第九話 合宿の終わり 其の一
暗闇の中、うっすらと光が見える。光は暖かく次第に広まっていく。光が広まるに連れて、音が聞こえる。音は人の笑い声で楽しそうだ。その声が妙に気持ちよく、ずっと包まれていたいと思った。
忠陽はそこで目を覚ます。
ゆっくりと目を開けると、鞘夏の顔が見える。悲痛な顔が和らぎ、喜びの顔に変わるのが見えた。忠陽はその顔が綺麗だと思った。
「陽様……」
「えっと……」
忠陽は恥ずかしそうに言葉を濁す。
「おっ、やっと起きたな。ねぼすけ野郎」
いつもの無邪気な大地の顔が見えた。
「起きれるか?」
忠陽は体を動かしてみると、痛みが走る。
「おい、無理すんな」
「大丈夫。起きるよ」
大地は忠陽に手を差し伸べる。
忠陽はその手を取り、上半身を起こす。体を起こすと、由美子と朝子が見え、朝子の側に藤が見えた。
由美子は笑顔で小さく手を降ってくれたが、朝子はいつもの不満そうな顔だった。藤が隣にいるということは何かがあったのだろう。
顔を左に向けると、第一中隊の面々と伏見が居た。
全員、朗らかでさっきまでの殺伐とした空気が嘘みたいだった。
「無理せんでええ。座っとき」
伏見が言うとおり、足腰の力がうま入らない。忠陽は伏見言うとおり、座ったままにすることにした。
良子は忠陽を見て、叱責することなく、全員に呼びかけた。
「これで全員だな。なら、総評を始める。まず、賀茂、宮袋。お前たちは格上相手に果敢に戦い、そこバカモノの力をよく削いだ」
「バカモノとはなんだ……」
総将は腕を組みながら嘆息をつく。
「お前の場合、やり過ぎだ」
良子の指摘に全員笑っていた。
「そのおかげではあるが、二人の力を最大限に引き出したことは褒めてやる」
「はいはい」
総将は不満そうだった。
「特に、賀茂。お前は佐伯に対して、呪詛流しと雷による能力低下に成功している。これは単に戦力の低下ではなく、戦局を変える戦い方であり、味方への貢献度は高い。……そこの呪術師に教わっていなければな」
「素直に褒めいや……」
伏見はため息をする。
「課題としては威力だ。学生相手に対してさきの二つは申し分ない。むしろ、相手を選ぶ必要がある。だが、総将や伏見以上の相手をした場合、威力が半減もしくは反射されることを覚えておけ」
「はい!」
忠陽は力一杯返事をした。
「次に宮地。貴様はもっと頭を使え、ガキの喧嘩では勝てるものも勝てない。賀茂が総将の戦闘力を削いだから対等に戦えてる。現状に甘んじず、相手をいかに効率良く倒すか。それを考えて戦え」
大地は頭を掻く。
「だが、一日で必殺技を作れるだけのセンスはある。そして、防具をつけることなく、剣と真っ向から勝負する度胸と……」
良子は笑みを浮かべた。
「最後の、頭突きで戦う大胆さはお前にしかできない戦い方だ。日々の鍛錬を腐らず、怠るな。必ず強くなる」
大地は照れを隠すように天井を見上げる。
「氷見、貴様は術士相手に健闘したと言いたいところだが、合格点に少し足りない。咲耶を足止めし、負けない戦い方をした事は充分な成果だが、もう一段上を行け。ただの化かし合いではなく、相手の心理的なものを突け。例えば、わざと賀茂たちと合流することだ。これは単純な行動に見えても、相手には追う追わないという心理戦を生むと同時に状況の有利を生む機会でもある」
「どうしてよ……」
朝子は不満そうにしていた。
「もし、追えば隠形をした賀茂に奇襲を貰うかもしれない。追わないのであれば、総将の背後を取れ、それに気づいていた総将に隙が生まれる」
朝子は悔しそうな顔していた。
「これはチーム戦だ。相手の情報もそうだが、自分の味方の情報を頭に入れておけ。仲良くしろとは言わない、お前はもっとまわりと会話をしろ」
朝子は顔をそらしながら頷く。
「こぉらぁ! ちゃんとお礼をする。人としての礼儀でしょ?」
藤が朝子の頭に自分の手を起き、その手を優しく叩いた。
「叩かなくてもいいんじゃん……」
「何言ってるの。それとも、そこから教えないとダメなの?」
迫る藤に朝子は謝った。
「なんだよ、藤ちゃん先生には弱いんだな」
ケラケラと大地は笑った。
「藤ちゃん、怒ると説教が止まらないの知らないからそう言えるんだよ……」
「あー、確かに……」
納得する大地に引き攣った笑みで迫る。
「何か言ったかしら?」
大地は素直に謝り、周りから笑いが生まれる。
「ゆみ、相手はどんな奴だ?」
「相手?」
由美子は言葉がつまり、八雲を見るも、直ぐに良子を見直し、答えた。
「兄さんの強さは、この国でも上位に入るくらいの兵士です」
「どのくらいだ?」
由美子は眉をひそめるも、直ぐに答えた。
「指折りで数えられるくらいだと思います」
「そいつはどんな戦い方をする? どんな術を使う?」
「あの、良子さん――」
「いいから答えろ」
「兄さんは主に雷、風属性の術を使います。どちらとも遠距離での戦い方を主眼としたものではなく、近接戦闘に使用します。それは兄さんの戦い方が近接戦闘特化としたものです」
「概ねはいいだろう。ゆみの分析が間違っていないのなら、何故お前は倒されていない」
「それは……」
由美子は悔しそうな顔した。
「明らかに手を抜かれていました」
「そうだ。お前の命は八雲の手の中にあった。お前は兄妹ということで生かされていた。これが、もし、別の誰かだったどうだ?」
「……」
「周りが命を掛けて戦っているのに、結局、お前は相手に甘えていた。……確かにそういう作戦だろう。だが、その作戦は勝つためのものか? 将来、お前の肩には多くの人間の命が乗ることになる。敵が兄妹であろうとかつての仲間であろうと、お前に求められるのは勝つことだ。負けない戦いを許されるのは数えるくらいだと思え。お前に必要なのは心の中に一匹の冷酷な化物を飼うことだ。例え仲間が死のうとも、例え家族を自分の手で殺そうとも、毅然とし、仲間には勝利の道を指し示す。それがお前が歩もうとする道だ。……以上だ」
悔しさを押し殺すように、由美子は立っていた。
さすがに大地や朝子は居た堪れない様子であり、目が泳いでいる。
その空気を破るように八雲が口を開いた。
「あー、別にそんなのどうでもいいんじゃねえ? ゆみだってさ、俺に勝てるわけないだろう? だいたいさ、こいつらはまだ子供なんだしさ、そんなくだらない事を言う必要――」
咲耶が八雲の頬を引っ叩き、話を止めてしまった。その音は痛いしい程に演習場に響く中、忠陽の心の中にはすっと入る。
「なにすんだよ……」
八雲は口を尖らせている。
「別に! ああ言われてるゆみちゃんが不憫だと思って……」
「だったら、俺じゃあ――」
「八雲、まだ総評終わってへんで。お前は黙っとき」
口を挟む伏見に八雲は苦々しい顔をしながら引き下がった。
伏見が良子に視線を向けると、良子は鼻を鳴らして口を開く。
「最後に真堂だが……」
良子はまた口を閉じた。さっきまでとは違い、掛ける言葉を悩んでいるようだった。
「……お前は何のために戦っている? 今は言えるのはそれだけだ」
鞘夏はその言葉に返答をすることなく、お礼を言い、頭を下げていた。
総将の二回の拍手によって、全員の視線は総将の方に向く。
「これで合宿は終わりだ。だが、ただでは返さん。古来から立つ鳥跡を濁すと言う。今日まで使用した部屋は来たときよりも綺麗にしてもらうぞ」
大地と朝子が不満の声を上げていた
「よし、解散だ! ほら、キビキビ動け!」
総将に急かされるように忠陽たちは動き始めていた。
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