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呪賦ナイル YA  作者: 城山古城
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第十話 大地 V.S. 甘利

 一方、大地は嬉々として甘利と戦っていた。自らの身体に炎を纏い、その炎を攻防一体として使い、甘利が持っている刃のない呉鉤の攻撃を防ぎつつ、剣とのリーチの差を埋めていた。


 甘利の剣のスピードは速く、アクロバティックだった。その一撃が軽いものではなく、一撃一撃を受けるたびに骨が軋むように思える。


 甘利は姿勢を低くし、そのまま大地へと突進する。その低さに大地は舌打ちするほど、いやらしい攻撃だった。甘利が狙っているのは足であり、炎の勢いが弱いところでもあった。


 大地は地面を叩き、炎を発生させる。その瞬間に甘利は飛び上がり、剣先を大地の胸へと突き刺そうとする。大地はその剣を迷わず炎の拳で叩き落とそうとするも、甘利は剣を退き、大地の背後に回りながら切り払う。


 肩甲骨辺りに打撃を受けた大地はその痛みで一瞬呼吸ができなくなった。身体は慌てて呼吸をすると、息が上がる。


 真剣なら本来ここで大地は背中を切りつけられ、呼吸器官が損傷する恐れがあっただろう。そのことに大地は唾を飲み込む。

 

 このクラスの強さになると、炎を纏ったとしても迷わず攻撃をしてくる。周藤という男が炎術使いであることで慣れているかもしれないが、それよりも甘利という人間が戦いを楽しみ、好んでいることが強いだろうと大地は考えた。


「倒して来てらっしゃい」


 大地の頭の中で由美子の言葉が再び蘇る。


 今回の姫さんは俺を信用してくれている。だったら、その期待に応えないと男じゃねえよな。ここまで来て、相手が強いだのは関係ねえ。後は俺がどこまでやれるかだ。


 大地は立ち上がり、笑いながら、思い出す。


「強い敵と戦うときはどうするかって?」


「八雲さんなら、どうするのかって思って」


 八雲は考える。


「そうだな。俺なら何も考えないかな」


「それ、おかしくないですか?」


「だって、考えても仕方ないだろう。敵は強いのは当たり前だし。そんなことを考える必要があったら、眼の前の敵を見て、自分の勘を頼れよ」


 大地は頭を掻く。やっぱ、天才という人種はこういうものなのかと思った。


 別の日に大地は蔵人に同じ事を問うた。


「なぁ、あんたなら、強い敵と戦うときどうするんだ?」


「僕かい? 僕だったら仲間を頼るけど、君が聞きたいのはそういうことじゃないだろう?」


「ああ、一対一のときって考えて欲しい」


 蔵人は少し考えていた。


「なんか、この前の質問に似ているね。あのとき、僕は力を求めない。一分一秒でも敵と戦い続けるって答えたよね。たぶん、同じ事だと思うよ。強い敵と戦う時、僕は味方を守るために戦い続ける。だから、君の質問の答えは恐らく何も考えないじゃないかな」


「なんでそうなるんだ?」


「考えても仕方ないからさ。僕は自分の目的だけしっかりしていれば、自ずと何をするか決まるんじゃないかな?」


 蔵人はいつもの笑顔で答えていた。


 大地はその記憶を鼻で笑った。それに甘利は怪訝な顔をした。


「悪ぃ、あんたを笑ったわけじゃないんだ。いや、俺に稽古を付けてくれた奴らがよ、強い敵と戦うときの答えがまるで一緒だったことに気づいて笑っちまったんだ」


 大地は身体に纏った炎を解き、手に集中させる。その時、大地は八雲と蔵人に言われたことを自分でも口ずさむ。


「それに、お前は考えるタイプじゃやねえ」

「それに、君は考えるタイプじゃないよ」

「俺は考えるタイプじゃねえ」


 大地は甘利へと走り出す。同時に右手の炎を放つ。


 甘利はその炎を身体を反らしながら避け、迫ってくる大地に斬撃を放つ。大地は斬撃に対して、左手の拳をぶつけた。


「バァァァァニング! クラッシャァァァァーーー!!」


 剣が大地の左拳に触れると同時に爆発し、その余波で甘利の手から抜け、後方へと吹き飛んだ。


「まだ終わっちゃいねぇぜ! こいつも喰らいな!!」


 右手には左手よりも光輝く炎があった。大地は甘利の腹部目掛けて、放った。甘利の呪防具は危険と判断し、呪防壁を張る。大地の右拳と甘利の呪防壁が接触した瞬間、爆炎を起こし、甘利を十メートルくらい吹き飛ばしていた。


 甘利はその勢いで頭を打ったのか、頭を擦る。その後、立ち上がり、呪防壁を見るとヒビが入っていることに気づく。


「いい威力だな。勝手に展開してくれるから、おかげでカウンターができなかったけどよ」


 甘利は大地が腹部に攻撃を加えると分かった瞬間に自分の左拳で顔面を捉えようと踏み込んでいたが、呪防壁によって阻まれていた。


 甘利は演習服のポケットから鉢巻を取りだし、頭に締めた。


「さあって、本気で行くかね」


 甘利は笑みを浮かべ、走り出す。途中に吹き飛んでいた剣を拾い上げ、大地へと突進する。大地は両手に炎を生み出し、迎え撃つ。


 甘利は逆袈裟斬りで大地を斬り払ったが、大地はそれを後ろに一歩退いて紙一重で躱す。攻防は変化し、次は大地が前に出て殴ろうとしたが、甘利はそれよりも先に足を動かし、蹴りを放っていた。


 大地はそれを腹部に受け、顔を歪ませる。その痛みに耐えながら、甘利の足を掴み、動きを止める。甘利の顔面を殴りにかかろうとしたとき、甘利から肘鉄を喰らい、足を離してしまった。


 蹌踉(よろ)めく大地を甘利は逃さなかった。足が自由になった瞬間に、両足で地面を蹴り、大地に回し蹴りを与える。

 

 大地の視界は揺らぎ、吐き気がした。だが、ここで倒れてしまってはいけないと頭を振り、眼の前を見ると、甘利は剣を振り回しながらもう迫ってきている。その剣捌きは熟練したものであり、曲芸にも見えてくる。大地は炎を身体に纏わせ、身を縮こまらせ、両手で顔を覆う。


「さあ、どんぐらい耐えられんだ、ああん?」


 甘利は身体を回転させながら、両手持ちで大地を斬りつけると、回転の力を使って、すぐに二撃目を放っていた。


 大地は手に骨が軋むの我慢しながら耐え抜く。


 甘利は軽い切り上げ攻撃を行い、その後、一旦剣を引くかのように思えたが、身体を一捻りしながら後ろ回し蹴しながら、後追いで剣の一閃が放っていた。


 ガードが外されそうなになったがなんとか甘利の攻撃を耐えきったと大地が思った瞬間、両手の肘を甘利が強烈な蹴りで蹴り上げ、大地のガードを外した。そこに片手で振りかぶった一閃が大地の左肩に入る。


 大地の左肩に激しい痛みが生じ、大地は思わず膝をつく。大地の呪防具は危険と判断し、呪防壁を展開した。


「宮袋選手にクリーンヒット!!! 宮袋の選手の左肩は大丈夫か!」


「あの一撃では、もう左肩は使えないな」


 総将の一言に芹子はぎょっとした顔になる。


「大地!」


 千鶴子の声が漏れる。子どもの痛みを我が身に置き換え、苦痛な表情を浮かべていた。


「大ちゃん!」


「宮袋くん、大丈夫!?」


 典子と藤の通信が大地の身体に響く。


「うっせぇな。大丈夫だよ」


 大地は自身の肩を見る。今はアドレナリンが出ているせいか、痛みはないが熱くなっているのが分かり、腫れているのだろうと思った。


「降参したら、どうだ?」


「あんたならするのかよ?」


「しないな」


「なら、聞くなよ」


 大地は余裕な笑みを浮かべ返した。


 甘利は笑みを浮かべながら剣を構える。


「俺はその方が好きだぜ!!」


 甘利は地面を蹴り上げ、そのまま大地へ足の爪先を向ける。その足刀を大地は避けつつ、炎を全方位に放ち、甘利が近づかないようにした。


「そんな炎じゃあ、おれを焼けねえな! さっきの爆発する技ぐらいの火力を持って来い!」


 甘利は炎の中に入り、剣で薙ぎ払う。剣は炎に包まれていたため、その威力が落ちていたが、それでもその威力は大地の腹部に鈍い痛みを走らせる。甘利は攻撃の手を止めず、蹴り、さらにダメ押しの両手持ちの剣撃を加えた。大地は吹き飛ばされ、その痛みで意識が朦朧としてきた。


「大地!!」


 千鶴子は目を覆い、下を向く。その手の間からは涙が溢れていた。


 意識が遠のく中で、大地は自分に向けて呟く。


 まあ、やれたほうだよな。甘利を倒すことはできなかったが、皆及第点をくれるさ。


「あなたは私達の中でタフだし、ちょっとじゃあそっとじゃあヤラれない。あなたは私達の盾でもある」


 そういや、姫さんはそう言ってたな。


「あなたが踏ん張っている間に私達は周藤さんたちに優位を取る」


 もう少し、踏ん張ってみるか。じゃなきゃ、姫さんたちに笑われる。


 甘利はこんなもんかという表情をしつつ、剣を肩に乗せて、歩き出そうとした瞬間、背中から気配を感じ、振り返る。そこにはもう意識がなさそうな男がいた。


「千鶴子さん、目を背けてはいけません。見てください。大地は立ち上がりました」


 三十郎に声を掛けられ、千鶴子は顔を上げると、メインモニターは立ち上がった大地が写っていた。


「宮袋選手、立ち上がりました! 立ち上がってきました!」


 芹子は大声を上げる。


 観戦会場では大地を褒め称え、応援する声が次第に大きくなる。


「確かにあなたが思うようにこの大会は良いものではない。ですが、今の大地が戦っている理由は自分のためだけでは有りません。共に戦っている仲間のためでもある。私はそんな大地を褒めてやりたい。さあ、大地を応援しましょう。今の私達にできることはそれだけです」


 三十郎の言葉に千鶴子は頷く。


 甘利は立ち上がってきた大地に苛立ちを覚えながら吐き捨てる。


「もういいだろう。大人しく寝てろよ」


 アンタの言う通りだ。もう動けねえよ。だけどよ、こうして立ってたら、あっちには行けねえだろ。


 甘利は剣を構え、走り出す。


 なにもできねえな。さて、どうするかな……。そう考えていたときに三十郎の言葉を思い出す。


「よいか、大地。お前に教えた真言の最も大事なことは人を守ることだ。不動明王は揺るぎない守護者だ。お前が大切な人を守りたいときにその言葉を唱えよ。さすれば、不動明王はその力を貸してくれる」


 大地は聞き慣れた長い真言を呟く。


「ノウマクサラバタタ……ギャテイビャクサラバ……ボッケイビャクサラタタラタ……センダマカロシャダ……ケンギャキギャキ……サラバビギナ……ウンタラタカンマン」


 甘利が大地を捉えようとした時に、大地から触れだした炎で甘利の体ごと数メートル押し返す。何が起こったのか、目を疑うような顔で大地を再度見ると、大地から溢れんばかりの炎が出ていた。その炎を見た瞬間、甘利は恐れを感じた。命のやり取りとは違う恐怖、それは敬うべきもの、尊きものように見え、周藤が使う炎術とは違うことが本能で分かった。


「そんな炎が、どうした!」


 三十郎はその炎が不動明王の火界咒だということが分かり、その成長を嬉しそうな目で見た。


「見事だ。大地」


 大地は甘利を見据え、再び唱える。


「ノウマク サラバタタギャテイビャク サラバボッケイビャク サラバタタラタ センダマカロシャダ ケンギャキギャキ サラバビギナン ウンタラタ カンマン」


 炎の勢いは止まらず、大地の半径後メートルの草を焼き尽くしていた。炎は意志を持っているのか、その矛先を甘利に向ける。


 甘利は舌打ちをし、できるだけ、その攻撃を引き延ばしながら、炎が薄くなった所を攻めようと動くが、炎の勢いは落ちることなく、どんどん甘利を追い詰めていく。


 大地の真言の詠唱を止めることなく、ずっと唱えている。


「クソが! イライラするな! その呪文!」


 甘利が大地の背後に回るもその炎の勢いが弱くなった所はなかった。それどころか、大地が甘利に見向きもせず、ただ真言を唱えていることに苛立った。


 このままではどちらにせよ、逃げ道が無くなっていく。甘利は意を決し、その炎と戦うことにした。闘気を最大に発して、剣を両手持ちし、炎へ斬撃を放つ。


「コイツでも喰らいやがれ!!」


 斬撃は闘気を覆った太い真空波となり、炎を纏った大地に襲いかかる。しかし、闘気の斬撃は炎と衝突し、炎に対して風穴一つつくることもできなかった。


「へへへ。こいつは俺の負けだ……」


 炎の反撃で甘利が呑まれる前に呪防具は呪防壁を全力で展開し、甘利を守っていた。


 大地は炎の勢いが弱まったことを感じ、真言を唱える止め、空を仰ぎ見る。


「空、綺麗だな……」


 そのまま大地は地面に倒れた。呪防具は大地の意識が無くなったと判断し、呪防壁を張っていた。


「甘利選手、宮袋選手、両名二回目の呪防壁が発動し、戦闘不能となります! それにしても、宮袋選手のあの炎は一体なんだったんでしょうか?」


「なんだろうな……。あいつの炎の威力とは違う何か追加効果があるように見えた」


「解説の総将さんが分からないなら俺にも分からないな」


 総将は八雲に対して手が出ていた。


「真面目にしろ!」


 芹子は苦笑いする。


「殴ることねえじゃんか。大体、あいつの炎、自動制御みたいだっただろう。なんか魔術とかじゃねえの?」


「あいつの炎の根源は自身の在り方だ。魔術とか呪術じゅないだろう……」


 総将はあの炎の仕組みに気づいた。


「なるほど……。なら真言だな」


「真言? 真言というと、仏の教えで唱えられるお経ですか?」


「ああ。あいつは元々、真言を唱えて炎を制御したと聞くからな。あの威力、恐らくは火界咒だろうな。土壇場で出せるようになるとはまさに火事場の馬鹿力というべきものだろう」


「炎だけにか? う~ん、こりゃ五十点!」


「真面目にしろ! 大喜利じゃないぞ」


 会場から笑い声が上がっていた。


「さて、局面は残った人間に任された。三対三、呪防壁の起動回数で有利なのはチーム五芒星だ!」


 芹子の実況とともに、歓声会場の人間は息を呑んでメインモニターを見る。


 由美子は周藤、忠陽と朝子は亜門と黄倉対峙しており、両者互角の戦いをしている。


「皆、宮袋くんがやったわ! 甘利君を倒したわよ」


 由美子たちは動きを止める。相手も同じ情報が入ったのか、一旦動きを止めていた。


「そうか。甘利が負けたか」


「結果的には宮袋くんは戦闘不能になり、両者痛み分けになりましたが……」


 魯は自責の念があるのか、歯切れの悪いものだった。


「甘利、ご苦労だった。明日もある。休んでおけ」


「あいにく身体はピンピンしてるよ。悪いな、公朗。この一年ズ、かなり強い。気をつけろよ、亜門」


「なんで、俺なんっすか?」


「この前みたいな強さだと思ってると足元が救われるって言ってんだよ、タコ!」


 亜門は渋い顔をした。


「さて、そろそろ攻勢に出るぞ、欣司。魯、亜門を任せるぞ」


「分かりました」


 亜門は不満そうな顔をしていた。

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