第十話 チーム櫻田一家戦 其の三
由美子は眼の前にいる小さな少女を見る。少女は紅色の特攻服に身を包み、背中には【暴走天使】と縦文字の金色の刺繍がされている。裾には家紋と言葉が並べられている。今までに見たことのない人種に由美子は力が入る。
「よく逃げなかったわね、神宮由美子……。逃げなかったってことは、あたしと勝負するってことでいいんでしょう?」
由美子は返事をしなかった。
「あたしと一騎打ちしなさい! アンタが勝てばあたしはシゲから潔く手を引く。あたしが勝てばシゲから手を引きなさい!」
「シゲって、松島さんのことですか?」
「はあ!? すっとぼけんじゃないわよ! そんなの当たり前だのクラッカーでしょう!」
「わ、私は、松島さんとは何もありません」
「そんなの、関係ないわ! アイツが強いアンタに惚れてるっていうなら、あたしがアンタに勝てば、アイツはあたしのことを見てくれるようになる!」
由美子は額に手を置く。眼の前にいる人種がどうも理解できず、頭が痛くなっていた。
「あの! 櫻田さんでしたよね? 仮にあなたが私に勝っても、松島さんはあなたに好意を寄せるとは思えませんが!」
「はあ? なんでよ!? アイツはアンタの強さに惚れてるってあの三本バカは言っていたわ! あたしが勝てば! あたしの強さを証明すれば! アイツはあたしのことを好きになってくれる!」
「人の心はそんなものじゃないでしょう? あなたは松島さんがただ強い人だから好きになったんですか?」
「そうよ! あたしは、アイツの強さに惚れた。あたしがアイツに挑んだときのアイツのパンチ! 私はそれに心を撃たれたのよ!」
「そうですか、それならご勝手に。これ以上話し合っても価値観が合わないので、勝手にしてください。私を巻き込まないでください!」
「アンタが良くてもあたしは良くない! あたしは、アイツの心も体もほしいの!」
「体も? なんて破廉恥な人……」
「アンタ、好きな男ならエッチしたいと思わないの!?」
由美子はその言葉に頬を赤らめる。
「なんて下品な人!」
「下品? 巫山戯んじゃないわよ! 好きな男としたいのが女ってもんよ!」
眼の前の小人と話が通じないと由美子は頭を抱える。忍は言葉で言い負かしたと思い鼻をならしていた。
「これ以上御託を並べても始まらない。あたしは! アンタに勝って! アイツの心を掴む!」
手振り身振りをしながら、その思いを忍は表現していた。
由美子は深呼吸し、天を仰ぎ見る。
「なによ、何よそれ!? バカにしてるの!?」
由美子はさっきまでの表情と打って変わって、忍を蔑む目で見ていた。
「ええ、そうよ。勝手気ままに、人に迷惑を掛ける奴にはちょうどいいじゃない?」
「馬鹿にしてぇぇぇ!」
叫び声を上げながら忍は由美子に掴みかかろうとする。由美子はその突進避けることなく、一瞬にして長棒を作り出し、無防備になっている顔を払う。
忍はその攻撃が見えず、顔面に直撃する。そのまま地面に倒れ込み、呆然とする。
「え?」
忍はすぐに打たれた顔を手で触ると、かすかに熱さを感じる。
「女の顔にぃぃ!」
「知らないわよ。隙だらけの貴方が悪いじゃない」
由美子は忍に対して手をかざす。
「エアショット……」
由美子は忍の腹部、左右上腕二頭筋、左右大腿部に向けて放つ。忍はその風の弾丸が見えず、防御も取ることさえできなかった。由美子の魔術が危険だと判断した呪防具は呪防壁を起動させた。風の弾丸は呪防壁にあたり、忍を後方へ押しのけた。
「な、なによ! 呪術なんて卑怯じゃない!?」
「卑怯? バカは休み休み言ってくださらない? これは呪術大会なのよ」
忍は由美子の圧力に仰け反る。
「うるさい、うるさい、うるさーーーい!」
由美子は冷笑する。
「そうやって、駄々をこねる。子どもみたいね……。そっか……子どもなのよね」
由美子は深呼吸をする。
「私が馬鹿だったわ。最初から分かっていたじゃない。相手をするだけ時間の無駄なのよ」
「ふ、巫山戯んじゃないわよ!」
由美子は忍に指を差し、魔術を放つ。
「ライトニング!」
「忍!!」
由美子と忍の間に福田が入り、雷撃は福田が受けた。福田はその電撃を受け、苦痛の表情を浮かべながら声を上げる。
「福!」
福田は体を震わせながらも辛うじて立っていた。
「し、し、忍……あとはお前だけだ。すまない、俺の分も頼む……」
福田は忍に手を差し出す。忍はその手を握ると、福田から力を分けてもらうような気がした。
福田はそのまま倒れ、戦闘不能による呪防壁が発動した。
「福! ……アンタの思い、受け取った!」
「ゆみさん、すいません。一人そちらに逃がしてしまいました……」
「鞘夏、べつにいいわ。今倒したし。他の連中は?」
「はい。他の連中はもう戦闘不能状態です」
「ありがとう」
「神宮さん、そっちに行こうか?」
忠陽の声掛けに由美子は冷たく言った。
「私一人でやる。そこに居なさい」
朝子は通信で入るその冷たさに少し不満を持った。
「なら、神宮さんに任せるよ」
忠陽は苦笑いしながら答えていた。
忍は由美子を見据える。
「忍ちゃん……ごめん……私、やられちゃったよ……。でも、私の思いを受け取って!」
「悠木! アンタ……」
戦闘不能、失格状態になったとしても選手同士の通信は可能であり、ルール上で通信だけのサポートは可としていた。
「忍、俺の思いも頼む……。お前なら、お前なら神宮由美子を倒せる! 行けえぇぇぇぇー! 櫻田忍ぅぅぅ! お前ならヤツを、倒せる!」
「式野……。ごめん。でも、アンタ達の思い、無駄にしないわ!」
忍自身、皆からの思いを受け取り、今までにない以上の力が溢れてくると感じた。忍は自分の両手を見る。手の周りにはピンク色として可視化された自分を応援する力が見えていた。これが呪力と思った忍はその思いを増大させる。
「これが呪力、これが人の思い!」
忍は由美子を睨みつける。
「神宮由美子! もう、アンタなんか怖くない! 見なさい! 皆の思いを! 私の思い! この力で、アンタをー、撃つ!」
忍は気合の声を上げ、自らの力を振り絞る。溢れ出す力を拳へと集中していった。
「愛の光にて、悪しき愛を絶つ! 名付けて! 愛光悪絶拳!!!」
忍は由美子に拳を見せた。
「神宮由美子! お前だけには渡さなぁぁぁぁぁぁい!!」
その掛け声ともに忍は走り出し、由美子に一矢報いようとする。由美子に攻撃が当たる寸前で白い光が忍の視界を遮る。忍はその光が自分の愛の力が溢れ出てものと思い、勝利を確信した。
そこで忍は意識を失った。
観戦会場は静寂とともに包まれていた。観客たちはその結末を、息を呑んで待っていた。
「勝者は、チーム五芒星! 圧倒的な力を見せつけての勝利です!」
窪畑が声をあげるも、辺りは沈黙のままだった。
「えーっと、最後の瞬間、櫻田選手は神宮選手に突進しただけという風に見えましたが、解説の宇曽八百さんはどう思いました?」
「や、お、よ、ろ、ず! 私の名前は八百万と書いて、やおよろずだ!」
「まあ、そんなことを言わずに。お願いします」
宇曽は不満そうにしていたが、口を開いた。
「観客の皆さんも思っていると思いますが、あんなの喧嘩にもならないですよ。櫻田選手がただ突っ込んで、神宮選手が長棒で一突き。無様な結果ですねー。こちらのモニターでは何を言っているのか分かりませんが、櫻田選手が神宮選手に一方的に何かを言っていましたね。明らかに神宮選手が呆れていたじゃないですか? それに神宮選手の魔術に対してなすすべもなし。見ていて興ざめですよ」
「かなりの辛口ですね。私も見ていて、なんだか二次予選リーグのときの力が発揮できていなかったなぁと思いまーす」
「呪術大会なのですから、せめて初級魔術を使えるぐらいで戦ってもらわないとこの大会の品位を問われますよ……」
「品位ってなんですか?」
「それ、初めに――」
周りの犬たちの殺気を感じ、宇曽は口を閉じる。
「宇曽八百万さん、品位ってなんですか?」
「あっ、今度は間違えないのね……」
「ええ。人の名前を間違うのは失礼ですから」
窪畑は笑顔で答えていた。
「いや、そのー、なんでも有りませんー。この試合はいい試合でした」
「ありがとうございます。それでは会場の皆様も戦った選手たちに盛大な拍手をお送りください」
会場からは拍手とともに席を立つ音がした。
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いけたけしさんのバーニング・ラブっていいですよね。
つまりはそういうこと。