第十話 偵察?? チーム武帝 其の二
ファミレスに着くと店員は二人の顔を見て、席へと案内した。忠陽はその手際の良さから指定席なのかもしれないと思った。
ここに来るまでも真は笑みを絶やさず、優しい顔をしていた。席に座っても、忠陽を気遣う言葉をかけ、メニュー表を渡す。
「待て、真。ドリンクバーの金額、この前より上がってるぞ。もう一度計算し直す」
「いいよ、計算しなくて。ここに来たのは彼と話をすることだろう? ここは僕が持つよ」
「それは違うだろう。ここは最適解で――」
「それとも、彼に持ってもらうかい?」
「それは違う」
「なら、僕が持つよ」
浩平は俯き、顔を顰める。
「すまない」
「どうも」
真は店員にドリンクバーを単品で三つ頼み、忠陽といっしょに飲み物を取りに誘った。忠陽は席を立ち上がり、一緒にドリンクバーのカウンターへ行くと、真は苦笑いしながら謝った。
「ごめんね。浩平は生真面目なんだ」
「いえ、いい人なのは分かります」
「そう言ってくれると助かるよ。今の岐湊高校があるのは浩平のおかげなんだ。浩平が色々とルールを作ってくれたから学校で喧嘩もなくなったし、授業もまともに受けられるようになった」
「そうなんですね……」
真は浩平の分のコーヒーを入れると、忠陽とともに席に戻った。
「おい、真、コーヒーなのか?」
「どうかしたの?」
「いや、眠れなくならないか?」
「大丈夫だよ。逆に深く眠れるよ」
「そうなのか……」
真は忠陽を見る。
「ごめん。早速だけど名前を教えてくれるかな。僕は武真、岐湊高校で生徒会長をしている」
「俺は松前浩平、生徒会副会長だ」
「賀茂忠陽、翼志館高校一年です」
「そうか、一年生か。でも、凄い隠蔽術だね。なんていうの?」
「隠形です……」
「隠形と言うと、忍者や呪術師が姿を隠す術だな。だが、ここまで姿を見えなくなるのは始めだ。どういう仕組なんだ?」
「浩平……。聞くだけ野暮だよ」
「なに、野暮なのか?」
「そうだよ、涼井先生が言ってるじゃないか。女にも同様に呪術は秘密があるからその美しさが際立つって」
「そうか、それもそうだ」
「で、君はどうして岐湊高校に来たんだい。亮君の仕業じゃないってこと分かったけど」
「亮君?」
忠陽は誰の事を言っているか理解できなかった。
「竹中亮。お前たちの生徒会長だ」
浩平がぶっきらぼうに言った。
「いえ、僕は僕の意志で岐湊高校に来ました」
「なるほど。なら、なんで来た? まさか真の偵察に来たんじゃないだろうな?」
忠陽はゆっくりと頷く。それを見て、真は笑った。
「そうか、僕に用があったのか」
「笑い事じゃないぞ、真!」
「僕を見に来たぐらいで良かったよ」
「お前な、お前を偵察にしにきたということは、こいつはたぶん学戦リーグの出場者だぞ。敵にみすみす情報を渡すつもりか」
「ええ? いいよ。学校が平和なら」
忠陽はその言葉に呆気にとられた。
「どうしてですか?」
「僕の手の内ならいずれ分かることだし。それよりも君の隠形の術で学校を荒らされる方が僕にとっては嫌かな」
そう笑顔で答える真が凄いと忠陽は感じた。
「それで、僕の何が知りたいんだい?」
「おい、真!」
「浩平、他のお客さんに迷惑だから抑えて」
「自分から渡すことはないだろう!」
「彼がすごい隠形の術が仕えることが分かった。これじゃあフェアじゃないだろう?」
浩平は苦い顔をして引き下がった。
「いや、その……」
「なんでも聞いていいよ。でも、二つまでにしよう。それ以上だと浩平が怒るから」
「俺は……」
浩平は何かを言いかけて、口を閉じた。
忠陽は何を聞こうか考えたが、それよりも気になっていたことがあった。
「どうして、僕を認識することができたんですか?」
「え?」
浩平が頷く。
「確かにそうだ。俺にはコイツが見えなかった。どうしてお前には見えたんだ?」
「どうしてだろうね」
真は明るく浩平に返した。浩平は力が抜け、テーブルに頭を打ち付けた。
「おれはお前にそれを聞いてるんだ」
浩平は顔を上げながら、真を睨む。
「そう怒るなよ。ねえ、賀茂くん、君のその術を見破れる人間は他にいるの?」
「居ます。索敵術でマナの流れや変調を見るとか言っていました」
「それはかなりの使い手だぞ。真はそこまで呪術を使わない」
「あとは、精霊術や結界術を使う人ですかね」
「なら、結界術の方かもしれないね。僕も陣を使うから」
「おい!」
「陣を使うことは学戦に出た人間なら誰でも知ってるから、わざわざ隠す必要はないよ。それに彼は翼志館だし、亮君は自分たちの勝率を上げるために教えるんじゃないかな?」
浩平は歯がゆい顔をしていた。
「僕らの生徒会長とは仲がいいんですか?」
「僕と亮君は同門なんだ。天野川流兵法、知ってる?」
忠陽は首を振り、謝った。
「そんな謝らなくていいよ。マイナーな流派だし、今は軍部で主流なのは佐伯流だからね」
「佐伯……」
「佐伯流は知ってるの?」
真は目を輝かせていた。
「いえ、知っているというよりは、佐伯総将さんという人と面識があって。さっきの隠形の術を見破られたのはその人なんです……」
「え、ほんとう! どんな技を使ってたの?」
真は机に見を乗り出していた。
「おい、真! 抑えろ!」
真は我に返り、忠陽に謝っていた。
「たしか、カイセンのホマレって言ってました」
「カイセンのホマレ。もしかして、戦闘開始時に引く陣なのかな……」
「あの……兵法とかが好きなんですか?」
「うん。僕らの兵法はマイナーだけど、いつかは世に広めたいと思っていてね。他流を僕らの流派に応用できないかなって……」
「でも、他流の特性を流用すると元あった長所と打ち消されるんじゃないんですか?」
「そうだね。だから、大変だよ。天野川流は陰陽道の思想がベースとされた兵法なんだ。佐伯流は現代で編纂された兵法なんだけど、そのベースは一つとは限られていない。陰陽道や呪術、神道、精霊術なんてものも入っている。だから、できないことはないと思っているよ」
忠陽はそんな佐伯流兵法というのがそんなに凄いもの知らず、驚いた。
「ごめん、話がそれて。僕が君を認識できたのはおそらく奇門遁甲の陣のおかげだと思う。ぼくはそれを僕を中心とした半径五メートルぐらいで常時展開しているから」
「常時!?」
「うん。この学校に来るまではそんな事できなかったけど、よく襲われることがあって、どうにかできないかと試行錯誤しているうちにできたんだ」
忠陽は苦笑いする真を見て、息を飲む。
「そもそも陣ってそんなことができるんですか? 結界術を常時展開するなんて聞いたことがありません」
「確かにな。だが、お前は勘違いしている」
浩平は腕組をした。
「陣は結界術じゃない。結界はこの現実世界と隔たりを作り、干渉を遮断して、自ら優位な世界を作る。それに対して陣は自らの周辺に術式領域を作り、対象へ作用させる。似ているが、結界の術者は雨風の影響を受けないが、陣の術者はその影響は受けるんだ。呪力の消費は隔たりを作らない分、陣のほうが遥かに小さい」
「そういう違いがあるんですね」
「佐伯流には結界術はなかったと思うから、さっきのカイセンのホマレっていうのはたぶん陣だと思う。佐伯総将さんは効果範囲を君にも付与した上で、居場所を見つけ出したんじゃないかな」
忠陽は真の見解に納得した。
「術が見破られたんじゃなくて、術式効果を相手に付与して見つけ出す。佐伯さんの戦い方は凄いな」
「それはそうだろ。相手は陸軍で英雄と呼ばれている一人だ。そんな人間に会えるなんて羨ましすぎる」
「たまたま知り合いが居て……」
「知り合い? 翼志館だとすると、もしかして神宮由美子か? そうか、お前は五芒星のメンバーだな?」
忠陽は知り合いなのが伏見なため、頷きにくかった。
「浩平、たぶん違うよ。伏見先生だよ」
「あの胡散臭い片腕の男か? あいつにそんな人望があると思えんぞ」
「伏見先生、結構顔広い人だよ。涼井先生とか、呪術で色々と相談しているみたいだし」
「なるほど、確かにな。涼井先生がこの島で一番の呪術使いだと言っていた。だが、それで佐伯総将さんと関わり合いがあるか分からないだろ?」
「噂じゃあ、あの先生、この前の開会式で皇太子殿下相手に暴言を吐いたらしいよ。もしかすると、近衛だったんじゃない?」
「そうか。だからなのか? 学戦のとき宗先生ともよく話してただろう? 宗先生は確か近衛で【焔】と呼ばれ、戦績で皇王陛下から直接受勲したっていう噂があるし」
忠陽は二人の会話を苦笑いしていた。
「おい、お前! 本当はどうなんだ?」
浩平は忠陽に詰め寄る。
「よく、分かりません……。お二人とも詳しいんですね」
「僕らは将来、陸軍に入ろうと思っているからね」
「もう決めているんですか?」
「うん、僕はまず陸軍大学に入ろうと思っているよ」
「俺は高卒で入隊試験を受けるつもりだ」
「松前さんは陸軍大学に入らないんですか?」
「おれは現場一筋で終えたい。真は天野川流を広めることだから、陸軍学校で兵法軍学を学ぶつもりなんだよ」
「お二人とも凄いんですね。僕は、将来なにするかなんて考えていません」
「そうなのか? 軍部の人間と知り合いなら軍人になるといい。その方が楽できるぞ」
「僕には合わないかなって。この夏にそう思いましたから」
「夏? まさか、涼井先生が言っていた軍部との演習を行った学生たちというのはお前たちのことだったのか?」
「ええ。そうです……」
「そうか。だから、佐伯総将さんと知り合いなのか。羨ましすぎる……」
浩平は悔しそうな顔をしていた。そして、ハッとした顔で忠陽を睨む。
「賀茂……そうか! ここの呪術統括部の部長はお前の父親だな? それと神宮由美子が居るからお前たちに白羽の矢が立ったというわけか。クソっ! 名家出身の奴らよりも俺達のほうがより実践的なデータを提供できたのに……」
「浩平、それはあまりにも飛躍しすぎだし、賀茂くんに失礼だよ」
浩平の指摘どおりかもしれないが、あの地獄を知らないのから言えると、忠陽は作り笑いをした。
「賀茂、今回の件を水に流す代わりに、陸軍の誰かを紹介しろ」
「浩平! それはやりすぎだ!」
真と浩平が揉めている中で、忠陽は一人の人物だけを思い浮かぶ。その男はアホ面をしており、忠陽に「へっ」と手を上げて挨拶をしていた。
「一人なら、心当たりがありますけど……絶対にできるかは分かりません」
「ほんとうに!?」
「ほんとか!?」
真と浩平は同時に机越しに忠陽に迫る。忠陽はその気迫に仰け反った。
「誰なの?」
「誰だ!?」
「……遠矢……八雲さん……」
二人はゆっくりと席につき、体を震わせていた。忠陽は不味かったのかと声を掛けようとしたときに、二人は急に立ち上がり、喜びを咆哮する。
「本当だな、賀茂! 本当に遠矢八雲さんだな!?」
「えっ、はい……」
忠陽はその喜びように驚きを隠せないでいた。
「遠矢八雲さんと言ったら、出雲戦役での英雄中の英雄だよ。遠矢さんは、独立部隊【八重雲】の一人で会ってみたかった一人だよ」
真は忠陽の手を取り、喜びを伝える。
「あ! 居た居た! やっぱりここだ! 近藤くん、やっぱりここに居たよ!」
真と浩平の後ろから女性の声がした。二人は振り返ると、ショートヘアの細身で、朗らかな学生が居た。
「なんだ、遠山か。どうしたんだ?」
「どうしたじゃないよ。今日はフォーメーションの確認でしょう? 第二演習場で待ってたんだよ」
遠山は両手を腰に据え、不快感を顕にしていた。
「すまない、遠山。僕らもそのつもりだったんだけど、話がはずんで、ね?」
真は浩平に同意を求める。
「あ、そうだな。思わぬ収穫があった。今日の演習をしなくても、元は取り返せる」
「はあ? 私、狙撃の練習したいって言ったよね? 本番で失敗したらどうするのさー」
「遠山の腕なら大丈夫だろ? それに遠山にもいい話があるんだよ」
「真くんまでー」
遠山は頬を膨らませた。
「お、二人共、なんだか機嫌がいいな。どうしたんだ?」
遠山の後ろから現れたのは、スポーツ刈りの好青年だった。
「おい、お前ら、もしかしてそいつをシメてたんじゃないだろうな?」
スポーツ刈りの好青年は忠陽を指差し、心配そうな顔をした。
「近藤、違うぞ。色々と話しを聞かせて貰っていたんだ。なあ?」
浩平は忠陽に詰め寄る。
「は、はい……」
忠陽の返事に近藤は浩平を怪しむ。
「それより、いい話って何さー」
「聞いてくれ。あの遠矢八雲さんを僕達に紹介してくれるんだって」
「え? それ本当なの!? ってか、なんでこの子が知ってるのよ?」
「まあ色々とあるが、こいつは大丈夫だ。信用に足る人物だ。あの佐伯総将さんとも知り合いらしいからな」
「ねえ、二人共騙されてない? この子、翼志館だよ? 亮君のて、さ、き、かもしれないだよ!」
「大丈夫だよ、遠山。亮君とは関係が薄そうだった」
「真くんが言うなら、そうだろうけど……」
「それにこれは取引だからな」
それを聞いて、遠山は口を尖らせる。
「二人とも、この子に何をしたの?」
真と浩平は笑顔で「何もしていない」と口を揃えて答えていた。
忠陽は真と浩平と連絡先を交換し、翌日、観戦会場である総合体育館前で落ち合うことなった。
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