第十話 私、何をしたの?
十四
試合終了後、チーム五芒星、臥竜の両チームはメディカルチェックを受けていた。これは大会本部からの強制的な指示であり、今までなかったことだった。
演習場に横に付けられた簡易的な医務室に両チームのメンバーは入り、一時間ぐらいして開放された。だが、母里だけは軍病院へと輸送されることとなった。それを見た朝子は不安がよぎる。
「今日はお疲れ様。みんな、よく頑張ったわ」
藤が全員に声を掛けるが、曇り空のようにチーム五芒星の面々は重い空気で一杯だった。
「もう、皆! 明日もあるのよ! まだ優勝を逃したわけじゃない! しっかりしなさい!」
葉が声を上げる。
「今日は今日よ! 明日、勝てば良い。まだ終わったわけじゃない!」
全員が葉を見た。
「勝ち負けは運! 負けるときもある! 運なんだから悔しがっても仕方ない! 次負けたとしても楽しかったって顔しよう! そうでしょ? 由美子、賀茂!」
由美子と忠陽はその言葉に気づき、頷く。
「そうね、葉さん。まだ終わったわけじゃない」
「そうだね。ありがとう、森田さん」
「藤ちゃん、どういう意味?」
朝子は藤に尋ねていた。
「負けてもクヨクヨするなって意味よ。あなたももう忘れなさい」
朝子は視線を地面に落とした。
それから忠陽たちは解散し、それぞれ帰途へむかった。だが、朝子だけはその足を軍病院に向けていた。軍病院の一般入口から入ると、待ちかねていたようにケラケラと作り笑いする伏見が居た。
「なんで、あんたが居るのよ」
「君もしおらしいところがあるんやな」
「なによ……」
「ついてき。母里くんに合わせてやるわ」
伏見がエレベーターに乗り、軍病院の個室部屋の前に立つと、そこには面会謝絶の札が貼ってあった。
「それ……」
「気にせんでええ。取り忘れや」
朝子は釈然としなかった。
伏見はドアをノックし、部屋に入る。朝子はそれに続いた。
「おおお! 病院送りの張本人が来たか」
母里は元気そうな顔をしていたが、朝子は思わず目線を反らし、黙っていた。
「何湿気た顔をしてんだ。もっと嬉しそうな顔をしろよ!」
朝子はそれでも黙ったままだった。母里は伏見を見ると、伏見はため息を吐く。
「君、何か言いたいと思ったからここに来たんやろ。なら、だんまりは止めい」
朝子は二人を見ずに、怒った顔になった。
「なんだ、その顔を。お前、強情な女だな~。ま、お前みたいな女がすぐ近くにいるから慣れてるけどよ」
母里は笑っていた。その笑いは虚しく響く。そのせいか、伏見から無言の圧力を受け、朝子は仕方なく口を開く。
「それ、私と戦ったときにそうなったの?」
「まあな」
「私、あのときの記憶がないの……。でも、だからといって……あなたにしたこと……」
朝子はこの部屋に入って、ずっと母里のことをまともに見れなかった。
「いいよ」
朝子はそこで母里の事をまともに見た。演習場では鬼の形相に近い顔だった男とは思えないほど、優しい顔をしていた。
「そんなに気にすんな。それに戦いならしょうがねえこともあらぁな」
朝子の中で何か軽くなる感じがした。
「それよりも明日はチーム美周郎相手だったか。亜門と甘利さんか。また意識失って、病院送りして、ビービー泣くんじゃねえぞ」
「泣いてないわよ!」
「なら、お前の力で勝ちな。それで今日のはチャラだ」
「そんなのでいいの?」
「本当は俺と戦えって言いてえけどよ、俺は戦う理由もなく、女と戦うのは嫌いだ」
「どうしてよ……」
「女ってのはすぐに泣く。俺は女の涙には弱いんだよ」
「言ってなさいよ!」
「つまんなねえ事になっちまったが、今度の学戦を期待しているぜ、泣き虫野郎」
母里は横向きになって、目を閉じる。
「あんた……」
「疲れちまった。明日のために俺はもう寝る。とっとと帰んな」
朝子は俯くも、伏見に肩を叩かれる。そして二人で部屋を出ていった。部屋を出ると朝子は伏見に問う。
「あいつ、本当は……」
「気にせんでええ。戦うということはこうなることもある。それよりも、君は自分のことを考え。明日のために今日はもう帰り」
朝子は病室に貼られている面会謝絶の文字をみて、胸を締め付けられた。
病院をトボトボと出た後、朝子は隣にある駐屯地を見た。思い浮かべるのは総将の顔。藤も葉も詳しいことまでは教えてくれなかった。でも、自分が母里に対して何かして、母里はあんな状態になっていた。その事実が知りたいという衝動は朝子の足を駐屯地へと向ける。
駐屯地の受付で朝子は佐伯総将に会いに来たというと、受付の人間は朝子の顔を覚えており、庁舎に確認の電話をしてくれた。確認を取った後に、朝子に入場申請書を渡す。朝子は受付の人の言う通りに書いていると、アリスが迎えに来てくれた。
「はい、これ入場許可証」
朝子は受付の人のお礼を言うと、アリスに近づく。
「ごめんね。佐伯三佐はまだ帰ってきてないの。昨日の続きでしょう? クロードくんと、宮袋くんはもう演習場にいるけど、どうする?」
朝子は黙ったままだった。アリスはそれを察してか、黙って、隊庁舎に案内する。
「おう、氷見じゃねえか。久しぶりだな」
金髪の異国人、気障な挨拶が特徴的なビリー・シン。狙撃手としての腕前は一流だが、人を口説くのは三流な男だ。
「どうした、俺に会いたくなったのか?」
「隊長、違いますよ。佐伯三佐に用です」
「総将に? あんな野暮な男、止めちまえ、止めちまえ」
「隊長……」
アリスは呆れていた。
「まあ、そこに座れ。姐さんはさっき出ていったし、作戦も終わったから、ノビノビ出来るぜ」
朝子は部屋の真ん中にあるソファーに座りながら、作戦という言葉に反応した。
「隊長!」
アリスがビリーを注意する。
「あれ、なんか言っちゃいけなかった?」
「作戦って何をしたの」
ビリーは苦笑いをしながら、話を反らした。
「そう言えば、お前ら決勝リーグまで行ったんだってな。俺たちのおかげか? で、今日はどうだったんだ?」
「負けた」
「そうかそうか、負けたか。…………負けた!?」
「へっ。隊長、地雷踏んだっすね」
部屋の奥からやる気のなさそうな顔をした服部平助が現れた。
「氷見、お疲れさん。冷蔵庫見てみたけど、オレンジジュースしかなかったわ。それでいいか?」
朝子は平助からパックのオレンジジュースを受け取った。
「ありがとう……」
「悪いな、氷見。俺もしっかりと確認しておけば良かった」
ビリーが申し訳無さそうに謝った。
「別にいいわよ。忙しいんでしょう? 月影も言ってたし……」
「負けたから総将の所に来たのか? あいつ、今日から解説なんだよな?」
「はい。葛城二佐が八雲隊長、一人じゃあ意味がないからって」
アリスが答えた。
「違いない」
ビリーたちは互いの顔を見て、笑い合っていた。
「おい、氷見。負けたなら総将に会わないほうがいいじゃねえか。あいつ、お前の傷に塩を塗るぞ」
「どういう意味ですか?」
アリスはビリーに聞いていた。
「慣用句だ。傷口に塩を塗ると更に痛みが増すだろ。だから、この場合は負けたのに、さらに総将隊長はその心の傷を広げるんだよ」
平助がビリーの代わりに答えていた。
「そんな意味があるんですね」
「あいつは容赦がないだろ。こんなかわいい女の子にこれ以上辛い思いをさせるのは忍びないじゃねえか」
ビリーがカッコつけて言い放つ。
「氷見さん、本当にいいですか? 隊長たちの話を聞く限りには帰ったほうがいいのではないでしょうか」
アリスは心配そうな顔をしていた。
「大丈夫だ、アリスちゃん。もし、総将が傷口を広げたとしても、俺が優しくその傷を癒やしてやるのさ」
平助とアリスは苦笑いしていた。
「お前のやり方のほうが傷口を広げるんじゃないか?」
総将は不満そうな顔で入口に立っていた。その後ろには奏と加織が居た。
「よう、おつかれ、おつかれ! 解説の任、ちゃんと全うしたか?」
ビリーは総将に近づき、肩を組もうとする。総将はそれを拒絶し、自分の席へと向かった。
「当たり前だろう」
「あっ! それ私のジューズ!」
奏は平助が朝子に渡したジューズを指さした。
「なんで、あんたが持ってんのよ?」
「悪い、月影。おれがあげた」
「はあ? なんで勝手なことすんのよ!」
朝子はそのジューズを奏に差し出した。
「いらないわよ」
奏は眉間に皺を寄せる。
「いいわよ。あんたが貰っときなさいよ」
「奏ちゃんがそう言ってるから貰っときな~」
加織にはニコニコしながら総将のもとに向かった。
「平助! オレンジジュ―スとゼリー一個で手を打つわ」
「おい、増えてないか?」
「精神的苦痛の代金よ」
「へいへい」
平助はやる気なさそうに答えた。
「おい、総将。今日の氷見たちはどうだったんだ?」
総将は書類にサインをしていた。それを書き終わると、加織に渡す。加織は敬礼して、自分の席に戻る。
「どうって、氷見に聞けよ」
「いや、言いづらいこともあるだろう」
「俺が言うと、傷口に塩を塗るじゃないのか?」
ビリーは気まずそうな顔をする。
「まあ、作戦としては完敗だったわよねー。あの竹中って奴、いい性格しているわ。負けたのは八雲妹よりも竹中の方が準備していた結果かしら。個人の能力としては良い勝負すると思うし」
奏の批評に、朝子は手にあるオレンジジュースをに強く握る。
「じゃあ、いい勝負はしてたってことか?」
ビリーの問に奏は頷く。
「そうか。辛口の奏が言うんだ。氷見、自信を持てよ」
朝子はビリーから視線を逸らす。
総将は席から立ち上がり、朝子と相対するようにソファーに座る。
「それで、俺に何の用だ。お前にアドバイスをするのは、今の俺の立場からすると良くはない」
「分かってる。だけど、聞きたいの。あの時……私は……何をしたの?」
ビリーの表情が変わる。
「私、記憶がないの。呪防壁が一度発動してから後、何も……記憶が……ないの。でも、私が母里を病院送りにしたことは医療チェックを受けた後に分かって……。それで、さっき……会ってきた。……でも、あいつは……あいつは……」
朝子の目から涙が溢れ出ていた。鼻水も出て、朝子はそれ拭う。
「そうか。怖かったのか。だが、戦うならああいうことはよくあることだ」
「でも……私は……何も……覚えていない……」
「奏」
総将の呼びかけに奏は頷き、朝子に手を差し出す。
「武器を出しなさい」
朝子は突然言われ、涙が止まり、困惑した。
「速く。いつも使っている鉄鞭を渡せって言ってるの!」
「奏ちゃん、もっと優しく」
ビリーが奏を宥める。
「煩いわね! 私は泣き虫が嫌いなの!」
平助はため息を吐く。
朝子は何が何だか分からないまま、奏に鉄鞭を渡す。奏は鉄鞭をくまなく見ていた。
「どうだ?」
「武器じゃないみたいね」
「そうか。なら、氷見自身だな」
「どういう……こと?」
朝子は総将と奏を見返す。
「今は俺達を信じろとしか言えない。あれはお前がやったんじゃない」
「でも!」
「お前は跳ねっ返りで、態度がデカいし、可愛げがない。……だが、お前は根が優しい人間だ。お前は、大切なもののために戦う人間じゃないのか?」
朝子は俯く。
「今日は明日に備えて、帰って寝ろ。明日は、いつもどおりのお前の戦い方をしろ。あれだけ、おれに扱かれたんだ。できるだろう?」
総将はいつもよりも優しく、笑顔だった。
「母里は……」
「安心しろ。伏見が居る。何のためにこの島にあいつがいると思っているんだ? あいつのことを少しは信用しろ。それに、今、この島にはあの女がいる」
「あの女?」
「四鏡燈」
奏の言葉に、朝子は合宿にあったときの女医を思い出す。
「あの人は頭がイカれてるけど、あれぐらいの症状じゃあ死なせて貰えないわ。大丈夫よ。母里も明日になったら、試合に出てるわよ。あんたはその経験をしてるでしょう?」
朝子は安堵すると、再び、涙が出てきた。総将はその頭を優しく撫でた。
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