第九話 歓迎会 其の二
「どう? 食べてる?」
藤に声をかけてきた中田を見て、暗闇の中でもそのボディラインがくっきりと分かるほどであった。
「どうしたの?」
「いえ、ちょっと……」
中田は首を傾げる。
「今日のお肉はなんだかいつもより高級になってるのよ。奏より八雲を行かせて正解だったのかしら」
「あのお肉屋さん、八雲さんと仲良かったですね」
「ああ、あの商店街の連中はデ・バイスの常連だから」
「そうなんですね。でも、葛城二佐とはあまり面識がないようだったみたいですけど……」
中田は藤の近くにより、声を低くした。
「それは、二佐は一人でコーヒーを飲んでいることが多いみたいだし、ほら、話しかけにくいでしょう?」
「確かに……」
「二佐もどうしてあの店に通ってるのか分からないんだけどね……」
「どうしてですか?」
「あなた、行ったなら分かると思うけど、二佐と奏のお母さん、どう見ても仲が悪いでしょ?」
藤はデ・バイスのことを思い出すと、自然と頷いた。
「不思議なのよね。八雲に聞いたら、昔よりは全然仲が良くなったって言うのよ。あれ以上の仲の悪さっていうとどうなっているのかしら」
中田は近くにあったトングを取り、お肉をバーベキューコンロに乗せる。お肉が焼ける音とともにいい匂いが藤の鼻を擽る。
「まだ、落ち込んでるの?」
「え?」
藤は中田を見る。
「昼のこと、気にする必要はないわ」
藤はバーベキューコンロに焼かれているお肉に目を落とす。ジューと焼ける音は耳障りが良く、燃える火は心が落ち着く。
中田はお肉を追加で入れ、ついでにトウモロコシを焼き始めた。
「伏見先生から……頼まれたんですか?」
中田はプッと吹き出し、笑い始めた。
「アイツがそんなこと頼むわけ無いでしょう? 人を食ったような奴よ」
「そう、ですね」
「話はビリ―から聞いたの。ああ見えてもビリーは気の利く人なのよ」
中田は嬉しそうな笑みを浮かべていた。
「はあ……」
「あなた達が来る前に何をさせるかって、部隊長内でも話し合ったのよ。その中で生徒よりもあなたの方が精神的に来るんじゃないかって、私やビリ―は考えていた。眼の前で生徒が傷ついてるのに、何も出来ない自分がいるのって結構くるから」
「そうですね。自分でも分からないほどに結構きていんだなって……」
「八雲や二佐じゃ、分からないからそういうこと」
「なんでですか……?」
「あの二人は人が死ぬことに慣れている。ううん、慣れすぎているのよ。私の家も呪術の家系だけど、あの二人は一方は名家の長男、もう一方はその使用人だから、そのことを当たり前だって理解している。辰巳くんも一緒……。だから、精神的にくることに気付けない」
「お二人の考えていたようになってしまいました……」
中田はお肉や野菜を裏がしながら話し始めた。
「あなただけじゃないわ。氷見さんと真堂さんもそう思ってた。生徒の方はビリーが周りを使って、フォローに回れるけど、あなたへのフォローをどうするかは最後まで悩んでた。あなたは引率の先生という立場であって、あの子達よりも大人として扱わないといけないから。だから、ああなったのはあなたのせいじゃなくて、私達のせいよ。昼間のことは気にしなくていいのよ」
藤の鼻に炭の焼ける苦い匂いがした。
「買い出しの時に、葛城二佐にも気にするなって言われました」
中田はお肉を裏返すトングを止めた。
「そういう意味だったんですね」
中田はお肉の裏返すのを再開した。
「うーん。二佐が思っていることは私達が思っていることとは違う気がするわ」
「えっ?」
「二佐の気にするなは、仕方ないことだとか、どうしようもないことだとか、それが運命なんだって言われているような気がするのね」
「どうしてですか?」
「たぶん、あの子達はあの島で起きている異変に巻き込まれる運命だから」
「異変? あの島で何が起こっているんですか!?」
「あなた、知らないの?」
中田は伏見を見ながら顔を顰める。
「知らない人間に話したくないのよね……」
「ここまで言っておいて、そんなことをないですよ!」
藤は中田の服を掴み、揺らす。
「分かった、分かったから! 揺らすのやめてよ!」
藤は我に返り、揺らすのを止めた。
「私達が分かっている異変は二つ、一つは人体実験。二つ、道端でおきた異変に住民が無頓着なこと。この二つは八雲の報告書から分かっていること」
「八雲さんの……当てになります?」
「八雲はバカだけど、そういう所は信頼できるのよ」
「人体実験って何をしているんですか?」
「教えられない。機密情報よ」
「……じゃあ、二つ目は」
「そのままの通り、八雲があの街で騒動を起こしても、誰もそのことを問題視してないの。それはあの島に長く住んでいれば住んでいるほどね」
「昔からあの島は生徒たちの抗争とかがあって、呪術師同士の戦いが日常茶飯事だったからじゃないんですか?」
「だとしても、家のブロック塀が壊れたら気にするでしょう? それに警察が来ているのに野次馬が出ないだなんて、危機感が欠如してる。この街でも呪術師同士の戦い日常茶飯事よ。だけど、街の人間はそのことが危ないことだと知っている。八雲はこの街でそういう揉め事を解決していたから、よく相談があるの。でも、辰巳くんの情報だと、あの島ではそういう相談が呪捜局に入ってくるのが少ない」
「気にしすぎじゃないですか?」
「気に過ぎじゃないわ。あの場所は軍事的にも、呪術的にも重要な拠点であり、本島から遠い分、隠蔽の仕放題。気付いたときじゃあもう遅いのよ。辰巳くんが随分前にそのことを軍上層部や神祇庁へ報告している。だけど、何もしないということは軍でも神祇庁でもそれを良しとしている勢力が少なからずいるってことなの」
「そんなの……」
「こういうことは八雲や私達なんかよりも、どこにも属さない、政治の駆け引きを知っている辰巳くんに任せておいた方がいいわ。強固手段を取ると、あの島全体を人質に取られかねないから。だから、あの子達には自分を守る術を与えておいた方がいいのよ。始める前にビリーが言ったあの言葉はそういう意味でもあるのよ」
「そうなんですね……」
「この話は生徒たちには内緒。生徒たちにはいつものあなたで居なさい。それにあなたが落ち込んでいる方が、かえって生徒たちが気にする。私も小隊を持つようになって、たまに怒ったことに落ち込んだけど、すぐに二佐から怒られたわ。落ち込んだ顔をするな。部下が不安になるって。伏見くんなんて見てみないさいよ。全然気にしてないでしょう?」
「それは……」
「それも必要なこと。あなたは先生よ。叱ることは教育の一つ」
中田は眼の前のバーベキューコンロから焼けた肉を取り出し、藤のお皿に乗せる。
「タレ派? 塩派?」
「タレで」
中田は藤に焼き肉のタレを渡す。
「そういえば、あなた、辰巳くんの教え子なのよね?」
藤はタレをお肉にかけ、お肉を口に入れようとしたところで、すっと箸を止めた。
「は、はい」
「お肉、食べなさいよ」
「えっ……はい……」
藤が口に入れた瞬間を狙って、中田は問うた。
「どこが好きなの?」
藤は口に入れた甘い味のするお肉を吐き出しそうなった。すぐに中田の顔を見ると意地悪そうな顔をしている。伏見と同年代ということもあってか、同じ意地の悪さを感じた。
「やっぱり……。初めて会ったときは辰巳くんに良いように使われているのかと思ったけど、どうもそうじゃなかったから」
藤は口の中の肉を味わず、飲み込んだ。
「私、そんなに分かりやすいですか?」
「まあね。あの子達も気づいているでしょ」
藤はため息を吐く。
「当の本人は知らず、存ぜぬなのか……。でも、脈ありかもよ」
「どうしてですか!?」
藤は勢いよく、中田を問い詰める。その問い詰めように中田は一歩足を引いてしまった。
「え、それは…………」
「はっきり言ってください!」
藤はまた一歩前へと出る。中田は一歩後退する。
「ほら、辰巳くんの性格上、脈がないなら側に置かないと思うの」
藤はその言葉には納得していなかった。
「それ、フツー、逆じゃないですか……。好きだから遠ざけるじゃないです? でも、実際にそんなことされたことないし……」
中田は空笑いをした。
「むしろ……都合のいい女みたいに扱われている気がするんですよね……」
藤はははと乾いた笑いが自然と出ていた。
「だったら、他の男に行きなさいよ。いつまでも、あなたが知っている女子じゃないわよって不安がらせないと男なんて振り向かないわよ」
「それは、中田三尉が……」
「英里でいいわよ」
「英里さんが、良い女性……だからでしょう」
「いい女に見える? いい男が誰一人として言い寄らなくて悲しくなってくる」
「八雲さんなんてどうなんですか?」
「あれは、論外よ。一途というか、フラれてるクセにずっと思い続けてる奴なんて。叶うはずないのにバカよね、アイツ。なんだか、呪いを見ている感じだわ」
「なんですか、それ。ちょっと気味が悪いです」
「そのクセ、ハーレム主人特性を持っているから、好みじゃないのよ」
「散々な言われようですね。じゃあ、ビリ―隊長は?」
「ビリーはいいところあるし、気が利くし、いい物件なんだけど、ライバルが多いのよ。ほら、ビリ―って変な言い回しが多いけど、真面目なときは凄く良いのよ。でもね……」
「だったら――」
中田は手で藤を静止する。
「それ以上は言わないで。私、今、やっと諦めかけてるから」
中田は真剣な顔をしていた。
「じゃあ、他には……」
藤は辺りを見回し、白髪のいい笑顔の男を見つけた。
「蔵人さんとかは!?」
「年下は好みじゃないのよね。それにもうくっついてるし」
中田の言葉でもう一度蔵人を見ると、隣にはアリスがおり、仲睦まじく見えた。
「いい男はすぐに相手が見つかるものよ」
「なんや、男漁りって君もあの頃から変わらへんな」
クタクタと笑った伏見が缶ビールを二つ持って、中田に声をかけていた。
「なによ、そのビールくれるの?」
伏見は黙って、中田に缶ビールを差し出す。中田は缶ビールを貰い、開けるとプッシュと音が鳴る。開けた缶をそのまま一気に飲み干し、プハーと声を出した。
「君、おじさんやんか」
「なんか悪い? だいたい、あんたのせいで私の人生は狂ったのよ」
「あれは僕のせいやない。君の家の不始末や」
「そうよ。だけど、アンタが首を突っ込まなきゃ、私の家は取り潰しも免れたかもしれないでしょう?」
藤はそれを聞いて、引き気味に伏見を見た。
伏見はクタクタと笑いながら、缶ビールを開ける。
「それはないな。あの取り潰しを決めたのは六道やない。他の勢力や」
中田は伏見の缶ビールを奪い、また一気に飲み干した。
「で、何しきたのよ。お友達はどうしたの?」
「邪魔やから、こっちにいけって薔薇姫に言われたんや」
二人は、伏見が指で指し示す方向を見ると、仲睦まじく会話をする総将と咲耶が居た。
「けっ、これだからご令嬢は」
咲耶は藤の視線に気付いたのか、愛想よく手を振った。
「あの二人、はやく結婚しないさいよ」
「ほんまや」
「ビール、足りないんだけど」
伏見はクタクタ笑いながら缶ビールを取りに行った。
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会が始まって一時間半ぐらい経つと、焼く肉もなくなり、辺りはコンロの周りで酔った人間同士での力比べや笑い声がし始めていた。
八雲は学生五人に声をかけていた。
「お前ら、花火をやるぞ!」
「花火!」
声を出して、一番目に食いついて来たのは由美子だった。まわりとは違う反応が嫌だったのか、すぐに平静を装った。
「どうしたんだよ、姫」
「別に何もないわよ、花火くらい」
「お姫様にしたら珍しいんじゃない? 花火」
朝子は興味なさげに言っていた。
「別にそんなことない!」
「何に怒ってんのよ! 花火くらいで」
八雲は朝子の頭を優しくチョップする。
「喧嘩すんな、一人一本は必ずやれるから安心しろ」
朝子は頭を抑えながら、不機嫌な顔をした。
「ほら、行くぞ。ゆみ、バケツに水を入れて来い」
「うん……」
「ほら、早くいけ。勝手に始めたりしないから」
「そんなんじゃないわよ!」
由美子は機嫌がいいのか、子供らしい笑顔をしていた。
それを見た大地は頭を掻く。
「おい、お嬢。付き合えよ。軍隊で花火なんてそうそうできないぜ?」
「べつに……」
「そのリン君だっけ?」
「名前を呼ばないでくれない?」
「聞けよ。二人でやるのもいいけどよ、俺らでやっても楽しいんじゃねぇか?」
「何よ、肩を持つわね」
朝子は口を尖らせる。
「そんなんじゃねえよ。ただ、花火って楽しいもんだろ?」
「そうかな……」
朝子は後ろからふいに押されて、後ろを向く。
「そうよ。少なくともこの七日間では一番楽しいと思うわ」
奏がやけに優しい笑顔だった。それが朝子には不満だった。
「八雲! 私達の分はあるんでしょうね!」
遠くから「ねぇ!」と返事を聞き、奏と加織は走り出した。その後に続き、大地や、蔵人やアリス、平助までが八雲の方へ歩きだしていた。
朝子は一人取り残されたようになり、足を動かすか迷う。俯き、他の者達とは別の方向へと一歩踏み出そうとした時に、呼び止められた。
「何してるのよ。早く行くわよ。花火、なくなっちゃうわよ」
「藤ちゃん……」
藤は朝子に手を差し伸べた。
「ほら」
朝子はその手を取ろうか、迷った。しかし、その迷いも関係なく、藤は朝子の手を無理やり掴み、走り出した。
「あっ、藤ちゃん」
「ほら、行くわよ」
その時、一発目だけの打ち上げ花火が空に舞い上がった。
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