第十話 神宮由美子の作戦会議 Part2 其の一
忠陽と由美子は葉からのメールで、天谷市東区にある喫茶店を訪れていた。
この店は葉の知り合いの店長が開いた店らしい。店は個人客用に五席、四人テーブルが三席と小さい。店内はコンクリートが打ちっぱなし状態になっており、無機質と思いきや、店主の家族の趣味である服や店主の趣味の動画をプロジェクターで映しながら音楽を掛けていた。店の名前は「ゐゑ」とである。
「葉はいつものやつ?」
「うん、コーヒーとチーズケーキ」
「あいよ。二人はどうする?」
店主の立尾は朗らかに尋ねる。立尾からにじみ出る優しさと兄貴分のオーラに、忠陽は兄とはこう有るべきものかと考えてしまった。
「おすすめはね、コーヒーとチーズケーキとペンネとカレー。というか、食べ物は全部かな」
葉は笑っていた。
由美子はメニュー表を物珍しそうに見ていた。
「なら、僕はおすすめのコーヒーとチーズケーキ」
「私も同じものをお願いします」
「オッケー」
立尾は楽しげに厨房へと戻っていた。
「この店はね、五年前に出来たんだ。立尾さん、この島に移住してきて、奥さんと一緒に店を開いたの。チーズケーキは奥さんが作ってるんだけど、毎年アップデートしてるんだよ」
忠陽はかるく相槌を打った。
「由美子はこういう店は初めて?」
「ええ。外出して、店に入ると皆に迷惑掛けちゃうから」
「迷惑? どうして?」
忠陽は窓の外を指差す。店の内側の窓から黒い車が見える。その車に乗っている黒服の連中を見て、葉は由美子の護衛だということに気づく。
「ああ、なるほど……」
「お店の人に言っておいたほうがいいかしら?」
「あの人達が店に入るなら言わないとだけど、店の前でずっと待つならいいと思うよ。前の道路はそんなに車通りが多いってわけじゃないし」
「ごめんなさい……」
「謝らなくていいよ。しょうがないじゃん。あ、そうそう。藤ちゃんから伝言。朝子はまたあの佐伯に連れて行かれたって……。だから、今日は来ない。藤ちゃんはあと十分もすれば来るよ」
「佐伯総将……」
由美子は顔を顰める。
「今日はお目付け役で女の人がいるみたいだけど、本当に大丈夫かな……」
忠陽は苦笑いしていた。
「大体、あの人何者なの?」
「佐伯総将。皇国陸軍第一師団、第一呪術特科大隊の中隊長。皇国の【朱】の名前を受け継ぐ人。性格は短気で粗暴、昔より大人しくなったけど、今もその本質は変わらない」
「どおりで……。あのさ、その【朱】って凄いの?」
「【朱】っていうのは、皇王陛下が住まわれる内裏にある南門、朱門から来ているの。内裏には各方角に北が黒、南が朱、東が蒼、西が白って、色が決められいて、代々その門を守る人達が居たの。それで皇王陛下から信頼の証としてその門の色に因んだ称号を賜ったのよ」
「え? じゃあ、あの人、かなり偉い人なの?」
「偉くはないわ。ただ、そこらの公家と比べたら有名なだけ!」
由美子のツンとした態度に葉と忠陽は苦笑いしていた。
「それはさておき、決勝リーグの相手チームを見ると頭が痛くなってくるわ……」
「由美子でもそういう風になるんだ……」
「私だって、頭が痛くなるわよ。相手のログを見ても、どのチームも私達より連携がうまく出来ていて、個人の力量においても一癖も二癖もあるんだもん」
由美子は頭を抱えながら、唸り始めた。
葉は忠陽を見る。忠陽は葉に由美子が甘えることだってあるんだよっと視線で送る。
「神宮さんは、一番気になるチームはどのチームだった?」
忠陽が朝子に聞いた。
「うーん。どれも甲乙つけ難い……。チーム武帝とチーム美周郎のログを見たけど、どちも本当の実力を出していないでしょう? 互いに戦ってはいたけど、見た感じだとチーム武帝は防御主体よね。チーム美周郎は攻撃と機動のどちらもいけるけど、それはメンバーで違うみたいだし……」
「チーム美周郎って、魯さんっていう人と亜門さんっていう人が入れ替わってるよね。それで戦い方が違うのは凄いよ。森田さん、なにか知ってる?」
忠陽は葉に尋ねていた。
「この前、偵察に行った時、朝子は亜門先輩に負けたんだよね……。普通に強かった。なんか、昨日の母里っていう人に似てる感じかな。魯先輩は見た目通り冷静沈着っていうイメージかな……」
「それがそのままチームとして動きになっているのか……。亜門さんだと攻撃的で、魯さんだと機動戦を仕掛ける感じかな? 神宮さんはどう思う?」
「賀茂くんの考えで間違えないと思う。私としては魯さんとは戦いたくないわ」
「どうして? 私なら亜門先輩の方が負けそうな気がするけど」
葉は由美子に質問していた。
「亜門さんって、うちのあの二人と似たタイプでしょう? 一対一を好むタイプ……」
葉は頷く。
「それって、あんまり怖くない。演習場によっては足止めも簡単にできるし、逆にこちらから集中攻撃できる」
「集中攻撃できるのは楽そうだけど、結構猛将タイプだと道連れにされない?」
「そこは賀茂くんと私が居るから」
葉は忠陽の隠形による不意打ちと、由美子の遠距離攻撃を思い出し、納得する。
「魯先輩がチームメンバーに入るとどういう風になるの?」
「魯さんが入ると、チームとしての動きが格段に良くなるの。魯さんって、動画でも地味な動きしているんだけど、それが一番厄介。例えば、チーム臥竜との戦いで、機動戦で私達が包囲されたでしょう? 安藤先輩が絹張先輩を助けたときに、魯先輩が鞘夏の位置に居たら、逆に安藤先輩を挟撃すると思うの。それに氷見さんと賀茂くんを私のところまで下げる。視野が広い人だから、その時点であの生徒会長のやり方を見抜いていたと思うわ」
「でも、それは難しいんじゃないかな? 結局、僕らは竹中先輩に動かされていたわけだし……」
「チーム美周郎の良いところは、指揮官クラスが三人いるってことなの。周藤さん、魯さん、もう一人は黄倉さん」
忠陽と葉が声を上げたところで、藤が店に入ってきた。
「ああ、いらっしゃい、藤ちゃん。今日はあの人と一緒じゃないんだ」
藤は忠陽たちを見て、慌てふためく。
「た、立尾さん!」
「あ、ごめん。もしかして秘密だった?」
忠陽たちは笑っていた。
「こ、コーヒーをお願いします」
「いつもありがとうね」
藤は何もなかったように葉の隣に座る。
「で、あなた達は何を話してたの?」
「藤ちゃん、意外に積極的だよね……」
「な、なによ!」
「なんにも」
葉はニタニタと笑みを浮かべる。
「もう! 大人を茶化さない!」
「ごめん、ごめん」
葉は藤に笑いながら謝っていた。
「それで! 何を話していたの?」
藤は葉の隣に座る。
「えーっと、チーム美周郎に指揮官が三人いるって話。藤ちゃん、黄倉先輩って、指揮官に見える?」
「黄倉くん? 黄倉くんは意外にずる賢いわよ。それに部活動の後輩からも慕われてるわ。まあ、男ばかりだけど」
「そうなの? 私、てっきり筋肉ムキムキの脳筋だと思ってた」
「まあ、あの体型じゃあね。でも、学校の部活動の人は生徒会長の周藤くんより、黄倉くんに相談することが多いわよ。周藤くんに相談する人って女性が多いのよね。たぶん、目的は周藤くん狙いなのだろうけど……」
「藤ちゃんって、周藤先輩と黄倉先輩、どっちが好み?」
「なによ、その究極な二択……」
「いや、普通だったら周藤先輩じゃない?」
「そう? ああいう男は腹黒いに決まってるんだから、近寄らないわよ」
忠陽は、藤が辛辣な言葉を発するのに何故伏見に近づくのか、理解出来かなった。
「葉さん、話が大分ズレてきているわ。チーム美周郎の良いところはチームに三人指揮官がいるってこと」
「そうだった! 藤ちゃん、どう思う?」
「急に何よ……」
「この前のチーム臥竜戦、私達、包囲されたでしょう? 由美子の考えだと、ウチに魯先輩が居たら包囲されなかったんじゃないかって」
藤は考える。
「それはそうかもしれないわね……」
「ならさ、チーム美周郎ならどうなるかな?」
「たぶん、包囲されないでしょうね。周藤くん、黄倉くん、魯くんの三人が揃っているなら、学戦で相手のやり方も熟知しているし、その三人の中で同じ役割をできると思うから」
「同じ役割?」
忠陽は首を傾げる。
「あのチームは周藤くんが全体の指揮を取るのが一般的でしょう。でも、周藤くんはアタッカーでもある。周藤くんが戦い始めると、そうはいかない場合が出てくるわ。その場合、その役目は黄倉に移ると思う。黄倉くんが戦っているときは魯くんが。常に、誰かが全体的なものを見るというのが作れるのよ」
「でも、全員が戦っていたらそんなことできないじゃん」
「森田さん。全員が戦っている状態は一箇所に集まっているか、分散させて一対一みたいにしていないと出来ないでしょう? それって、チーム臥竜としては不利になるわ。個人ステータスを見ても、チーム美周郎の個人能力はウチのチームより上よ。私達だって個人的な能力でチーム臥竜に負けてなかったから、チーム美周郎としてはそれを望まないわけない」
「そっか。チーム臥竜は自分たちの弱点を補うために相手を動かして、自分の有利な状況を作る機動戦を選んでいるのか。だから、正面からぶつかって来ないのね。でもさ、由美子が魯先輩と戦うのが嫌なのは、攻撃力と機動戦を兼ね合わせた戦いなるから?」
「だいたい、それで合ってるわ。魯さん相手だと、賀茂くんの技も通じにくそうなのが問題でも有るけど」
「なら、由美子はさ、チーム美周郎と戦うときはどういう風に戦うつもり?」
「そうね。私達にできることは力任せな戦い方なのよね……」
藤と葉は苦笑いしていた。
「はい、コーヒーとチーズケーキ!」
立尾が三人分のコーヒーとチーズケーキを配膳する。
「藤ちゃんは、あとちょっと待ってね」
「お気遣いありがとうございます」
立尾はニコっと笑った顔が素敵だった。
葉はフォークを取り、すぐにチーズケーキを食べていた。忠陽と由美子はコーヒーを一飲みし、忠陽はその後チーズケーキを食べた。
「このチーズケーキ、美味しいね」
「でしょう? お持ち帰りもできるよ」
忠陽はここに居ない鞘夏と鏡華を思い出す。
「そう言えば、今日、真堂さんはどうしたの?」
藤の一言に、忠陽のフォークの手が止まる。
「あれ、なにか聞いちゃ駄目だった?」
藤は苦い顔をする。
「いえ、そうじゃないんです。鞘夏、今日は一人で行きたいところがあるって」
由美子は丁寧にコーヒーカップを置いて、話した。
「そうだったの……」
藤はそれ以上、首を挟もうとはしなかったが、葉はそこへ踏み込んだ。
「なにそれ、もしかして彼氏とか?」
葉は楽しげに忠陽に聞くも、忠陽はフォークを起き、別の方向を見ながらコーヒーを飲む。
「森田さーん。あんまり人の色恋に首を突っ込まないほうがいいわよ。これ、あなたの身のために言っているわ」
藤はそれとなく匂わせてた感じに葉を諭す。
「なにさ。人の恋バナは蜜の味っていうでしょう? ここには女子が多いだから話してもいいじゃない」
「賀茂くんは男の子なんだけど……」
由美子は苦笑いする。
「賀茂は、今日は男の娘って、書いて男の娘で良いんじゃない?」
「それって、見た目が女の子みたいな男よね。男なの変わりないじゃない?」
藤は呆れていた。
「それに自分のメイドの色恋沙汰が気にならないわけ無いでしょう?」
忠陽は手が止まる。それを見て、葉は楽しげになるも、藤と由美子はそれ以上は辞めてあげなよという笑いをしていた。
「こーら!」
葉は立尾に頭を小突かれた。
「痛い!」
「お前はもうちょっと大人しくしてろ。いつまでもガキのままだな」
「だからって、叩かなくてもいいじゃんか!」
「人にはな、聞かれたくないことや、言いたくないこともあるんだ。お前、将来コーヒーショップを作るなら、客が自分のことを話すまで聞くな!」
葉は口を尖らせる。
「コーヒーショップ、良いわね。是非、あなたが作ったコーヒーショップに行ってみたわ」
「本当? 由美子なら安くしとくよ」
立尾は呆れながらも、藤にコーヒーを配膳し、奥へと入っていった。
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