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呪賦ナイル YA  作者: 城山古城
172/206

第十話 本予選前日

 七


 本予選リーグ前日。

 

 忠陽たちは伏見から放課後、翼志館高校に集めれていた。


「そりゃ、忍ちゃんだな」


「忍ちゃん?」


 由美子は首を傾げる。


「ああ、松島さんにちょっかいを掛けてるスケ番、櫻田(さくらだ)忍」


「スケ番?」


「あんた、いつの時代の言葉よ、それ」


 大地は朝子に痛いところを疲れたのか、顔を歪める。


「忍ちゃん自体は悪い人じゃないんだけど、家庭に色々あってね……」


 典子が言いにくそうにしていた。


「忍ちゃんの家、ヤクザなんだよ」


「大地!」


「隠してもどうせ分かるんだからいいだろう?」


「ヤクザって、あのヤクザ?」


 朝子は典子に聞き返す。


「うん……。忍ちゃん、それで荒れてたときがあってさ。そのときに絡んで返り討ちにあったのが、松島さん」


「それで松島さん惚れたってわけ。あの人、女であろうと容赦ないから」


 大地はつまんなそうにしていた。


「へー。それでお姫様が絡まれるわけ?」


 朝子の疑問に大地は心当たりがないと顔をしていた。


「たぶん、松島さんに勝ったからじゃないかな? もしくは、松島さんから好意を寄せられているとか?」


 典子の言葉に忠陽、葉、朝子は声を漏らした。


「何よ、あなたたち!」


 由美子は不安そうな顔をした。


「いや、それは……」


 忠陽は口を渋り、朝子も口を閉じていた。二人の態度に由美子は怪訝な顔をする。


「由美子、なんで松島さんにお嬢って言われてるの?」


 葉の問いかけの意図に大地も典子も気づく。


「え? そんなの知らないわよ。あなた達と一緒で勝手に呼んでるだけでしょう?」


 由美子は朝子と大地を指さしていた。


「たぶん、松島さんは渾名とかで呼ばないんじゃないかな……」


 典子は苦笑いをしていた。


「え? じゃあなんでそう呼ぶのよ」


 由美子は不満そうな顔をしていた。


「そんなの決まってんだろう。お前が好きだからだろう」


「え? えーーーー!?」


 由美子は思わず叫んでいた。


 大地はその場に居た朝子、葉、典子から頭を叩かれていた。


「痛え、痛えって!」


 大地は頭を防御しつつ、痛みを訴えていた。


「何しとんねん」


 第一視聴覚室に入ってきた伏見と朝子の姿を見て、三人はその手を止め、全員散り散りに席に座った。


「君らの気持ちは分かるけど、怪我してるときだけは優しくしてあげんと。それが、一番宮袋くんが嫌がることやで」


 ヘラヘラと笑いながら、教卓の前と立つ。


「伏見先生!」


 藤の(たしな)める声が入るも、周りは平然とした顔に、伏見は自分の言っていたことが外れたことに気づく。


「なんや、違うんかい……。まあええわ。藤君頼むで」


 藤はパソコンを持ち、視聴覚室の機材に繋げ、プロジェクターを起動した。


 映像が映し出されると、そこには本予選リーグのブロックとチームを振り分けが投影された。


「昨日、知ってると思うが、僕らは本予選リーグのBや。対戦チームは順番に、櫻田一家(サクラダ・ファミリア)、エーメン、臥竜(がりょう)。ここで問題なのは相手チームではなく、宮袋くんや」


「はあ? なんで俺なんだよ!?」


「右手上げてみん」


 大地は右手を上げると、包帯が巻かれており、そこには典子の字で使用禁止と書かれていた。


「その右手でどうするんや。ヒビが入っていたのを無理やり直してねん。肋骨もや。折れてるのをあの女が繋げた。治ったと思ってるようやけど、完全に治癒させるにはあと一日は必要や。やから、君は明日、出場禁止」


「いや、ちょっと待ってくれよ!」


「待てへん。なんで、鞘夏くんにお願いがある。明日、出てくれへんか?」


 葉と典子は思わず声を上げる。由美子は俯いた。


「真堂さん、私達もあなたの思いは分かっているつもり。でも、今回は止むに止まれる事情なの。ここで出場選手がいないと、明日は不戦敗になってしまうわ。それは決勝リーグに上がるためには不利になる」


 藤の正直な思いを聞き、鞘夏はスカートを掴む。忠陽はそんな鞘夏を見て、口を開く。


「僕は鞘夏さんの思うように決めれば良いと思う。でも、明日、不戦敗になったとしても残り二試合、勝てば良いんだ。僕らは必ず勝つよ」


 由美子は顔を上げ、忠陽の意見に何度も頷く。だが、鞘夏は黙ったままだった。


「ここで決めんでもええ。明日の九時までに決めてもらえればええ。さっきああ言うたけど、あれは僕らからのお願いや。君が決めたことに僕と藤君はそれ以上とやかくは言わん。ほな、次に行くで」


 その後は各対戦チームの確認、そして二次リーグでの課題点の話があった。伏見から大地には自分勝手な行動をするなという厳重注意が入り、大地は不貞腐れていた。


 ミーティングが終わり、校門の前で由美子は鞘夏を呼び止めた。


「鞘夏、さっき賀茂くんが言ったこと、私もそう思ってるから。次は不戦敗でも構わない。大丈夫、明後日と明々後日は必ず勝つわ!」


 由美子は鞘夏の手を握る。その力はいつも以上に強かった。


「ゆみさん……」


「あの賀茂くんが自分から言いきったのよ。私も負けるわけにはいかない!」


「神宮さん、それ……」


 忠陽は肩を落とす。その姿に鞘夏も由美子も笑っていた。


 家に帰ると、妹の鏡華の機嫌がいいのか、当番でもないのに料理をしていた。


「鏡華様……」


 鞘夏がすぐに近づくと、鏡華は近づくの()めた。


「いいの! これから一週間は私が作る!」


「ですが……」


「いいのよ! 私の言うことを聞きなさい!」


「鞘夏さん、良いじゃないかな? 鏡華が作りたいって言ってるんだし」


 鞘夏はオロオロとしていた。


「別にアンタの仕事を取ろうっていうわけじゃないの。この一週間は私がそうしたいって気まぐれよ!」


「……分かりました」


 忠陽は食卓の椅子に座ったが、鞘夏は台所で立ったままだった。


「あんた、なんでそこに突っ立てるのよ。邪魔よ、邪魔。テーブルのところで待ってなさいよ」


「鞘夏さん」


 忠陽は鞘夏を手招きした。鞘夏は大人しく従い、忠陽の元へ赴く。


「鏡華、あれで気を使っているんだ。多分、僕らが学戦リーグに集中してもらえるようにしてるんだよ」


 忠陽がにっこりと笑うと、鞘夏はその笑みで、クスっと笑ってしまった。


「なに、二人共こそこそ笑ってるのよ!」


「鏡華のエプロンが馬子にも衣装だってね」


「あー、しっつ礼! 私だって、当番の料理作ってたでしょう?」


「ごめんごめん。魔が差したんだよ」


「魔が差してもそんな言い方はしないで!」


 鏡華はそういいつも、機嫌は(すこぶ)る良かった。


 夕食の食卓では、いつも以上に健康に注意した料理が並べられていた。その料理の並びように忠陽は驚いた。妹がここまで料理上手であることは知らなかった。


「何よ、陽兄、なにかおかしいの?」


「いや、妹がこんなに家庭的だって知らなかったよ……」


 忠陽の目を潤ませた。


「何よそれ! 私が全然できないっていう感じじゃん!」


「いつもダラダラしている鏡華の姿を見ていて、お兄ちゃん、嫁の行く先がないのかと思って心配してたから……」


 忠陽から涙が出ていた。


「はあ!? 私だって、フミやお母様から色々教えて貰ってるんだから! てか、なんで泣くのよ!」


「だって、鏡華がここまで成長してるんだ。こんなに嬉しいことはないよ」


「ねえ、陽兄、それってどういう意味で言ってる? 決めた! 私、結婚しない! 陽兄の側にいる!」


「えッ!?」


「えっじゃないわよ。そんなに早く家から出ていってほしいんなら、私、結婚はしないから! その方が陽兄も嬉しいでしょうー?」


 鞘夏は鏡華の怒りっぷりに笑っていた。


「そういえば、陽兄、明日はこの前みたいに負けないでよ!」


「うーん。どうかな、明日は欠場するかも……」


「えー。どうしてよ!?」


「チームメイトにドクターストップかかってね。明日は無理かも」


 鏡華は悔しそうな顔をしたが、すぐにハッとなり、鞘夏を見る。


「あなたが出なさいよ」


 鞘夏の動きが止まる。


「鞘夏さんは今回サポートがメインなんだ。出場はしないよ。でも、大丈夫! 残り二戦、僕らは必ず勝つって決勝リーグに行くから!」


「本当? 約束だからね! 決勝リーグには必ず行ってよ」


「約束する。必ず行くよ」


 忠陽は横目で鞘夏を見る。忠陽の視線に気づいたのか、鞘夏は笑っていた。だが、忠陽はその笑みが歪んでいるように見えた。

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