第十話 二刀流 Part2
十二
決勝リーグ前日
朝子は昨日と同じく放課後に陸軍駐屯地を訪れていた。演習場に入ると、そこには総将と大地が戦っている。総将は刀を持ちながらも、凄まじい威力の蹴りを入れ、大地を弾き飛ばす。大地は演習場の壁にぶつかり、気を失っていた。
総将は奏を見ると、奏は大地の頭上に水たまりを作り、大地へとぶっかける。大地はその冷たさで意識を取り戻し、立ち上がる。
「誰が寝ていいと言った」
「ワリィな。あんたの蹴りが気持ち良すぎてよ……」
そんなことはない。あの蹴りを食らったら、私だって気を失う。朝子は奏の方に近づく。
「あんたもヤラレに来たの?」
「違うわよ!」
「じゃあ、なんなのよ?」
奏は欠伸をしながら、ボーッと二人の戦いを見ていた。
「あの男に二刀流の使い方を教えてもらってる」
「本当に? 佐伯流刀剣術にそんなのあったからしら……」
「えっ!?」
「えっじゃないわよ。あいつが二刀流なんて使ってるの見たことないもの」
「自分で見い出せって言ったのはそういうこと?」
朝子は悔しそうな顔をする。
「でも、いいじゃない。あいつの太刀を攻略できたら、たぶん、大抵のやつの剣技は受けられるし、避けられるようになってるわよ」
「なんでそんな事が言えるのよ」
「佐伯流刀剣術は軍部の中で比較的に選ばれる剣術流派よ。その師範であるあいつの剣を見切れるなら、大抵の軍人に勝てるってこと。それに、あいつの剣を止められたのを私は数えるぐらいしか見たことがないわ」
「それ、最初から無理ゲーじゃないの?」
「ワンチャン、あるんじゃないの?」
奏は嫌らしい笑みを浮かべていた。
「と言っても、初撃で殺すのが佐伯流刀剣術。一の太刀を防ぐのは難しいわよね」
「あんたならどうするの?」
「私? そうね……。近づかない、かしら」
朝子はムスッとした顔になった。奏は朝子の頭を小突く。
「そんなの当たり前じゃない。術者がアタッカーの距離に入るのは愚の骨頂よ」
「でも、あんたとお姫様は接近戦できるじゃない」
「それはレベルの問題よ。あなたね、雑魚同士の喧嘩と、あのゴリゴリ熱血野郎と雑魚だと話がちがうでしょう」
奏の表現に朝子は素直に納得してしまった。
「じゃあ、具体的にどうするのよ……」
「私なら百メートル離れたところから一方的に魔術で攻撃する。倒した後でも、絶対に近づかない」
奏は爽やかな笑顔で言った。
「おい、奏! 与太話をする前に、アイツを起こせ!」
「はいはい。まったく人使い荒いわね」
「お前はゆんちゃんと違って、態度がデカいんだよ」
「あいつと私を比べるな!」
奏は怒ったのか、その矛先が大地へと向いていた。水の魔術はさっきよりも荒く、大地はもがき苦しんでいた。
「おい、奏……」
奏は鼻息を鳴らしていた。
「蔵人を呼んでこい。もう、謹慎明けだ。アイツに相手をさせろ。おれは氷見の相手をする」
「自分で呼んできなさいよ!」
「奏……」
総将はしばらく奏のことを見ていたが、ため息をつき、演習場から出ていった。
「ゆんって、たしかあんたのお姉さんよね。なにかあるの?」
「うるさい! あんたに関係ないでしょう!」
「ごめん……」
朝子は素直に謝っていた。誰にだって聞かれたくないことがあると思ったからだった。
総将が蔵人を連れて戻って来て、訓練を初めて二時間ほどが立った。それでも総将の技である血霞と一の太刀を二刀流で対処するのは容易じゃなかった。
血霞は一撃目が必ず消えるということはなかった。その技を知っているものには、一撃目から首元を狙ってくる。総将に一撃目か、二撃目のどちらかを本命なのか選択権があり、完全に心理戦に入ってくる。総将は手加減しているものの、朝子の首元には赤い筋が出来始めていた。
一の太刀は初撃のおける神速の斬撃だった。構えは上段、八相、正眼から行える。血霞と違って、総将が言葉を発したとしても、斬撃は眼の前にいる。朝子の反応速度ではその攻撃を受けるには難しいのと、その一撃が極端に重い。毎回、武器は叩き落され、朝子の手は痺れ始めていた。
「そんなんじゃあ、いつになっても見切れないわよ」
「うるさいわね! 分かってるわよ!」
奏は八雲が様子を見に来た後、機嫌が戻ったのかいつも通りになっていた。
「休憩だ……」
「まだ、やれるわよ」
「その手でどうやってやるんだ。大人しく従え」
朝子は口を真一文字にしながら、奏の隣に座る。
「手、出しなさいよ」
「なんでよ」
「治りが速いほうがいいでしょう」
朝子は黙って右手を差し出した。その瞬間、朝子の左隣に大地が勢いよくと座った。
「ちょっと!」
「おーわりぃわりぃ」
大地の顔は楽しそうにしており、この本予選リーグのチームエーメンのときが嘘みたいだった。
「あんた、何してたのよ」
「あん? まあ、色々だよ」
「どうせ、良くないことしてたんでしょ?」
「ハズレ。蔵人にボコボコにされたのよ」
「ちょッ! おま!」
奏はケラケラと笑っていた。
「蔵人って、あそこに居るに銀髪のやつよね……。どうして?」
「チンピラ相手に喧嘩してたからよ。蔵人は結構、そういうの嫌うから」
「あんたなぁ……」
「何よ! あんたのせいで次の日も私当番だったんだけど!」
奏の勢いに押され、大地は口を閉じた。
「明日のことなんだけどさ……」
「ボンから連絡が来てるよ」
「いいわけ?」
「よく分かんねえよ、戦術とか、戦略とかっていうやつはさ。でも、ボンが俺に相性が悪い相手だから真堂を出すって連絡してきたんだ。それは本当のことなんだろうな」
朝子は口を尖らせる。
「なんで、お前がそんな顔してんだよ……」
「別に……」
「明日の相手って、誰なのよ?」
奏が朝子に聞いていた。
「チーム臥竜」
「ああ、アンタたちを包囲したチームね。あれは中々な動きだったわね」
「月影の姉ちゃんから見て、チーム臥竜ってどうなんだ?」
「まあまあね」
「まあまあ?」
大地は首を傾げる。
「天野川流だっけ。そんなに気にするようなものじゃないわよ。私なら、遠くから爆撃するから」
「えらい自信だな、奏……」
総将が三人に近寄ってきた。
「なによ……」
「天野川流は厄介な兵法だ。お前が相手にしても、術中に嵌まる」
「冗談言わないでよ! 私が高校生相手に負けるわけ無いでしょう」
「負けることはないだろう。ただ、お前の魔術は当たらない可能性が高い」
「はあ? なんでよ!」
「いいか。天野川流の特徴に式占術がある。その時間、場所、人、所謂、天、地、人の未来を予測する。お前の動きは相手からすると丸わかりかもしれない。だが、分かったとしても、お前ぐらいの術師になると攻めることは容易じゃないがな」
「未来が分かっても、事象確定はできないわけでしょう? なら、問題ないじゃない」
「それだけなら単なる呪術だ。天野川流はそれを兵法として使う。未来予測ができれば、それに合わせた戦い方をつくればいい。お前は天野川流を目の前にして、恐らく攻撃が当たらないと思い始める。そうなれば、お前は呪いを受けたこと同じだ」
「器用なことね。でも、呪いなら跳ね返せばいいじゃない」
「どうやってだ? 明確な呪いではない占いに対してどうするんだ?」
奏は口をへの字にした。
大地は手を挙げる。
「あのさ、つまりよ、俺と相性が悪いってわけ?」
「悪いだろうな。お前はどちらかというと、頭を使って戦うタイプじゃない。それに対処方法がないからすぐに術中に嵌まる」
「あんたなら、どうするんだ?」
「俺なら俺の陣で押し返す」
「なら、私だって結果術をつかえばいいじゃない!」
「奏、基本的なことを言わないといけないのか?」
奏はしくじった顔をした。
「陣は結界術の中に閉じ込めても消えない。逆に結界術の対抗手段として使える」
「なんだよ、それ……」
大地は眉間に皺を寄せる。
「結界術っていうのは、相手を強制的に外界から隔離された術者の世界に閉じ込めることよ。結界術の中では術者の思い通りにできるってわけ。例えば、アンタを私の結界術閉じ込めると、あんたが炎を使うたびに、際限なく激痛を与えるとかでイメージがつくかしら?」
「まあ、なんとなくな」
「陣っていうのは結界術の亜種で、この世界で特定の範囲のみ味方や自身に術式付与を与えるの。環境や地形に左右されやすいし、付与効果は限定的になんだけど、軍を動かすには意志を統一できたり、相手に恐怖心を当たるっていうこともできる」
大地は首を傾げる。
「その陣ってやつは絶対的じゃないんだよな? 結界術のほうが良さそうに聞こえるけど、なんで対抗手段になるんだ」
「陣は結界術から外界から隔離されていない状態で使うのと一緒。つまり、結界術の中で陣を敷くと、陣が結界術と同じ効力を持ってしまうのよ。それは結界内で互いの術式の領域と効果を保持したまま戦うことになるの。私が体力の減退の呪いを掛けた術式の結界術を作ったとしても相手にはその術式は届かないけど、相手の術式も私には届かない泥試合になるよ。そういう場合、結界術を展開した人間の方が先にマナが尽きるから使い方を考えなきゃいけないっていうわけ」
「なるほどね。だったら、私達が陣を使えれば問題ないじゃない」
「ところが、陣は秘伝みたいなものだし、一石二鳥できるものじゃない。だいたい、陣を作るのに三世代ぐらい時間が必要と言われているわ。結界術も同じ。でも、ただの陣を相手にするならならさほど問題ないんだけど、一番問題なのは天野川流の陣の効果が式占術ってことでしょう?」
総将は頷く。
「何か問題があるのか?」
「式占術っていうのは概念呪術として成りやすいものよ」
「概念呪術?」
「その概念、所謂それ自体の性質が呪いになることよ。例えば、この人の占いは絶対だとか、この人の占いは悪いことだけ当たるとか、人々がその概念を認識してしまう。それが長年続けば、その占いは絶対的なものとして世界が認め、必ずそうなってしまう。それって呪いでしょう?」
大地と朝子は頷く。
「その効果を持った術を陣に付与すれば……」
「相手が占った効果が絶対的になる!」
大地が食い気味で答えた。
「そういうこと。見るからに相手は搦手が上手な相手よね。宮袋ならゴキブリホイホイみたいなものよ」
「おれはゴキブリか!」
総将と朝子は笑っていた。
「私、褒めてんだけど、ゴキブリ並の生命力だって」
「それ褒めてねえよな!」
「あのさ、その概念呪術っていうのは呪いなんでしょう? だったら、月影が言うように呪いを跳ね返せないの?」
奏は朝子の問に笑みを浮かべる。
「総将も言ったけど、概念呪術は明確に呪いというわけじゃない。世界がそう認めたというのが問題なの」
大地は眉を潜める。
「世界が認めたからってそんなの関係ねえだろ?」
「関係なくないわ。世界っていうのは生き物の意識の集合体。それが認めたということはこの世界のルールになってしまう。だから、概念呪術になる前にそうならない概念呪術をぶつける。当たるも八卦当たらぬも八卦という言葉があるのは占いが絶対的な概念呪術にしないための対抗手段なのよ」
大地と朝子はなるほどと声を出す。
「他には対抗手段はないの?」
「あんた、かなり食い付くじゃない? 概念呪術に興味があるの?」
「別に。勝算高めたいだけだよ」
朝子は無愛想に答えた。
「あるにはある」
総将が言った。
「どんな方法?」
「その概念を殺すことだ」
「何言ってんの? さっき言ったこと変わりないじゃない」
「俺が言っているのは、長年掛けた概念呪術をその場で殺すという話だ。だが、それは人で有ることを辞めなければいけない」
朝子と大地は息を呑む。
「安心しろ。人間を辞められる域に到達できたのは、俺が知る限り少ない」
「そろそろ、始めませんか?」
蔵人がいつもの笑みを浮かべてやってきた。だが、神妙な顔をしている朝子と大地の顔を見て、タイミング悪かったのかと考えた。
特訓を再開し、三十分くらい経つと朝子の利き手である右手がまた痺れだした。朝子はその痺れを我慢しながら、血霞と一の太刀を受け続ける。
「ちょっと、アンタ来なさい」
奏は朝子を呼ぶ。総将は構えを解き、奏の方へ行くようにと手で指示する。朝子は奏の方へ向かうと、奏は右手を取り、治癒魔術を掛ける。
「なんども治癒魔術を掛けると誤魔化せなくなってくるわ。後一時間でコツを掴みなさい」
「そう言われても、あんな速い技と、一撃が重い技をどうすればいいのよ」
「大体、武器を二つ持っているのになんで同時に使わないのよ」
朝子は口を噤む。
「すぐにやれっていうのは難しいってのも分かる。でも、あんたずっと片方の武器でしか戦ってないじゃない」
確かにそうだった。左手と右手を同時に使うと、脳内で訳が分からなくなる。だから、一歩ずつ使い慣れていこうと考えた。
「でも、一緒に使うなんて右を見てるときに左を見ろって言われてるようで混乱するのよ」
「だから、難しいんでしょう。でも、そういう思考がないと、周りを見ることができなくなる。二刀流っていうのはね、何も武器だけじゃないのよ。私だって左手と右手で独立して魔術を使えるようになるには結構掛かったんだから」
奏は左手で治癒魔術を掛けながら、右手で炎を出す。
「それ、どうやってやってるの!?」
「ようは、感覚の問題。魔術の場合は術式を二つ作らなきゃいけないからもっと大変だけど、使うときはまず初めに一の攻撃を利き手、二の攻撃を逆の手にしてみたわ。それが段々慣れてくると、逆を行う」
「なんで?」
奏は炎を消して、朝子の頭を小突く。
「当たり前でしょう。相手にそれがクセだと読まれたら、始めにくる攻撃がどっちかすぐに分かるでしょうが」
「叩かなくてもいいじゃない」
朝子は口を尖らせる。
「いい? あの血霞って技、後の先の取る技よ」
「後の先?」
「相手の動きに合わせて、攻撃を行うこと。アンタが二刀流を覚えるにはちょうどいい技なのよ」
「なんでさ?」
「一撃目であんたが防御を取らず、油断をしているならそれは実の攻撃を与える。防御の体制を取っているなら一撃目を神速の残像で惑わせ、二撃目の本命を叩き込む。私には出来ない技だけど、要はどっちも防ぐしかない。一撃目を逆の手、二撃目を利き手で完全に防ぐ。血霞は見た限りだと、アンタの手には負担が少ないでしょう?」
朝子は頷く。
「一の太刀は佐伯流刀剣術の基礎。神速の剛撃を持って相手の武器ごと破壊し、骨をも断つ。片方の武器だけじゃあ吹き飛ばされるのは当たり前。だったら、二本使うしかないでしょう?」
「言葉じゃあ簡単だけどさ……」
「つべこべ言わず、やってみなさい。駄目だったら、また考える。そうしないと前には進めないわよ」
奏は治療を止め、朝子を送り出した。その顔は不満そうな顔をしていたが、総将の眼の前に立ち、構えた。
「奏にアドバイスを貰ったか?」
「貰ったけど、何よ……」
「アイツは口が悪いが、面倒見がいい。どうしてもっと素直にならないのか不思議だ」
「そんなことを言われても、私が分かるわけ無いじゃん」
「まあ、そうだな。俺からのアドバイスだ。二刀流の利点は攻めと守りを同時に行える。二を一にすること。だが、欠点は武器への力も半分になり、意識も複雑になる。故に、必要なのは一の力と、無意識だ」
朝子は奥歯を噛む。意味が分からない言葉はアドバイスとは言えない。最後の一の力と無意識なんてどうやって覚えるのかを教えろと心の中で叫ぶ。
「行くぞ! 血霞!」
朝子は奏に言われた通り、左手で相手の一撃目を受けようとした。それはすぐに霞となり、神速の二撃目が首に来ると思い、右手を受けようとした。しかし、二撃目は朝子の右銅へと逆袈裟斬りで寸止めした。その剣圧だけでも身体に響く。
「なによそれ。なんでもアリなの?」
「言っていなかったか?」
安い挑発だが、それでも朝子は腸が煮えくり返る思いだった。
「さっきよりはいい動きよー。まずは動かすことを意識しなさーい」
遠くから奏の声が聞こえる。
「だとよ。次、行くぞ」
総将は正眼で構える。
「一の太刀!」
朝子は総将が振りかぶると同時に朝子は片手ではなく、両方の武器を構える。必然的に武器は交差状態に成り、総将の斬撃はその溝に向かって落とされる。神速の剛撃を受けた時、朝子は手に伝わる感触が今までより軽くなったと思った。それでも両手の武器は叩き落される。
「やっとマシになったな」
朝子はそれも唇を尖らせたままだった。
「今、明らかに力加減替えたでしょう!? 前よりも強くなった!」
「そんなことはしていない。お前の勘違いだ」
「違う。絶対に力入れてる。じゃなきゃ、叩き落とせないでしょう?」
「はいはい。そういうことにしておく」
総将の余裕の笑みに朝子は眉間に皺を寄せる。
総将は元の一に戻り、八相の構えを取る。
「いいか。前にも教えたが敵の動きによる思考は忘れるな。だが、それが遅くなっては駄目だ。思考と反射、これを即座に行え」
「いつも簡単に言ってくれるよね……」
「俺は出来ない奴は見捨てる主義だ」
朝子は頬をほころばせる。
「やってやろうじゃない」
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