第十話 チーム松島戦 其の三
青色の色眼鏡、白半袖のワイシャツに、ボンタンを履いて如何にも不良の様相はこの男のトレードマークでもある。この島で、喧嘩をする者はこの喧嘩師を知らないやつは居ない。松島成実の背中には漢というマークか、それとも義侠という言葉が似合う。
松島は自分の手についている呪防具に手をかけ、リタイヤをしようとしていた。
「戦うわず止めるなんて、アンタらしくもないな……」
松島は鼻で笑う。
「この戦いはアイツらの戦いだ。俺のじゃあない」
「そんなもんは関係ねえよ、俺と戦え!」
大地は自分を指差す。
「つまんねえ勝負しても意味はねえ」
「つまんねえ? 巫山戯んじゃね! 俺はずっとアンタとまた戦えるの楽しみしてたんだ。それに、今日はアンタと俺の一騎打ちだ!」
松島は呪防具から手を放した。
「お前の気持ちは買ってやるよ。だが、そんな気分じゃない」
「気分? そんなのは関係ねえ。俺はアンタと戦えればそれでいい!」
大地は炎を松島の眼の前に放ち、挑発した。
「俺にビビってんのか!?」
松島はため息をつき、面倒くさそうな顔した。
「分かった。仕方ないがそのくだらない喧嘩買ってやるよ」
松島は立ち上がり、色眼鏡を大地に投げ捨てた。大地はその眼鏡に気を取られてしまい、松島を見失う。次の瞬間、大地の右頬に衝撃が走り、体ごと吹き飛ばされ、建物の壁にぶつかった。
「宮袋選手、クリーンヒット! 松島選手のメガネに気を取られたのか、モロに顔面に食らってしまったぞーー! 大丈夫か!」
「大ちゃん!」
「大地くん!」
典子と忠陽は声を上げる。
大地は塀に手を当て、立ち上がる。視界は揺れ、動き回る。その中でも松島から目を離さないようにしていた。
「ちっとは目が冷めたか? これ以上まだクダらねえ戦いを続けるか?」
「……ああ。姫さんやボンにもよ……アンタに勝って戻って来るって言ってるからな……」
次第に大地の視界は元に戻ってきた。頬に痺れはあるが、いつものことだと、思い、構えた。
「構え、ねえ。いつものてめえなら、問答無用に反撃してくるのに、どうした、怖いのか?」
「怖い? 何言ってんだよ」
大地は地面を蹴った。まずは軽い攻撃を加え、相手の出方をみた。松島はその攻撃を気にせず、大地の懐にタックルする。大地は後方へと押され、体制を崩し、倒れてしまった。松島はそのまま大地に馬乗りになった。
「なんだ、その弱っちぃパンチは。いつからお利口ちゃんになったんだよ」
「おおっと! 松島選手、馬乗りになったぞ! これは一方的な状態だ! 宮袋選手、ピンチ!」
観戦会場ではどよめきが走る。
松島は拳を鳴らし、大地に顔を目掛けて拳を振り下ろす。大地は腕を上げ、顔をガードする。松島の拳は重力で加速されたように重く、大地の腕に響く。
「宮袋くん、今そっちに神宮さんたちが向かってる! 耐えて!」
藤からの通信が入った。
「いらねえ……」
「えっ!?」
松島の口角はあがり、目は狂気じみたものを感じる。
「必要ねえって言ってんだよ!」
大地は足を使い、松島の背中を蹴る。だが、馬乗りなられているせいか、その攻撃は弱いものだった。大地は顔をガードしながら、更に足を動かし、松島の頭を蹴るも、松島は全く動じない。それどころか、さらに攻撃の勢いが増していた。
「なんという戦い方だ! いや、これは戦いじゃない! 喧嘩だぁぁ!」
観戦会場では松島の戦い方に歓声が上がっていた。
「何言っているのよ! やられてる一方じゃない!」
藤からの通信は大声になっていた。
「馬鹿大地! 藤ちゃん先生の言う事を聞け!」
典子からも罵声が飛んでいた。
「外野はすっこんでろ! これは俺とコイツの戦いだ!」
大地の体から魔力が増幅され、体全身に炎が覆う。その勢いで馬乗りになっていた松島は吹き飛ばれた。
「なんだ、この炎は! 宮袋選手から溢れ出ているぞ!」
大地は立ち上がり、口に溜まった血を吐き飛ばす。大地は松島を睨みつけ、再度構える。
松島は炎を全身に纏った大地を見ても冷静で、土埃を払うと、大地に対して、手で呼び寄せる。
大地は笑みを浮かべ、松島の元へ駆ける。
先に仕掛けたのは大地だった。炎を横薙ぎに放ち、相手へ牽制する。松島はそれを元のもせず、炎を殴り飛ばす。
「炎を殴り飛ばしたあ! こ、こんなことができるのか!?」
「いや、できねえーよ……」
浩平が梅子の実況にツッコミを入れていた。
炎を纏った大地はまた格闘戦を挑む。炎は松島の服を焼き、その肌を軽い痛みを与える。松島はその痛みや大地の炎を気にせず、大地の顔面を殴りつけた。大地も松島の顔を捉えており、互いに攻撃を食らっている状態だった。
「く、クロスカウンターだぁぁ!」
梅子は席から立ち上がった。
大地は攻撃を受けながらも松島を見ていた。そこにあるのはコイツに負けたくないという意地だけだった。その思いとは裏腹に、大地の足は松島の拳をくらい少し浮いていた。松島はそれを見逃さず、さらなる一歩を踏み出し、大地の腹部目掛けて拳を放つ。
大地はその拳を受け、住宅地の塀にぶつかり、住宅地の中へと飛ばされた。
「松島選手が競り勝ち、重たい一撃を加える!! 宮袋選手は家の中に入ってしまった! おおっと、宮袋選手、一回目の呪防壁が発動したぞ! これでチーム五芒星は完全勝利ならず!」
大地は腹部の痛みを堪えて、立ち上がる。呪防壁が解除されると、家の外に出る。松島のワイシャツは燃え尽きており、その柔軟で鍛え抜かれた筋肉が顕になっている。
松島は首を鳴らしながら、大地にゆっくりと近づいた。
大地は体全身の炎を右手に収束せる。炎は手で輝きを増す。大地は深呼吸し、松島へと走り出す。右拳から見える軌跡は松島へと一直線と向かう。
「バァァァニング! クラッシャァァァー!!」
大地の咆哮ともに放たれる拳に対し、松島は受け立つというように自身の拳を振りかぶる。無言の笑みを浮かべた松島は雄叫びを上げ、大地の輝く拳にぶつけた。
呪力を乗せた拳は通常の拳から繰り出させる強さの何倍もある。今の大地の拳は濃密な呪力と副産物の炎がある。人の域にいる拳では到底勝てるはずがない。だが、この松島という漢の拳は人間の拳ではなかった。
世界には人間でありながら、人間だと説明できない者が存在する。その者は脳が違うのか、体が違うのか、未だに解明できていない。それとも喧嘩師、松島は多くの喧嘩によって獲得した呪いを帯びた拳なのか。
大地が放つバーニングクラッシャーの炎と呪力で覆われた硬い右拳を力技で吹き飛ばし、がら空きのボディにもう一発左ストレートをお見舞いする。
大地は同じ場所へと吹き飛ばされ、二度目の呪防壁が発動する。
観戦会場は騒然としていた。どう見ても負けるだろうと思っていた松島が大地を完膚なきまで吹き飛ばしたのだ。実況の梅子でさえ、その状況が理解できず、言葉が出て来なかった。
「賀茂くん!」
戦いはまだ終わっていない。由美子の声で忠陽は松島に石礫を放つ。松島はそのことに気づき、石礫を避けつつも、避けられないものを壊していった。
「氷見さん!」
朝子は建物の屋根から鞭で攻撃をする。数回の鞭の攻撃で松島は鞭の軌道を見切ったのか、その穂先を捕まえる。
朝子のことで亜門のことを思い出し、動揺した。
「なんなの、コイツ!」
「氷見さん、鞭を手離して!」
忠陽の呼びかけに朝子はすぐに鞭から手を話す。
「松島選手、チーム五芒星の猛攻を凌ぎ切っている! まさか、未来から来た殺戮マシーンなのかぁ!?」
忠陽は呪符を取り出し、雷撃を放つ。雷撃は松島に辺り、松島の顔は歪む。だが、それも束の間、忠陽に向かって走っていた。
忠陽は土の壁をつくり、松島と一旦の距離を取りつつ、建物へと隠れる。松島は土の壁を壊し、忠陽の気配を探ったが見当たらなかった。
「あいつ……」
その瞬間、松島に黒い電撃が走る。松島はその痛みに声を上げる。すぐにその黒い電撃が走った方を見ると、忠陽が松島の体に触れていた。
「てめえぇ……」
忠陽は離れようとした瞬間、松島は忠陽の服を辛うじて掴み、引き寄せ、忠陽の頭に頭突きをする。忠陽はその痛みで意識を失いかける。それで終わりではなかった。松島は歯を食いしばりながら、忠陽に気迫の声を上げながら、拳を繰り出す。その拳は忠陽の腹部を抉り、吹き飛ばす。忠陽は壁にぶつかりながら呪防壁が発動する。
「あああっと! ここで賀茂選手が意識喪失に伴い戦闘不能! チーム五芒星は後二人となってしまった。チーム松島、逆転のチャンスが生まれたぞぉぉぉ!」
観戦会場は脇立ち、松島コールが生まれていた。
「これで終わりよ」
由美子の声とともに放れた矢は松島の後頭部目掛けて、走った。
松島はその弦の音で気づくも、動くことさえできなかった。忠陽からの呪詛をくらい、全身には激痛が走り、立っているのもやっとだった。今立っているのは喧嘩師、松島としての意地である。
「お嬢の矢か。まぁ、悪くない」
松島は笑みをこぼすと、呪防壁が強制的に発動し、死に繋がる頭部への攻撃から守るために最大稼働をした。
「神宮選手が放った矢によって、松島選手の呪防具が最大稼働をしまった! ここで試合終了。勝ったのは、チーム五芒星! ですが、最後まで逆転のチャンスがあったチーム松島。いやー松島選手強さが際立つ試合でした!」
由美子は忠陽の元へと駆け寄る。
「賀茂くん、しっかりしなさい!」
由美子は呪防壁が解け、ぐったりと横たわる忠陽の体を起こす。忠陽は体を揺すられ、痛みで目を覚ます。
「じ、神宮さん、痛いよ……」
「よかった……。もう! なんであんなことをしたのよ!」
「え?」
「足止めで良かったのにどうしてあんなに近づいたのよ!」
「な、なんでだろうね……」
忠陽が痛みでお腹を抑えていた瞬間、由美子は慌てて腹部に治癒魔法を掛ける。
松島は後ろから笑い声を上げながら、建物を支えとして使って立っていた。
「悪いな。手加減しようと思っていたが、できなかった」
由美子は松島を睨む。
「お嬢、そう睨むな。俺だって、やりたくてやったわけじゃない。これは自己防衛だ」
由美子はそっぽを向く。その嫌われように松島は笑いながら、その場に座り込む。
「よう、賀茂。あの黒い光はなんだ。痛みと気持ち悪さがいっぺんに押し寄せた。頭がおかしくなりそうだったぜ」
「誰があなたに教えるもんですか!」
「嫌われちまったな……」
「……呪詛です」
「賀茂くん!」
「呪詛? 呪いか……」
忠陽は頷く。
「今まで受けたことがないやつだ。こんどお前と喧嘩するときは気をつけないとな……」
松島はゆっくりと立ち上がる。
「僕は戦いたくないです」
松島は忠陽の返答に笑った。
「賀茂、どうせ、後でみんな分かると思うが、今はその呪詛については黙っといてやるよ」
松島は背中を見せて、手を上げながら、ゆっくりと去っていた。
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