第十話 本予選前日
七
本予選リーグ前日。
忠陽たちは伏見から放課後、翼志館高校に集めれていた。
「そりゃ、忍ちゃんだな」
「忍ちゃん?」
由美子は首を傾げる。
「ああ、松島さんにちょっかいを掛けてるスケ番、櫻田忍」
「スケ番?」
「あんた、いつの時代の言葉よ、それ」
大地は朝子に痛いところを疲れたのか、顔を歪める。
「忍ちゃん自体は悪い人じゃないんだけど、家庭に色々あってね……」
典子が言いにくそうにしていた。
「忍ちゃんの家、ヤクザなんだよ」
「大地!」
「隠してもどうせ分かるんだからいいだろう?」
「ヤクザって、あのヤクザ?」
朝子は典子に聞き返す。
「うん……。忍ちゃん、それで荒れてたときがあってさ。そのときに絡んで返り討ちにあったのが、松島さん」
「それで松島さん惚れたってわけ。あの人、女であろうと容赦ないから」
大地はつまんなそうにしていた。
「へー。それでお姫様が絡まれるわけ?」
朝子の疑問に大地は心当たりがないと顔をしていた。
「たぶん、松島さんに勝ったからじゃないかな? もしくは、松島さんから好意を寄せられているとか?」
典子の言葉に忠陽、葉、朝子は声を漏らした。
「何よ、あなたたち!」
由美子は不安そうな顔をした。
「いや、それは……」
忠陽は口を渋り、朝子も口を閉じていた。二人の態度に由美子は怪訝な顔をする。
「由美子、なんで松島さんにお嬢って言われてるの?」
葉の問いかけの意図に大地も典子も気づく。
「え? そんなの知らないわよ。あなた達と一緒で勝手に呼んでるだけでしょう?」
由美子は朝子と大地を指さしていた。
「たぶん、松島さんは渾名とかで呼ばないんじゃないかな……」
典子は苦笑いをしていた。
「え? じゃあなんでそう呼ぶのよ」
由美子は不満そうな顔をしていた。
「そんなの決まってんだろう。お前が好きだからだろう」
「え? えーーーー!?」
由美子は思わず叫んでいた。
大地はその場に居た朝子、葉、典子から頭を叩かれていた。
「痛え、痛えって!」
大地は頭を防御しつつ、痛みを訴えていた。
「何しとんねん」
第一視聴覚室に入ってきた伏見と朝子の姿を見て、三人はその手を止め、全員散り散りに席に座った。
「君らの気持ちは分かるけど、怪我してるときだけは優しくしてあげんと。それが、一番宮袋くんが嫌がることやで」
ヘラヘラと笑いながら、教卓の前と立つ。
「伏見先生!」
藤の嗜める声が入るも、周りは平然とした顔に、伏見は自分の言っていたことが外れたことに気づく。
「なんや、違うんかい……。まあええわ。藤君頼むで」
藤はパソコンを持ち、視聴覚室の機材に繋げ、プロジェクターを起動した。
映像が映し出されると、そこには本予選リーグのブロックとチームを振り分けが投影された。
「昨日、知ってると思うが、僕らは本予選リーグのBや。対戦チームは順番に、櫻田一家、エーメン、臥竜。ここで問題なのは相手チームではなく、宮袋くんや」
「はあ? なんで俺なんだよ!?」
「右手上げてみん」
大地は右手を上げると、包帯が巻かれており、そこには典子の字で使用禁止と書かれていた。
「その右手でどうするんや。ヒビが入っていたのを無理やり直してねん。肋骨もや。折れてるのをあの女が繋げた。治ったと思ってるようやけど、完全に治癒させるにはあと一日は必要や。やから、君は明日、出場禁止」
「いや、ちょっと待ってくれよ!」
「待てへん。なんで、鞘夏くんにお願いがある。明日、出てくれへんか?」
葉と典子は思わず声を上げる。由美子は俯いた。
「真堂さん、私達もあなたの思いは分かっているつもり。でも、今回は止むに止まれる事情なの。ここで出場選手がいないと、明日は不戦敗になってしまうわ。それは決勝リーグに上がるためには不利になる」
藤の正直な思いを聞き、鞘夏はスカートを掴む。忠陽はそんな鞘夏を見て、口を開く。
「僕は鞘夏さんの思うように決めれば良いと思う。でも、明日、不戦敗になったとしても残り二試合、勝てば良いんだ。僕らは必ず勝つよ」
由美子は顔を上げ、忠陽の意見に何度も頷く。だが、鞘夏は黙ったままだった。
「ここで決めんでもええ。明日の九時までに決めてもらえればええ。さっきああ言うたけど、あれは僕らからのお願いや。君が決めたことに僕と藤君はそれ以上とやかくは言わん。ほな、次に行くで」
その後は各対戦チームの確認、そして二次リーグでの課題点の話があった。伏見から大地には自分勝手な行動をするなという厳重注意が入り、大地は不貞腐れていた。
ミーティングが終わり、校門の前で由美子は鞘夏を呼び止めた。
「鞘夏、さっき賀茂くんが言ったこと、私もそう思ってるから。次は不戦敗でも構わない。大丈夫、明後日と明々後日は必ず勝つわ!」
由美子は鞘夏の手を握る。その力はいつも以上に強かった。
「ゆみさん……」
「あの賀茂くんが自分から言いきったのよ。私も負けるわけにはいかない!」
「神宮さん、それ……」
忠陽は肩を落とす。その姿に鞘夏も由美子も笑っていた。
家に帰ると、妹の鏡華の機嫌がいいのか、当番でもないのに料理をしていた。
「鏡華様……」
鞘夏がすぐに近づくと、鏡華は近づくの止めた。
「いいの! これから一週間は私が作る!」
「ですが……」
「いいのよ! 私の言うことを聞きなさい!」
「鞘夏さん、良いじゃないかな? 鏡華が作りたいって言ってるんだし」
鞘夏はオロオロとしていた。
「別にアンタの仕事を取ろうっていうわけじゃないの。この一週間は私がそうしたいって気まぐれよ!」
「……分かりました」
忠陽は食卓の椅子に座ったが、鞘夏は台所で立ったままだった。
「あんた、なんでそこに突っ立てるのよ。邪魔よ、邪魔。テーブルのところで待ってなさいよ」
「鞘夏さん」
忠陽は鞘夏を手招きした。鞘夏は大人しく従い、忠陽の元へ赴く。
「鏡華、あれで気を使っているんだ。多分、僕らが学戦リーグに集中してもらえるようにしてるんだよ」
忠陽がにっこりと笑うと、鞘夏はその笑みで、クスっと笑ってしまった。
「なに、二人共こそこそ笑ってるのよ!」
「鏡華のエプロンが馬子にも衣装だってね」
「あー、しっつ礼! 私だって、当番の料理作ってたでしょう?」
「ごめんごめん。魔が差したんだよ」
「魔が差してもそんな言い方はしないで!」
鏡華はそういいつも、機嫌は頗る良かった。
夕食の食卓では、いつも以上に健康に注意した料理が並べられていた。その料理の並びように忠陽は驚いた。妹がここまで料理上手であることは知らなかった。
「何よ、陽兄、なにかおかしいの?」
「いや、妹がこんなに家庭的だって知らなかったよ……」
忠陽の目を潤ませた。
「何よそれ! 私が全然できないっていう感じじゃん!」
「いつもダラダラしている鏡華の姿を見ていて、お兄ちゃん、嫁の行く先がないのかと思って心配してたから……」
忠陽から涙が出ていた。
「はあ!? 私だって、フミやお母様から色々教えて貰ってるんだから! てか、なんで泣くのよ!」
「だって、鏡華がここまで成長してるんだ。こんなに嬉しいことはないよ」
「ねえ、陽兄、それってどういう意味で言ってる? 決めた! 私、結婚しない! 陽兄の側にいる!」
「えッ!?」
「えっじゃないわよ。そんなに早く家から出ていってほしいんなら、私、結婚はしないから! その方が陽兄も嬉しいでしょうー?」
鞘夏は鏡華の怒りっぷりに笑っていた。
「そういえば、陽兄、明日はこの前みたいに負けないでよ!」
「うーん。どうかな、明日は欠場するかも……」
「えー。どうしてよ!?」
「チームメイトにドクターストップかかってね。明日は無理かも」
鏡華は悔しそうな顔をしたが、すぐにハッとなり、鞘夏を見る。
「あなたが出なさいよ」
鞘夏の動きが止まる。
「鞘夏さんは今回サポートがメインなんだ。出場はしないよ。でも、大丈夫! 残り二戦、僕らは必ず勝つって決勝リーグに行くから!」
「本当? 約束だからね! 決勝リーグには必ず行ってよ」
「約束する。必ず行くよ」
忠陽は横目で鞘夏を見る。忠陽の視線に気づいたのか、鞘夏は笑っていた。だが、忠陽はその笑みが歪んでいるように見えた。
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