第九話 歓迎会 其の一
バーベキューは軍事演習場内で行われた。
後で八雲はこっそりと教えてくれたが、良子は忠陽たちが来る前からこの日、この場所、この時間に軍事演習として入れていたらしい。周りの普通科などに配慮してのことだが、お互いに同じことをやっているため黙認しているらしい。
忠陽は庁舎の自室で休んでいたところ、バーベキューの火起こしのために八雲から呼び出され、演習場に向かった。
そこには藤や、鞘夏、由美子が先におり、野菜を食べやすいように切り分けていた。
鞘夏は慣れた手付きで野菜を切り分けているの対して、由美子は藤に付いて、野菜の切り方を指導されており、由美子の手元を見ると危なくてしかたなかった。忠陽はそれを見て、足を止めた。
「何してんだよ、行くぞ」
その兄から呼びかけられ、兄の顔を見て、また妹の顔を見返した。
八雲はその視線誘導から何を言いたいのかを悟り、忠陽を強引に連れて行く。
八雲には教えてもらったとおりに火を付け終えたところで、服はボロボロなのに満面な笑みの大地と疲れ切った顔をした奏と樹がやって来た。
藤はその姿を見て、包丁を置いて駆け寄った。
「宮袋くん!」
「おー、藤ちゃん先生、もう大丈夫なの?」
底抜けた明るさに藤は呆気に取られた。
「え、ええ。あなたこそ大丈夫なの?」
「ああ、これ? 大丈夫、大丈夫。俺に似て言う事聞かないからこんなになっちった」
笑う大地の頭を奏が小突いた。
「おかげで、こっちは疲れたわよ!」
「痛ぇッッ! 殴ることないじゃん」
「うるさいッ! この暴れ馬!」
大地は口を尖らせた。
その問答の後に、朝子と総将がやって来た。
外傷は見られないが、朝子のムスッとした顔を見る限り、あまりいい方向と言えないと藤は悟った。
藤の視線に気づいたのか、総将は朝子の頭をポンポンと優しく叩きながら、藤に笑顔を見せる。すぐにその手を朝子に払われていた。
日が暮れ始め、辺りにはバーベキューコンロから漏れ出る明かりがオレンジ色に輝き出した。
連隊の人たちは仮設照明を立て始めた。そして、全員で紙コップと飲み物を注ぎはじめた。次第に周りはガヤガヤと音を響かせながら、宴の開催を待っている。
良子は視線をビリーに向けると、ビリーは頷き、周りの視線を自分に集めるように声を出した。
「はいはい、皆さん、ご注目ーー!」
周りは指笛を鳴らしたり、引っ込んでろと文句を言ったりしていた。
「おいおい、俺は野郎からの熱い歓迎はいらないぜ」
周りから笑い声が起こる。
「さて、今日は暑気払い兼俺達の新しい仲間の歓迎会だ。といっても、明日には帰るんだけどな。一番寂しがるのは八雲だな」
「うるせえよ!」
隊員たちは八雲を見て、笑っている。由美子にはそれがなんだか恥ずかしかった。
「一週間という短い期間だったけど、俺は楽しかったぜ。お前らはどうだった?」
隊員たちから忠陽たちに視線を向けられるも、五人は返事ができなかった。
「ビリ―、てめえ嫌われてるんじゃねえか?」
「なんだと、お前ら! それはホントか?」
その外野からのヤジでまた笑いが起きる。
「まぁ、そうだとしてもよ、俺達はお前らのことを仲間だと思っているぜ。もし、なにか困ったことがあったら、俺達に連絡しろ。必ず助けてやる。あ、俺は女の子しか連絡先を教えてやらん」
明るい声で、くたばれや女ったらしなどのヤジが飛ぶ。
「さて、野郎ども飲み物の用意はいいか?」
雄叫びのような声が一斉に上がる。
「よっしゃあ、乾杯だー!!」
周りから一斉に乾杯という言葉が上がり、一瞬声が静まりかえったかと思うと、次第に拍手が起こり始めた。
その光景が忠陽には奇妙に思えたが同時に暖かく、ふと笑みがこぼれてしまった。
バーベーキューが始まり、一斉に肉を焼き始める音がし始めた。学生の五人はその場のノリに遅れてしまい、五人で固まってしまっていた。
それを見かねて、奏は五人を自分たちのコンロに連れていき、肉を焼くように指示し始めた。
「おい。月影。学生を顎で使うな」
身長の高い田中が言うと、それだけで凄みを感じるがそれを物ともせず、奏は言い返す。
「そう。だったら、あんたが面倒見なさいよ」
田中は黙っていたが、それでも何か貫禄があるように見えてしまう。
「はは、田中くん、一本取られたり」
加織の底抜けた明るさはコンロから放たれる遠赤外線の熱よりも強い。
「ちょっと! そのお肉、まだ焼けてない。裏返すな」
大地は奏に指摘され、頭を掻く。
「いや、このままだとウエルダンになるだろう?」
「生肉を食べて腹壊したらどうすんのよ」
「月影」
「奏ちゃん」
奏は顔をしかめる。
「自分が食べたいように焼け。ただし、腹を壊そうが何しようが自己責任だ」
田中の抑揚ない言葉にどう捉えて良いのか、学生一同は困っていた。
「ははは。田中くんはもっと笑えば良いんじゃないかな? みんな、怖がってるよ」
「そうなのか?」
「そうよ」
加織と奏の言葉に田中は動きを止めてしまっていたが、それが田中にとってショックを隠せないでいることにきづいったのは数秒たってのことだった。
「氷見、あんたお肉を食べないの?」
「私、お肉好きじゃないの……」
「マジか! お前、人生の半分を損してるぞ!」
「そういうあんたは、肉ばっかりじゃなくて、野菜も食べろ!」
奏はトングで焼けたピーマンを掴んで、大地の皿に乗せる。
「げー! ピーマン、嫌いなんだよな」
その言葉で一同の笑いを誘う。
「氷見、何なら食べれるの?」
無言だった朝子をに奏は催促する。
「……しいたけ」
「椎茸?」
大地は耳を疑う。
「ちょっと待って、……椎茸あるかしら?」
「お前、椎茸が好きなのか? あのぐちょっとしたヤツ」
「いいじゃない、別に……」
「椎茸、あったわよ。醤油とか必要なの?」
「いい。自分で焼いて食べるから」
奏は何も言わず、椎茸を網に乗せた。
藤はその様子を遠目で見ながらも安心した。
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