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呪賦ナイル YA  作者: 城山古城
146/208

第九話 死線を超えた先 其の一

 十


 最終日の早朝、いつものように喇叭(ラッパ)の音が聞こえる。


 忠陽は慣れたように体を起こし、大地のベッドに行くと、大地は居なかった。


 昨晩の点呼の後にも、部屋から出ていったきり、帰ってこなかったようだ。


 忠陽はベッドの周りをもう一度見直したが、やはり居なかった。


 忠陽は焦り、オロオロとしていると、扉が開く。


「何やってんだよ、ボン? 朝礼だぞ」


 忠陽は狐に化かされている気分だった。


 朝礼が終わり、朝の課業をこなし、朝食を食べ終わって一時間後に演習場へと集められる。


 良子の雰囲気はいつも以上に張り詰めている。


 全員が集まったことを確認すると、良子は総将を見る。


「さて、この午前で楽しい合宿は終わりだ」


 忠陽たちから自然と小言やため息が出ていた。


「だが、その前にこの独立部隊の最後のおもてなしを堪能してもらう」


「もう、お腹いっぱいよ」


 朝子は自然と吐き捨てていた。


「まあ、そう言うな。それでもお前らに必要なことだ」


「で、何するのよ」


 由美子が冷たく言った。


「こら、あなたたち!」


 藤は二人を注意した。


「今から俺達と戦う」


 二人は思わず声を上げた。


「俺達って……」


 忠陽はここにいる人間を見回す。


「俺と八雲と咲耶だ」


「はあ?」


 大地は頭をかしげた。


「咲耶って、そこの姉ちゃんだよな? 軍人じゃーねぇじゃん」


「それでも、今のお前らよりは強い」


 大地は仏頂面になった。


「さて、他に注文はないか?」


 総将は忠陽たちを見回す。


「ないようだな。なら、話を進めるぞ」


 これから始める演習は総将、八雲、咲耶と三十分間のは戦闘だった。


 この国の軍事で第一線である総将と八雲から三十分間戦い続けるのは容易(たやす)くない。二ヶ月前に朝子を抜いた忠陽たち四人でかかっても互角にはならなかった。その上に総将と咲耶まで入れることはほぼ勝ち目がないことを忠陽は肌で感じていた。


「ハンデだ。お前らにはその防護呪具の回数制限解除をする。防護壁は二回以上張れるから思いっきり向かってきても構わない。兎に角、三十分間耐えろ。ルールはそれだけだ。質問は?」


 大地が手を上げる。総将は話すように促す。


「別に、倒しても構わないんでしょ?」


 総将はの口が緩む。


「やれるもんならやってみろ」


 総将の挑発に、大地は目を輝かせながら口角を上げ、鼻を鳴らす。


 ------------------------------------------------------------


 忠陽たちは演習場の控室に移動し、作戦を練り始める。


「兄さんと佐伯総将――」


「佐伯三佐!」


 藤のいつもの嗜めに由美子は口をへの字にしたが、すぐに戻して話した。


「その二人は前衛として、一条……さんはど、どの立ち位置かしら?」


 忠陽は不意に笑ってしまった。目を光らせている藤には、優等生であろうとする姿勢と上擦った声のギャップがツボに入る。


「薔薇姫、聞いたことぐらいあるやろ?」


 伏見がヘラヘラと言っていた。


「それぐらいあるわよ」


「ほなら、ええな?」


 由美子は悔しそうに忠陽を睨んでいた。


「あ、あの……。薔薇姫ってなんですか?」


「ベルサイユか?」


 大地が適当に言った。


「いや、それはマンガでしょ」


 朝子はサラッと言う。


「じゃあ、あのー、あれだ!あれ! 女同士の――」


「それは百合! ねえ、あんたわざと言ってない?」


 大地は笑ってごまかした。


 それを見て、朝子はため息をつく。


「薔薇姫というのは、一条の姫の二つ名や。魔力で作り上げた薔薇の花弁で攻防一体の戦い方する」


「魔力で作った花弁?」


 忠陽は興味が湧いた。


「君らの中で言うなら、忠陽くんの立ち位置よりももっと前衛的な立ち位置や。そうやな、朝子くんと忠陽くんを足して二で割って、姫なんかよりも優れてるて言えば、わかるか?」


 伏見の口の片端が吊り上がっていた。


「分かりやすいな!」


 大地に全員の視線が集まる。


「な、なんだよ……」


「なにが分かったのよ?」


 朝子の呆れたようだった。


「いや、だから、姫より強いんだろ?」


 その答えに朝子と由美子、藤はため息をついた。


「先生、一条さんはつまり、魔術でも戦えて、近接戦も行えるってことでいいですか?」


 忠陽の疑問に伏見は頷く。


「ということは、全員が前衛の戦い方になるよね?」


 忠陽の問いに、由美子は考える。


 佐伯総将の戦い方は知らなくても、佐伯という存在はこの国の先鋒だ。そして、兄の性格上後方に回ることはない。咲耶の性格はしたたかな女だが、勝気な性格が自分と似ている……。


「そうすると……戦い方としては攻めの一手……かしら」


「攻めの一手?」


 鞘夏が首を傾げる。


「佐伯は常に先陣を切る……」


 藤は注意しようとした時、伏見が止めた。


「それに兄さんのことは分かるでしょ?」


 それには苦笑いをしていた。


「じゃあ、戦うしかないってことだろ? 単純じゃねぇか」


 大地は拳をもう片方の掌にあてて、口元を緩ませる。


「あのね、そう単純な話じゃないでしょう?」


 朝子は大地に悪態をつく。


「何ビビってんだよ。逃げられないなら、戦うしかないだろ」


「ビビってない。この単細胞!」


 大地は立ち上がり、朝子を睨みつける。


 その間を割って、由美子は話を続ける。


「とにかく! この戦いは三十分間耐え凌ぐしかない。でも、それだけでも難しいのは確かよ」


「なら、どうすんだよ? 八雲さんからは逃げるのは無理だろ」


 大地の問に誰もが無言になる。


 空気は重たく、全員が答えを出せないでいた。


 その中でクタクタと嘲笑う者がいた。


「なんで、そんなに悩むや」


「伏見先生!」


 藤は伏見を叱責する。


「悩む必要ないやろ? 戦えや。アイツらと全力で戦うなんて滅多にない。ここに来て、最初に言うたやろ。真っ向からぶつかれるのは一度きりや。楽しめって」


「楽しめって……」


 藤は顔をしかめる。


「ほなら、今のキミらに何ができるねん」


 忠陽たちは伏見を見る。


「死線を超えた先にいる奴らに何ができる? 今のキミらには何もできへん。それこそ死ぬ気で戦わな、勝てへんやろうな」


 忠陽は拳に力を込める。心臓は高鳴り、頭の体温が上がるのが分かる。


「や……やろう。戦おう!」


 伏見は口元から歯が見える。


「でも、どうやって戦うのよ?」


朝子の問に忠陽は反射的に答えていた。


「そんなのは分かんないよ」


「はあ!? ちょっと無責任じゃない?」


「どんなに戦ったとしてもたぶん負ける。だったら、戦って負けよう。今、僕らは負けていいんだ」


 由美子と大地は笑みを浮かべる。


「決まりだな。……えっと、あんたはどうするんだ?」


 大地は鞘夏を問いかけた。


 鞘夏は一度、大地を見たが、その後すぐに忠陽を見る。


 由美子は鞘夏の手に自分の手を重ねた。鞘夏は由美子を見たが、由美子の視線は伏見を見ていた。


「しょうがないわね。賀茂君がやる気を出してるなら、私もやる気を出さないわけにはいかないわ」


 朝子は拗ねた顔をしていた。


「そんな顔すんなよ、多数決だ」


「うるさい」


 大地は頭を掻く。


「じゃあ、作戦を考えるわよ」 


「作戦を考えても無駄ならよ、突撃はどうよ?」


「却下」


「ないわ」


 由美子と朝子は大地の考えをすぐに否定した。


 大地はぶーたれた顔をした。


 由美子は立ち上がり、ホワイトボードに佐と書いた。


「これが佐伯……三佐……」


「姫、無理すんな。佐伯でええし、一条でええわ」


 藤は伏見を嗜める。


「さっきからテンポが悪うて仕方ない」


 藤はそれには納得行かない様子だったが、由美子はツンツンしながらも礼を伏見に言う。


「まあ、陣形とすれば佐伯と一条の位置は前衛と後衛でしょうね」


 【佐】と書いた後ろに【一】と書いた。


「でも、本来は一条さんは前衛的な人なんでしょう?」


「今の三人なら私達からだと後衛に見えるってことだけよ」


 忠陽はそっかと忠陽は呟く。


「そうなると、兄さんがどの位置かよね……」


「八雲さんはトップ脇じゃねえか?」


 大地の言葉に全員、疑問符が浮かぶ。


「まあ、兄さんがどこであろうと関係ないわ。兄さんは私が止める」


「おい、流石にブラコン全開は――」


「誰がブラコンよ!」


 大地が言い終える前に由美子は言い返した。


「ブラコンはともかく、姫が八雲の相手をするというのはええな。というより、姫以外、八雲を止められへん」


「どうしてですか? 宮袋くんや、氷見さんでも近接戦なら同じに思えますけど」


「それは単純に血やな。僕なら他に方法はあるんやけど、君らにはまだまだ無理やな」


 藤は伏見に問うたのが、間違えだったと感じた。


「たぶん、神宮だけにしかできない秘術で来られたら、今の僕たちでは相手ができないことだと思います。何度か、神宮さんと八雲さんが秘術を見ましたけど、瞬間移動なんて最初にやられたら僕らが陣形を組んでも意味がない」


 藤はなるほどと納得すると同時に横目で伏見を見ると、クタクタ笑っていた。


「じゃあ、姫は八雲さんだな。でも、一人で大丈夫か?」


「心配ないわ。兄さんは私に甘いから」


 氷見はブラコンと呟く。


「姫、それやったら、はじめに朝子くんを連れて跳んで、一条のとこに奇襲し」


「はあ、なんでよ?」


「その方が八雲の気を引くことができる。あいつ、女に甘いからな」


 由美子はムスッとした顔になる。


「ええな、朝子くん?」


「拒否権なんてないんでしょ?」


「分かってるなら、ええ。君がどれだけ抑えられるかで、他の戦局は変わる」


 朝子は無言のまま頷いた。


「ってことは、俺達三人で佐伯さんか……」


 大地は忠陽と鞘夏を見る。


 忠陽が手を上げた。


「先生、佐伯三佐の弱点とか無いんですか?」


「知ってるか、忠陽くん。馬鹿につける薬はない」


 忠陽はその意図を正確に理解した。


「いや、グラサン先生、意味が分かんないだけど」


「戦えば分かる」


「なんだよ、それ。そういえば、お嬢は昨日と一昨日は一緒に訓練したんだろ? どうだったんだよ?」


「どうって……。普通に強いわよ」


 大地はそれ以外の言葉を待ったが、出てこなかった。


「なんだよ、それだけかよ!」


「強いとしか言えないわよ、あんなの!」


 周りからの視線に耐え兼ねたのか、口を開いた。


「あとは容赦がない、徹底的に叩きのめしてくる……手加減しない?」


「まあ、なんだ。お前、結構辛かったんだな……」


「何よ、その哀れみ! ふざけないでよ!」


 藤は朝子を宥める。


「忠陽くん、総将が舐めている間が勝負や。アイツが大太刀を抜いたら、君らが持ってる呪防壁になんて紙屑同然と思いや」


 忠陽は唾を飲み込む。


「それじゃあ、だいたいの方針が決まったわね。他に何か話しておきたいことはある?」


 由美子の問に朝子が手を上げる。


「もし、この作戦がうまく行かなかったときはどうなるの?」


 由美子は笑っていた。


「それ、考える必要ある?」


 朝子は黙って、由美子を見つめていた。由美子はため息をつき、口を開く。


「もう、分かってるでしょ? 私達には勝ち目がない。それでも、今やれることをやるだけ。もし、この作戦が駄目だったら、その場で一秒でも長く生きることよ」


 朝子は俯く。


「まあ、なるようにしかならねえよ。あの夜もそうだっただろ? あの時よりは何倍もマシだけどよ」

 大地は笑っていた。


「そうだけど……」


 朝子はいつも以上に暗かった。

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