第十話 チーム松島戦 其の四
大地は松島の最後の一撃を喰らい、気絶していた。係員によって演習場近くに設営されている医務室へと運ばれる。典子は心配そうな表情で大地に付いていった。
忠陽と松島も意識はあるが、係員から医療検査を受けるように指示をあった。松島は拒否したが、大人たちは彼の道に立ちはだかり、通そうとはしなかった。そこに陸軍から派遣された女医に耳打ちをされ、松島は大人しく医療検査を受けることにした。
辺りは今までにないほど慌ただしくあり、その様相に藤は不安を覚える。
「藤先生、この度は我が校の生徒が申し訳有りません」
藤に謝ってきたのは、岐湊高校の教員で、チーム松島の担当教員の日影だった。
藤は突然のことに驚いた。
「そんな。これは松島くんのせいではありませんし、日影先生のせいでもありません」
メガネを掛け、暗い顔をした日影はこの暑い時期だと言うのにスーツ姿だった。
日影とは学戦の運営委員会で何度も顔合わせをしており、年が近そうなこともあり、藤は情報交換のため何度か声を掛けたことがある。いつも暗い顔をしており、口数は少なく、必要以上のことは話さない彼から謝ってくることが珍しい。
「私の監督不行きです」
「これは大会です。怪我をすることは想定されています。それにお互い様ですから」
「ありがとうございます……」
日影は深々と頭を下げていた。
「藤くん、皆の様子はどないや?」
日影の後ろから伏見が声を掛けていた。
「伏見先生! 私もまだ確認していないのですが、宮袋くんは気絶して、まだ目覚めていないようです。賀茂くんは、意識が有り、メディカルチェックを受けています」
「松島くんは?」
「えっ?」
藤はなぜという気持ちがあったが、状況が分からないため日影を見た。日影はその視線に気づくも、答えなかった。伏見はそれを見て、医療室へと向かう。
「伏見先生!」
藤は不安になり、伏見を止めていた。
「なんや?」
「いや、生徒たちは大丈夫なんですか?」
「この大会には、何があっても良いように最高の医者を用意しろって統括本部には言うてる。それに、あの女がいるから、簡単には死なせてもらえんやろ」
藤はその自信に不満を抱く。
伏見が医療室に入ると、松島とすれ違った。
「どこへ行くん?」
「帰るだけっすよ」
伏見は奥に居た女医を見ると、女医は帰せと手振りで示していた。
「何かあったら、病院に行くんやで」
「そんな必要はないっすよ」
「痩せ我慢は命取りになるで」
サングラスから伏見の目が見えた。松島はその目を睨みつつも、すぐにその場から去った。
伏見は女医の側に近づくと、女医はタバコを付けて、吸い始めた。
「ここは禁煙やないんか?」
「患者の前じゃなければよかろう」
女医の名前は四鏡燈、陸軍第八師団特殊呪術連隊付きの特別医療隊員である。その腕は高く、国内の医者が直せない症状をいとも簡単に治療する。が、狂医として名が通っている。
燈は白衣の裾どけながら、診察室の前に並べられている椅子に座る。伏見はその横に立った。
「宮袋は右手の腕にヒビ、肋骨を二、三本折れているというところだ。賀茂は打ち身程度だ。呪詛のおかげだな。宮袋は二日かかる。替えは居るのか?」
「おらへん」
「あの、女はどうした? 賀茂の従者は?」
「あの子は自分の意志でこの大会に出ないと言ってる。今更、出すわけにはいかんやろ」
「なるほど、自分の意志か……」
「松島くんはどうや」
「どうもこうも、外傷自体は問題ではない。解放者の多くはその身体機能が通常の人間の何十倍もある。呪力で強化した拳など、モノともしない。ただ、内傷、特に霊傷に関しては普通の人間と同じだ。あの状態ではさぞ辛かろうに、強靭な精神を持っているとしか言えんな」
「それで、どのぐらいで治るんや」
「倦怠感や痛みは一週間で脳が痛みを忘れるだろうが、霊傷そのものを消えるまで一ヶ月はかかるだろう。一ヶ月は安静をしていろと言ったが、その必要はないだとさ」
「意地やな」
「優しさじゃないのか?」
「お前からそんな言葉出てくるとは思わんかった」
「私だって元人間だ。そんな言葉は出るさ」
燈はタバコを携帯吸い殻に入れ、立ち上がる。
「賀茂には言うのか?」
「言わなあかんやろ」
燈は鼻で笑う。
「後悔しても遅い。子どもにおもちゃを与えれば遊ぶのは当たり前だ。今日は友だちがやられたから負の感情が高まっただけだ。遊び方をまた教えてやれば良い」
「そのつもりや」
「宮袋は治してやる。だが、明日は何もさせるな。でないと、再発する」
「そっちのほうが難しいわ……」
「思ったよりも大変だな、教師というやつは」
燈は手を上げて、大地の治療室へと向かう。
伏見は忠陽の治療室へと向かった。治療室に入ると、忠陽は退屈そうに係員を待っていた。
「先生」
「えらい元気そうやな」
「はい。神宮さんの治癒術で大体の痛みは取れていたので」
「さいか。それは良かったな」
伏見は忠陽の隣に座る。忠陽はなにかを感づき、伏見から視線を外す。
「僕になにかあるんですか?」
伏見はいつものヘラヘラとした笑みを浮かべた。
「呪詛は人の心の表れって言ったことは覚えてるか?」
「はい」
「君がこの大会への思いが強いことは分かるし、友達が倒れたことで感情的になったのは分かる。やけど、呪力防御が低い人間に強い呪詛を流せば後遺症を残すかもしれへん」
忠陽は黙って頷く。
「呪術師に必要なのは冷静さ。何も冷徹になれとは言わへん。自分の思いはそのままに、心の中に秘める必要がある。分かるか?」
「はい……」
「呪術師はみんな嘘つきや。自分にさえ嘘をつく。君にならできると僕は思ってる」
「はい!」
忠陽と伏見が医務室から出ると、外では由美子たちと中学生くらい少女との間で揉め事が起きていた。少女は赤い短ランにボンタンと、姿形を見ればレディースのボスであり、その可愛らしい顔をと相まって、反抗期真っ盛りな少女に見えてしまう。また、一四〇センチくらいの身長がその服装と掛け合わせて、お人形、マスコットのようにも見えていた。
「勝負しろ、神宮由美子!」
少女は今にも由美子に噛みつきそうで三本松に抑えられていた。由美子は理解できずにオロオロしており、今まで見たことのない人物が恐ろしいのか鞘夏の手を掴んでいる。
「逃げんな! 今すぐ勝負しろ!」
「あ、姐さん! 抑えてください!」
「そうですぜ! アニキも言ってたでしょう? 全力で戦った結果だって……」
「そうですよ、アネキ。悪いのはアニキじゃない……。俺達ですぜ!」
三本松は泣き出した。
忠陽は目を見開き、伏見は頭を掻いた。
「うるさい、お前たち! シゲが、シゲが……こんな女に負けるはずがない! あんたが誑かしたに決まっている!」
「私は……」
由美子はその言葉責めにどう返していいか分からないようだ。
「止めろ、忍……。俺たちに恥をかかせるつもりか?」
松島は少女を睨みつける。
「私は……ふん!!」
忍はその鼻を鳴らし、怒っているのだが、何故か小動物のように可愛らしいと忠陽は思った。
松島は由美子に頭を下げる。
「お嬢、すまねえ。あんたにあらぬ疑いを掛けちまって。ここは俺に免じて許してくれないか?」
「許すもなにも、私は……」
「すまねえ。この詫びは、後日正式に――」
「その必要はあらへん。君はササッと帰って大人しくしとき」
松島は伏見を睨みつける。それと一緒に忍も伏見を睨みつける。
「ま、松島さん!」
忠陽は声を上げていた。松島は忠陽の方を見る。
「そ、その……すいませんでした」
忠陽は頭を深々と下げていた。
「な、なんで、賀茂くんが謝るのよ!」
由美子が大声を上げていた。
「やっぱり! あなたたち――」
松島は忍が喋るのを静止する。忍は不満そうな顔をする。
「おめえは、自分がやったことが間違ってると思っているのか?」
松島は忠陽を睨みつける。忠陽はその威圧に押され、目を反らしてしまった。しかし、すぐに松島へ目線を戻す。
「間違ったことは……していないと……思います」
「なら、なんで謝んだ?」
「それでも、僕がしたことは危ないことだったと気づいたからです!」
松島は忠陽の真剣な表情を見て、笑みを浮かべる。
「危ないこと? 上等だ、ゴラッ。俺は殺せるなら殺してみろ。あれは俺が油断したせいだ。てめえのせいじゃねえ。次はてめえを完膚なきまで叩きのめしてやる、アアン!?」
忠陽はその返事がなんだか嬉しかった。
「はい。僕も負けません!」
忠陽は楽しそうな表情を浮かべ、松島に言い返す。
「それでいいんだよ、へッ!」
松島は悪態をつくと、その場から去っていった。忍は松島をみて、由美子を交互に見ると、悔しそうな表情を浮かべ、松島の後を追った。三本松も「アニキーーー!!」と叫びつつ、後に続いた。
伏見はため息を吐く。
「さっきまで言ったことが台無しや……」
「先生、すいません」
伏見は忠陽の肩を優しく叩いた。
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