第十話 チーム臥竜戦 其の一
本予選リーグ三日目
天候は曇り。夏は終わったというのに気温も湿度も高く、制服は身体にベタついているようにも思える。集合時間より二十分前に忠陽と鞘夏は到着すると、そこには朝子が居た。制服姿の下に着ているレギンスを見ると、昨日はこっぴどくヤラれたことが想像できた。
「なによ?」
「いや、今日は速いなと思って……」
忠陽は本音を隠しながら答えた。
「別に。私が速く来たら悪いの?」
「そんなことないよ」
忠陽は作り笑いをしたが、朝子は機嫌を損ねたのか、それ以上は話しかけてこなかった。
集合時間の十分前に由美子が到着し、集合時間に藤と葉が来た。葉は朝子を見るなり、駆け寄り、心配そうな顔をしていた。
「朝子、本当に大丈夫なの?」
「大丈夫よ、あの女が渡してくれた霊薬を飲んだら、痛みが大体消えた。でも、試合の三十分前に昨日飲んだやつの薄めたヤツを飲めって言われてる」
「霊薬って本当に効き目あるんだ……」
「みたいね」
「霊薬? 昨日、何されたのよ?」
「殺されかけた」
由美子の問にあっさりと朝子は答えた。それに葉以外、忠陽たちは全員ため息を吐く。
「ご、ごめんなさい……。そこまで酷くなるとは思ってなくて……」
「いまさらよ」
「でも、本当に大丈夫なの? 霊薬を使うぐらいだから本当は身体を動かすのも無理しているじゃない?」
「うるさいわね、大丈夫って言っているでしょう。だいたいあんな不味いもの飲ませて効果がなかったら、困るわよ!」
「氷見さん、霊薬ってそもそも霊災によって変異した動物の骨や植物を使うんだ。本来は人体に悪影響を及ぼすものを錬成によって、無害化して、僕らの霊体だけを治すために使うんだよ。不味いのは当たり前なんだ」
忠陽から事実を聞いて朝子は驚いていた。
「ねえ、例えば私とかが飲んでも大丈夫なの?」
葉は忠陽たちに尋ねた。
「霊体が活性化するからオススメできないわ。活性化した状態で瘴気が強い場所に行くと、気分が悪くなるから。瘴気はお墓とか、鬼門の方角とか、人の負の感情が強い場所で普通に発生するの。だから、あまり出歩かないほうがいいわ」
由美子の答えに葉は口を閉ざしていた。
「藤先生、どうします?」
由美子は藤に問うた。
「どうするって言ってもね……。本当は棄権したいところだけど……」
「大丈夫だよ、藤ちゃん! あの女も三十分前に飲めば大丈夫って言ってたし、ドーピングにはならないってあの男も言ってたみたいだし!」
朝子は藤に詰め寄った。
「分かった。分かった! 離れなさい!」
朝子は藤から離れながら口を尖らせていた。
「まず、あの女って誰? あの男っていうのは伏見先生のこと?」
「うん、男は伏見……先生。女は月影……」
藤はため息をつく。
「氷見さん、人の名前と敬称はちゃんと言いなさい。お世話になってるでしょう?」
「分かった……」
「神宮さん、ちょっと伏見先生に相談してみるわ」
「氷見さんがここに居るってことは、伏見先生は大丈夫だと思っているんじゃないかと思います」
忠陽の一言に、藤は取り出した携帯を力強く握りしめ、固まった。
「そうよね。ダメならヘラヘラしてここに来るだろうし」
由美子の言葉に藤は頭を抱える。
「きょーうーすーけー!」
「ありがとう、賀茂くん。氷見さん、とりあえずは出ましょう。でも、無理はしないで。気分が悪くなったらリタイヤ、いい?」
いつもより優しい由美子に朝子は困惑しながらも頷いた。
「ねえ、賀茂。霊薬っていくらするもんなの?」
朝子は忠陽に聞いていた。
「安いもので数十万。高いものなど億ぐらいかな」
その一言で朝子と葉と藤は凍りついた。
「ああ、誤解しないでよ。それは市場価値としての価格。それだけ世に出回ってないだけで、呪術界隈では霊薬を自分で作るのが普通なの」
由美子の助言に忠陽も頷いた。
「そ、それって簡単にできるものなの?」
朝子は由美子に尋ねていた。
「私はできないけど、賀茂くんはできるの?」
「僕もできないよ。霊薬を作るにはそれなりの設備が必要になるし、それを用意するのにもお金もかかるし。材料ならこの島のそこら辺にあるけど……」
「氷見さん、後で菓子折り買いに行くわよ」
「藤ちゃん、今月のお小遣い残りが少なくて、二千円ぐらいなら出せる」
「いいわ。後は私が出すから……」
「ごめん、ごめん!」
そう叫びつつ典子が息を切らせて走ってきた。
「遅れて、ごめんなさい」
典子は皆に謝った。
「ごきげんよう、典子さん。会場に入れるのは九時半だから大丈夫よ」
由美子は典子にそう言った。
「っあのさ、大ちゃんのことなんだけど……」
典子は俯きながら息を整えつつ、そのまま話した。
「昨日、家に帰ってないみたいなの……。私、街を探してみるから、ちょっと待ってて貰えるかな?」
由美子は典子の身体を見た。典子の身体は汗で服が濡れており、恐らく今朝からずっと探していたに違いない。
「典子さん、今日はもういいわ」
「で、でも、大ちゃん、たぶん中央街にいると思うの。私、心当たりがあるんだ!」
「典子さん!」
典子は顔を上げて、由美子を見た。
「今日はもう大丈夫。鞘夏にお願いするわ」
典子は屈託なく笑顔を由美子に向ける。
「大ちゃん居ないなら私が居ても意味がないからさ。だから試合中も、私、探してくるよ」
「典子さん、宮袋くんは探さなくていい」
「でも、大ちゃんも居て、五芒星でしょう?」
「そうよ。でも、そうやって連れて帰っても意味はない。彼が自分で戻ってこないと意味がないと思うわ」
「そんなの分かってるよ! だけどさ、大地、ワガママだし、プライドがあるから自分から帰ってこないよ! だから……」
典子は由美子から目を背ける。
「ごめん、大声だして……」
「別にいいわ。今日はもうこれで行くしかない。それは鞘夏と話し合った。でも、私は彼が戻って来ると思って待ってる。だって、私にやられたままでどこかには行かないでしょう?」
典子は顔を上げ、由美子に笑顔で頷く。
「うん。そうだね。試合の後で、もし、大地見つけたら由美子さんにやられたままでいいのかって言っとく!」
チーム臥竜側、演習場作戦室兼控室。
大きなモニターにはチーム五芒星のメンバーリストが表示されていた。
メガネを掛けた黒髪の男、翼志館高校の生徒会長である竹中が作戦方針をチーム全体に説明しており、体育副委員長の母里兵介だけが難色を示していた。母里は日焼けした肌、身長が百八十センチぐらいで柔軟な筋肉質の男である。その外見の通り、内面も豪快で、男気が溢れる人物だった。身だしなみや短い髪型、眼鏡と、見るからに秀才肌である絹張紫苑の説得と、やる気のなさそうな優男風の生徒会副会長の安藤護の耳打ちで母里は自分の思いを閉じ込めた。
竹中はその光景を微笑ましく見ており、母里はその笑顔に苛立ちを覚える。
竹中は相手選手の話題をし始めた。
「今日は海風高校の宮袋くんは出ないらしいね。昨日の件がまだ響いているみたいだ」
「あれはそいつが悪いだろう。そいつが退いておけば、五芒星はエーメン勝って、今日は消化試合みたいなもんだったのによ」
安藤は椅子に座りながら、机に足を置いた。
「安藤先輩、足を下ろして貰えませんか?」
「お、悪いな、紫苑ちゃん」
絹張はムッとした顔になる。
「変わりに出る真堂って奴は強いんっすか?」
母里は竹中に聞いた。
「そこまで警戒する必要はないと思う。君の希望には沿わないよ」
母里は舌打ちをする。
「兵介、舌打ち!」
「ああ、悪い……」
「なら、警戒するのは、神宮由美子だけでいいんすか? 会長」
絹張の質問に竹中は首を振る。
「いや、平地の場所で特に由美子くんを警戒する必要はない」
「賀茂……だろ?」
安藤の意見に竹中は頷く。
「できれば彼を早めに倒したいが……」
「どうしてですか? 彼がそんなに強いと思えないんですけど……。あの体つきだったら、兵介にすぐやられてしまうと思います」
「そうだね。母里くんと格闘戦だけの勝負なら、彼はすぐにやられるだろう。だが、この大会は呪術も使える。そうなれば、恐らく母里くんの方が不利だ」
「あんた、俺が負けると思ってるんっすか?」
「母里、お前の槍捌きは学校一だ。それは俺も認めるし、亮もそれは分かっている。ただ、単に相性の問題だ」
「相性?」
「お前がグーを出しても、アイツは後出しでパーを出す。お前がチョキを出しても、アイツは後出しでグーを出す。そんな感じだろう」
「安藤先輩、なんで後出しなんですか?」
絹張は疑問に思う。その疑問に竹中が口を開いた。
「一つは、所謂、彼が護みたいなタイプだってこと」
「なるほど。そいつは厄介だ……」
母里は両手を頭の後ろに組む。
「もう一つ、彼は姿を消すことができる」
「姿を消す? それはどういうことっすか?」
「それは見たほうが速いかもしれない。うん。なら、母里くんは賀茂くんと戦おう」
「か、会長! それは安直すぎませんか?」
「百聞は一見にしかずというじゃないか。絹張くんは由美子くんだね」
絹張は眉間に皺を寄せる。
「嫌かい?」
「嫌じゃありませんけど、なにか?」
「それならいいじゃないか」
竹中はニコニコとしていた。
「そうなると、俺は真堂でいいか?」
「うん、構わないよ」
「安藤先輩、楽しようとしていません?」
「そんなことないだろ? 俺の戦力に見合った相手を選んだだけだ」
「そうすると、僕は氷見くんだね。これで一応、相手は決まった。位置次第では今の話の通りに行けるかは分からない。その都度、僕から指示を送るよ」
三人は竹中の指示に頷く。
「さあ、油断せず行こうか」
四人の顔は強敵と戦うことを楽しむかのようだった。
本予選リーグ午前の部、観戦会場は人がごった返していた。その人員は実況者のプリズマである紫倉のファンではなく、翼志館高校の生徒たちが半分を占めていた。この戦いは現生徒会長とこの国随一の名家で有名である一年生の由美子との対決であり、翼志館高校内でも待ち望んだ戦いである。その他に観戦席ではチーム武帝やチーム美周郎の魯の姿、松島の姿も見えた。ちなみに紫倉のファンは事前予約の人数が多いため別会場を設けられていた。
「それでは皆さんご一緒に! ニックネームはミカだよ、ミカだよ、ミカだよ。イメージカラーはパープルじゃないよ、ヴァイオレットだよーーーーーぉ! 汗も滴るいい女、ミカこと紫倉愛心花でぇーす!」
ファンが別の会場にいるため、そのため反応が薄かった。
「本日は本予選リーグ三日目、本予選も最終戦となります。午前の部Aブロックではチーム美周郎対チームD・M・C、ここBブロックではチーム臥竜対チーム五芒星となっております。実況は私、紫倉愛心花、解説はこの方、皇国陸軍第八師団、特殊呪術連隊、第一中隊、中隊長の葛城良子二等陸佐です。よろしくお願いします」
「よろしく」
紫倉は良子のそっけない態度に内心嫌われているのではないかと思った。
「この最終戦、チーム臥竜はもう決勝リーグへの切符は手にしている状態で望んでおりますが、チーム五芒星はこの一戦で決勝リーグへ行くかどうかが決まります。あ、あのー、葛城さんは本日のチーム臥竜対チーム五芒星はどう思われますか?」
「どうとは、何を指している?」
「えーっと、その、チームの戦力とか、どういう戦いになるかという予想とか、注目選手とか……」
良子は紫倉を見て、少し考えた。その間が紫倉にとって苦痛に感じた。
「チームの戦力と言われても、両者自分たちの持っているもので戦わなければいけない。考えても仕方がないことだ。注目選手いっても、これはチーム戦だ。一人で戦うわけではないのだからチーム全体での戦い方を考えた方がいいだろう」
「そ、そ、そうですよね……。それでは各チームを見て、どのようにお考えですか?」
「結束という意味ではチーム臥竜の方が上だろうな。チーム五芒星はゆみ……神宮由美子選手がチームを引っ張りきれていない。その差が大きく出るかもしれない。チーム臥竜は機動を主軸とし、自分たちの優位な形を取りながら、敵を翻弄し、攻撃している。機動戦では恐らくそこら辺の新米兵士よりはいい。その一方でチーム五芒星は個々人の技量を重きとしている」
「そうなんですね、葛城さんはどちらが勝つと思いますか?」
良子は眉間に皺寄せる。紫倉はなにか変なことを聞いてしまったのではないかと思い、慌てふためいた。
「順当にいけば、チーム臥竜だろうな……」
「そ、そうなんですね。な、何故そう思われたんですか?」
「チームとしての動きの差だ。さっきも言ったがチーム臥竜が得意なものは機動戦だ。敵が固まっている場合、囮や陽動を掛け、敵を分散させ、敵が一人になったときを見計らって、複数で集中的に攻撃を行い、倒す。集中と分散を上手く使いこなしている。逆にチーム五芒星は敵と戦う際は一対一を望む傾向が高い。そのため、チーム臥竜が望むように一人ずつ各個撃破を狙いやすくなる」
「な、なるほど。ですが、昨日チーム五芒星も防御陣地を敷き、纏まった動きをしていました。今回もその行動をされたら、難しいのではないのですか?」
「それは状況的に難しい。チーム五芒星はほぼ決勝リーグへ行くことは確実ではあるが、決まったわけではない。確かに得失点差というもので行けると思うが、ゆみ……神宮由美子選手は不確かなものよりも勝ちを狙いにいく。逆にチーム臥竜は勝っても負けても決勝リーグに行く消化試合だ。どちらに転んでもいいという精神的な優位性がある。ゆえに、チーム臥竜には攻勢と防御の選択権があっても、チーム五芒星は攻勢に出るしかない。防御陣地を作るという選択肢はないということになる」
「そうですね! でも、それがチーム臥竜のほうが勝つということにはならないと思われますが……」
「今回の場合、戦場は視界が開けた平地だ。奇襲をするには難しい場所だ。こういった場所でのチームとして動きが戦力の差として顕著に出る。もし、ゆみ……神宮由美子選手たちが各個人で迎撃をするならば機動戦が上手の敵からの各個撃破によって負けは確定する。対策としては開始時の配置位置によっても変わるが、チーム五芒星がまず取らなければいけないのは、初期段階で誰も倒れないで全員合流することだ。合流ができれば、各個撃破をされにくくなるし、戦力が安定した状態で戦える」
「なるほど……。ありがとうございます! さて、そろそろ時間となります。それでは皆さん、一緒にカウントダウンをお願い致します!」
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