第五話 理由なき反抗 其の五
五
中央街には繁華街の他に、ビジネス街がある。ここには中央庁舎の他に各企業のビルが立ち並び、その多くは海運、港湾にかかわる企業が多かった。それはこの島が流通の拠点として発展しており、本島へのターミナルとなっているからだ。
海運企業の多くはその資産は億を超えるのが当たり前であり、ビルを建てて、不動産の賃貸経営も行っている。そのため、誰が付けたかは分からないが、このビジネス街の大通りを海運通りと呼んでいた。
その海運通りの小道を歩いていた大地に、進行方向から一人の男が声を掛けていた。大地はその人物を目を凝らして見た。窶れた顔をしているが、綺麗な女性的な顔で、伴のだと分かった。
「よう。元気か?」
大地の頬は自然と上がっていた。
「一応な。相変わらずツッパってんだな、お前……」
伴は大地の金と黒のパーマ頭を見てそう言った。
「悪ぃかよ? これが俺のトレードマークなんだよ」
「トレードマークって」
伴は顔を逸らして笑った。
「そういや、典子から聞いたぜ。今度、ボンたちと一緒に遊ぶんだよな?」
「ボン? ああ、賀茂君のこと?」
大地は嬉しそうに頷く。
「その件だけど、典子ちゃんに謝っててくれない? 最近、忙しくて、行けそうにないや」
大地は寂しそうな顔した。
「仕方ねぇな。俺から言っとくよ」
「悪いな」
「にしても、お前、窶れたな。大丈夫か?」
「まあね。それなりに頑張ってるよ」
伴はヘラヘラと笑っていた。大地はその顔を見て、顔をしかめる。
「お前……」
「大丈夫さ。今、忙しいからだよ。それよりも、大地はどうしてここに居るのさ?」
「そういや、岐湊の連中が違法薬物を売っている奴を探しているんだ。翼志館みたいなんだけどよ、心当たりないか?」
「いや、無いけど。どうしたんだよ? お前、そういうの興味ないだろ?」
「薬売りを捕まえたら、松島さんとバトれるんだよ」
「相変わらずだな、お前。典子ちゃんを泣かせるなよ」
「あいつが勝手に泣くんだよ」
二人は笑い声を上げた。笑い終える同時に、大地から白髪にサングラス、片腕の男が見えた。大地はその男を見覚えがあった。この前、忠陽を迎えに来た教師だと思い出した。
「どうした、大地?」
男が近づくにつれ、大地はなぜか警戒心を強くする。伴はそれに気づき、後ろを振り返る。その男を顔を見て、伴は息を吐く。
「なんだ、先生ですか……」
「そんながっかりするもんやない。僕の方が、ええやろ?」
大地は伏見のクタクタと笑う表情が気に入らなかった。
「僕に何の用ですか?」
「僕はまだ何も言ってへんで」
「人が悪い」
伴は伏見を睨んだ。
「おい、あんた。ボンと一緒に帰ったセンコーだよな? 洸太に何の用だ?」
大地は伏見に詰め寄る。
「ボン? 誰のこというてんや?」
「賀茂君ですよ」
「忠陽くんのことかいな。そういえば、君は金剛寺や、呪捜局にも一緒におったな。君と忠陽君は良い縁があるみたいやな。仲ようしたってや」
「今はそんなことはどうでもいいんだよ。洸太に何の用だよ……」
「最近、岐湊高校の動きがきな臭いんでな。心配して、見回りと生徒を家に帰るように言うてんねん」
大地はなぜか信じられなかった。
「さて、伴君。僕と一緒に帰ろか?」
「拒否権はないんでしょ?」
「生徒に危険な目に合わす先生がおると思うか?」
「ええ、いますよ。先生です」
伏見は頭を搔いていた。
「こりゃ、一本取られたな」
伴は大地の方を向いて、別れを告げた。
「悪いな、大地。これから、生徒指導みたいだ」
去り際の伴の腕を大地は掴む。
「大丈夫だよ。ただの生徒指導だよ」
伴は大地の真剣な眼差しを笑って答えた。
「先生、行きましょう」
伴は伏見に連れられて、人混みに消えていった。
その後、大地は薬売りの捜索を飽きてしまい、帰ろうとした。中央街を離れ、家の最寄りの駅から出ようとした時、二人の筋肉隆々の男が大地を挟むように、大地の両脇に手を入れ、拘束しながら移動し始めた。
「てめえら、何しやがんだ!」
咄嗟にそう叫んだが、二人の顔を見ると見知った顔だった。
「おい、離せ。大人しくするから……」
「プリンスがお前をお呼びだ」
「お前、この前、暴れて逃げた。プリンスに、怒られた」
「悪かったって。あの時は俺にも事情があったんだよ」
「プリンスからは何か言われても必ず連れてこいと言われてる」
「プリンス、言ってた。お前、嘘つく」
大地は溜め息をつき、大人しく従った。
連行されたのは公園だった。公園は子どもたちの姿はなく、岐湊高校の連中であり、その中でも武闘派と言われたエーメンだった。その公園の山型遊具の頂上にライオンみたいな金髪、白のタンクトップとパンツの青年が悟りを開いたかのように横たわっていた。
「苦しゅうない。その男を離したまへ」
大地は頬が引き攣った。
「悟空よ。悪さはしていないか?」
「誰が悟空じゃ!」
「ならば、お猿よ、ウッキキーしてる?」
「てめえ、喧嘩売ってんのか?」
「冗談じゃないの。もー、大ちゃんはプンプンしてるんだから」
金髪のライオン頭は起き上がった。
「怒らせてんのはお前だろうが!」
「だって、大ちゃんの反応が面白いんだもん」
大地は溜め息をついた。
「で、何の用だよ。玉嗣」
玉嗣は山型遊具から降り、大地の側に来た。
「薬売りの件なんだけどさ。大ちゃん、まだやる?」
「やるに決まってるだろ。なんで?」
「いやー、薬売ってるの、誰か分かったんだけどさぁ、俺としてはその後ろに居るもっと悪い人をやっつけたいんだよね」
「正義の味方か? お前らしいな」
「ありがチュウ」
玉子は大地のほっぺにキスをした。咄嗟に大地は玉子を引き剥がした。
「気持ちわりぃんだよ!」
「えー、マウスの方が良かった?」
チューチューと玉嗣はネズミの鳴き真似をした。
「いるか、そんなもん!」
「冗談はさて置き、薬を売ってる奴、本当に知りたい?」
「面倒くせーな。教えろよ」
大地は玉嗣の目を見る。その目は虚ろな目であるが、さっきみたいな挑発や適当ことを伝えている訳ではなかった。
「ぼくちんの携帯をカモーヌッ!」
その叫びに、部下の一人が携帯を持ってきて、差し出した。それを取って画像ファイルを選び、大地に携帯を渡す。
大地はその画像を見て、固まった。
「どう?」
その画像に写っていたのは伴洸太だった。大地は画像を見返してもそれは変わらなかった。
「おい、コイツは何かの冗談だろ!? あいつがそんなことするはずねぇ!」
「売ってる薬ってさぁ、マジックブーストって言うんだけど、これを使うと何とも言えない高揚感を得られるんだよ」
「……なんなんだよ」
「でも、薬が切れてからの揺り戻しが凄くて、おまけに依存性も高いんだ。そうして、魔力暴走で廃人に―」
「たがら、なんなんだよ!」
大地は息を荒立てて、玉嗣の胸ぐらを掴む。周りのエーメンのたちは咄嗟のことに体が動いたが、がたいの良い男がそれを静止する。
「大ちゃん、人間ってそんなに強くないよ」
大地は玉嗣を睨みつけた。
「どうする? やっぱ、辞める?」
大地は玉嗣の胸ぐらから手を離し、自分を落ち着かせるために、右往左往していた。
「大ちゃんには悪いけど、俺らも情報がほしいんだ。だから、手荒な事になっちゃう」
「待てよ……」
「待てないよ。この子をすぐに捕まえないとしっぽ切りにあっちゃう」
「今日まで待てよ!」
「…いいよ。大ちゃんは俺の親友だからねー」
金髪のライオンは拳を突き出す。その拳に大地は自分の拳を軽く突き合わせた。
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大地はいつも自分の気持ちを整理するとき、何も考えたくないときは、金剛寺の御堂に居る。そこで横たわり、そこから見える景色を見て、物思いに耽る。その癖はこの寺の住人は分かっていた。だから、行儀の悪さには文句は言えど、追い出そうとはしない。
御堂から見える景色は季節によって違う。最近、その移ろいが風流と呼ばれる者だろうと思い始めた。新緑の葉が澄み切った水色の空に溶け、揺れ動く様が水面に揺れる葉のように見える。それがなんとも心地よい。それから時間が経つに連れて、斜陽の空に変わる。空が水色から茜色に変わるこの時が大地にとって、一番心地よい。空も葉は茜色に燃ゆり、自らの心も浄化させる。どんな嫌なことがあっても、太陽が沈む輝きはそれを消し去ってくれた。
でも、今日は違った。茜色の心に小さな黒い靄が残る。その靄からうっすらと見える顔は幼馴染みの顔だ。
その顔が見えたときに新しい友達の声が聞こえた。夕陽で顔に影が差していたが、ハッキリ見えなくてもその輪郭でここへ来た理由が想像できる。その後に続いて、この前のお嬢と松島の顔が見えたときに確信した。
大地は御堂の縁側まで出た。
「なんだよ? ボン。そんな真面目な顔をして……」
「落ち着いて聞いて欲しいんだ」
大地は顔を逸らして、空を見た。
「俺は落ち着いてるぜ。まずは、お前が落ち着け」
「伴さんって大地くんの友達だよね?」
大地は縁側から、境内に出て、忠陽と向き合う。
「洸太が岐湊の連中に薬売ってたんだろ?」
忠陽は唖然とした。
「松島さん、約束……今回はなしでいいっすわ」
松島は自分の色眼鏡の位置を戻すために触った。
「どういう意味だ?」
「その代わりに、コイツに手を出さないで欲しいんです」
大地は松島に頭を垂れていた。
「……そいつは構わない。玉嗣をどうする?」
大地を頭を上げると、真面目な顔をしていた。
「俺が……ケリをつける」
由美子が鼻で笑った。
「ケリをつける? どうやって?」
大地は由美子の態度に苛立ちを覚える。
「てめえには関係ねぇだろ!」
「私も賀茂くんも、そいつのせいで、色々振り回されてるの。でもね、私達がどうこうできる話ではないわ」
「だったら、黙ってろよ」
「ここに居る誰もが彼を裁く権利はないの。どうして、あなたが裁くことができるの?」
「コイツは俺のダチだ……。幼馴染みで、昔から知ってる。ダチが困ったときに助けてやるのがダチじゃないのか? 道を外したらを殴ってでも止めるのが本当の親友だろう!」
「それを否定をしないわ。でも、犯罪に手を染めた時点で私達、未成年に、私人に、彼を裁ける理由はないの」
「うるせぇ! これは俺の戦いだ!」
大地が由美子の胸ぐらを掴もうとしたとき、松島がその腕を掴んでいた。その力は強く、大地は痛みを感じていた。
大地は腕を外そうと引き払うも、外れなかった。
「離せよ……」
大地は松島を睨む。松島は涼しい顔をしていた。
「女の子に、暴力は良くない」
「こいつがそういう玉かよ」
「だとしてもだ。俺の前では特にな」
二人の睨み合いが数秒間続いたが、大地が引き下がった。
「あんたはそういう女が好みなんだな」
「ああそうだ」
由美子と忠陽は松島を凝視した。
「俺は、お前のやり方は間違っちゃいねえと思う」
「だったら、なんで邪魔すんだ」
「お前は、このお嬢さんの真っ当な意見に答えられてねえからだ」
「意味分かんなねぇよ」
「さっき、お前は自分の戦いたとかほざいたな。だったら、なんでここに居る?」
「気持ちの整理をしてたんだよ!」
「ビビってんだろう?」
大地は頭の中が急激に沸騰し、松島の胸ぐらを掴もうとした瞬間、松島の拳が大地の頬を捉え、吹っ飛ばした。大地は受け身を取れず、地面に横たわった。
そのあまりにも速い拳速に、忠陽と由美子は驚いた。
松島は倒れている大地に歩いて近づき、見上げている大地の顔に、自身の顔を近づけた。
「ちっとあ、気合いが入ったか?」
松島の呼びかけに大地は黙っていた。
「お前、自分の大切なもの失いたくねえから裁きたくねえと思ってたんだろ? だから、ここで悩んでた。違うか?」
大地は松島の顔からそっぽを向いた
「だがよ、俺らには俺らの流儀がある。未成年? 関係ねえ。私人? 関係ねえ。呪捜局や警察どもが何を言おうとも、ここは俺たちのシマだ。俺たちの流儀がある」
大地は松島の顔を再び見る。
「漢にはな、例え、大切なものを失ったとしても、けじめをつけなきゃいけねえことがあるんだよ。……それに、俺らには、あのお嬢さんとは違って、そういう時間がまだ許されている」
「ちょっと!」
由美子が松島を静止しようとするが、逆に松島の手に止められた。松島は由美子に近づいた。
「お嬢さん、悪いな。俺は基本こっち側なんでな。今回は俺に貸しを作ると思って、許してくれないか?」
頭を下げる松島に由美子は眉間に皺を寄せる。しかし、すぐに顔を背けた。
「別に私は私の立場で言っただけよ! あなた達のことなんて知らないわ! さっ、帰りましょう、賀茂君」
「ありがとう、お嬢さん」
朗らかな笑顔を見せる松島に由美子は動揺し、境内から足早に出ていった。
「大地くん……」
「行けよ、ボン。もう大丈夫だよ」
大地はふて腐れながらも答えた。忠陽はその答えに安心し、境内から出ようとしたときに、大地に呼び止められた。
「ボン、ありがとな」
「僕も君の友達だから」
大地は人差し指で鼻の下を摩る。忠陽は由美子を追うように境内から出ていった。
「松島さん、ありがとうございます」
「ああ」
松島はゆっくりと境内を出ていた。
大地は携帯を取りだし、電話を掛ける。
「はい、もしも~し。あなたのラブリープリンセスだぞ~」
「気持ち悪ぃだよ」
「どうしたの、やけにスッキリしたじゃん。トイレで踏ん張った?」
「違―よ。松島さんに気合いを入れて貰った」
「ナルちゃんに? そりゃ痛そう~。で、どうすんの?」
「俺がケリをつける」
「オッケー。じゃあ、寺から出てきて、車で待ってるから」
「なんだよ、答えが分かってんじゃねえか。松島さんはお前の差し金か?」
「ナルちゃんがぼくちんの言うこときてくれると思う?」
「まあ、ねーわな」
「そういうことー。まあ、取りあえずは車で話そうよ」
大地は電話を切ると境内から出ていった。
プリンスこと、玉嗣こと、星玉嗣のモデルは池袋西口公園に出てくる人物です。
最近、アニメ化されましたが、そのモデルの人物像がまったく違うことにびっくりしました。
そりゃ、ドラマのときに、自虐ネタするわけですね。
ちなみに王子ではなく、玉嗣なのは、玉子と最初書いてたのですが、読みがかっこよくない。だったら、王を嗣ぐという名前にして見たらどうかと書いたわけですが、やっぱり男だから玉はあったほうがいいよねというノリで玉嗣になってます。
この星玉嗣は特に人気が出てほしいキャラではありますが、そういう意図した演出ができるかどうか・・・。
皆様のお力添えを賜りたく。
自分で作ったミート―ソースペンネを食べながら