを抑えながら、鞭を鉄鞭に戻す。
「もう来ないのか? なら、俺から行くぞ」
「鋼気功、五十パーセント!」
黄倉の肩と胸が盛り上がり、一段と筋肉のサイズが大きくなった。
「行くぞ!」
黄倉は金棒を置き、忠陽たちに突進をしてきた。そのスピードは速く、百メートルを十秒代ぐらいなのかと思うくらいに速いスピードだった。
忠陽がすぐに呪符を取り出し、地割れを起こすと、黄倉は足を取られてコケる。朝子は不意に笑ってしまった。
「賀茂! こういう場合は正面から破るんじゃないか!?」
「いや、まともに戦っても勝てそうにないので……」
「何やってんっすか!? 黄倉先輩!!」
亜門がフォローする形で忠陽たちの前に出て、鉤鎌刀を振り回しながら、朝子に振り下ろす。朝子はその攻撃を受けることなく避け、忠陽が朝子のフォローで石礫を飛ばし、亜門を足止めした。そのチマチマした攻撃に亜門は更に苛立ちを覚える。
黄倉は立ち上がり、自分の服に着いた土埃を払い、金棒を取る。
「ったく。賀茂のヤツ、戦い方を徹底してやがる。亜門、ありゃ追うだけ面倒だ」
「じゃあ、どうするんですか? 倒せないですよ」
「うんなことは分かってる。お前もアイツらをもっと見習え。あれは神宮や宮袋を信頼している証拠だ」
「黄倉先輩は周藤先輩が負けると思ってるんっすか?」
亜門は眉間に皺を寄せる。
「ここまで来て、うんなことは分かんねえ。けどよ、公朗を信じるしかないだろう。アイツは俺らの大将だ」
黄倉の返しに亜門は意味が分からないと思った。
「さあて、賀茂。お前がそう来るなら、おれは無理して近づかねえ。さあどうする?」
忠陽は口を閉ざしながら、朝子に通信を送る。
「効果的なやり方だね。二人を攻略するにはあの硬い黄倉さんを攻略しないと難しいね」
「作戦変えるつもり?」
「作戦は変えないよ。亜門さん狙い。でも、その後のことを考えると、どうしても僕らで黄倉さんを攻略しないといけない」
「その後?」
「神宮さんが周藤さんに勝っても、残るのは黄倉先輩だ。僕らの攻撃でも未だに有効打を取れない以上、勝つことが難しくなっていく」
「昨日の負けがここで効いてくるなんてね」
「そのことは、今考えないでおこう。次は……僕が隠形して、誘いに乗るか確かめよう」
「分かった……」
朝子と話を終えると忠陽はふっと姿を消す。黄倉はその行動を楽しそうに見ていた。
朝子は深呼吸をする。もう一度、忠陽との会話を思い出すと忠陽の中では亜門のことを考えていなかった。
たぶん、アイツの中では亜門を倒す構図が出来ているってことか……。
朝子は以前倒されたイメージが頭の中に残っていた。それを振り払うかのように、朝子は首を振る。
「なんのためにあんな痛い思いをしたのよ……」
その呟きに黄倉は首を傾げる。
「亜門くん、分かってるね」
「分かってるよ! 誘いだろ! 動かねえから安心しろ!」
「魯、どう思う?」
黄倉が魯に尋ねる。
「実際の雰囲気がどうか分かりませんが、待つしか有りません……」
「そうだな……。アレを見つけるには俺達には無理だ。こんなに気配を消せるなんて恐怖もんだぞ、これ。お前の予想はどうだ?」
「僕の予想なら、陽動を掛けてくるはずです。賀茂くんは自分に力がないことを分かっています。今まで黄倉先輩への有効打がないのが証拠です。なら、狙ってくるのは亜門くんでしょう」
「俺!?」
「さっきからそんな動きをしてやがる……。氷見はどうだ、俺を倒すことはできるか?」
「正直分かりません……。臥竜戦での二回、彼女は違うポテンシャルで戦っています。一度目は力押し、二度目は呪術的なにか。それのどれが本当の彼女なのか、推し量れません。それに、今日の彼女はあまりにも冷静すぎる。賀茂くんとの連携を上手くやっています」
「俺はどちらかというと、一回目が本来の氷見だろうと思うけどな。二回目の氷見の場合が一番厄介だな。ありゃ、生気を吸い取られて下手したら死ぬかもな」
「はい。何がトリガーなのか。それが不安なんです……」
「考えても仕方ね。そんときはそんときだ。やるしかねえな」
黄倉は一呼吸を置いて話続ける。
「まずは賀茂だ。アイツも近づかれると呪詛を流すんだろ?」
「黄倉先輩には確実にするでしょうね……」
「なんで、黄倉先輩だけなんだよ……」
亜門はまた眉間に皺を寄せる。
「当たりめえだろう! 耐えられるのが俺しかいねえからな!」
「意味分かんねっすよ」
朝子が距離を保ちながら動き始めた。
「お、始まったぞ。亜門、気をつけろ。イライラするんじゃねえぞ」
「分かってますよ!」
朝子は黄倉と亜門を中心として円を描くように歩いていた。黄倉は亜門に背中同士をつけるように指示する。
亜門はゆっくり歩く朝子にじれったい気持ちで逸っていた。今か今かと賀茂の姿が見えるのを待ちわびていた。見えた瞬間、その喉元を切ってやる気持ちでいた。
「焦るな、亜門。相手は必ず姿を表す。だけど、その姿が本物かどうか見極めろ。いいな?」
黄倉の落ち着いた声を聞いても、亜門は頷くだけだった。
朝子が三周目に入る頃、亜門は鉤鎌刀を両手で握りしめていた。
それを見計らってか、朝子が歩いていた軌跡から呪符が飛び出た。すかさず、朝子は後方へと飛び退く。呪符からは土の槍衾が放たれており、それが八方から押し寄せてくる。
「畜生、舐めやがって!」
亜門は鉤鎌刀に闘気を込め、一閃を放つ。自分の眼の前の槍衾は消え去り、代わりに忠陽が現れた。亜門は怯んでいる忠陽を見て、好機と思い、隙かさず足を踏み込み、前へと出た。
「出やがったな! この鴨野郎!」
「待て! 亜門!」
「待つんだ! 亜門くん!」
黄倉と魯の静止する声を無視して、亜門は突進した。
黄倉は亜門の服を掴もうとした瞬間、土が黄倉の足元が取り、動けないことに気づく。
「クソ! 面倒くせえ子としやがって!」
足を抜こうとしたが、その硬さと重さが異常であることに気づく。
「鋼気功、五十パーセント!」
それで自分の足に向けて金棒を振り下ろし、土塊を破壊すると、亜門の姿は忠陽らしき存在の側にいた。
「何度も何度もウザいことしやがって! これで一発目だ!」
亜門は更に攻撃を加えようとした瞬間、忠陽の姿は消えた。
「なにッッッッ!」
さらに亜門は忠陽が事前に仕掛けていた呪符を踏んでいたため、その呪符から土が亜門の身体を全体を拘束するように纏わりつく。
「クソォ!」
亜門が必死にその土を近づくで壊そうとしていたとき、眼の前に氷見が見えた。その目は恨みが晴らすかの如く、殺意の有る目であった。
「あんた、意外に頭が悪いのね……」
蔑んだその言葉と同時に呪力を帯びた警棒が亜門の頬に襲いかかった。亜門は顎に強烈な痛みを感じ、意識が持っていかれそうになるのが分かった。亜門の呪防具は危険と判断し、呪防壁を展開した。
朝子は追撃を加えることなく、すぐにその場から離れ、黄倉との距離を確保した。
「やってくれるな、一年ズ……」
黄倉の身体から闘気が溢れ出ていた。
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