第十話 チーム櫻田一家戦 其の一
本予選リーグ一日目。
天候は曇り、どんよりとした空気が辺りに立ち込める。降水確率では三十パーセントであるが、今にも雨が降りそうなくらいである。
「みなさん、こんにちわーーん。本日Bブロック午前の実況をするのは、あなたのアイドル、窪畑由実ことユーミンでえーす! 皆よろしくわん!」
本予選一日目の実況はこの島でアイドル活動している現役高校生、プリズマの一人である窪畑由実だった。その長い綺麗な黒髪であり、髪を前方に出し、胸のところまで落としている。少し垂れ目なところに小さな鼻が可愛らしかった。
「今日から本予選リーグが始まるのですが、ユミーンのチームは残念ながら二次予選リーグにて敗退しました」
窪畑が嘘泣きするのと同時に会場で同じようになくすすり泣く声が漏れる。
プリズマは本島でも人気であり、呪術を使えるアイドルとして、国中でも有名であった。ファンの中には彼女たちを応援するために、この島を訪れた人たちも多く、観戦会場は余裕でキャパオーバーをし、予選リーグでは観客の演習場侵入により一次中断する惨事を起こしていた。それはプリズマのメンバーたちの声掛けにより収束し、呪術統括本部もプリズマ特設会場を作ることでどうにか鎮静を図っていた。
今回、忠陽たちの実況を担当するのは窪畑由実で、午前Aブロックを担当するのが、ポニーテールと丸顔の絶妙なバランスでかわいい、川南麻希だった。
二つの会場は言わずもがな、満室状態であり、その殆どがそれぞれの押しの応援をするファンである。
「みんなー、ちょっと聞いてほしいの。今回は私達、プリズマのライブじゃないよ。だから、私のファンの人はこの島の学生に席を譲ってね?」
会場ではワンや遠吠えが聞こえた。それらはすべてこの窪畑由実のファンである。
「よくできましたー。ちゃんと、おすわりして、待てだよ」
会場はワンと一言が合唱され、響き渡った。
その様子に鏡華は嫌悪感を持った。
「そして、本予選リーグより解説がつきまぁーす。解説はこの方、呪術軍事評論家の宇曽八百さんでーす!」
窪畑の隣には上下藍色のスーツ姿に、七三分けの髪型でもう剥げかかった広いデコの細身のおじさんが座っていた。
「ち、が、う! やおよろず! 八百じゃなくて、八百万!」
「八百万? あ、本当だ。宇曽八百万さんでーす!」
「いや、はっぴゃくまんじゃないよ! やおよろず! 間違えないで!」
「すいません」
宇曽は犬たちから威嚇を受けていた。
「な、なんだね、君たちは……」
「みんな、お手!」
犬たちはワンと言いながら、喜んで、手を挙げる。
「はい、よくできました。いい子は大人しくしてね」
犬たちはワンと吠え、その光景に宇曽は命の危険を感じる。
「それでは、チームの紹介をしまーす。まずは二次予選リーグCブロック一位通過の五芒星。私もログを見たけど、結構ハイレベルなチームでーす」
「そんなことないよ! ユーミン達の方が強かった!」
ファンの一人が声を上げると、犬たちが泣き出した。
「シっ!」
犬たちの声が一斉に泣き止む。
「駄目だよ? 皆、待てだからね?」
窪畑の可愛らしい声に心を射抜かれ、ワンと一言返した。
「先日の戦いのログを見たけど、松島選手と宮袋選手の戦いはユーミンも驚きました。そのせいか、本日宮袋選手は欠場で、代わり真堂鞘夏選手が入ることになります。データによると、バランス型の選手です」
窪畑は付き添いの大会係員に機器を操作してもらい、鞘夏のパラメータを出してもらっていた。
「宇曽さんはどう思いますか?」
「このチームは名ばかりのチームでしょう? 神宮家のご令嬢の他は、没落の家と庶民ばかり……」
鏡華は没落貴族と聞いた瞬間、自分たちに対しての嫌味だと思い、宇曽を睨んだ。
「鏡華ちゃん、落ち着いて!」
「それに宮袋選手と松島選手でしたっけ? あの戦いは品位があったものじゃない。呪術研究都市の学生の大会と言われて来てみれば、ガキの喧嘩じゃないですか。この島の呪術統括本部の品位を疑いますよ」
「そうですかー。ちょっと辛口なコメントを受けましたが、宇曽八百さんの品位のある戦いって、どのような戦いなのですか?」
「やおよろず! ねえ、わざと間違えていない?」
宇曽は気を取り直し、話し出す。
「それは呪術での戦いですよ。呪術の戦いには、格闘戦はいりません。相手の心をかき乱し、不動金縛りを与えたり、言霊で相手を思うがままにしたり、呪言により相手を呪い殺した利することですよ」
「呪い殺したらルール違反ですよ?」
宇曽は犬たちから「そうだそうだ」や「引っ込んでろ、このハゲ!」と罵声を浴びせられる。言い返そうと思ったが、窪畑が言っていることはルール上本当であるから口を閉ざすしかなかった。
「それにー、言霊ってー、かなりの高等呪術になるんですけど、宇曽さんはできるんですか?」
「わ、私は呪術軍事評論家であって、そんな野蛮なことをしないさ」
「そうなんですねー」
窪畑が宇曽に笑顔を向ける。その笑顔が笑っていないように宇曽には見えた。
「それでは続いてもう一チームを紹介します。二次予選リーグAブロック二位通過、櫻田一家! 私達はこのチームに負けてしまい、二次予選リーグを敗退しました」
犬たちが泣き始めた。
「みんな、ありがとう。泣き止んでね」
犬たちはワンと鳴く。
「そんなわたしたちから見ると、ものすごい根性のあるチームだと思います。わたしたちは呪術で負けていなかったのですが、彼らの野生溢れる力はまさにビーストと行ってもいいってよかったです」
「あのさ、本当に呪術大会だよね、これ?」
犬たちは牙を見せながら、宇曽を睨む。
「駄目だよ。皆がビーストになったら、ユーミン悲しい」
犬たちは悲しい鳴き声をし始めた。
「ありがとう、皆!」
犬たちはワンと鳴く。
「さて、注目選手は櫻田忍選手! 同じ女の子でありながら尊敬しちゃいます。彼女は呪術的な要素は軒並み低いのですが、精神力が強く、私も負けてしまいました。他にも忍選手を中心とした連携攻撃には驚くべきものを持っています!」
「そ、そうなんだね、それは恐ろしいチームだ……」
「はい! できれば、私達を倒してAブロックを通過したので、勝ってほしいですね」
窪畑の可愛らしい笑みが宇曽の心に突き刺さる。
「そ、そ、そうだね! そうあってほしいね! だは、だは、だはははははー」
市街地Bの作戦室ではつまらそうに座り、モニターを見ていた。
「真堂さん、聞こえる?」
「はい、聞こえます」
「なら、他の人達に確認をお願い」
藤の指示に従い、鞘夏は運搬ボックスの中で他のメンバーに声を掛ける。すると、全員から返事が帰ってきた。
「これで全員オッケーね」
「葉さん、急なお願いでごめんなさい。記録、お願いね」
葉は始まってもいないのに額に汗が出ていた。その汗を拭い、由美子に返事をした。
「うん、分かってる。失敗したら、ごめん」
「別に構わないわよ、葉。失敗しても問題ないから」
朝子は気楽な声で話した。
「氷見さんの言う通り。手伝ってもらえるだけ嬉しいわ」
由美子が優しく返事をすると、葉は顔が緊張しながら笑っていた。
「ごめんね、森田さん。私、情報処理が得意じゃなくて……」
「典子にやらせると、明後日の方向に誘導するからな!」
大地が笑っていると藤に怒られた。
「ねえ、あんた聞こえてる?」
朝子が鞘夏だけに呼びかけていた。
「はい……」
「あんた、本当にそれでいいの?」
「はい。私が決めたことです」
「それならいいわ。でも、足は引っ張らないでよ」
「全力を尽くします」
「頑張りないよ」
朝子はぶっきらぼうに言い、通信を切った。
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