第十話 月夜に輝く銀の髪
十
天谷の北区、倉庫街は未だに不良の連中が屯する場所でもある。夜の中、電灯に照らされ、青銀色の光は大地の顔を照らし、鏡のように荒んだ大地を映した。
「てめえ、誰に喧嘩打ってんのか、分かってんのか!?」
「ああ? てめえ誰だよ?」
「おいおい、俺を知らねえとはてめえ、ここら辺の奴じゃねえな? 聞いて驚け、見て驚け! おれは南十字座の使命を背負った男、佐々十字郎だ!」
大地は佐々の顔をコンクリートに叩きつける。男の歯は折れ、鼻は潰れていた。
「佐々さん!」
舎弟たちは一斉に大声を上げる。
「てめえ! よくも佐々さんを! 皆やっちまえ!」
舎弟は四人おり、一斉にかかってきた。大地はそいつらを炎の一閃で、蹴散らす。舎弟たちの服は腹部辺りは焼け焦げていたが、体毛は焼けていても、皮膚までには至らなかった。
舎弟たちはその事実に慄き、ゴキブリのように逃げ去っていった。
「おお、おい! てめえら! 逃げんじゃねえ!」
佐々は大地が近づくのに気づき、振り返る。そこには自分を見下し、殺気だった炎の悪魔がいるようだった。
「ひ、ひぃぃぃぃ! ごめんなさい! 俺が悪かった!」
大地は土下座して謝っている佐々の前に立つ。
「そこまでだよ。それ以上は止めておくんだ……」
大地は振り返ると、そこには月の夜に照らされ、銀色の髪が綺麗に輝いているように見えた。葛城蔵人はいつものように笑みを絶やしていないが、言葉だけは冷たかった。
「あんた……」
大地は忠陽たちから彼杵の連中が来ていることは知っていた。だが、要人警護が主だという話なのに、なんでこんな辺鄙な場所に来ているのか、疑問に思う。
佐々は大地が蔵人に気を取られているうちに逃げ出した。
「なんで、こんな所に来ているんだ?」
「それは教えられない。けど、この辺に居たら荒れ狂った獣の気配がしてね……」
「あの隊長からの命令か?」
「命令? まあそうだけど」
「それで俺に何のようだ? また、お節介でも焼くつもりか?」
蔵人は笑う。
「てめえ……」
「母、二佐はそこまではしないよ。どちらからという突き放す。それに君みたいに中途半端な人間を一番嫌う」
「じゃあ、何の用だ? まさか、あんたがお節介でも焼くのか?」
「残念ながら僕らが相手にするのは獣じゃない、国益を損なう敵だ。君の相手をしてくれるのはせいぜい呪捜局ぐらいさ」
「だったら、消えろ!」
「そうも行かないさ。君みたいな獣でも、相手が見逃すわけはない。ここから消えるのは君だ」
今までとは違う気を大地は感じる。いつも優しい笑みを絶やさない男の威圧感が心臓を最大限まで稼働させる。自身の身体が強張っていくのが分かる。
「それで脅したつもりか? 消えてほしいなら実力でやりな!」
「そうさせてもらうよ」
その瞬間大地の腹部に強烈な痛みが走った。蔵人は体制を低くし、大地の腹部を捉えていた。その拳を振り抜き、大地を建物の壁へと叩きつける。壁にはヒビが入り、大地の身体に痛みが全身に響き渡る。
「グハッ!」
大地は痛みで両手、両足を地面につけ、顔を伏せた。すぐに呼吸を整え、足を震わせながらも立ち上がり、蔵人を睨む。蔵人は大地を蔑むように見ていた。
その目に怒りを感じ、大地は自身の周りに炎を発生させた。炎は瞬くうちに大地を取り込む。その炎を纏いながら大地は蔵人に向かった。
大地は炎を纏った拳で蔵人を殴ろうとしたが、大振りな挙動のせいか、蔵人に簡単に避けられ、カウンターで顔を殴られる。大地は衝撃で怯んだところを蔵人は容赦なく何度も拳を叩き込んだ。大地は口を切ったのか、口から血が垂れる。
「その程度かい?」
蔵人は大地を手招きする。
合宿で強さを知っていたが、本当の力を見せていなかったのか……。動きに無駄がなければ、確実にこちらの顔面だけを狙ってきてやがる。炎だって怖がりもしない。
大地は血を拭い、踏み出した。それに合わせるように蔵人は大地の顔をまた殴りつけた。大地の顔は蔵人の拳で潰れ、また大地を壁へと叩きつける。大地が纏っていた炎が消えてしまった。
大地は脳を揺さぶられ、意識が朦朧としていた。その大地の胸ぐらを蔵人は掴む。
「合宿で教えてたことが出来ないじゃあ、僕から逃げられもしないよ」
「へ。誰が……。俺は……勝つ……ために……戦ってんだ」
「くだらないね。僕らは遊びで付き合ったわけじゃない。君たちが自分の命を守るために付き合ったんだ」
「俺は……戦って、勝ちってぇんだ!」
「それに何の意味だがあるだい? 勝って、それから何がしたい?」
大地はその問いに答えられなかった。
「なら、僕らの世界で勝つっていうことを教えてあげるよ」
大地は地面に叩きつけられ、蔵人が大地に馬乗り状態になった。
「戦場で勝つということは……」
右拳は振り上げられ、大地の顔を殴る。右拳が顔に当たると、左拳を上げ、大地の顔を殴る。
「相手に生殺与奪を委ねるということだ!」
大地は自らの意識が遠のくなか、体中が重たくなっていくのが分かった。拳を受けているというのに、痛みも感じず、安らかな気持ちでいられる。こんな気持はいつ以来だろう。ふと、典子の顔が浮かぶ。その顔はいつものように怒っていたが、悲しい顔だった。そうか、今日の昼の時に言われたときの顔だ。
「バカ、大地! もう知らない!」
悪いな……。典子……。俺は……俺は……強くなりてんだ。
「それぐらいで止めなよ」
蔵人は手を止める。拳は血に塗れ、さっきまで綺麗な銀色の髪がくすんで見えた。
「邪魔をしないでくれないかい?」
「うーん。あたしは構わないけど、八雲隊長が止めてこいって言うから……」
「君の意志じゃないなら黙っててくれないか?」
「でも、隊長命令だよ? 仕方ないよね」
蔵人は立ち上がり、短い黒髪、短パンにタイツを履いており、月明かりで周防加織の笑みが奇妙なものに見えた。
「……君は、僕と戦いたいんだろ?」
「そうかな? そうかもね」
二人が構えたその時、体中に伏見の声が響く。
「動くな」
二人は動かそうとするも、自身の身体が岩のように固かった。
「八雲、宮袋くんは貰っていくでえ」
伏見は式神を作り、大地を背負わせた。
「あと、治療費の請求書はお前に送っとく。頼むわ」
伏見は月明かりのなか闇に消えていくように去った。月明かりは侘びしく固まった蔵人と加織を映し出していた。
高評価、ブックマーク、感想もよろしくね。