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呪賦ナイル YA  作者: 城山古城
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第十話 チーム臥竜戦 其の二

 演習場では開始を告げるブザーが鳴る。運搬ボックスを開くと、竹中は周りを視認する。


「なるほど、位置はあまり良くないな」


 竹中の距離からは東に忠陽、北東の方角に母里と朝子、南に絹張が見えた。


母里(もり)くん、賀茂くんは君から見て、南東の方角だ。護、今どこにいる?」


「俺から見て、賀茂は西見える。南には神宮が見えた。おっと!」


 安藤の通信に爆発音が混じる。


「安藤先輩、大丈夫ですか?」


 絹張が安藤に聞いた。


「神宮のやつ。初っ端、打ってきやがった。俺の獲物はどこだ?」


「安藤先輩、北北東っす」


「了解、ありがとうよ」


「神宮由美子を確認しました。私の方で抑えます」


 竹中は朝子の方へと走るも、黒い蛇が勢いよく通り抜け、忠陽の場所へと向かうのが見えた。


「母里くん、横から氷見くんが迫っている」


 母里は忠陽との距離が数十メートルに近づいた瞬間、竹中からの通信で西の方角を見た。朝子は鉄鞭を抜いて、そこまで迫っている。後数秒無線連絡が遅ければ、迎撃をすることはできなかっただろう。


 母里は舌打ちをしながら、飛び込んでくる朝子を槍で払った。しかし、その場に朝子はいない。すぐに左右を見るも居なかった。


「上か!」


 母里は上を見ると、朝子は蹴りの体制に入っていた。母里は辛うじてその蹴りを槍の柄で受けとめる。その蹴りは思った以上に重く、母里は後方へ押されていく。


「なんだ、この重さは! 普通じゃねえぞ」


「潰れろぉぉぉぉ!」


 その言葉を聞いて、母里は頭の中が沸騰するのを感じる。


「舐めてんじゃねえぞ! ガキが!」


 母里は力を入れ、朝子を押し返し、石突(いしづき)の部分で払う。その攻撃も簡単に避けられた。だが、それは陽動で、柄を片手で持ち、後ろに飛び退いた朝子を縦に切り払う。


 朝子は母里の一撃を鉄鞭で受けると、その重たさが膝に来ることが分かった。


 母里はすぐに槍を引き、速い突きを朝子に数発放つ。朝子はすぐに後退した。


「母里くん、次は後ろからだ!」


 竹中の声で母里は後ろを向くと、誰も居なかった。朝子の方へ向き直そうとした瞬間、四発の石礫が飛んで来た。


「なにッ!?」


 母里は不意打ちにも近い攻撃のため、最初に一、二発目は食らうも、三、四発は槍で切り払った。それでもそこには人が居なかった。


「母里くん!」


 再び竹中の声で母里は殺気に気づき、朝子の方へと向き直す。眼の前にいる朝子の攻撃を間一髪で避ける。しかし、横から石礫が飛んできて、直撃してしまい、呪防壁が働きながら体ごと吹き飛ばされた。吹き飛ばされた先では竹中が笑顔で出迎えてくれた。


「母里選手の呪防壁が発動したぞ! どうしてだ!? あの石礫はどこから飛んできた!?」


 紫倉(しくら)の実況に観客席から驚きの声が上がった。


「賀茂だろうな」


 良子は答えた。


「賀茂選手ですか? 呪具からのビーコンで近くに居ることはわかりますが、その姿は見当たりません」


「隠形だ」


「隠形? 隠形って姿を消すというやつですか?」


「賀茂の隠形はマナ自体も変化させ、完全に溶け込む。学生連中なら、よほど対策をしなければまず不意打ちが成功する」


 会場からどよめきが走った。


「おいおい、昨日、瀬島二佐は不公平だっていって言わなかったぞ。いいのか……」


 浩平は苦笑いした。


「葛城二佐は学生相手ならよほど対策しないと見破れないって言ってるから、この場でバラしても対応できないと思ってるんだよ」


 真が浩平に言う。


「真くんならできる?」


 遠山は真に尋ねていた。


「僕は彼自体を見えるから大丈夫だけど、さっきみたいな乱戦時に、そこに賀茂くんがいるって浩平や遠山に伝えても、不意打ちは防げないんじゃないかな」


「確かにな、母里は恐らく亮には居場所を言われてるけどダメだったっていう感じだな」


 浩平と真は互いを見て笑い合う。遠山はそれを見て、悔しそうな顔をする。


「どうした、遠山?」


「別に! 真くん、やけに楽しそうだよね? あの約束忘れてない?」


「忘れてないよ。僕らは彼らに勝って、優勝する」


 真は遠山に笑顔で答えつつも、同門の竹中が賀茂をどう見えて、その存在をどう思っているのかが聞きたかった。


「どうだい? 賀茂くんの怖さは?」


 竹中は嬉しそうに母里に尋ねる。


「姿が見えねえ。あんたには見えてるのか?」


「残念ながら位置だけが分かる感じかな」


「中途半端だな。それよりもあの氷見って野郎。動きが全然違うぞ!」


「そうみたいだね。それにあの禍々しい呪力。一体なんだろう。興味深い……」


「てめえ、それどころじゃねえだろうが……。ささっと教えろ!」


「東の方角が吉と出た。お返ししようじゃないか」


「へっ! 一撃でやってやらあ!」


 母里は槍を振り回し、自らの闘気を乗せる。


「どっ、せぃッッ!」


 母里の縦薙の一閃は闘気の刃を放ち、地面を抉る。その刃の速さと正確さに忠陽は反応できず、安全用の呪防壁が展開され、忠陽を数十メートル押しのけた。


「ふん、本当に居やがった。それが、てめえの切り札か?」


 忠陽は防御態勢を取りながらも母里を見ていた。


「も、母里選手の剛撃一閃で賀茂選手が現れた。というか、本当に姿を隠していた! で、でも、なぜ母里選手は賀茂選手の居場所が分かったのでしょうか?」


 良子は竹中と母里の選手データを見ていた。竹中の天野川流兵法という記載事項を見て、気づく。


「あの竹中という選手のおかげだな」


 会場からは竹中を称賛する声が上がった。


「会長、次は?」


「そうだね、西と南に不吉な気配を感じる。ここは北に逃げよう」


 母里は竹中を守りつつ、北へと向かうと、ちょうど由美子の矢が飛んできており、朝子とぶつかりそうになった。間一髪で踏みとどまった朝子は大声を上げる。


「何やってのよ、あんた!」


「はん、ザマアねえな」


 母里は朝子を挑発する。


「絹張くん、そっちはどうだい?」


「今、話し掛けないでくれませんか?」


「絹張くんはどうやら苦戦しているようだ」


 母里は笑う。


「護、そろそろ絹張くんが不味いらしい。南南西の方角に吉兆が見える。彼女を助けてくれないか?」


「ああ? 分かったよ。俺が引くとそっちにもう一人行くぞ」


「それは構わないよ。僕らで受け持とう」


「ああん? おれが賀茂と氷見を受けもてってっか?」


「受け持ってくれるのかい?」


「巫山戯んな、このクソ野郎」


「なら、僕が賀茂くんを受け持とう。君は氷見くんと真堂くんを受け持ってくれたまえ」


「おい、ごら! 二人なのは変わんねえじゃないか!」


「大丈夫、その方が吉と見える」


「本当かよ、それ? 嘘を言ってんじゃないだろうな?」


 竹中は笑っていた。


「てめえ……」


「絹張くん、君は護が援護に来たら、西北西に向かってくれ」


「わ、わかりました。うっ!」


「紫苑!」


「大丈夫よ、兵助……。会長、一回目の呪防壁です」


「もう少しの辛抱だ。耐えてくれたまえ」


「分かってます」


 安藤はまず、格闘戦から拳銃サイズの魔銃に持ち替え、鞘夏に放つ。鞘夏は魔弾を避けつつ、紫色の防壁を張った。


「その防壁、硬えな。防壁は二年からの必修だがよ、学生が教えられるものとは違うだろう?」


 鞘夏から返答が帰ってこなかった。


 安藤は自分の掌に防壁を作る。


「一般的な学生が作れる防壁のサイズはせいぜい拳サイズくらいだと言われている。それに対してお前は身体の遮る大きさぐらいは作れる。魔力量も俺なんかより多いだろう」


 安藤は拳銃を持ち上げ、再度四発撃つ。鞘夏はその攻撃を紫の防壁で防ごうとした時、弾道が通常のものとは思えない軌道を描いた。弾の軌道は鞘夏が作った防壁を既で迂回しつつ、鞘夏の側面から回り込もうとしていた。鞘夏の眼の前にあった紫の防壁は急に形を替え、球体状に変化した。安藤が放った曲がった弾はすべて弾かれる。


「なるほどね、形態変化も可能と……。だが、これらなら正面で撃ち抜けるんじゃないか!?」


 安藤が魔弾を放つと、紫の球体状の防壁を突き破り、鞘夏の呪防壁を発動させた。


「ここで真堂選手、一回目の呪防壁が発動したぞ! 真堂選手が防壁の範囲を全体へと変えて、薄くなったのか、そこを連射で撃ち抜いた! これは技ありですね?」


「ああ、上手いやり方だ。学生でありながら、呪防壁のことをよく理解している」


 紫倉は良子が素直に褒めたので安堵した。


 鞘夏の動きが止まり、安藤は笑み浮かべて、挨拶しながら南へと後退していった。


「おや? 安藤選手、敵を追い詰めているのに退きました。葛城さん、これは何を狙ってのことでしょう」


 良子は端末を操作し、サブ画面の配置表を指摘する。


「安藤選手は南に向かっている。恐らくはゆみ……神宮由美子選手に押されている絹張選手を援護にいくのだろう……」


「そうすると、真堂選手はフリーになってしまいます。それはどう思われますか?」


「私ならということだが、それは別に構わないと思っている」


「構わない? ですが、このまま賀茂選手、氷見選手と合流してしまうと、数では竹中・母里選手が押されてしまいます」


「確かに言うとおりだ。私が問題ないと思うのは、真堂の攻撃力を上乗せしても竹中、母里選手の防勢なら数分は耐えきれると判断しているからだ」


「数分ですか? そのうちに神宮選手を倒すと?」


「それは違う。ゆみ……神宮由美子選手を絹張、安藤選手の二人で倒し切るのは難しいと思っている。最初に言ったがチーム臥竜が得意とするのはチームでの機動戦だ。安藤選手が動くのはこの盤面をよく理解している竹中の差し金だろう」


「竹中選手が盤面をよく理解している?」


「もし、安藤選手の援護で絹張選手が動くなら、それが現実として分かるようになる」


 紫倉は質問するにも難しい返しだったため、そのまま戦局を見守ることにした。


 絹張は木剣に魔力を乗せ、由美子の攻撃を防ぐ。払いの次は複数回の突きとこちらから打って出る機会がない。剣と長棒のリーチの差で不利なのは分かるが、ここまで間合いを詰められないことに眼の前にいる一年生の実力が分かる。


 間合いから離れれば魔術戦となるが、絹張の得意とする水の魔術では由美子の雷属性の魔術と相性が悪く、これもまた防戦一方となる。そのせいでさっき呪防壁を一度発生してしまった。


「でも、負けてられない」


 絹張は息を整える。木剣で由美子を正面にして、相手を見据える。


 私らしい戦いでこの子の本気を出させる。


 絹張は気合の声を発しながら、由美子に攻撃を仕掛ける。絹張が振り下ろした剣は由美子の長棒で簡単に払われてしまう。その間にも由美子は二撃を放っていた。その二撃目を左腕に水の魔術で作った水の盾で防ぐとともに長棒を捕まえた。絹張は由美子が驚いている瞬間に、剣で由美子を切りつかかる。由美子はとっさに飛び退いた。


「器用なことなさるんですね……」


「貴方ほど器用じゃないわよ」


 水の盾に付着した長棒を取り払い、由美子に迫る。由美子は魔術を放とうする瞬間に絹張は剣を振り払う。その距離は剣の長さでは足りないものだったが、由美子の呪防壁を発動させていた。剣を見ると、刀身が水の魔術よって伸ばされていた。そのまま攻撃を喰らえば腹部を切り裂いていただろう。


「馬鹿者め……」


 紫倉は隣で不機嫌な顔をして小さく押し殺すように呟く良子が怖いと思った。


「その技、名前は何て言うんですか?」


「そんなこと考えたことがないわ」


 由美子が動き出そうとした瞬間、背後から銃撃の音がなる。由美子はそれに気づき、その場からすぐに飛び退くも、銃弾が由美子を追って来た。


「誘導弾!」


 由美子はその銃弾を六角形の呪防壁を自分の側面と前面に複数枚展開した。誘導弾は簡単に弾き返され、追撃で放った直線的な弾丸も弾き飛ばしていた。


「正解! さすがは神宮……。知ってて当然か。他の奴らと経験値が違う」


「こ、これは! 神宮選手、自ら呪防壁を作ったぞ!」


「出来て、当然だ。それよりも、一度目の呪防壁が発動したときは相手を見誤りすぎだ」


 紫倉は良子が由美子に対して何かあるのかと考え始める。


 由美子は警戒のため絹張の方を見ると、絹張が西北のほうへ向かっていくのが見えた。由美子は追いかけようとしたが、後ろから銃弾が襲ってくる。由美子はその銃弾を、再度呪防壁を作り出し防ぐ。


「少しばかり、俺の相手をしてくれよ」


 由美子は絹張との交代の鮮やかさもさることながら、眼の前にいる生徒会副会長の厄介さに気づく。


「ああっと! ここで絹張選手が後退しました。安藤選手は神宮選手の足止め役なのか? 葛城二佐の言った通りの状況になっているぞ! これはどういうことでしょうか?」


 浩平は真を見る。


「まずいね。亮君の術中に嵌まっている」


「相変わらず、人を動かすのが上手い……」


 浩平の言葉に真は頷いた。


 良子はサブモニターで現状を示す。


「簡単だ、チーム臥竜はゆみたちに対して包囲戦を仕掛けている」


「包囲戦? ですが、現状包囲されていない状況です」


「言ったはずだ。チーム臥竜(がりょう)は機動戦が得意だと。機動戦は相手を翻弄し、相手より優位な位置を取ることだ。今やっているのはまさにその動きだ。序盤、チーム臥竜はチーム五芒星(ファイブスター)が望むように一対一の戦いで仕掛ける。その点ではゆみの能力がデータ通りに発揮し、絹張に呪防壁を発動させ、母里は賀茂の隠形によって不意打ちを食らい、呪防壁が発動する。ここから竹中は安藤という曲者を使い、うまく真堂に優位を取りつつ後退させ、由美子にぶつける。安藤はあの魔弾で由美子を足止めし、絹張をフリーにさせる。絹張が向かう先は賀茂の背後だ。そうなると、賀茂は竹中と絹張の二人から挟撃を受けることになる。もし、ゆみがこれに反応し、賀茂を助けに入るなら、安藤がフリーとなり、安藤と母里は氷見、真堂相手に挟撃できることになる。これを徐々に距離を縮めれば――」


「ほ、ほ、包囲網が完成ですね!」


 会場からはまた竹中を称賛する声が上がる。

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