第九話 死線を超えた先 其の四
「いいだろう。お前を、敵として、認識してやる! 抜くからには簡単に殺られるなよ」
総将は背負った鞘から刀を抜こうとしていた。
「ボン、何してんだ! 抜かせるな!!」
大地は総将に火球を数発放つ。
「無理だよ……」
忠陽は大地に聞こえないくらい低い声で言う。
大地の放った火球は銀色の光とともに真っ二つにされる。その余波で出た風の刃は紫の防壁、瞬時に発動した忠陽の呪防壁さえも切り裂き、耳を掠め、血がにじむ。
その風の刃は忠陽のずっと後ろにある壁まで届き、壁が崩れ落ち、土煙を立てる。
大地はその威力に体が震え出した。
「抜刀、風斬り!! ……悪いな、手加減するつもりはない」
忠陽はその悪童のような顔だが、その気質は鬼のように思えた。体は震え、自らの命の危険だと信号を発しているが、その中でも神無と比べてしまっていた。
佐伯は暁一族の武を担う分家。静流の言葉を思い出すと同時に、神無が抜刀から一撃を加えるときの、あの恋い焦がれるような美しさとは違う。荒々しい獣だ。だからなのか、恐怖するが自らの力に絶望しない。
大地は息を呑む。さっきとは明らかに違う威圧感に冷や汗が出る。忠陽を見て、自分よりもあの威圧感を放つ男と近いというのに、怖気づいていないことに驚きだった。
「ボン! 大丈夫か!?」
忠陽から返事がなかった。
大地は威圧感に抵抗しながら、忠陽に近づく。
忠陽は大地に肩に手を掛けられて、初めて我に変える。
「おい! しっかりしろ!」
「あ、うん」
「お前、耳から血が出てるぞ!!」
「えっ。あっ、本当だ……」
ようやく、耳に痛みがわかってきた。
「陽様!!」
鞘夏が顔を歪め、息を切らして走ってきた。
忠陽の状態を見るやいないや、掠めて切れた耳を治療しようとした。
忠陽はその手を止める。
「そんなことをしている、暇はないよ」
総将は大太刀で両手で持ち、体を低く沈み込み、弓張りのような構えをしていた。
「虎伏……」
「みんな、離れるんだ!!!」
忠陽の呼びかけに大地はとっさに忠陽と反対に飛び退いたが、鞘夏は何か分からずと立っていたのを忠陽が抱きかかえ、飛び退く。
「爪牙ァ!!」
一刀両断の縦の刀閃は地面を刳り、この演習場の壁まで変わることない威力を発していた。
その斬撃を辛うじて避けていたが、その斬撃の余波だけでも忠陽たちの呪防壁は同時に発動し、さっきよりも厚いものを形成する。
その厚い膜にヒビが入るのを見て、忠陽は冷や汗を掻く。
「おい、逃げてばかりじゃあ、俺には勝てないぞ」
総将はそう言いながら、大太刀を上段に構える。
「ボン!」
大地は立ち上がりながら、ジタバタと動き始めた。
「大地くん、攻めるしかない!! 鞘夏さん、援護を!」
「でも!!」
「そんな時間はない!!!」
忠陽は呪符を取り出し、すぐさま風の刃を総将に向かって放った。
鞘夏はその行動には驚いた。人が傷を与えることを避ける主が相手に致命傷を追わせても構わないと判断している。
総将はその風の刃を捉え、叩き切ると側面から回り込むようにくる大地が視界に入る。
忠陽は呪符で十数匹の烏を作り出し、総将へ放つ。
大地は走りながら、手に炎を作りだし、距離を保ちながら放ち続けた。
総将はその二つの攻撃を見て、大地の方へと走り出した。大地の炎が怖くないのか、大地が放つ炎を切り裂きながら距離を詰める。
大地は炎を止めるか、どうか迷っていた。このまま炎を出し続けても、総将は突進する。かと言って、やめれば突進するスピードは高まり、殺れる。
「ボン!!」
その叫びに答えるかのように忠陽がいた方向から石礫が飛んでくる。
総将はそれを構わず大地との距離を詰める。
大地は「コイツ!!」と内心で叫ぶ。
この至近距離で総将の一刀を受けなければいけない。自らの死を悟り、大地は無我夢中で炎の威力を上げようとした。それでも総将の勢いは止まらず、死を覚悟した瞬間、大地の腹部に熱く鈍い痛みが走る。
大地は総将の蹴りで十数メートルぐらい吹き飛ばざれた。
総将は機微を返し、大地の炎を纏った大太刀で自身を中心に円を描く。
「炎刀……」
半径五メートルの炎のが行き渡ると、一瞬にして内側から外側へ炎が燃え盛り、総将の周りは炎の海が形成される。
忠陽が放った鳥たちは焼け落ちていく。その中で呪防壁が発動する光が見え、忠陽が姿を表す。
「焔獄火輪」
忠陽の背中からはさらに汗が出る。それが冷や汗なのか、炎のせいかは分からない。ただ、呪防壁が発動しなかったら、焼け死んでいたことは簡単に想像できた。
炎の勢いは弱まり、地面にまばらにゆらゆらと燃ゆる星火に変っていった。昼間だというのにその炎が、地獄にある火の海とはこのことをいうのだと思わせる。
「やはり居たな」
その男の顔は獲物を見つけた獰猛な獣だった。
忠陽は止まったら確実に狩られることを悟り、呪防壁が解けるとともに動き出す。まず、目くらましのために式紙をバラマキ、総将との視界を遮った。その間に隠形を行い、動き出す。
総将は大太刀を横に傾け、鎬に手を添える。
「魁戦の誉!!」
その瞬間、忠陽は全身に鳥肌がたった。
総将は上段の構えを取り、忠陽の方向に足を向けていた。
忠陽はその構えを見て、自分の位置が悟られていることに気づき、隠形を解く。付け焼き刃と知りながらも、式紙を総将に向けた。
総将は式紙をものともせず、奇声を上げながら走り出す。
その奇声は甲高く、呪力を帯びていた。その呪力は殺意にも似たようなもので、忠陽の骨に突き刺さる。
忠陽は体を動かそうとしたが、骨に突き刺さった呪力で縛り付けられていた。
迫ってくる総将を見て、忠陽の思考回路がフル回転する。
真言の不動金縛りの術に近いこの技を弾くには、恐らく使用者の以上の呪力で押し返す必要がある。
忠陽は呪力を高めようとするも、迫りくる危険に冷静さを保つことが難しく、総将が迫る時間がゆっくりと引き伸ばされたように感じ始める。総将の一歩一歩が近づくたびに、総将の背中から薄暗く、冷たいものが段々と増していく。
「陽様!!」
鞘夏の強い叫びは忠陽を振り向かせる。
「来るな!!!」
忠陽は叫び返した瞬間、自身の体が動くことに気づく。その後は体が勝手に呪符を取り出し、瞬時に正面の足元を隆起させ、人が走れないほどデコボコしだ状態にした。
総将は忠陽の呪術によって足元が不安定になり、瞬時に後ろに飛び退いた。
「チッ!」
忠陽は続けて、唱え始めていた。
「朽ちたる母の胸より産まれし雷鳴は、焔となりて、大地に息吹を与えん……」
演習場の天井を突き抜けて、忠陽の足元に雷が落ち、炎が生み出される。その炎は忠陽の手に集まり、黄色い火花を散らす。
忠陽はその手にある炎を総将に向けて放つ。
「炎雷ィ!!!!」
総将はその炎を上段の構えで迎え、炎が目の前に来た瞬間に大太刀を振り下ろす。その速度は人の目で追えるような速度ではなかった。
凄まじい速さの一太刀は忠陽の放った炎雷を切り裂く。切り裂いた瞬間に総将に電撃が走る。
「グアアァッッッッ!!」
痛みで思わず総将は声が漏れてしまった。その後、大太刀を地面に突き刺し、片膝をつき、今までにないほど荒い呼吸をする。
忠陽も術を放った後、全身が力が入らないことに気づき、自身の呪力が枯渇していることを理解した。
忠陽は息を切らしながら、膝に手を置き、総将を見る。
もうこれ以上は立ってくれるなと願いつつ、相手の様子を伺うと、その願いはすぐに打ち消され、頭の中が真っ白になる。
「陽様!」
駆け寄った鞘夏は忠陽のそばに寄り添う。
「中々の呪術だ。まさか……炎ではなく、雷だとはな……」
大太刀を抜き、立ち上がる姿を見て、人間を相手にしているように感じないほど鬼気迫っていた。総将の顔は笑っている。だが、その笑みは戦いを楽しんでいるかのようだった。
「呪術師はどいつもこいつもクソ野郎しかいない。お前みたいに正面から向かってくる奴はいないよ」
総将の構えは八相の構えに変わる。周りから滲み出る気配は鬼気迫るものだ。
その気を感じ取ったのか、忠陽の腕を掴む鞘夏の手に力が入る。
「よそ見してんじゃねぇ!」
大地が炎を纏いながら、総将の側面から襲いかかる。
総将は大地を見ずにその攻撃を躱し、大太刀の刃を裏返して、殴りつけた。
大地は両腕を使い、ガードをするも、鈍い音をしながら、忠陽の方へと飛ばされる。
大地は立ち上がり、両腕の熱い痛みを感じた。
「おい、ボン。あと何ができる?」
忠陽は苦笑いをしながら、答えた。
「もう、呪力はないよ。かろうじて、式紙を動かせるぐらいかな……」
「そうかよ。なら、やれることやれよ」
「分かったよ。大地くん、その腕は……」
「折れてはいない。お前の……おかげかもな……。もう一発、かましてやろうぜ!」
大地は屈託のない笑顔を見せる。その笑顔に忠陽は救われた。
「うん。そうだね!」
忠陽は鞘夏の腕を解き、呪符を取り出し、式紙を十数匹作り出す。呪符から具現化した烏たちは総将に向かう。それらの後を追うように大地も走り出した。
総将は奇声をあげる。その奇声でほとんどの式紙が消え去る。
大地もその声で動きが動きが止まりかけるが、それを強引に気迫で解いた。
「しゃらくせえ! そんなのよりキツイ説法を喰らってるんだよ!!」
大地は炎を手に収束させ始めた。体に纏っていた炎は吸い寄せられるように手に集まり、より輝きを増していく。
忠陽は残った式紙を総将の背後に回り込ませ、なけなしの呪力を放つ。
それを見た総将は大地が目の前に迫っているのを無視して、残りの忠陽の式紙を切り裂き、呪力の攻撃を阻止する。それから、振り向き大地を叩き潰そうとした瞬間、剣先が紫の防御壁に止められる。
大地はその防壁を回り込み、炎の拳を叩き込もうとする。
「こいつを喰らいやがれ!」
総将はすぐさま大太刀を引き抜き、また、奇声を上げる。咆哮する声は大地の体を止める。総将にはその一瞬だけでよかった。すぐさま、踵を返し、正面に大地を捉える。完全に総将の間合いに入り、上段からの一撃が放たれる。
「こなくそー!」
大地は強引に体を動かし、振り下ろされる大太刀目掛けて、輝く拳の一撃を加える。
二つの一撃は互いにぶつかり合い、衝撃が生まれる。
「バァァァニング! クラッシャァァァー!!」
大地の叫びで拳の輝きは弾け飛び、辺りに炎熱と撒き散らす。
爆発の粉塵で二人の姿は見えない。しかし、天井に銀色に輝く光が舞う。その光は円を描きながら、最高点に到達するとすぐに地面へと落ち、突き刺さる。その長い刃が見えたとき、粉塵は晴れ、二人の姿が見えた。
大地は腹部に入った総将の拳を掴みながら、総将を睨んでいた。
「へへへ。まだ、終わっちゃいねえ!」
大地はその腕を引き寄せ、総将に頭突きを当たるようだ。
それに応じるかのように総将も大地に頭突きを与える。両者の頭突きがぶつかると、大地は仰け反り、そのままぶっ倒れた。
「はっはは……悪くない!」
総将は笑みを浮かべたとき、サイレンが鳴り響く。
忠陽は力が抜け、その場にへたり込み、意識が遠退いていった。
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